権力者と結婚式


 ヨハンとドロシーの結婚式の日は、快晴であった。

 雲一つない青空の下、照り付ける太陽光で焼ける肌を優しく撫でてくれるようなそよ風が通り抜けていく。式場となった海岸沿いの教会の外では披露宴の真っ最中であり、ごった返さない程度の人混みであった。


 外にはテーブルが並び、肉、魚、パンに加えて瓦利斯飯店ヴァリスはんてんが出張出店していることで、炒飯などのシャウラ料理も並んでいる。


「いらっしゃいませ~、にゃんはお~」


 筆頭のネフィが青空の下でいつものフリフリの給仕服と猫耳をつけて接客している傍ら、管弦楽団が優雅に交響曲を奏でている。ヴァイオリンにチェロ、ドラム等の音が敷地内に響き渡り、来場した大勢の客はそれを耳に各種の料理に舌鼓を打っていた。

 会場の傍らには漆黒の機体を太陽光で鈍く輝かせたゲオルク、シルバーベルもあった。ファランドール家の一番の財産であり、触られないように柵で四方を囲まれつつも、一段段差を設けることでその存在感を放っている。


「ふっふっふ。遂に、遂にここまでこぎ着けられたッ!」


 そんな様子を満足そうに眺めているのが、セメタスだった。いつもの茶色いスーツの内側に恰幅のいいお腹を蓄えながら、盛況となった催し物を嬉しそうに見やっている。


「ヨハン君にはかなり渋られたが、式さえ挙げてしまえばこっちのものだ。やっと、やっとウチの再興の目途がつきそうだよ、父さん」


 視線を少し上げたセメタスは、青空の向こうにいるであろう亡き父、アルベルトに思いを馳せる。


「セメタス君」

「おおっ。来ていただけたんですね、ドリストンさんッ!」


 そんな彼の元に声がかけられた。セメタスが振り返ってみれば、白髪をオールバックにし、皴の刻まれた顔つきをもっている壮年の男性、ドリストン=ジェーソンが二人の部下を連れて立っている姿がある。

 アルタイル国軍の証である黒い軍服をビシッと着こなしており、胸にはいくつかの勲章がつけられていた。現アルタイル国空軍の大将である。


「久しぶりだね。君の父上には、いつもお世話になっていたよ」

「いえいえ。こちらこそ足を運んでいただき、感謝の極みでございます」


 セメタスはペコペコと頭を下げている。今日の結婚式では、一番位が上のお客様だからだ。

 親の代では付き合いがあったが、アルベルトが亡くなり、国の政策で貴族制が失われ始めてからは全く付き合いがなかった相手である。まだ繋がりがあるぞと周囲に示す為にダメ元で招待を出したのだが、出席の連絡を受けた際にはひっくり返ったくらいであった。


「なに。アルベルトの孫の結婚式ともなれば、足を運ばないとな。それに彼女は人竜戦役で従軍してくれていた際に、優秀な竜機兵ドラグーンだったとも聞いている。わざわざ家に戻らなくても、そのまま私の元で働いてくれていても良かったんだよ?」

「い、いえいえ。ドロシーは父が残した家を、守らねばなりませんので」


 さりげない意見に、セメタスは背中に冷や汗を流していた。

 捉え方によっては、ドロシーが持っているゲオルクを軍にくれ、と言っているようなものである。彼は貴族制廃止に賛成派の人間であったのかと、今さらながら思い知った。


「とまあ、冗談はさておき。今日は祝わせてもらうよ。せっかくの晴れ舞台なんだからね」

「そ、そうですね。あは、あははは」


 声色は確実に冗談ではなかったが、セメタスは冗談だと思うことにした。親の代からの付き合いと箔付けを考えていたが、あまり深入りすると家自体の存続にさえ関わってきそうな勢いである。

 触らぬ大将に祟りなし。


「さ、さあて。せっかくですので、新婦の娘を紹介させていただきましょうッ!」


 話題転換と言わんばかりに、セメタスは声を上げた。部下二人をそのままにドリストンを連れて、新郎新婦席へと足を運んでいく。

 通常であれば結婚式は、挙式、披露宴、の順で行われるが、アルタイル国の結婚式は披露宴、挙式の順に行われる。婚姻は当人と家同士のものであり、他の人々を入れない為にゲストを先に帰らせる、という伝統からくるものである。


 その為、披露宴は既に始まっているが、未だにヨハンとドロシーの婚姻は結ばれていない。先に結ばせてくれたらいいのに、とセメタスは内心で思いながらドリストンらを案内した。


「ドロシー、お客さんだよ。こちらアルタイル国空軍大将のドリ」


 セメタスは言葉を切った。何故ならドロシーが新婦席にいなかったからだ。

 何処に行ったのか、と周囲を見回してみれば、真っ白なプリンセスラインのウェディングドレスに身を包んだ彼女をすぐに発見する。


「おケーキ様ですわァァァッ!」


 ウェディングケーキを一心不乱に口へ運んでいる、彼女の姿が。

 セメタスはひっくり返った。


「ドロシーィィィッ! 今日はお偉いさんが来るって言ったでしょうがァァァッ!」

「…………」


 起き上がったセメタスが怒鳴れば、両手でケーキを嬉しそうに頬張っていたドロシーは我に返ったかのように彼のことを見てくる。

 いつかのように、親子の視線が交差した。


「…………」

「…………」


 ない、あり得ない、ここからのウルトラCはない。頭では痛い程に分かっていたが、セメタスは一縷の望みをかけて黙っていた。


「…………」

「…………」

「……忘れておりましたわ」

「ドロシーィィィッ! これ以上お父さんの頑張りをゴミ箱にダンクしないでェェェッ!」

「はっはっは。元気そうで何よりだよ」


 そんな二人を見て、ドリストンは笑っていた。


「では改めて。ドロッセル君、結婚おめでとう。私のことは覚えているかね?」

「はい、もちろんですわドリストン様。アルベルトお爺様とご歓談されていたのを、よく覚えております」


 その後はしっかりと貴族モードに入れたらしく、セメタスはやれやれと額の汗を拭っていた。

 最初からこうしてくれていれば百点なのに。まあそれでも、娘は満点だがな、と彼は内心で愛娘を採点する。


 親バカの採点に意味はない。


「…………」


 そんな彼らの様子を、白いタキシード姿のヨハンは新郎席から一人で見ていた。その手には黒い箱型の装置を持っており、手持ち無沙汰になるとそれを構っている。


「坊ちゃん。お好きな春巻きお持ちしましたよ」

「……ありがと、ラウラさん。そこに置いといて」

「……坊ちゃん」


 ドリストン以降も次々と挨拶の人がやってくるドロシーとは対照的に、ヨハンに近づいてくる者はいなかった。気を回したハウスキーパーのラウラがあれこれとご飯を持ってきてくれていたが、彼はあまり真面目に取り合わない。

 ラウラはラウラでセメタスによって給仕の仕切りを任されていた為に、あまり彼ばかりにも構ってもいられない。「冷めないうちにお召し上がりくださいね」とだけ言い残して、彼女も去ってしまった。


「……何も、できなかった。結局、ぼくは、何も」


 料理に手を付けないまま、彼は背中を丸めた。できなかったこととは、結婚を断ることだ。

 あの決闘の後、ドロシーとセメタスの干渉は日に日に増大していった。やはりしっかりボディーガードをつけた方がいい、ウチの娘はどうだ、あの賞金稼ぎにも勝ったぞ、エトセトラエトセトラ。


 親の代からの知り合いな為に無碍にできず、ヨハンは結局、押しに負けてしまう。精一杯拒絶し、ずっと背伸びしていたが、勝てなかった。

 自分は無力だと思い知ってしまった。


「結局、ぼくのことを見てくれる大人なんて、いやしなかった」


 彼の頭の中に、今まで関わってきた大人達の顔が浮かんでくる。ドロシー、セメタス、知らない親戚と次々に浮かんでは、自分で消していく。

 唯一まともに思えたのはラウラだったが、彼女も結局は付き合いの長いビジネスの相手だ。それなりに心配はしてくれるが、一番は彼女自身の家族になるだろう。その一線は、引かれている。


「……おばさん」


 最後に出てきたのは、一時期だけ雇っていた賞金稼ぎの彼女についてだった。群青色の髪の毛は寝起きのまま、タンクトップに短パンにサンダル姿というおおよそボディーガードには見えなかった女性、スカイのことだ。

 関わり合う中で言って欲しかったことを言ってくれたが、彼女も結局は他の大人と同じだったと、あの決闘で思い知ってしまった。


 期待を抱いてしまった分、失望も大きかった。自分が連絡しなければ、何も言わずに消えていくつもりだったであろうことも、失望に拍車をかけていた。


「なのに。こんなもんまで、作って」


 ヨハンは電話口でも、スカイなんか知らないと言い切った。汚い大人の見本だとさえ思った。もう二度と会いたくなんかないと、思った筈だった。


 それなのに彼は、気が付くとこんな装置を作っていた。これは竜玉ドラゴコアの出力を調整するものである。彼女のゲオルクを見た際に感じた不具合を、解消するためのものだ。

 二度と会わないと決めた筈の、彼女へ向けた装置なのだ。


「なんで、ぼくは」


 ヨハンは、自分で自分が分からなかった。まるで何かを期待しているかのような有様に、自分自身へと舌を打つ。


「もう、いいや。こんなもん、いつまで持って、ても」


 分からないがピークに達して、逆にイライラしてきたヨハンは、作り上げた装置を両手で思いっきり持ち上げる。

 このまま地面に叩きつけてしまえば、簡単に壊れることだろう。もう、それでも良かった。


「っ!?」


 彼がやぶれかぶれな気持ちで振り下ろそうとした、その時だ。流れてくる交響曲や人々の喧騒とは違う音が、彼の耳に飛び込んでくる。

 聞いたことのある音だった。それは徐々に大きくなり。やがては音源を視界にとらえることができた。


 白とピンクの迷彩柄を持った航空戦闘機、リトルプリンセスが彼の屋敷の上空に現れたのだ。

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