青い彼女と白銀の彼女
全ての料理を平らげた後、スカイとヨハンは談笑にふけっていた。
長居しても怒られないお店ということもあり、二人は飲み物をおかわりしながら、悠々と席についている。
「空いている席、よろしくて?」
そんな彼らに声がかけられた。しかも女性のものである。傍らにいたヨハンが「あっ」と声を上げていた。
「ドロッセル、さん」
「お久しぶりですわ、ヨハン様」
そこに立っていたのはドロシーであった。
銀髪縦ロールを揺らした彼女はリトルブラックドレスに身を包み、左腰のところに鳴らない銀色のベルをつけている。黒いハイヒールを履き、赤いルージュで唇を彩った彼女は、蒼い瞳と共に優雅な笑みを浮かべた。
「んもう、相変わらず堅苦しいですわね。わたくしとあなた様の仲なのですから、気軽にドロシーとお呼びになって」
おほほ、と口元に手をやって笑ったドロシーに対して、スカイが指を指す。
「誰、この巨乳?」
「ドロッセル=ファランドールさん。前に家に来た、セメタスさんの娘さんだよ」
「ああ、あのおっさんの」
「初対面から随分と失礼な方ですわね」
スカイが納得した一方で、ドロシーは顔を歪めている。
「ってことは、アンタがヨハンと結婚しようとしてるってこと?」
「いいえ。ヨハン様とわたくしは、許嫁なんでしてよッ!」
「それは違うよ」
高らかに宣言した直後にすぐさまヨハンによる否定が入り、ドロシーはガクッと肩を落とした。
スカイはこのやり取りだけで、彼女に対する彼の見方が分かったような気がした。
「ともかく。わたくしのヨハン様に得体の知れないボディーガードがついたということで、ご挨拶に参りました。あなた……そう言えばお名前をお伺いしておりませんでしたわね」
「スカイよ。よろしくね、ドロシー」
「気安く呼ばないでくださいまし、このお空。何処の貧民か知りませんが、わたくしは貴族でしてよ?」
「お空て」
丁寧に呼ばれているのかバカにされているのか、あるいは両方か。兎にも角にも貧民呼ばわりされたことに腹を立てたスカイは、小突いてやろうという気持ちをそのまま口にする。
「誰が貧民よ。第一、貴族なんて土地も取り上げられて、ほとんどが家を畳んでるじゃないのよ。今さら言われても何にも怖くないわ、この没落貴族が」
ビキッ、っとドロシーの額に青筋が入った音をヨハンは聞いた。知ーらない、と言わんばかりに彼はそっぽを向く。
「……言うに事を欠いて、没落貴族とは。いいでしょう」
ドロシーはスカイの近くまでツカツカと歩いてくると、豊満な胸を彼女の前へと見せつけた。
「あなた、賞金稼ぎなのでしょう? 航空戦闘機の操縦に自信はあって?」
「なんですって?」
スカイはドロシーを見た。彼女の顔には、自信がみなぎっている。
「元々、宣戦布告をする為にやってきたのですもの。ヨハン様のボディーガードの実力、わたくしが直々に見て差し上げますわ。もし大したことないのであれば、その任を降りていただきましょう。いかが?」
「……へえ」
負けじとスカイも立ち上がると、胸を張り返した。身長では完勝だが、胸囲では完敗である。しかしその内側にある自信は、彼女に負けずとも劣らないものがあった。
「いいわ。その得意げな鼻っ柱、アタシのクイーンルビーで完膚なきまでに叩き折ってあげる」
スカイはかつて天才と呼ばれ、
あまり思い出したくない過去ではあるのだが、それ以上に空において負けるつもりはサラサラなかった。
「大した自信ですこと。改めて、宣言いたしますわ」
ヨハンが見守る中、胸を突き合わせた二人がメンチを切り合う。
「わたくし、ドロッセル=ファランドールが貴族として決闘を申し込みます。決闘内容は航空戦闘機を使ったドッグファイト。貴女が賭けるのは、ヨハン様のボディーガードの役目ですわ。よろしくて?」
「このスカイが受けて立つわ。アンタには、今日のご飯代の十倍の金額を賭けてもらうわよ」
「委細承知、でございますわ」
「決闘にカコつけてご飯代回収する気だこの人。おばさん、大丈夫なの?」
ヨハンがスカイの魂胆を見抜くと、ハア、とため息をついた。
「ドロッセルさんは貴族だ。貴族の言う決闘は、決闘裁判の略称。勝ち負けの結果が法的拘束力を持ち、後で負けたからって反故にすることはできない。そんなものを、安請け合いなんか」
呆れつつもどこか不安げなヨハンの様子を見て、スカイは笑いかけてみせた。
「心配しないの。アンタのボディーガードの強さを信じなさい」
「別に心配なんか、してないけどさ」
ヨハンはそっぽを向くと、ボソッと呟いた。
「……負けないでよ」
「もちろん」
「な、なんでもないってばっ!」
聞こえていると思ってなかったヨハンが、慌てて声を荒げた。スカイは微笑み、ドロシーは羨ましそうに頬を膨らませている。
「よ、ヨハン様? わたくしへの激励は」
「面倒くさいから怪我はしないでね」
「んん~、染みわたりますわ。まさに雨期を貴ぶ花ッ!」
「良いんだ、これで」
こうして、スカイとドロシーは戦うことになった。互いに自信を持つ、航空戦闘機同士にて。
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