今の青と昔の紅


 スカイは孤児であった。

 機械竜ドラゴロイドの襲来によって両親を亡くし、兄弟姉妹のいなかった彼女は、家族を失った悲しみと奪った相手への憎しみから、当時は紅かった髪の毛を翻して、アルタイル国軍を志す。


機械竜ドラゴロイドを一体残らず壊し尽くしてやるわ」


 戦時中ということもあり、男女問わずに徴兵されていたことでスカイも容易に入隊することができた。最初は歩兵からスタートした彼女だったが、成果を上げて昇進し、機械竜ドラゴロイドとの最前線となる空軍への参加をすぐに志願する。

 厳しい選抜と訓練を乗り越え、彼女は遂に航空戦闘機に乗ることになった。初陣でこそ大した戦果は得られなかったが、徐々にコツを掴んできた彼女は頭角を現し始める。


「ああ、そうか。近づいて撃てば当たるわね」


 彼女は上空から一気に降下しながら肉薄し、弾丸を叩き込みながらすれ違っていくという、後に雹攻撃ヘイルストリーム・アサルトと命名された技を編み出した。

 それは憎しみに突き動かされたことから常に攻めを行うものであり、多少の被弾や自分自身の安全性を全く度外視するものであった。


 攻撃力を一気に上げた彼女は、機械竜ドラゴロイドを撃墜するようになる。その内の一機、真紅の機械竜ドラゴロイドを撃墜した彼女は、その竜玉ドラゴコアと適合したことによって、後にクイーンルビーと名付けられる真紅のゲオルクの専用搭乗者、竜機兵ドラグーンとなった。

 ゲオルクに乗った彼女は更に戦果を挙げて昇進し、一つの分隊を率いる分隊長となる。いつの間にか、周囲からは天才とみなされていた。


「よろしくお願いします、隊長」


 そんなスカイの分隊の中に、クラウスという青年が配属された。少し癖のある茶髪で瞳も大きく童顔であった為、実年齢以上に幼く見えていた優男である。

 分隊の中で彼女以外の唯一の竜機兵ドラグーンであり、スターペガサスという純白のゲオルクに乗っていたが、彼は元来持つ心優しい性格の所為か、あまり戦果を挙げられていなかった。


「お言葉ですが、隊長のやり方は少し向こう見ず過ぎます。もっと命を大事にしてください」

「ロクな戦果もない癖にうるさいわね」


 その癖、スカイの攻撃一辺倒の姿勢を常に注意してくる為、彼女はクラウスのことが苦手だった。


「いえ。分かっていただくまで、何度でも進言させていただきます」


 クラウスは変なところがしつこかった。何度も何度もスカイの元に通い詰めては同じ注意を繰り返したのだ。

 ノイローゼになりそうだった彼女はある日、彼を呼び出して問い詰めた。


「なんでアタシにばっかそんなこと言うのよ」

「……亡くなった姉が、そうだったからです」


 クラウスも人竜戦役にて両親を亡くし、自身と姉の二人だけで生きていた。彼曰く、スカイのやり方は先に軍人を志願して竜機兵ドラグーンとなり、そして戦死した自身の姉を思い出させるものであったのだ。


機械竜ドラゴロイドを憎んで、向かって行って、姉は帰ってきませんでした。いま僕が乗っているゲオルクも、元々は姉が乗っていたものなんです。姉だけじゃありません。父も、母も、亡くなった人は誰も帰ってこないんです。それは、隊長だって同じなんです」


 身内の死を出されて勢いが落ちたスカイに対して、クラウスは続けていく。

 

「僕は自分が味わった悲劇を二度と起こさないことを願って飛んでいます。隊長は、何の為に飛んでいらっしゃるんですか? ただ機械竜ドラゴロイドを壊したくて、飛んでらっしゃるだけなんですか?」

「そ、それは」


 図星を突かれて口ごもった彼女に、彼は一歩踏み寄った。


「僕達は軍人です。人を守る為に死ぬのが仕事です。でもそれは、あっさり死んでしまうようなやり方を認めるものではありません。誰かの為に、それ以上に大切なものの為に生き続けなきゃいけないのが、僕らの本分だと思っています。以上」


 上官に対して失礼は言い分をしてしまい、申し訳ありませんでした、とクラウスは直角に近いところまで頭を下げた。スカイはそんな彼を、諫めることができなかった。

 それ以降、スカイはクラウスと頻繁に交流するようになる。彼の操縦の腕を見かねた彼女が、指導すると言ったからだ。


「だから何度言ったら分かるのよ。急旋回の際はね」

「ありがとうございます、隊長。もう一回やります」


 クラウスは物覚えが悪く、スカイは何度も教える羽目になった。それでも彼は持ち前のしつこさで食らいついていき、徐々に彼女の操縦技術を会得していく。


「うーん、えーっと。急旋回のコツは」

「……ふふっ、まだやってる」


 深夜になってもクラウスは自室の机にかじりつき、スカイの言ったことを覚えようと羽ペンを走らせている。必死になっている彼の背中をこっそり見るのが、彼女は好きだった。自分より身長が低い筈なのに、彼の背中は酷く大きなものに見えたからだ。

 分隊長と隊員という身分や軍という組織のこともあって想いを伝えることこそなかったものの、彼女はずっと彼の背中を見ていた。その内側に秘めた想いは、誰にも告げなかった。


 クラウスの背中が見ることができなくなったのは、しばらくしてからのことだった。見回りの為にスカイと彼、他二名の隊員を連れて空を飛んでいた時に、彼らは機械竜ドラゴロイドの小隊に出くわしてしまったのだ。

 数十体の機械竜ドラゴロイドに囲まれた戦いの最中で彼は命を落とし、彼女は生き残った。その時の事件がきっかけで、彼女はこう呼ばれるようになる。


 真紅の英雄スカーレット・イレギュラー、と。



「彼が死んで、アタシは真紅の英雄スカーレット・イレギュラーになった。ああ、嫌なことまで思い出しちゃったわね」


 スカイはヨハンの部屋の前で顔を軽く伏せる。


「何のために飛ぶのか……今でも、分からないわね」


 かつてクラウスに言われた言葉が蘇る。散々に飛び回っていたスカイだったが、その答えを未だに出せずにいた。当初胸の内で猛っていた機械竜ドラゴロイドへの憎悪は、事件の後に一気に消え失せてしまっている。

 現在の彼女には、自身の核や芯となるべきものが欠落していた。とりあえず生きる為にと動いている今は、言ってみれば手を離れた風船のような状態だ。


 だからって生活に支障はない、と首を振った彼女がもう一度目を向けてみれば、ヨハンの背中が見えた。かつて愛した男を思い起こさせる、小さな背中が。


「両親が残してくれた家の為に、か。これ以上は野暮ね。少しはカッコいいじゃない、少年」


 ヨハンに聞こえないように口を開いたスカイは、ゆっくりと扉を閉めた。そのまま静かに、自分の部屋へと戻っていく。

 彼女の口元には、優しい笑みが浮かんでいた。

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