出稼ぎする彼女とゴリ
街並みに西日が差し込み、夕暮れ時となった。建物や道々、植えられた木々が茜色に染まっていく中、スカイが猫耳をつけたまま
「ちょっとスカイさ~ん。猫耳は制服なんですから、持って帰らないでください~ッ!」
「す、すみません、ネフィ先輩」
「は~い。じゃあまた明日~。にゃんはお~」
「に、にゃんはおー」
帰り間際に先輩から怒られたことで、スカイの肩はもう一段落ちた。
彼女は今、この
何故彼女がアルバイトを始めたのかと言えば、原因はあのランバージャックにある。帰り道の最中、彼女は彼の言葉を思い出していた。
「
「ゲオルクを舐めてたわね」
スカイは大きくため息をついた。
彼女が渡した
何せ絶対量が決まっている上に、国までが身を乗り出して欲しがっている
些細な部品でさえ高額で取引されている為に、本格的に修理する為に詳細に見積もりをし直した結果、彼女は働かなければならなくなったのだ。
「あと飲食店も舐めてたわ」
とぼとぼと帰りながら、スカイは仕事内容を思い出していた。彼女が知っている店で一番の高級店であり、当然アルバイト代も高いだろうと思い、
彼女の目論見通り他のお店に比べて時給はかなり良かったが、それ以上に接客業は大変なものであった。
挨拶の練習と称して、朝から「にゃんはお」を腹から出す掛け声に始まり。お客の前で披露する為の、料理の種類と説明文の暗記に始まり。お盆の持ち方と、何処から料理を出すのか。ドリンクを出すタイミングから皿洗いまで、覚えることが山のようにあった。
客として出向いていた際に気分よく応対してくれていた影には、このような血の滲む努力の結果だったのだと、彼女は痛く理解した。
「客商売って、こんなに大変なのね」
しかも客というのが、これまた面倒なものであった。所詮は店員だと大声で威圧するように見下してくる者もいれば、偶然を装って尻を撫でてくるセクハラ者さえいる。
しっかりしろよねーちゃん、と客であったジジイに尻を叩かれた際に彼女は怒り、持っていたお盆で頭を殴りつけた際には、客への謝罪と店長からの大目玉に加えてアルバイト代の減額までされた。そういう時は店長が対応するから勝手に制裁をするなと、マニュアルにあったからだ。
「こんな思いしてるのに、金が足りない」
そんな思いをしてようやく給料日になったかと思えば、軍に努めていた際よりもはるかに少ない金額であった。自分が英雄とされており、戦争時に命がけで戦っている軍人への給料は高かったのだと、スカイは今さらながらに思い知る。
「こんなんじゃ修理費を賄えないわ。かと言って他に仕事なんて」
「い、いらっしゃいませ~ッ! お、お兄さん、ウチで飲んでいかな~い?」
すると裏路地から、ぎこちない猫撫で声がした。スカイにとっては聞いたことある声であり、まさかと思いつつ顔を覗かせてみると、路上に立って客引きをしている一人の女性の姿がある。
肩くらいまである白い髪の毛を後ろ頭でまとめて銀色のポニーテールリングをつけ、そこには濃い紺色の髪の毛が腰くらいまで伸びている。ノースリーブの白いドレス姿でこそあったが、何度もボコしたその顔は忘れていない。
「ゴリじゃん」
「ああァッ!? 誰がゴリだ、ってスカイのババアッ!?」
空賊、ガールズハウスのボスであるゴリだった。
「ンだテメーッ!? 遂にはアタイの仕事の邪魔までしに来やがったのか、アアァッ!?」
ゴリは先ほどまでの猫撫で声を捨て、馴染みのある恫喝を繰り出してくる。そうそうこういう奴だったと変な安堵感を覚えつつ、スカイは首を捻った。
「仕事? アンタら空賊じゃなかったの?」
「テメーがリトルプリンセス壊しやがったから、修理代稼いでんだよッ!」
「ああ、そういうこと」
スカイの脳裏に、ヨハンを助けた際に真っ二つにしてやったリトルプリンセスの前で、途方に暮れていたゴリの背中が蘇った。確かにあれだけ壊してやったら、ゲオルクではないにしても修理代もバカにならないだろうと。
なお、彼女以外の手下も他の仕事に就いているのだとか。
「覚えてろよこの三十路ババア。今に蘇ったアタイらが、テメーのクイーンルビーをおじゃんにして」
「そう。楽しみにしてるわね」
ガンをつけてきたゴリに対して、スカイはさっさと踵を返した。
ババア呼ばわりされたのは癪に触るが、仕事で疲れている今、それを言い返す元気もない。明日も早いのだからさっさと帰って寝ようと、それしか考えていなかった。
なお、彼女は今、ランバージャックの家の応接室を間借りしている。
ちなみにその間の滞在費は、きっちりと修理の見積もりに上乗せされている。
「おい待て」
スカイの肩をゴリが掴んだ。
「何よ? こちとら仕事帰りで疲れてんの。アンタの相手なんかしてられないのよ」
「仕事帰りだァ? 自慢のクイーンルビーが見当たらねーぞ」
「アンタと一緒よ。壊れたの。直す為に働いてんのよ」
「ハァッ!?」
ゴリが素っ頓狂な声を上げた。うるさい、とスカイが顔をしかめる。
「テメー、誰にやられた。言え」
「そんなこと関係ないでしょ?」
「テメーを撃ち落とすのはアタイらなんだよ。何勝手に負けてやがる、許さねェぞ」
嫌に強く肩を握られている所為で、スカイはゴリを振り払うことができなかった。軍で仕込まれた体術でもって無理やり引きはがすこともできたのだろうが、疲労困憊の今はそんな元気もない。
一方的にライバル視されているらしく、適当に言っても納得してくれないだろう思った彼女は、ドロシーとの決闘について手短に話した。幸いにして裏路地は人通りが少なく、彼女らを気に掛ける者はいない。
「分かった? アタシはクイーンルビーを直して、あの高慢ちき巨乳にリベンジしなきゃならないの。邪魔しないで」
「あの子の為か?」
黙って話を聞いていたゴリが、最初に口にしたのはヨハンのことだった。少しだけ目を丸くしたスカイだったが、すぐに息をつく。
「別に、彼の為なんかじゃないわ。勘違いしないでちょうだい」
「ハァ? じゃあなんでそのオジョーサマ相手にリベンジすんだよ?」
「アタシは約束を果たしてないから」
はっきりとした口調で、スカイは言い放った。
「一人の大人として、女として。男と交わした約束を破ったままにしておくのは、座りが悪いの。アタシはそれを清算しに行くだけよ。他意なんかないわ」
「……へェ」
話を聞いたゴリは、ニヤリと笑っていた。
「そんだけで元カレの形見まで売って、働いてんのねェ」
「何よ、その気色悪い顔。だからアンタ、男がいないんじゃないの」
「ああ、今はいねーよ。アタイは待ってんだからなァ」
スカイの軽口に対して、ゴリは遠くを見るような目をする。
「待ってる?」
「アタイに空賊を教えてくれた男が軍にしょっ引かれた際に、いつか迎えに来るっつってたからなァ。健気に待ってやってんだよ」
ニッと笑ったゴリに対して、スカイは目を細めた。
「軍に捕まった空賊の末路を、知らない訳ないわよね?」
「知らねェな」
スカイの核心を突くような質問に対しても、ゴリは調子を崩さない。
「アタイは待つだけだ。約束した男を信じて待つ、イイ女だろ?」
「……そうね」
これ以上は野暮か、そう思ったスカイは改めてこの空賊を見た。
「思った以上に、アンタはイイ女だったわ。意外なほどにね」
「一言多いんだよ、この三十路ババア」
「誰が三十路よ、アタシはまだ二十九よ」
「ハッ! 調子戻ってきたじゃねーか。来な」
するとゴリが、顎をクイっとしてスカイを促した。
「何よ?」
「カネが要るんだろ? アタイが勤めてるとこに口利きしてやるよ。何せ夜の酒場だ。上手いことカネ持ちを捕まえられれば、そこらの店よりは稼げるだろうさ」
「はい?」
踵を返したゴリの言葉に、スカイが目を丸くした。
「なんでアンタがそこまでしてくれるのよ。そもそもアタシの所為なんじゃなかった訳?」
「テメーがシケてると、アタイまで調子が出ねェ」
こちらを振り向かないままに、ゴリはそう言った。
「それだけだ。それとも何かァ? あの子の為に頑張ってるテメーと同じで、アタイがお前の為にしてやってるとでも思ってんのかァ?」
「アタシは別に、あの子の為に頑張ってるんじゃない」
「なら同じだよなァ」
ようやく振り向いたゴリのしたり顔に、スカイはしまったという表情になる。自分の言い訳の使い方を、そのまま返されてしまっている形だ。
「ま、無理にとは言わねェよ。勝手にやりたきゃそれで」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと案内しなさいよ」
スカイが歩き出すと、ゴリは満足そうに笑った。
「おお、怖。これだからババアは」
「誰がババアよ、このゴリ」
「だから略すなァッ!」
並んで歩く二人の姿は友達同士にしか見えなかったが、当人たちに言えば必ず否定してくることが目に見えているので、ここで記すだけにしておく。
こうして、スカイは昼に
最初こそ昼間以上のセクハラが横行しているスナックでの接客に抵抗感を示していた彼女だったが、
その内に距離感を覚えた後、彼女はお店で頭角を現していくことになる。常連を何人か抱え、話を聞いて上手いこと乗せ、ボトルを入れさせるのだ。コツを掴んだ彼女は売上を順調に伸ばしていき、店の顔になる。
合わせて
あとこれは余談だが、厨房には一度入った際に熱し過ぎて鍋を破裂させ、その後は出禁となった為に接客の仕事しかしなくなったこともある。
「アタシは接客の女王よッ!」
何か違う物語が始まりそうな勢いであったが、すぐに本題に戻されることになる。稼ぎも安定し、ゲオルクの修理も終盤に差し掛かってきた頃、ミヨからヨハンが結婚することになったという話を聞いたからだ。
相手はもちろん、ドロシーである。本気で嫌らしく、ヨハンの学校での荒れっぷりが一層酷くなったと聞いたスカイは、彼女に問いかけた。
「ヨハンの結婚式はいつなのかしら?」
「え、えっと。確か来月だって」
ランバージャックの家に居座ったことで、スカイはミヨともかなり仲良くなっていた。休みの日には、一緒に買い物に行くくらいである。一人っ子であった彼女は妹ができたみたいで、かなり嬉しかった。
「来月ね、ありがとうミヨちゃん。今度、ケーキでも食べに行こっか」
「うん、スカイ姉さんっ! でもわたし、ケーキとビールは合わないと思うんだけど」
「この良さが分かるのは大人になってからよ」
すっかり馴染んだ応接間の中でミヨと取り留めのないやり取りをしつつ、スカイは頭の中で計画を練る。
計画の名前は、花婿泥棒であった。
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