吠えた英雄と初めての共鳴
彼女の視界の先では、炎上したスターペガサスが機体をバラバラにしながら墜落を始めている。
「く、クラウス?」
マギーは愛している男の名前を呼んだ。
しかし返事は返ってこない。
慌てて周囲を確認したが、非常脱出用の落下傘の姿もない。
先ほどのガリアスやバーナードと、同じだ。
つまり、彼は。
「あ、あああっ」
嘆く彼女の元にも、数多の色の光線が飛来していた。先遣隊がやられたことで、本体が動き出していたのだ。
いや、先遣隊との交戦に入った時から、彼らはずっと近づいてきていた。それが今、逃げられない距離へと詰められただけなのだ。
「……さない」
ロクに考えないまま、マギーは反射神経だけで操縦して光線を回避していた。
そんな彼女の頭の中にある感情は様々だ。
悲嘆、戸惑い、やるせなさ、後悔。
そしてそれらの全てを塗りつぶしていく――怒り。
「許さない、許さないッ!」
血液が沸騰を始めたのではないかと錯覚するくらいに、身体中が熱くなっていた。操縦桿を握る手は、これ以上ないくらいに強くなっていた。
力み過ぎた身体は震え出し、フルフェイスヘルメットの下で食いしばっている歯がむき出しになる。
眼球に繋がる視神経が浮き上がっているのではないかという勢いでマギーが目を見開いた時、彼女自身に異変が起きた。
被っているフルフェイスヘルメットから不思議な感覚が降りてきたのだ。
「ッ!?」
元々ゲオルクの核である
だが今、こちらから一方的に送るだけである筈だったその
次の瞬間。彼女の手足がクイーンルビーの機体と同化したかのような感覚に襲われる。
首を振らなくても周囲全ての景色がクリアに確認できるようになり、主翼の先端に至るまで手に取るように状態を把握することができた。
最後に耳に届いたのは、聞いたことのない誰かの声。
『……んの?』
「……ァァァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
最初こそマギーは戸惑いを見せたが、それもすぐに吹き飛んだ。目の前でひしめき合っている
何でもいい。
部下を、家族を、想い人を殺したこいつらをスクラップにしてやれるのであれば。
力をくれるなら、神でも悪魔でもいい。
その代償など、知ったことか。
「ドォォォラァァァゴォォォロォォォイィィィドォォォッ!」
飢えた獣のように咆哮したマギーは、操縦桿を倒した。
そこから先は、一方的な殺戮であった。
ただし、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
残弾数と目の前の敵の数を割り出し、一撃で
時には亜音速まで加速した自身の主翼で通り抜け様に翼を切り落とし、落としていく。
一対数十。本来であれば囲んで丁寧に殲滅するだけの筈の
「キシャァァァアアアアアアアッ!」
一体の
逃がさないと後を追ったマギーであったが、他の多数の
更には数多の
「知ったことかァァァッ!」
マギーは止まらなかった。機体を激しく錐揉み状に回転させ、目の前の一体へと突撃する。まるで掘削ドリルのようになったクイーンルビーは、突撃した
だが逃げた三つ首の
「もう逃がさないッ! 一体、残らず、駆逐してやるッ!」
その後のクイーンルビーは、まるで数多の家畜を統制する牧羊犬のように動き回った。
逃げようとする
最早、完全に彼女のペースであった。
一体、また一体と
気が付くと、
「ッ!?」
周囲の仲間が全ていなくなった
彼女の十八番。クラウスとの関わりから封印していた筈の、
「ハア、ハア、ハア、ハアッ。あっ、えっ?」
ハッと彼女が我に返った時。空を埋め尽くしていた
「あ、アタシ。一体、何、をッ!?」
正気に戻ったマギーには、戸惑いを覚える暇すらなかった。直後に耐えがたい程の頭痛が襲ってきたからだ。
思わず操縦桿を離した彼女は、フルフェイスヘルメット越しに自分の頭を抱える。フルフェイスヘルメットはエンジンと連動しており、飛んでいる間は外せない。
「アアアッ、アアアッ、アアアッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
操作されなくなった操縦桿がガタガタとブレて、機体が墜落を始めても。
操縦席がグルグルと回る中、マギーはそんなことに構っていられないというくらいで叫び声を上げていた。声を上げずにいられないくらいの痛みだったのだ。
『……なさいッ!』
「ッ!?」
また、誰かの声が聞こえた。
痛みは未だ引いていなかったが、マギーは咄嗟に操縦桿を握って思いっ切り引き上げる。
海に向けて落下していたクイーンルビーは指示受けたことで、水面ギリギリで機体を立て直してエンジンを全力で吹かせた。
胴体の側面の推力偏向ノズルから一気に推進力が噴射され、水しぶきが高く舞い上がる。
水滴を切り裂きながら、クイーンルビーは飛び上がった。
「ハア、ハア、ハア、ハア……あっ」
息を切らせながら彼女が前を向いた時、真っ青な空が見えた。雲一つない晴天が、視界いっぱいに広がっている。
彼女は息を呑んだ。
耐え難い頭痛すら吹き飛ばすその青さに瞳を、心を奪われていた。
「あ、あれ、は」
どれくらい経ったのだろうか。痛みが少しはマシになってきた頃、機体を水平に戻したマギーは水面で何かが輝いたのが見える。
海上で漂って太陽光を反射していたのは、いつか研究部の机の上に置かれていたスターペガサスの
つい先ほどまでクラウスが乗っていた、スターペガサスの、である。
「クラウス」
それ以上、スカイは何も言わず。しばらく眺めた後に、彼女は機体を水面付近へと降下させていった。
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