父娘二人と彼らの家
ドロッセルが銀色のフルフェイスヘルメットを外し、銀髪の縦ロールを靡かせる。
そのまま意気揚々とデス・レパードの面々を軍に突き出した彼女であったが、なんと褒賞の受け取りを拒否した。
「ノブレスオブリージュ。わたくしは民の為に、貴族として当然のことをしたまでですわ」
彼女はそう言い放ったが、軍としても仕事の関係上そうはいかず。受け取れ、お断りですわのやり取りが続いた後、彼女は妙案を思いついて褒賞を受け取った。
その後、彼女はデス・レパードの被害にあった人々のもとに赴き、奪われたものを返すと共に褒賞の全てを寄付して回ったのだ。
「もう取られないように、大切に握ってなさいな」
宝石の瞳を持つぬいぐるみを黒髪の小さい女の子へと返し、頭を撫でたドロッセルは、湧き上がる数多のお礼と共にシルバーベルに乗って垂直離陸を開始する。
「ありがとう、ベルのお姉さんっ!」
いつまでも大きく手を振ってくれている女の子にウインクを返しつつ、ドロッセルは飛び去っていった。胸の中には、やり切った達成感でいっぱいであった。
そのまま飛んでいき、街の外れにある実家の庭にシルバーベルを垂直着陸させた後、操縦席から立ち上がりつつ彼女は大声を上げた。
「ただいま戻りましたわッ!」
「ドロシーッ!」
快晴の空の下、漆黒のシルバーベルが太陽光を反射して鈍く光っている。
ドロッセル改め、ドロシーに駆け寄ってきたのは、膨らんだ腹を揺らしているセメタスであった。
「お父様。領民を苦しめる空賊をコテンパンにしてやりましたわ。領地を取り上げられたとはいえ、心意気までは取り上げられません。これぞ貴族の鑑ッ!」
鼻高々に言い放ったドロシーは、両手を腰にあて、大きな胸をツンっと張るようにして仁王立ちする。目まで閉じており、さあ賞賛や労いの言葉を待っているぞ、と言わんばかりであった。
そんな彼女に対して、父であるセメタスはふう、ふう、と一度息を整えてから、口を開く。
「ヨハン君はどうしたのかね?」
「…………」
父からの言葉に、ドロシーは目を開いた。自慢げな体勢はそのままに、空を見上げて固まっている。
「…………」
「…………」
ドロシーは固まったまま無言である。セメタスも無言である。
もしかしたら、娘が自分の想像を超えたウルトラCを考えていたんじゃないか。そんな淡い期待を持って、彼は黙っている。
「…………」
「…………」
セメタスは淡い期待の裏側に、まさか、という恐れが芽生え始めていたが、彼はそれを考えないように努めていた。
それでも娘なら、娘ならやってくれる、と。
「…………」
「…………」
「……忘れてましたわッ!」
「ドロシーィィィッ!」
セメタスのまさかは、愛娘の一言で現実のものとなる。彼は叫ばずにはいられなかった。
「いえ、最初から忘れていた訳ではないのです。ただ出発してから別の空賊の蛮行を目にしてしまって、居ても立っても居られず」
「結果、そっちに気を取られて忘れた、と」
「そうとも言いますわね」
「そうとしか言えんだろうがーッ!」
セメタスはドロシーの両頬を引っ張る。彼女の頬がおもちのように伸びた。
「私が賞金稼ぎギルドに出向いて組合員がこないように根回しまでしてたというのに、このおたんちんがァァァッ!」
「いひゃいいひゃいほうしわけほはいまへんおほうひゃま~」
全く、とセメタスがため息を吐いた時、ドロシーは真っ赤に腫れた自分の頬をさすって涙目になっていた。
「お前のそのドジは、一体何処から来たんだ」
「おそらくはお父様からかと。お爺様はしっかりしてらしたので」
「私の何処がドジだというのかね?」
「社会の窓が開いてましてよ」
娘の言葉にセメタスはギョッとして視線を落とすと、慌ててズボンのチャックを閉める。
「……まあ、誰にでもミスはあるな」
「流石お父様ですわ。まるで先ほどのことがなかったかのよう」
「とにかくッ!」
気を取り直して、とセメタスは声を上げる。
「ガールズハウスに金を積んでヨハン君を誘拐させ、お前が助けて恩を得る作戦はパーになった。おまけに聞いたこともない賞金稼ぎが、彼のボディーガードになる始末だ。これはだいぶ不味いぞ」
「聞いたこともない賞金稼ぎとは、誰ですの?」
「スカイという青い髪の女性だ。おそらくはギルドに加入していない、野良の賞金稼ぎなのだろう」
「ほほう、それはそれは」
ドロシーは口元に笑みを浮かべると、自分の愛機に目をやった。
「ガールズハウスは落ち目になったとはいえ、舐めてかかると返り討ちに遭うとお聞きしておりますわ。そんな相手からヨハン様を取り返し、しかも野良とは……是非是非お会いしたいですわね」
「会ってどうするつもりなんだ?」
「まずはご挨拶でしょう。ファランドール家として、礼儀作法を欠かす訳には参りませんもの。その後はもちろん、宣戦布告です。ヨハン様を取り戻す為の戦いの幕開けですわッ!」
シルバーベルの機体に触れたドロシーは、自身の左腰についている銀色のベルに視線を落とす。
「お爺様、空の上から見ていてくださいまし。わたくしはもう、ベルを鳴らさなくても大丈夫ですから」
「ドロシー」
セメタスもドロシーの腰にあるベルに目をやった。
彼の父であり、彼女の祖父であるファランドール家の前当主、アルベルトが亡くなってからというもの、娘のドロシーは変わった。母親を早くに亡くし、一人娘として我儘放題だった彼女から、見違えるように立派になった。
貴族としての心構えを持ち、国に領地を取り上げられてなお、領民のことを忘れない程に。
何事もなければ、彼女は素晴らしい貴族になっていただろうと、容易に想像できた。
「本当に頼むよ。落ち目になった我が家の未来は、お前にかかっているんだから」
だが貯蓄を崩しながら生活している今に、そんな余裕もない。
貴族制を廃しようとする国によって領地を取られ、同胞は次々と家を畳んでいた。生き残る為にと新しい事業に手を出している者もいるが、リスクが高く、失敗の報告ばかりが耳に入ってくる。一度失敗すれば立て直しはほぼ不可能であり、安易に手が出せない手段だ。
そうなると、残された手段は一つだけ。
「ええ、存じております。わたくしは家の為に、ヨハン様と結ばれるのですわ」
貴族にとっての婚姻とは一般庶民と違って、政治の一手段である。巷に溢れる物語のようなロマンスはなく、結婚したことで家はどうなる、金はどうなる、世間からどう見られる。そんな要素で考えなければならない。
そしてそれは、起死回生の一手でもある。落ち目になった貴族が有力者や金持ちと結婚して、再興を果たす。古来より多く用いられてきた、玉の輿戦法だ。
「お父様くらいの年代の方との婚姻も覚悟しておりましたが……ヨハン様は将来のイケメンが約束されたかっわゆい御方ッ! これで家も立ち直るというのなら、断る理由がありませんわーッ!」
「まあ私も、愛娘を変な輩に嫁がせたくはなかったからな。こんな良物件は二つとないぞ。何としても、彼を娶るんだ」
「分かっておりますわお父様、わたくしにお任せあれ」
「これで当初の作戦を忘れてなきゃなあ」
「その為にもドレスを新調しなければッ!」
「は?」
ドロシーの言葉に、セメタスは目を丸くした。
「宣戦布告をするなら、貴族としてそれにふさわしい恰好が必要ですわね。お父様、早速新しいものの発注を」
「あ、あのねドロシー。誘拐協力やギルドの口止めに、一体いくら使ったと思ってるんだい? 貯蓄の残りも、もうそんなには」
「何を言っているんですの? 貴族は見た目が大切なのですわ。舐められたら終わりでしてよ」
「それってアコギな金貸しの言い分なんだよなあ。分かった、分かったよ。仕立て屋に言っておくから、来るまでは待っててね。あーあ、しばらくは缶詰生活かあ」
あーだこーだとやり取りをしながら、彼らは使用人の一人もいなくなった家に入っていく。彼らが今住んでいるのは、別荘の一つにしていた郊外の一軒家だった。
本宅を売り払って残った貯蓄の残りを嘆きつつ、セメタスはため息をつく。つくづく自分は、娘に甘いのだと。
自覚があるのなら顧みて欲しいものである。
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