決闘裁判とその行く末
初撃の弾丸の打ち合いは、痛み分けになった。互いの機体に一、二発かすめた程度で、クイーンルビーとシルバーベルは機体を傾けてすれ違う。
「やるわね。まさか当てられるとは思わなかったわよ」
「まさか沈まないとは。少しはダンスがお上手なようで」
交差した際にスカイが軽口を叩くと、ドロシーも負けじと返事をしていた。
スカイはすぐさま機体を傾けて旋回し、首を振ってシルバーベルの位置を確認する。青空の中、左斜め上に真っ黒な機体はすぐに見つけることができた。
「後ろ、もらうわよッ!」
操縦桿を倒し、スカイはシルバーベルの後ろを狙って飛ぶ。そうはさせまいとドロシーが旋回しているが、飛ぶ軌道を予測した彼女は急角度で旋回して最短距離で迫っていく。
シルバーベルの後ろに、クイーンルビーが付いた。
「このまま終わらせてあげる」
「そうはさせませんわッ!」
クイーンルビーから二十五ミリの口径を持つ弾丸が放たれるが、狙いをつけさせまいとシルバーベルが機体を錐揉み状に回転させながら降下する。
「ちょこざいなッ!」
その後を追って、クイーンルビーが降下した。水面ギリギリまで下り、海が割れるように水しぶきを上げながら飛ぶシルバーベルを、スカイは追いかける。二機のゲオルクが水面を舞い上げた。
「水面ギリギリなら狙いにくい、なんて定石は通用しないわ」
スカイは引き金を引いた。機関砲の炸裂音を聞いたドロシーは、慌てて機体を持ち上げて回避する。
「随分と急いてますこと。舞踏会は始まったばかりだというのに」
「お生憎様。サクっと勝つって約束したのよ」
「焦って咲いた花は、誰からも摘まれませんことよ? そのお歳で独り身である訳が知れますわね」
「ならアタシは、アンタが咲く前に散らせてあげるわ」
宙返りをして天と地がひっくり返る中、スカイとドロシーは軽口を叩き合う。逃げるシルバーベルをクイーンルビーがずっと追いかける状態が続いていた。
「ホントにしつこいですこと。これが年の功というやつなのでしょうか」
「このまま一発も撃たせないまま、終わらせてやるわ」
「あら、それは困りますわ。この日の為に、二十ミリ口径弾をしっかり点検してきたんですもの。では」
左へと旋回していたシルバーベルが、直線の航路を取った。クイーンルビーからそれを見ていたスカイが、口角を上げる。
「遂に観念したのかしら? なら、これでおしまいよ」
「いいえ。わたくしのステップは……ここからですわッ!」
直後、シルバーベルの両翼についたエンジンの噴射口が真下を向いた。同時に機首が急激に引き上げられて、機体が九十度上に傾く。
それによって推進力が進行方向とは反対に向いたことで、シルバーベルは急激に速度を落とした。
コブラ、とよばれる非常に難易度の高い空戦機動である。
「なァッ!?」
急停止に近い挙動をされたことにより、後を追っていたクイーンルビーはシルバーベルを追い越してしまった。
「後ろ、いただきましたわ。わたくしの舞いは、少々激しくてよ?」
先ほどまでと逆の立場となった。逃げるクイーンルビーに追うシルバーベル。スカイは後部ミラーと自ら何度も首を振ることで、シルバーベルの位置を常に確認していた。
「二十ミリの
「当たって堪るもんですかッ!」
発砲タイミングを読んで、スカイはクイーンルビーの機体を傾けて旋回させる。
時には機体の上下を反対にして飛び、攪乱を狙おうとするが。ドロシーが操るシルバーベルは、彼女の動きを全く意に介さないままに、ただただ愚直に後ろにつけていた。
「捻くれた性格が飛び方に出ておりますこと」
「言ってなさいッ!」
スカイは再度宙返りを試みた。大地が上に来た際に、後ろをつけてくるシルバーベルの姿を捉える。
「かかったわね」
そのまま一回転するかと思ったクイーンルビーが、反対を向いたままに機体を傾けた。素直に回らずに旋回を挟んだのだ。一度横道に逸れたクイーンルビーの近くに、宙返りして追ってきたシルバーベルの機体が迫る。
「かかりませんわ、失礼」
しかしシルバーベルは、クイーンルビーを追い越さなかった。主翼の先にあるエンジンが逆方向に向き、減速したからである。
「チッ!」
横道に逸れたクイーンルビーが宙返りに戻った時、遅れて後ろからシルバーベルが飛んでくる。おまけと言わんばかりに二十ミリ機関銃を放ってきており、スカイは機体を回転させながら斜め下へと高度を下げた。
「宙返り中にまで減速できるなんて、良い腕してるわね」
「お褒めいただき、恐悦至極ですわ。さあ、ダンスはここからでしてよ」
「ええ。アンタとの決着はここか」
相手を強者と認め、久しぶりに心躍ると笑みが浮かんだ次の瞬間、スカイは言葉を切った。
何故なら、機体の甲高い音が、急に止んだからだ。
「なッ! ど、どうしたのよクイーンルビーッ!?」
「当たりましたわッ!」
「アンタの弾なんか当たっちゃいないわッ! まさか、
スカイの頭の中に、エンジンの核である
各計器のスイッチやレバーを弄っていた彼女の上に、影ができる。ギクリとして見上げてみれば、上空からこちらに対して銃口を向けているシルバーベルの姿があった。
全く操作できなくなり、ただ滑空しているクイーンルビーは最早、空飛ぶ的である。
「待っ」
「御免遊ばせ」
静止の声は届かず、シルバーベルの機関銃から二十口径弾が放たれた。弾丸はクイーンルビーの機体を容赦なく貫いていき、スカイは衝撃に耐えようと操縦桿を握って背中を丸める。
ひとしきり放たれ終わった後、ボロボロになったクイーンルビーは墜落を始めた。
「おーっほっほっほっほッ!」
ドロシーの高笑いが耳に届く中、スカイは緊急パラシュートを背負って、操縦席からの脱出を図っていた。白い落下傘が開いた時、彼女の眼下には海へと墜落していく自分の愛機が見える。
彼女にとって、初めての墜落であった。
「勝負あり。勝者、ドロッセル=ファランドール」
遠くから拡声器によるヨハンの声が聞こえた。落下中のスカイが恐る恐る目を向けていると、そこにはいつもの仏頂面に不満を宿した少年の姿がある。
彼女が目を背けようとした時、彼の方が先に背を向けた。それを見た彼女は、目線を落とすことしかできなかった。
やがてクイーンルビーが着水したことで、大きな音と共に水飛沫が上がる。それを喜ぶかのように、シルバーベルが上空を周回していた。ゲオルク特有の甲高いエンジン音が、クイーンルビーの着水音をかき消している。
「負け、ちゃった」
スカイが声を漏らした時、彼女自身も海へと着水した。視界が一気に水一色になる。後から落ちてきた白い落下傘が彼女の上に被さってきたが、彼女はそれを押しのけることをしなかった。
水中にて、彼女は胎児のように身体を丸めていく。どの面を下げてヨハンに会ったらいいか分からなかった彼女は、いっそのことこのまま沈んでいってしまいたかったのだ。
(ごめんね。ヨハン)
内心で謝罪をしたスカイは、抱え込んだ膝へと顔を埋めていく。
海の中は静かであり、ドロシーの高笑いもシルバーベルのエンジン音も聞こえない。その優しさに甘えながら、彼女も沈んでいく。
このまま何もないところへと、消えていってしまいたかった。
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