白銀の鈴と最大の誤算


 空賊、デス・レパードは、真昼の太陽の下にて追われていた。宙を飛ぶ彼らが乗っているのは、グリムリーパーという名の垂直離着陸機だ。

 細長い胴体は紫色に塗装されており、左側には黒い塗料で巨大なドクロが描かれている。短めの主翼を持ち、後部には縦に伸びる垂直尾翼と主翼と同等の長さを持つ水平尾翼がある。


 全ての翼の先にプロペラ付きのエンジン、ティルトローターが上向きに取り付けられており、これを回転させることで垂直離着陸を可能にしていた。

 今、そのティルトローターは前斜め四十五度に傾いており、全速前進している。


「もっと飛ばせ、追いつかれるッ!」

「わ、分かってるよ親分ッ!」


 機内にいるモヒカン頭の親分は、余裕のない表情で操縦しているスキンヘッドの子分の頭を小突いていた。

 素肌に黒い革ジャン、トゲのついた肩パッドがトレードマークの彼らデス・レパードは、殺しから誘拐、強盗、恐喝から強姦まで何でもありと言われている空賊だ。殺しや誘拐を厭うガールズハウスからも嫌われており、何度か戦闘になったこともある。


 何でもアリの姿勢は社会をドロップアウトした粗暴な男達にウケており、何度構成員が逮捕されても志願者が尽きない。

 一網打尽にされたところで別の輩がデス・レパードを名乗って復活する始末であり、他所からはゾンビの如き空賊とさえ言われていた。


「おーっほっほっほっほッ!」


 そんな空賊を高笑いと共に追っている、一機のゲオルクがあった。

 漆黒の胴体側面右側にはリボンが結ばれた白銀のベルが描かれており、操縦席の下部にはイタリック体で「Silver Bell」と印字されている。先の尖った細長い胴体に短い主翼があり、後部には垂直尾翼が立っていた。


 主翼の先端にはジェットエンジンがついており、飛んでいる今は水平零度に近い角度まで傾けられている。

 エンジンから噴出される爆風によって加速し、高速で宙を駆け抜けてグリムリーパーとの距離をぐんぐんと縮めていく様は、さながらロケットそのものであった。


「このわたくし。ファランドール家次期当主、ドロッセル=ファランドールから逃げられるとお思いとは。おへそで沸かせた紅茶のお菓子は何がよろしいかしら?」


 機内にいるのは、一人の女性だ。豊満な身体を漆黒のボディースーツにて包み、何本ものコードがついた銀色のフルフェイスヘルメットの奥から、蒼い瞳でグリムリーパーを凝視している。

 彼女の左腰には銀色のベルがついていたが、中のクラッパーがブラックテープで固定されているので、音は鳴らないようになっていた。


「う、撃てェッ! 殺せ殺せェッ!」


 スピーカーから放たれるドロッセルの声に構わず、グリムリーパーは左へと旋回した。

 親分の怒声と共にデス・レパードの面々はマシンガンを取り出し、開け放った窓から銃口を向けると、迫るシルバーベルに向けて発砲を繰り返す。


「その程度ではわたくしのハートは射貫けませんでしてよ」


 言葉と同時に、シルバーベルが宙返りをした。放たれた弾丸をかわした後で機体を捻ねり、降下しながら速度を上げ、旋回しているグリムリーパーの眼前を上から下へと駆け抜けていく。

 ハイ・ヨーヨー、と呼ばれる空戦機動だ。


「ヒッ!」


 目の前をゲオルクが通過したことで、グリムリーパーを操縦していたスキンヘッドの手下の顔に怯えが走った。操縦桿を握り込んだまま手が固まってしまい、ただ真っすぐ飛んでいるという単調な動きになってしまう。


円舞曲ワルツの最中に足を止めましたわね」


 その隙をドロッセルが見逃す筈もなく、下から再度接近したシルバーベルの胴体下部に備わっている二十ミリ機関銃が火を噴いた。弾丸はグリムリーパーの主翼右側のティルトローターを穿ち、爆発し、プロペラの回転が止まる。

 推進力を失った機体はバランスを崩しながら、ゆっくりと下降を始めた。機内の面々が悲鳴を上げる。


「うわァァァッ!? も、もう駄目だーァッ!」

「こ、今回は一週間持たなかった」

「まだだッ! 俺たちがくたばろうとも、第二第三のデス・レパードが」

「おーっほっほっほっほッ!」


 悲鳴と悲嘆と捨て台詞を大上段から笑う声があった。ドロッセルだ。


「あらあら、まだ息がおありとは」

「「「えっ?」」」


 次の彼女の言葉が信じられなかったデス・レパードの一味は、間抜けな声を揃えていた。何故なら、彼らには既に戦意がなかったからだ。

 グリムリーパーは既に墜落を始めており、ここからの勝ちはない。相打ち覚悟で一矢報いよう、などという気概のある者はおらず、誰もがパラシュートで命を拾うことだけを考えている。


 シルバーベルに国の紋章が付いてないことから、ドロッセルが軍の者でないことは確かだ。そうなると考えられるのは賞金稼ぎか用心棒であり、自分達を軍に突き出して金を得る為なら、生け取りにすれば報酬が高いことは重々承知だろう。

 ここからの追い打ちはないに決まっている筈なのだ。


「民に対して蛮行を働いた罪、わたくしが裁いて差し上げましょう。ああ、墓前に添える花は何がよろしいかしら?」

「「「ウッソだろお前ェェェェッ!?」」」

「ホンマですわ貴様」


 ドロッセルは引き金を容赦なく引き、グリムリーパーを蜂の巣にした。弾丸の雨の中、彼らは死にものぐるいで飛行機から脱出する羽目になる。幸いにして死者は出なかった。

 彼らの最大の誤算は、ドロッセルが賞金稼ぎでも用心棒でもなく、貴族であるということだった。

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