女王の紅玉と白銀の鈴


 ドロシーが指定した決闘日は快晴であった。空には雲一つなく、真夏の太陽の自己主張が一層強くなっている。

 場所は沿岸部の開けた場所であった。戦闘機の墜落によっての被害が出にくい、海上で行えとの連絡が裁判所からあったからだ。


 決闘の証人にはヨハンがなった。自分のボディーガードのことだからと、自分から名乗り出たのだ。

 当人たちとヨハン、それ以外の見物人はハウスキーパーのラウラと、ドロシーの父のセメタスである。それ以外にも墜落時の海難救助を担当する隊員と、話を聞きつけた野次馬根性の一般人がチラホラと遠巻きに眺めていた。


 彼らの目線の先には、真っ青に輝くクイーンルビーと、漆黒が鈍く光るシルバーベルがある。二機のゲオルクは少し離れたところで、互いに背後を向ける形で停められていた。


「あっれー、なんか調子良くなってなる。なんで?」


 波が寄せては返す砂浜のビーチをしり目に、潮風に吹かれながらクイーンルビーの整備をしていたスカイは、紅のボディースーツに身を包んだまま頭を掻いていた。何故か今日に限って不調が改善されているのだ。

 直って良かったと思うべきなのか、完全に壊れる前に一時的に復活しただけなのか。原因不明も相まってどう心を持ったらいいか分からずに、彼女は首を傾げるばかりである。


「お空、話があります」


 まあいいか、とスカイが機体を降りた時、彼女と同じく漆黒のボディースーツに身を包み、左腰に銀色のベルを付けたドロシーが歩み寄ってきた。


「なに、話って? まさか今になって怖気づいたのかしら?」

「違いますわ。決闘の前に、聞いておきたいことがあったのです」


 一度言葉を切ったドロシーは、真っすぐにスカイの黒い瞳を見つめた。


「お空。貴女は何の為に飛んでますの?」

「はい?」


 予想していなかった問いに、スカイは間抜けな声で返事をする。


「この距離で聞こえませんでしたか? よほどお耳が遠くについていらっしゃることで」

「違うっての、いきなりどうしたのかってことよ。そうね、強いて言えば金の為かしら」


 スカイの返事に、ドロシーは鼻で笑ってみせた。


「よく分かりましたわ。貴女が所詮、そこらの俗人と何ら変わりのないことが」

「言ってくれるわね。そう言うアンタだって、同じ穴の狢じゃないの」

「違いますわ」


 馬鹿にされたと反撃に出たスカイだったが、ドロシーはあっさりと首を横に振ってみせる。


「わたくしが飛ぶのは、いつだってファランドール家の為ですわ。わたくしは次期当主として、家を守る覚悟があります。お空、貴族の結婚については、どこまでご存じで?」

「さあ? 精々、金目当てってことかしら」

「その金目当ての為に何処の誰かも分からない相手と結婚する覚悟を、貴女は持っておりますの?」


 スカイがせせら笑う形で返事をしてみれば、ドロシーから厳しい言葉が返ってくる。彼女は口をつぐんだ。


「貴族の結婚において、市井に溢れる物語のような恋愛はほとんどありませんわ。何故なら、結婚は難しいから。家同士の利権や家格のつり合い、長男か次男か、持参金を用意できる金額はいくらか。結婚した結果、どのような家系図になるのか。そんな要素で相手が決められます。選ぶのではなく、決められるのです。そこにわたくしの恋心など、勘定されませんわ」

「息苦しい世界ね」


 何とか口を挟んでみたスカイであったが、ドロシーは揺るがない。


「ええ、そうでしょうとも。しかし、そこまでするからこそ、家を守りたいという思いだけはありましてよ。それが分からなかったわたくしは、お爺様を亡くしてしまったのですから」


 視線を左腰のベルに落としたドロシーを見て、スカイが問いかける。


「そのベル、鳴らないのね。壊れてるの?」

「鳴らないのではなく、鳴らさないのですわ。これはわたくしの、決意の表れでもあるのですから」

「決意の表れ?」

「決闘開始まで、まだ時間がありますわ。少し、昔話に付き合いなさいな」


 そう言って、ドロシーは昔を語り出した。

 国によって領地を取られる前のファランドール家は、元々有事の際に軍事を提供していた家であり、彼女がゲオルクを持っているのもその名残だという。取り分け彼女の祖父であるアルベルトの代は人竜戦役中ということもあり、国に対してかなり協力的であったらしい。


 加えてアルベルトは領地の経営も上手く、領民からも慕われていた。そのお陰もあって税収も安定しており、彼女が生まれた時はかなり裕福であった。


「わたくしは生まれた時から勝ち組でした。口に出したわがままが全て通る、そんな子ども時代だったのですのよ」


 祖母を既に亡くし、母親も病気で亡くしたドロシーは、祖父のアルベルトと父のセメタスによって育てられた。一人娘であったこともあって彼女は可愛がられ、呼べばいつでも来て遊んでくれる有様であったらしい。


「その時にお爺様とお父様を呼ぶのに使っていたのが、このベルですわ」


 今はドロシーの左腰につけられている銀色のベルは、かつては取っ手がついていて人を呼ぶ為のものであった。この音が聞こえたら、アルベルトとセメタスはいつでも来てくれたのだ。それこそ、忙しい仕事の最中であっても。


「わたくしは勉学にも取り組まず、呼びたい時にこれを鳴らしてお二人を呼びつけていました。更には縁談の話も、幼い頃から相当舞い込んできておりましたが、わたくしはその全てを蹴っておりました。そうして当然だと思っていたのですわ……あの日までは」


 ドロシーの口調が、弱々しいものになった。

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