視線を交わす彼と彼女と、吠えたゴリ


 扉を蹴破った姉御に続き、ガールズハウスの面々もマシンガンを持って外に出て、空を飛ぶクイーンルビーに向けて発砲し始めた。ケイテは機内になった大きな銃身を持つ対戦車ライフルを取り出し、弾丸を込めている。

 彼女らが用意を終えた頃、弾雨の合間を縫って悠々と飛んでいたクイーンルビーからスカイの声が響いてきた。


「小さいお姫様はおじゃんにしてやったわ。さっさと降参しなさい」


 三脚架で支えた対戦車ライフルの銃口が空へと向いた時、撃ち尽くしたマシンガンをその辺に放った姉御が、ミラから受け取った拡声器のスイッチを入れて怒鳴り返す。


「うっせェッ! よくもやりやがったな、この三十路ババアッ!」

「アタシはまだ二十九だ。勝手に三十路にすんな、このゴリッ!」

「誰がゴリだ、略すなァッ!」


 姉御の後ろにいたミラが、新しいマガジンを持ってきたケイテに耳打ちをする。


「そーいや姉御の本名ってなんなんすか?」

「モンゴメリー=モンゴリアンよ」

「じゃあゴリじゃないっすか」


 直後、姉御改めゴリの拳骨がミラとケイテの頭に落ちた。


「い、痛いっす」

「なんで私まで」

「テメーが現れてから、こちとら商売上がったりなんだよ。今日こそケリつけてやるァッ!」


 脳天にできたたんこぶを擦る二人の手下には見向きもしないまま、ゴリは対戦車ライフルの引き金を引いた。

 辺り一帯に銃声が響き渡り、放たれた弾丸が空を駆ける。スカイが乗るクイーンルビーはその合間を縫うようにして飛び続けていた。飛びながら、スカイは地上に目をやっている。


「ったく、往生際の悪い。で、人質の子はどこに」


 墜落したリトルプリンセスの側面から、一人の少年が出てきたのをスカイは確認した。栗色のくせ毛と大きな瞳を持つ彼がヨハンだと、彼女は自身の記憶と照合して判断する。


「ッ!」

「っ」


 クイーンルビーが旋回してコクピットがヨハンの方を向いた時、スカイは彼と視線が交差したように思えた。

 彼女と彼が、息を呑む。


「隙ありィッ!」

「ッぶな」

「チッ、もうちょいだったってのに」


 ヨハンに気を取られて飛行軌道が甘くなった一瞬を狙って、ゴリがクイーンルビーへと対戦車ライフルを放っていた。ギリギリで操縦桿を横へと倒したことで、その弾丸は左の主翼をかすめるだけで済む。


「もうちょい痛い目を見てもらうわよ」


 スカイは操縦桿を捻り上げると、視界に映る空と大地が反転する。宙返りを行ったクイーンルビーは天高く輝く太陽を目にした後、彼女らがいる山の中腹へ向けて急降下を開始した。

 同時に二十五ミリ機関砲が発砲され、リトルプリンセスを弾丸が穿っていく。


「あーーーーーーーーッ!」


 クイーンルビーが発砲と急降下を終えて再び空へと浮き上がった時、ゴリが悲鳴を上げた。放たれた弾丸がリトルプリンセスを執拗に撃ち抜いた結果、胴体後部がポッキリと折れてしまったのだ。

 尾翼が地面に落下したことで連鎖的に壊れていき、折れて機内が露出した胴体からは粉じんと共に女性ものの真っ白なショーツが舞い上がる。


「う、ウチの下着ーッ!」


 ミラがマシンガンを放り投げて、風に揺蕩っていく自分のショーツを追いかけていった。


「あ、あ、あんのクソババアァッ!」


 マガジンを取り換えたゴリは、咆哮と共に対戦車ライフルをぶっぱなし続けた。ケイテやその他の面々も、自分たちの飛行機を壊されたことで怒りが爆発し、声を荒げながらマシンガンの引き金を引いている。

 そんな中、ヨハンは一人で空を駆け抜けるクイーンルビーを見つめていた。


「すごい、な」

「姉御~っ!」


 ヨハンの呟きを塗りつぶす勢いで、エマが悲痛な声を上げた。


「弾が切れました~っ!」

「わ、私も」

「ワタシのも」

「こっちもです」


 エマに続いて、リーナ、ルイーサ、ケイテのマシンガンが空撃ちになる。スカイに邪魔されてまともな仕事ができていなかった結果、弾丸の貯蓄が遂に底をついたのだ。


「いつもだったら半分残してあげたけど、子どもを誘拐したアンタらにかける情けなし。奪った金品と人質、耳を揃えて全部返しなさい。さもなくば皆殺しにするわよ」

「あああああああああァッ!」


 スカイの最終通告に歯ぎしりをした後、ゴリは声を荒げた。三脚架ごと対戦車ライフルを持ち上げて、空を周回しているクイーンルビーへと銃口を向ける。


「最後の勝負だクソババアァッ!」


 彼女が空に向けて吠えた時、クイーンルビーが宙返りした後に再び急降下を始めた。スカイからの攻撃に来ると、ガールズハウスの誰もが身構える。

 彼女らの命運はゴリが持っている対戦車ライフルにかかっていた。これで仕留めるか、さもなくば機関砲でハチの巣にされるか。

 地上にいる誰もが息を呑む中、ゴリが大口を開けて引き金を引いた。


「喰らいなァッ!」


 しかし対戦車ライフルから響いたのは、カチッ、っという音だけ。弾丸は放たれなかった。驚いたゴリがマガジンを取り出してみると、中身がない。

 唖然とした彼女は、周囲にいた手下の顔を順番に見やった。


「……弾がねェ」

「「「「っ!?」」」」


 ゴリの言葉を聞いた手下達は目を丸くした後、急いでリトルプリンセスの機内から白いシャツやタオルを持ってくると、全員で空に向けて振った。


「降参よ~っ!」

「わ、私達の負けです。敗者として、正当な扱いを要求しますッ!」

「ヨハン君も返すからーぁッ!」

「負けましたーッ!」


 エマ、リーナ、ルイーサ、ケイテの声が届いたのか、クイーンルビーは機関砲を放つことのないまま彼女らの頭上で進路を変え、再び空へと舞い上がった。


「ち、ち、チックショォッ!」


 ゴリの慟哭をあざ笑うかのように、群青色のゲオルクは悠々と空を飛んでいた。



 奪われた金品の確認を終えた後、スカイがヨハンを呼んだ。


「よし、盗られたもんもこれで全部ね。じゃあヨハン君、お姉さんのひざ元に乗りなさい。ちょっと狭いけど」


 彼は一切の未練なくガールズハウスの面々に背中を向けると、一度クイーンルビーの表面をコンコンと叩いた後、彼女に引っ張られて操縦席へと昇っていく。

 その一方で、壊されたリトルプリンセスの前でゴリとケイテが呆然と立ち尽くしていた。


「姉御。これ、どーするんです? とても前金だけじゃ」

「……どーすんだこれ?」

「いや、私が聞いてるんですけど」


 そんな彼女らに見向きもしないまま、乗り込んだスカイはクイーンルビーのエンジンを入れた。甲高い音と共に機体が垂直に浮かび上がる。

「ヨハンく~んッ!」「また会おうね~ッ!」とガールズハウスの面々が涙ながらに手を振る中、彼らはその場を飛び去っていった。


「さてと、今さらだけど怪我はない? 酷いことされなかった?」


 空を飛びつつ、スカイは自分の膝の上に座っているヨハンに声をかけた。


「お茶とケーキで歓待された」

「何処の世界に人質をもてなす誘拐犯がいるのよ、ったくアイツらは」


 呆れた、とスカイはため息を吐いた。彼自身に何もなかったことに対して安堵を覚えると同時に、持っていた違和感は強くなる。


「にしても誘拐なんて、ゴリの奴、何を考えてたのかしら?」

「姉御のお姉さん、先約があるって言ってたよ」


 傾き始めた太陽をチラリと見ながら呟いたヨハンの言葉に、スカイは目を細める。


「先約って、まさか誰かに誘拐を頼まれたってこと? 他に何か聞いてない?」

「知らないよ。大方、ぼくの財産が目当ての誰かさんじゃない?」


 心配する意味も込めて聞いたスカイであったが、ヨハンの返事は素っ気ないものであった。


「心当たりでもあるの?」

「心当たりだらけだね。お父さんとお母さんが事故で死んでから、見たこともない親戚が増えたから」


 ヨハンの言葉に、スカイは舌打ちしたい気分であった。


「ねえ、おばさん」

「おばッ」


 何か気の利いたことでも言ってあげられないかとスカイが思案していた時、不意にヨハンから声をかけられた。彼女は努めて明るい返事をしようとして、ピタリと止まる。

 聞き捨てならないワードがあったからだ。


「な、なあに。お姉さん、に何か用?」

「おばさんって、賞金稼ぎなんでしょ?」

「そうよ。お姉さん、はさっきのゴリみたいな悪い大人を捕まえて、お礼をもらってるの。警察ってほどじゃないけど、言うなれば正義のみか」


 訂正させようと、お姉さんを強調しながら話す途中で、スカイのお腹が盛大な音を鳴らした。何も入っていない胃袋が、早く何か食べ物を入れろとせっついてきたのだ。


「お腹空いてるんだね、おばさん」

「ま、まあね。お姉さん、ちょっとお昼ご飯抜いてきちゃったからね、あは、あはははははは」


 恰好がつかない上におばさん呼ばわりが直らないことを憂いたスカイは、笑うしかなかった。こういう時は笑えば何とかなる筈、と彼女の人生経験は物語っている。

 しかしヨハンは、そんな彼女を全く意に介さない調子だ。


「もしかして昼ご飯もないの? 相当、お金に困ってるんだね」

「そ、そーんなことないわよぉ。家に帰れば缶詰がたくさん」

「缶詰? 自炊してないの?」

「す、する時もあるけど、しない時もあるわねぇ」


 話せば話すほど墓穴を掘っている気がしていたが、スカイは意地だけで何とか返事をしていた。ここで返事をしない方が負けだという、変なプライドが顔を出している。


「ふーん。ま、それはいいや。それよりもおばさん。ぼくに雇われてみない?」

「はい?」


 スカイの必死の抵抗を無視して、ヨハンは自分の提案を出した。彼女が目を丸くする。


「また誘拐されるのも面倒だし、ちょうどボディーガードが欲しかったんだ。姉御のお姉さんを倒したおばさんなら腕も確かだし、正義感も人並みにあるみたいだしね」

「あの、えっと」


 一人で納得し始めたヨハンに、スカイは全くついていけていない。


「お金、ないんでしょ? ぼくが雇ってやるよ、おばさん」


 日が傾き始めた夕暮れ時。群青色の空をオレンジに彩る夕陽を背に、ヨハンが得意げに振り返ってくる。

 スカイは首を傾げることしかできなかった。

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