賞賛と疑惑


 何とか生きて帰ったマギーが報告すると、彼女を待っていたのは歓迎の嵐だった。啞然とした彼女を差し置いて事は進んでいき、遂にはアルタイル国王直々に表彰されることになる。

 城の中庭に招待され、彼女はレッドカーペットの上で白黒カメラを抱えた記者からのフラッシュを浴びる。


 その日の空も、青かった。


「よくぞここまで撃ち落としてくれた。お陰で今までにないくらいの数の機械竜ドラゴロイドが我が国の手中に入った。君こそまさに、国の英雄だッ!」

(なんなの、これ?)


 口元に白い髭を蓄え、赤いマントを羽織って金色の王冠を被った恰幅の良い国王が息を荒くして勲章を渡してくれる中、マギーは徹底的に冷めていた。

 周囲からも君は英雄だ、ゲオルクとはこれほどまでなのか、今後は竜機兵ドラグーンを中心に少数精鋭での戦闘を想定するべきか、等の声が彼女の耳に飛び込んでくる。


(なんで誰も死んだ彼らのことを言わない訳? 気のいいガリウスも、大食いのバーナードも死んだ。アタシの両親だって、国民だって……クラウス、だって。みんなみんな、たくさん死んだ。機械竜ドラゴロイドに、殺された。殺されたのよ?)


 その全てが戦果と、今後の話題だけである。

 誰一人として、亡くなった兵士への言葉がない。


「本当にあんな所業が一人でできる訳がないだろう。本当のことを話しなさい」


 一方で、彼女の直属の上司であるドリストンを始めとし、マギーの桁違いの成果を疑問視する声もあった。

 自然現象か何かでたまたま生き残っただけ、他のメンバーの戦果を独り占めしているならまだしも、実は裏で機械竜ドラゴロイドと繋がっていたんじゃないか、という根も葉もない疑いまでかけられる。


 賞賛される傍らでは徹底的に怪しまれ、取り調べられることも多かった。


(人の命よりもあんな残骸の方や栄誉が大事だって言うの? 誰かの為に、それ以上に大切なものの為に生き続けるのが、軍人なんじゃないの? アタシはあんなもんの為に戦ってたとでも言うの?)


 二つの事柄が、傷心中の彼女に追い打ちをかけていく。やがては、それらに対する軽蔑という感情を芽生えさせる程に。


(何の為に戦ってるかなんて、分からない。分からない、けど)


 いつの間にか、マギーは軍の中で避けられるようになった。廊下を歩いていても、海が割れるかのように避けられていく。

 理由は彼女の功績によって軍の方針が変わり、竜機兵ドラグーンやその他のパイロットへ求められるものが高くなってしまったことに対する不満からだ。


「おい見ろよ、紅い英雄サマだぜ?」

「ったく余計なことしやがって。あんな芸当、できて堪るかってんだ」

「アイツは俺らとは違う。ただの例外だっての」


 歩く中で両隣から聞こえてくる、心無い言い回し。マギーは内心で毒づきながら、それらを無視していた。

 いつしかその噂が広がり、彼女は真紅の英雄スカーレット・イレギュラーと呼ばれるようになる。兵士同士で冗談めかして話していたのを新聞記者が聞きつけたことで、彼女の代名詞へと持ち上げられたのだ。


 国としても分かりやすい異名ということで、宣伝にすら使われる始末であった。


「お疲れ様。辛かったな」


 そんな中でも、マギーを心配してくれる者もいた。研究部のヤコブである。部下と密かに想い合っていたであろう相手を失った彼女を、彼は慰めてくれた。

 まともな人もいる、と彼女は少し安心する。


「この度はご愁傷様です。しかしどうやって、あんな数の機械竜ドラゴロイドを倒してきたんですか? 記録に残っている数値も、あり得ないものばかりですし」


 英雄とされても態度を変えてこないランバージャックについても、彼女はいい意味で捉えていた。遠巻きに敬遠してくる奴らに比べたら、百倍はマシだと。

 ただ彼らはマシなだけであり、彼女の心に芽生えたものをどうにかできるレベルではない。


 適当に返事をしたマギーはすぐにその場を後にする。そのまま基地の裏口から出た彼女は、扉を背にして座り込み、一人で吐き捨てた。

 胸中に宿った、明確な感情を。


「アタシはこんなもんの為に戦ったんじゃない」


 絶賛の声も、疑いの声も、妬みの声も。気遣いの声だけでは掻き消してくれなかった。

 だからマギーは拒絶した。否定した。


 くだらない奴らだと、見下した。

 そうでもしない限り、無遠慮にぶつけられる戯言に耐えられなかったから。


「あー……ったく、もう」


 ふと、彼女は空を仰いだ。その日もあの日と同じ、快晴だった。


「青い、わね。なんて綺麗なの」


 唐突に、彼女は理解する。殺意を剥き出して戦っていた時も、冷めた内心で表彰されていた時も、今も。

 この空だけは、ずっと彼女を見てくれていた。


 もちろん、ヤコブのように心配してくれる人もいたが、所詮は半端な理解での善意からくるものでしかない。

 本当の意味で自分を見てくれているのは、この空だけなのだと。


「もう、どうでもいいわ」


 それを理解した時、マギーは国や軍との決別を決意した。ここに居る必要はない、居たくないと、本気で思ったのだ。

 彼女は密かに機を待った。そして機械竜ドラゴロイドがいなくなってきた頃。ひょっとして襲来が終わったのかと国王や軍部、国民らが浮足立ち始めた時を見計らって、彼女はクイーンルビーで飛んで逃げた。


 その手の中に、密かに回収していたスターペガサスの竜玉ドラゴコア、クラウスの形見を持って。


「アタシはもう真紅の英雄スカーレット・イレギュラーでも、マグノリア=アルスカーレットでもない。英雄なんて肩書きは、名前ごと捨ててやる」


 廃墟となった山奥の前線基地に身を隠した彼女は、クイーンルビーの象徴であった真っ赤な機体を群青色に塗りつぶした。自分自身の髪の毛も脱色し、同じ色に染め上げる。


「見てくれるのは、あの空だけ。だから、アタシはスカイ。アタシは、空がいい」


 真っ青になった自分の長い髪の毛を見て、彼女はマギーであることを捨て、スカイになった。ゲオルクを持ち逃げした彼女はすぐさま軍から指名手配されることもあり、身を隠す意味もあった。

 その後は燃料の要らないクイーンルビーを駆使して、彼女は野良で賞金稼ぎの仕事を始める。最初に討伐したのは、ガールズハウスであった。


「よくもやりやがったな、このクソババアッ!」

「誰がババアだ、このゴリッ!」

「略すなァッ!」


 当時は幅を利かせていたガールズハウスは賞金が高く、スカイはそれ目当てで何度も撃墜することになる。

 結果、彼女らの評判はガタ落ちし、賞金も減り、彼女らからも目の敵にされることになった。


「あーあ、ひもじいわねえ」


 軍の時代とは違って定額の給料が入ってこない賞金稼ぎの生活にも慣れ始めた頃、彼女はラジオで緊急速報を聞くことになる。

 それこそがガールズハウスらによる、ヨハン誘拐の報であった。

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