七色の敵襲と失った彼


 その日は空雲一つない快晴だった。マギーはクラウスと他二名の部下を連れて、国境周辺の海上の空域を巡回していた。

 彼女が操る真紅のゲオルク、クイーンルビーを先頭に、フィンガー・フォーと呼ばれる左右非対称のVの字になって編隊を組んでいる。異なる機種である為に、事故を防ぐ目的で機体同士の間隔は広めに取られていた。


 彼女の右斜め後ろに、クラウスが姉から引き継いだゲオルク、スターペガサスの姿がある。

 白い機体は縦に細長い胴体の左右には垂直離陸の為に、シャフト駆動によってケーシングごと回転偏向が可能な四基の遠心式ブロワーが取り付けられている。


 地面と平行に伸びている主翼は端が滑らかな形状になっており、高めの垂直主翼と下反角が与えられた水平尾翼がある。操縦席の近くには「Star Pegasus」という黒い印字もあった。

 その他二名の機体は通常の航空戦闘機であるが、スターペガサスを基にして作られている為に、似たような形状をしていた。


 初期のゲオルクの一つであるスターペガサスは、応用しやすい形状から後継機が多く作られているのだ。


「クラウスより隊長へ。妙だと思いませんか?」

「マギーよりクラウス。何が妙なの?」


 機体に備え付けられた拡声器が響き、マギーの耳にクラウスの声が届く。


「この辺はもう国境の筈です。いつもであれば、他国の巡回機と出会いそうなものですが、今日は未だ一機も見てません」

「確かにそうね」


 マギーも頷いた。

 国の境となれば、どちらの領分かをはっきりさせるべきラインだ。機械竜ドラゴロイドに対応する為に、どの国の飛行機がどこを飛んでも良いとする対機械竜ドラゴロイド臨時特別空戦域が国際条約として結ばれてはいるものの、国ごとの縄張り意識までがなくなった訳ではない。


 通常であれば、これ以降はこちらの領域だと言わんばかりの飛行機が、何機か飛んでいそうなものなのだが、それが全く見えないのだ。


「何かあったと見ても良さそうだわ。全機、警戒態せ」


 そこまで話した時、マギーの視界の端で何かが光った。嫌な予感が全身を駆け巡る。彼女は咄嗟に叫びながら、操縦桿を倒していた。


「全機、回避行動ッ!」

「うわぁぁぁッ!?」


 直後、彼らの元に一筋の光が伸びてきた。光線だった。その光は編隊の最後尾にいた航空戦闘機を貫き、パイロットの悲鳴が上がる。


「ガリアスッ!」


 部下の名をマギーが叫んだ時、彼が乗っていた航空戦闘機は爆発した。胴体が折れ、主翼が半壊し、燃え盛る中でバラバラになりながら落下していく。

 嘆く暇もないまま、彼女は光線の発射された方角を見る。彼女の視界には、信じられないものが映っていた。


「ど、機械竜ドラゴロイドが」

「何ですか、あの数はッ!?」


 続いて声を張り上げたのは、クラウスだった。彼の目にも、彼女と同じものが見えているらしい。

 遥か彼方からこちらへ向かって飛翔してくる、ワイバーン型をした機械仕掛けの竜、機械竜ドラゴロイド。様々な色の竜鉄ドラゴメタルを持つそれらは、太陽光を反射して七色に輝いているようにも見える。


 しかし彼らには、その美しさを堪能する余裕はなかった。何故なら、その数が膨大であったからである。

 パっと見るだけでも数十、下手をすると中隊クラスの数がいるかもしれない恐れがあった。


「駄目よ。あんな数相手にしてられない、全機撤退ッ!」


 他国の飛行機がいなかった理由はこれか、と納得したマギーの判断は早かった。

 正面からぶつかって、まず勝てない戦力差である。しかも既に一機は撃墜されてしまっていて、自分を含めた味方に動揺が走っていることは、考えるまでもない。こんな状態で戦うなど、自殺行為だ。


 更には、その大群から容赦なく光線が放たれてきている。操縦桿を振り回して、彼女は叫び続けた。


「各位ッ! 道順も隊列も放棄なさいッ! 何が何でも、生き残るのッ!」


 七色の光線が幾重にも飛び交う中を、クイーンルビーは機体を回転させながら縫うようにして飛び回る。世界の上下が激しく入れ替わる中、彼女は必死になって声を荒げていた。


「隊長ッ! 足の速い一部が迫ってきてますッ!」


 クラウスの声がした。マギーが首を振ってみれば、光線の向こう側から何体かの機械竜ドラゴロイドが、一直線にこちらへと迫っている。


「アタシが相手する、アンタ達は逃げな」

「あああああッ!」


 こちらを逃がさない為の先遣隊だ。そう判断したマギーは、迷いなく指令を出して機体を傾け、迎え撃とうとした時。もう一人の部下の悲鳴が聞こえてきた。


「バーナードッ!」


 彼女が目をやれば、スターペガサス型の航空戦闘機が燃えながら落下していっている。脱出用の落下傘は見えず、彼の末路が見えてしまった。


「クラウスッ! こうなったらアンタだけでも」

「その命令は聞けません。一人にはさせませんよ、隊長ッ!」


 残った部下はあと一人。せめて彼だけでもと思ったマギーであったが、彼女の命令は無視された。彼女の近くに、スターペガサスの機体がある。

 クイーンルビーとスターペガサスは、横薙ぎに乱れ飛ぶ光線の雨あられの中を、縦横無尽に動き回りながら、先遣隊と思われる機械竜ドラゴロイドへと向かっていった。


「バカッ! 何してんのよッ!」

「バカは隊長ですッ! こんな数に一人で向かって、生き残れる訳ないでしょうッ!?」

「だからってアンタが来ることないじゃないのッ! この状況をいち早く本部に知らせないといけないってのに」

「なら隊長が戻ってくださいッ! 僕が引き付けますッ!」

「ナマ言ってんじゃないわ、このヒヨっ子がッ! ああもうッ!」


 マギーは舌を打った。やり取りしている間に、先遣隊との距離が近づいてしまっていた。

 ここからはもうドッグファイトの領域だ。今さら背中を見せて逃げれば、それこそ追いかけ回されるのがオチである。


 やるしか、ない。


「こいつらを叩き壊してすぐに帰還するわよッ! 命令は一つ、死んだら殺すッ! 良いわねッ!?」

「了解しましたッ!」


 クイーンルビーは右に、スターペガサスは左に旋回した。固まって動けばただの的になり、流れ弾でやられる可能性も増えてしまう。危険ではあるが分かれて戦い、各個で撃破していくしか道はなかった。

 まだまだ未熟な部下を一人で戦わせるのには不安しかなかったが、マギーの方にも余裕はない。


 何せ先遣隊としてきた機械竜ドラゴロイドは、全部で六体。単純計算でも、一人で三体も相手にしなければならないのだ。


「キシャァァァアアアアアアアッ!」


 機械竜ドラゴロイドが咆哮を上げる。それと同時に六体が分かれ、三体ずつになって襲い掛かってきた。

 味方に当たることを考慮してか、背後にいる無数の機械竜ドラゴロイドからの光線が止んでいる。いま相手すべきは、目の前の六体だけだ。


「舐めんじゃないわよポンコツ風情がァァァッ!」


 スカイはクイーンルビーの機体を回転させながら一体に肉薄し、二十五ミリ機関砲を放った。真紅の機体が太陽光で輝いた時、放たれた弾丸が表面の竜鉄ドラゴメタルの胸部装甲を突き破って内部を抉った。


「ォォォオオオオ」


 鈍色の身体を持っていた一体の機械竜ドラゴロイドが、弱々しい断末魔と共に落ちた。翼を畳み、一直線に落ちていく様は、機械には思えない有様だ。

 通常の数体程度が相手であれば、研究の為にと奴らの首元近くの胸部にある竜玉ドラゴコアを破壊しないように、数機で両翼を穿って撃ち落とすのがセオリーだ。竜玉ドラゴコアさえあれば新たなゲオルクが作れ、人間側の戦力が増すからである。


 だが今のマギーに、それを念頭に置いて攻め立てられる程の暇はない。


「ァァァアアアアアアアッ!」


 ありったけの声を張り上げながら操縦桿を倒し、引き金を引き続けた。旋回し、宙返りし、逆さを向いて飛んだかと思えば機体を回転させる。

 一発でももらったら死ぬ、という意識から、彼女は決して同じ動きを繰り返さないことを念頭に、クイーンルビーを操り続けた。


 残された二体の機械竜ドラゴロイドに追い回された彼女は、機体を加速させる。

 こちらとは違い急停止や急旋回が容易である相手に、小手先の動きは通用しない。振り切る勢いで飛び続け、相手が速度に乗った隙を突かなければ、先手を取ることができないのだ。


「ガリアスとバーナードの、そして両親の仇よッ!」


 宙返りの頂点で背面姿勢からロールし、水平飛行に移行するインメルマンターンという空戦機動を行ったクイーンルビーが、振り向きざまに機関砲をぶっ放す。

 加速し始めていた機械竜ドラゴロイドはその弾丸をモロに受け、一体、また一体と墜落した。彼女一人で、三体も撃墜したのだ。


「クラウスッ!」


 それでもマギーは油断しなかった。すぐさま生き残った部下の名前を呼び、首を振って彼の位置を探る。視界内に三体の機械竜ドラゴロイドに追われている、真っ白なゲオルクの姿が映った。

 クラウスもまた、マギーと同等の戦術を取っていた。お陰で彼の乗ったスターペガサスに追いつく為にスピード上げていた三体の機械竜ドラゴロイドは、マギーの接近に一瞬遅れて気が付く。


 その一瞬が、千載一遇のチャンスだ。


「アタシの男に何してくれてんのよ、このドサンピンッ!」


 急接近したクイーンルビーから二十五ミリ口径の弾丸が、雨となって機械竜ドラゴロイドらを背後から襲う。

 背中から胸部にかけて貫かれた二体が落ちていったが、残りのモスグリーン色の一体は致命傷には至らなかった。


 マギーの方へと首を向けると、その顎を容赦なく開ける。光線の前触れだ。


「不味ッ」

「マギーさんッ!」


 この近距離での回避は厳しい。そう覚悟したマギーの耳に、クラウスの声が届いた。

 彼は急旋回してこちらに戻ってきており、その一体に肉薄しながら搭載された二十ミリ機関銃を放つ。彼の放った弾丸の方が早く、機械竜ドラゴロイドの胸部から胴体にかけて一直線に貫いていった。


 スターペガサスが通り抜けた直後に爆発が起き、モスグリーン色の機械竜ドラゴロイドは口を開けたまま落下していった。


「助かったわクラウス。それに免じて、任務中に名前呼びしたのは聞かなかったことにしてあげる」

「間に合って良かったです。それよりも隊長。僕のこと、アタシの男だって」

「んなッ!?」


 マギーの声が上ずった。対照的に、クラウスの声は弾んだものになっている。


「いつもはツンケンしてる癖に、本当は想ってくれていたんですね。嬉しいです」

「ば、バカッ! い、いいからさっさと離脱するわよッ!」

「ええ。帰ったらゆっくりお話を」


 直後、スターペガサスを一筋の黒い光線が貫いた。

 マギーの目の前で、スターペガサスが爆発する。


「――えっ?」


 目を見開いた彼女は、間抜けな声を上げることしかできなかった。

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