メリーゴーランドとプリンス・ゲンジ・プランニング
スカイはジトーっとした半目のまま、一人でメリーゴーランドに乗っていた。
「アタシ、何してんだろ?」
いつものタンクトップに短パン、サンダル姿の彼女が騎乗している白い
「おかーさーん。あのおばさん、一人でメリーゴーランド乗ってるー」
「シッ、指を指しちゃいけませんッ!」
斜め後ろにいた小さな女の子とその母親らしき女性の声を、スカイは聞かなかったことにした。
彼女が今いるのは、ドラゴロイド・アドベンチャーという名のテーマパークである。彼女が乗っているメリーゴーランドを始め、観覧車、コーヒーカップ、ジェットコースター等の遊具が揃っている。このテーマパークは未知の脅威に打ち勝った記念に建てられたものであり、各種の遊具は
休日ということで、園内は身なりの良い人々で賑わっていた。回るメリーゴーランドに乗る我が子を写真に収めようと白黒カメラを構えている男性の隣に、栗色のくせ毛を持った小さな男の子、ヨハンが立っている。
彼の目の前を通り過ぎる時、スカイは声をかけられた。
「おばさん、楽しい?」
「……普通」
やがて回転が止まり、スカイはメリーゴーランドから降りてきた。
「ってか、なんでアタシだけなのよ?」
「知らない親戚からタダ券もらったんだけど、ぼくは別にメリーゴーランド好きじゃないからさ。でも乗らないのももったいないじゃん。ほら、次行くよ」
雇い主には逆らえないと、スカイはヨハンの後についた。
ガールズハウスに誘拐された彼を助けた後に、スカイは正式な護衛の契約を結んだ。彼の持つ敷地内の一角にクイーンルビーを停めた彼女は、彼の家で寝泊まりすることになる。
オンボロだった前線基地廃墟からは比べ物にならないくらいの豪華な部屋であり、昨日の今日で誘拐はないでしょ、と熟睡を決め込もうとしたスカイだったが、朝になるとヨハンがたたき起こしに来た。
「出かけるよ、ついてきて」
「へぇ?」
そのままあれよあれよという間にドラゴロイド・アドベンチャーまで連れてこられ、今に至るのである。
入場料等は全てヨハンが出してくれているので、スカイは文句も言えない。
「じゃ、次は観覧車に乗ろうか。あれ、国で一番高いんだって」
ヨハンが指を指したのは、ドラゴロイド・アドベンチャーの中で一番背が高い大観覧車だった。スカイは、はいはいと搭乗口に向かう。
「あっ、おばさんは下で待ってて。景色を一人で楽しみたいから」
と思ったらヨハンに乗車を拒絶され、彼女は下で一人彼が下りてくるのを待つことになった。
目を上げてみればゴンドラの中でゆったりと遠くを眺めている彼の上半身だけが見える。高いところに行った際には、それすらも見えなくなった。
「……いや、いや。十歳の男の子に振り回されて恰好悪いとか思うなよ、アタシ。あの本を思い出しなさい」
一人で見上げていたら寂寥感がこみ上げてきたスカイは、意識的に首を横に振って前線基地の廃墟にて読んでいた書物を思い返す。あの物語は東のスピカ国ではかなり有名らしく、一人の男性の恋模様を一冊にまとめた物語であった。
一夫多妻が認められているらしく、物語中の男性も様々な女性と恋に落ちていく。その中の一説に、こんな話があったのだ。
「主人公の男が可愛らしい少女に恋をし、彼女を自分好みに育てて最終的には娶る。これよ、これなのよ。そもそもアタシは財産目当ての偽親戚じゃない。正式な契約を結んで傍にいる、ボディーガードなの。なら別にアタシ好みに染め上げても問題ないわよね。これぞプリンス・ゲンジ・プランニング。略してPGPよ」
スカイはこっそりと拳を握って、ついさっき思いついたプランを再確認した。
要はヨハンに取り入っていい目を見ようという程度の計画であり、その内実は財産目当ての親戚モドキらと何ら変わりはない。
しかし金に乏しかった彼女は、正式な契約を結んだ自分の身は潔白である、という言い訳を盾にしている。
事実を都合良く解釈するという、汚い大人の生きた見本である。
「あの子はイケメンが約束されている顔に加えてお金もあるとかいう、百年に一人の逸材よ。後は性格さえ何とかすれば、アタシの人生もバラ色にパーフェクト……なんだけどねえ」
未だに回っている大観覧車を前にして、スカイはため息をついた。
今までの対応を鑑みても、ヨハンが彼女に心を開いた様子はない。精々、良いように連れまわしても問題ない大人、程度にしか思われていない気がしていた。
「なーんか、大人ってものを穿って見てる感じがあるのよねえ。ま、汚い大人に囲まれたんなら、嫌でもそうなるんでしょうけども」
スカイはさりげなく自分が汚い大人の一員であることを横に置いた。これもまた、汚い大人の生き方の一つである。
「まあいいわ。大人の女の魅力、見せてあげる」
そんなことを考えている内に、大観覧車からヨハンが降りてきた。楽しかったかとスカイが聞けば、まあまあだったね、くらいで返してくる。
「じゃ。今日はそろそろ帰ろうか。ぼくは別に大丈夫だけど、おばさんも疲れてるみたいだしね」
「ありがとうヨハン。はい」
スカイの顔色を察したのか、ヨハンがそんな提案をしてくる。ならばと、彼女は手を差し出した。
「なにこれ?」
「手、繋ぎましょう」
優しい声色で、スカイは微笑みかける。まずはスキンシップだ。
心の距離を縮める為には、身体の距離からが手っ取り早い。後々の色仕掛けの伏線にもなるだろう。この女性に触れたのだと、覚えさせておくところからだ、と。
「やだよ、子どもじゃあるまいし。帰るよ」
「…………」
ヨハンはスカイの提案も思惑も、何もかもを無視して歩き出した。差し出した手のやり場を失った彼女は、何事もなかったかのように彼の後を追う。
胸に湧いたやり切れない感じを頑張って無視するのも、大人の生き方の一つだった。
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