研究者肌の彼と高い修理費


 先立つものがなければビールの一缶もままならない。瓦利斯飯店ヴァリスはんてんにはツケという制度が存在しない為に、貯蓄が底を突き始めたスカイはお店にすら入れなくなってしまった。

 そこまで来てようやく現実を受け入れざるを得なくなり、彼女は重い腰を上げることにする。まずは、壊れてしまったクイーンルビーの修理だ。


 相棒兼商売道具が壊れたままでは仕事もへったくれもない為に、昔馴染みに電話をかける。


『まずは状態を見ないとなんにも分かりませんので、一度こちらへ来てください』


 電話の向こうの声は若い男性で良い声なのだが、その口調は何処か素っ気ない感じがあった。

 相変わらずだな、と思いながらスカイはトラックをレンタルし、クイーンルビーの残骸を積み込んだ。布製の鞄にはクラウスの遺品である竜玉ドラゴコアを詰めて、助手席に置く。


 運転することしばし、彼は街中になった広い邸宅へと足を踏み入れていた。周囲を塀で囲まれており、二階以上が存在しない平屋という造りの家だ。

 屋根には東にあるスピカ国で伝統的に使われている瓦という素材が並んでおり、木造りの家にマッチしている。その隣にはトタン屋根の、航空戦闘機一機が余裕で入るくらいの大きい工場があった。


 街中でここまでの敷地を持っているということで、ヨハンよりも数段上の金持ちであることが見て取れる。


「お久しぶりです。今はスカイさん、とお呼びした方がいいですか?」

「久しぶりね、ランバージャック。ええ、そっちでお願い」


 トラックで乗り入れた時、玄関のところに一人の男性が立っていた。

 長身であり細く硬い髪質の白髪はストレートショートであり、長めの前髪の合間からはフレームレスの眼鏡が覗き、その奥には翡翠色の瞳。白いワイシャツに赤いネクタイを締め、その上から白衣をまとっている。


 スーツのズボンも茶色の革靴も綺麗にしており、その出で立ちと相まって身なりの良い印象を受けた。

 スカイがランバージャックと呼んだ彼こそ、かつてアルタイル国軍にてヤコブの下で研究開発を行っていた、機械竜ドラゴロイドの研究者である。


「クイーンルビーが壊れたとお聞きしましたが……ほとんど全壊じゃないですか、これ」


 敷地内の工場にトラックを乗り入れた時、荷台を確認したランバージャックがため息を吐いた。


「ええ。でもアンタ、ゲオルクはしばらく触ってなかったんじゃない? 副業の金貸しが忙しそうで」

「そうですね。研究の為にも、先立つものは必要ですから」

「そんな中でのアタシの申し出は、渡りに船でしょ。久々に思いっきりゲオルクを弄り回せるんだからさ。じゃ、さっさと直して」

「少しお待ちください」


 荷台に上がったランバージャックは、残骸のクイーンルビーを順番に見ていく。時には触り、繋げてみようと物を合わせてみたりしながら、一つ一つ指さし確認をしていった。

 その後、スカイは彼によって家に上げられ、掛け軸や違い棚、障子がある畳の応接間にて緑色のお茶を振舞われる。素足のままあぐらをかいた彼女はお茶を一口飲んで、「苦ーい」と顔をしかめていた。


「お待たせしました。一通り確認してみましたが、修理にはだいたいこれくらい必要ですね」

「ブフォアァッ!?」


 少しして、ランバージャックが修理内容と費用をまとめた見積書を持って現れた。その紙を見て、スカイはお茶を噴き出す。そこには、この家を敷地ごと買えるのではないかという金額が記載されていた。


「いくらなんでもぼったくり過ぎじゃないのッ!?」

「これでもむしろ良心的な価格ですよ。そもそも各国がこぞって研究に乗り出している中、修理の素材を調達するだけでいくら必要だと思っているんですか」


 ランバージャックの言葉に、スカイは苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 何処からともなく現れていなくなった機械竜ドラゴロイドの各部品は、撃ち落とした分しかないという絶対量が決まっている。未知の技術で作られた機械であるが故に誰もが注目しており、各国が高く買い取りを申し出ている始末だ。


 そのような世情では、表面素材である竜鉄ドラゴメタルの一片でさえ高値で取引されている。何処かに人知れず落ちたやつはないかと山や海へ繰り出している、トレジャーハンターがいるくらいなのだ。


「むしろゲオルクの残骸を全て引き取って通常の航空戦闘機をお渡しする方が現実的です。余程の金銭がない限り、クイーンルビーは諦めてください」

「い、いやでも。クイーンルビーは、アタシにしか動かせないんだし」

「実例は少ないですがクラウスさんのように、他の方でも波長が合う場合があります。それを調べるのも、研究の内です」

「あ、アタシが実験体になってあげようかしら? ほら、軍の時代じゃ、アタシの基本的人権を無視した実験ばっか」

「それだけでは賄えません。今後の一生をかけても、足りない可能性があります」


 自身の有用性を少しでもアピールしたかったスカイだが、ランバージャックの反応は一刀両断だった。


「軍からゲオルクを持ち逃げした貴女です、他の機関なんかは頼れないでしょう。現状、国の機関以外でゲオルクを直せるのは、同じように軍を後にして、アコギな商売をしつつ研究している私くらいのものでしょう。他を探していただいても構いませんが、協力はしませんので。金を用意するか、ゲオルクを売るか、他をあたるか選んでください。私はどれでもいいです」

「う、うううっ」

「ただいまーっ!」


 選ぶ選択肢などないのではないか、そう思ったスカイが唸っていた時、不意に、幼い女の子の声が室内に響き渡った。

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