助けられた彼女と昔の手紙
たったったったと廊下を走る音がしたかと思えば、勢いよく障子の扉が開かれる。
「ランバージャックさん、おやつどこーっ!?」
「ミヨさん、来客中ですよ」
現れたのは金色の髪を揺らした女の子だった。腰くらいまでの長さがある金髪は、軽くウェーブがかかっている。頭頂部付近には、アホ毛が立っていた。紫がかった青色の、こぼれ落ちそうなくらい丸くて大きい瞳がある。
胸の部分に青い花の刺繍が入っている、ポケットのついた子ども用の白いワンピースを着て、茶色い肩掛けバッグを下げている。学校帰りだということが一目でわかる様子であった。
「えっ、あ。ご、ごめんなさいっ!」
勢いよく頭を下げた彼女、ミヨを見て、スカイはしかめていた表情を緩める。
「気にしないで。ちょっと困ってたとこだったから、なんか落ち着いたわ」
「そ、そうなんです……あれ?」
顔を上げたミヨが、丸い目を更に丸くしていた。じーっとこちらを見てくるので、自分の顔に何かついているのか、とスカイが疑いそうになった時に、彼女が指を指してくる。
「あーっ! 賞金稼ぎのお姉さんっ!」
「お姉さんッ!?」
スカイの耳は自分にとって耳障りのいい単語だけを拾った。
「いい子ねえ、子どもはやっぱりこれくらい素直じゃないと、駄目よね」
「えっ? あ、いや。お姉さん、わたしのこと、覚えてない?」
「ん?」
ミヨの近くに寄ってしゃがみ込み、頭をなでなでしていたスカイは、そこまで言われてようやく彼女の顔をもう一度見やった。言われてみればと、頭の片隅に引っかかるものがある。
「あっ。もしかして前に船に乗ってたミヨちゃん?」
「そうっ! ヨハン君を助けてってお願いしたじゃない」
少しして、ようやくスカイは思い出した。ガールズハウスらによるヨハン誘拐の際に、船の上で拡声器を持ってお願いしていた女の子が、目の前の彼女だった。
「ごめんなさいね、言われるまですっかり忘れてたわ」
「ミヨさん。スカイさんは歳なんです、分かってあげてください」
「うん、わかった」
「んだと、このロリコン眼鏡」
ランバージャックのフォローではない一言に、スカイの額に青筋が走る。
「ロリコン眼鏡? 私の名前はランバージャックですが」
「そういう意味じゃないのよ。ったく、相変わらずボケてんだか、本気なんだか」
「お、お姉さん、ランバージャックさんと知り合いなの?」
「ええ、昔の同僚よ」
恐る恐る、と言った様子で聞いてきたミヨに対して、スカイがあっけらかんと答える。すると彼女は、心底安堵したかのように息を吐いた。
「そ、そうなんだ。良かった~」
「良かったって、何が?」
「えっ? あっ、いやその。な、なんでもないからっ!」
スカイが小突くような言葉を投げてみれば、ミヨは顔を真っ赤にして手をぶんぶんを振っている。
微笑ましいものを見る顔になったスカイだったが、ふと、気になったことを聞いてみることにした。
「ヨハンは元気?」
「ヨハン君? あっ、うん。元気、なんだけど」
ミヨは言いづらそうに顔を背けていた。彼女の様子に、スカイは目を細める。
「どうかしたの?」
「あ、あのね。ヨハン君、何か嫌なことがあったのか。最近、誰も話しかけられないくらい、機嫌が悪くて」
「……そう」
「ミヨさん。まだ手を洗っていないんでしょう?」
話の途中ではあったが、ランバージャックが割って入ってきた。
「帰ったら手を洗うようにと、言いつけていた筈ですが?」
「あっ、うん。す、すぐに洗ってくるねっ!」
すると、ミヨは背筋をピンっと伸ばして、たったったったと駆けて行った。その後ろ姿を見つつ、スカイは口を開く。
「んで、あの子どうしたのよ。研究一筋だったアンタが子守りなんて、似合わないなんてもんじゃないんだけど?」
「彼女も、私の研究の一環です」
調子を変えないランバージャックに対して、スカイの眉がピクリと動く。
「研究の一環? まさかアンタ、あの子まで実験体にしてるんじゃないでしょうね?」
「彼女はされていた側でした。非合法な
立ち上がったスカイに対して、ランバージャックは続ける。
「助けて、と言われたので助けました」
「……アンタにも、そんな感情あったんだ」
スカイの内心は安堵すると同時に、困惑の感情が渦を巻いていた。
軍で同僚であった頃は、彼によって勝手にクイーンルビーに装置を取り付けられては実験体にされ、その所為で死にかけたことも多数あった。
人の命よりも知りたいという好奇心を優先させるような冷血漢のイメージがあった彼からは、おおよそ似つかわしくない言葉だ。
「だから研究しているのですよ」
ランバージャックは続けた。
「私の内に湧いた感情が何なのか、どうしてミヨさんにそんな思いを抱いたのか。私は自身とミヨさんと使って、研究、観察をしています。その為には、彼女を引き取る方が効率的なので、こうして一緒に暮らしています」
「研究するまでもないと思うけどね」
やれやれ、とスカイは息を吐いた。この不器用な元冷血漢にも、人らしい感情は残っていたらしい。
なんだ、可愛いとこあるじゃないか、と彼女は面白いものを見る目で彼を見やった。
「なんですかその目は。とにかく、どうするのか検討して、またお返事ください」
ああ、そう言えば、と彼は続ける。
「先ほど話に出てましたヨハンという男の子は、ヤコブさんの息子でしたよね。彼との手紙のやり取りの中で、何度か話に出てきた覚えがあります。気になるなら、手紙をお見せしましょうか?」
「ッ!」
ランバージャックはかつて、ゲオルクを作ったヤコブの部下であった。ヤコブ自身が個人的に彼を見出して研究部に拾ってきたこともあり、親交は深かったらしい。
「手紙なんて、アタシなんかが見ていいの?」
「別にいいんじゃないですか。元々は誰かに読まれる為のものですし、相手はもう亡くなってますし」
「アンタのそういうとこ、全然変わってないわね」
「そうですか。それで、どうしますか?」
「別に、そこまで気にしてる訳じゃないけど。軽く、見るだけなら」
「わかりました。持ってきますね」
一度部屋を後にしたランバージャックは、幾ばくかの手紙を持って戻ってきた。今日はこれ以降来客の予定がないので応接間を使っていていいと言われたので、スカイはあぐらをかいたまま手紙を読んでみる。
そこにはヤコブとランバージャックの私的なやり取りがあった。ただし、研究者肌の二人である為に、内容のほとんどがゲオルクや
専門家でもない彼女が読んでいても、全く分かるものではなかった。
「……あった。ヨハンはとても素直でいい子だ。いつも笑ってて、明るい子なんだ」
その中の一部に、ヨハンについての記述があった。ほとんどがヤコブからの手紙に書いてあり、内容は息子自慢ばかりである。親バカ、という単語がスカイの頭の中に過っていた。
「とても同一人物には思えないわね」
親というフィルターを排除して考えたとしても、手紙の中のヨハンとスカイが出会ったヨハンは、全然違うような気がしていた。
いつも仏頂面で、変に背伸びをしていて、大人というものを斜に構えて見ている。彼女が知っている彼の様子は、文中に全く出てこない。
「そりゃ両親を亡くして、一人で何とかしなきゃってなったら変わりもするか」
スカイは嬉しそうな文字を目で追った。
帰りが遅くなっても、いつも玄関まで迎えに来てくれる。休みの日に遊びに連れて行けば、大喜びしてくれる。
たまに工場に連れて行ってやれば、目を輝かせてゲオルクの機体を見ていた。いつかお父さんみたいになりたい、なんて言ってくれた。
「こんなに、良い子だったのに。って、あっ」
感慨にふけっていた時に、ふと、自分の名前が出て生きていることに気が付いた。スカイではない、彼女の本名の方で。
「マギーは向こう見ずで生き急いでいる部分があったが、クラウスと出会ってからは態度が軟化してくれた。あれなら長生きしてくれるだろう、か。何よ、いっちょ前に父親みたいな面しちゃってさ……って、あんのロリコン眼鏡ェ」
なお、それに対するランバージャックの返事には、次は彼女でこういう実験をしたい、という内容であった。その内容は自身が死にかけた時のものであった為に、彼女の中にあの時の怒りが湧いてくる。
「死地に赴いてばっかりだったけど。そこそこ楽しかったのかしら、あの頃は」
スカイは手紙を置くと、軍にその身を置いていた昔に思いを馳せた。彼女がスカイではなくマギー、本名であるマグノリア=アルスカーレットであった頃のことだ。
広い家である為か、ランバージャックやミヨの生活音もそこまで響いてはこない。静かな和室で、彼女は過去を見ようとゆっくり瞳を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます