小さなお姫様と女王のルビー


 リトルプリンセスの機内は雑然としていた。

 武器、弾薬、缶詰の詰まった段ボール。奪った金品や着替え等があちこちに散らかっており、それらが無造作に脇に退けられている。宙には洗濯紐が張られ、白いシャツや女性もののショーツがかけられていた。


 ヨハンが目をやった時、黒髪のベリーショートの手下、ミラが慌ててショーツを片づけにかかる。いそいそとしまいこんでいる彼女にジトーっとした視線を送った後で、彼は盛大なため息をついた。

 機内の床にあぐらをかいて座っているヨハンは、特に身体を拘束されていない。かといって、四六時中マシンガンを突き付けられている訳でもなく、身体の自由は保証されている状態であった。


 それどころか。


「ねえヨハン君、お腹空いてない~? お姉ちゃんとケーキ食べましょ~。お茶もあるよ~」


 ピンク色の長髪を持ったたれ目の手下、エマがケーキを刺したフォークを向けてくる。


「いえ、お昼時はもう過ぎています。ここはお姉ちゃんと読書タイムになるのが妥当かと」


 緑色の髪の毛を三つ編みにして眼鏡の位置を直している手下、リーナが本を見せてくる。


「いやいや、この年頃なら遊びたいでしょ。さあさあ、お姉ちゃんとくんずほぐれつ、いやんあはんとぉ」

「テメー、ルイーサ。抜け駆けしてんじゃねーっすよッ!」


 銀色のボブカットの手下、ルイーサが荒い息づかいのままヨハンの太ももを撫でようとして、ミラがその手を叩いていた。

 中には姉御を含めた六人の女性がいるのだが、誰の顔にも敵意はなく、むしろ好意的ですらある。もっと恐ろしい仕打ちを覚悟していた彼からしたら、拍子抜けもいいところであった。


「あー、もー、うっせェなァッ! ガキ誘拐した悪党なんだっつー気概はねェのか、アァッ!?」


 手下の浮かれ具合に限界が来たのか、助手席に座っていた姉御が怒鳴り声を上げる。

 機内が震えたかのように感じたヨハンは目を細めたが、彼女らは全く調子を変えていなかった。


「だって姉御~。あたし~、誘拐なんて初めてですし~。おまけにこんな可愛い男の子なんですよ~?」


 エマがうっとりした顔でヨハンを見やる。


「ええ、彼は素晴らしい。貴い、という言葉がこれほどまでに似合う男の子は、そうはいないでしょう。失礼ながら、興奮を隠しきれません」


 リーナが涼しい顔を本で隠しつつ、身震いをしている。


「やばい、めっちゃいい匂いする。頬ずりくらいなら、セーフセーフぅ?」

「アウトに決まってるっすッ! イェスショタ、ノータッチっすよッ!」


 ルイーサが懲りずにヨハンに手を伸ばし、ミラがその手を叩いて高らかに宣言していた。


「世界の半分は男で、その半分はショタだろうが。ったく、こいつらは」

「仕方ないでしょ? ウチは女所帯なんですから」


 言っても無駄だと諦めた姉御がドカッと助手席に座り直した時、操縦席にいた手下、ケイテが声をかけてきた。紫色で肩くらいまでの長さのおかっぱ頭を揺らしながら、悠々と前を見ている。

 現在、リトルプリンセスは海を離れ、山間部を大きく周回していた。襲った船から見えない位置で大回りをし、わざわざ陸地に戻ってきていたのである。


「みんな男に飢えてるんですよ」

「そーゆーのに嫌気が差して、ウチに来たんじゃなかったのかァ?」

「ま、誰も彼も男にはいい思い出がないでしょう。でも可愛い男の子なら、アリですよ。乱暴してこないし」

「そーだろーけどよォ」

「私だって操縦してなかったら、あの子に乗ってたと思いますし。ああん、君の操縦桿でお姉ちゃんを操縦してぇ」

「テメーだけにゃ、ゼッテー近づけさせねーからな」

「姉御のお姉さん」


 ケイテと雑談していた姉御に、ヨハンが声をかけてきた。彼女が目をやれば、彼は周囲の女性の誘惑には見向きもしないまま立ち上がって、真っすぐにこちらを見つめてきている。


「お金が欲しいなら出すよ。いっそ、ぼくに雇われない?」

「ハァ?」


 予想外の内容に、姉御は訝し気な声を上げた。周囲がなんだなんだとざわつく中、当人の顔は至って涼し気である。


「命乞いにしちゃ随分と斬新だなァ。ワリーが、その提案は受けられねー。先約があるんでなァ」

「……そう」

「安心しな。事が終わったら、ちゃんと家に帰してやんよ」


 姉御の言葉に返事をしないまま、ヨハンは再び床に座り込んだ。「姉御~、せっかくなら可愛いショタに雇われましょうよ~」と未練たらしいエマを一喝して黙らせた後で、姉御は再びドカッと座り直す。

 ケイテはチラリと後ろを見た後で、再び前を向いた。


「なんか訳アリっぽいですね」

「だな。まー、アタイらにこんな依頼が来るくれーだ。なんかあんだろ」

「あんな幼いのに、可哀そうに。って言うか、姉御もよくこの話受けましたね。ウチのモットー、破ることになったのに」

「……金がねーんだから、つべこべ言ってられねーっての。近頃は弾だってまともに買えてねーんだぞ。第一、今回の依頼じゃアタイらはピエロだ。殺すつもりはねーし、ちゃっちゃと依頼人と一芝居すりゃそれでしめーなんだよ。それもこれも、あんのクソババアが」

「えっ、ヨハン君なんてッ!?」


 突如として、後ろでルイーサが叫んだ。姉御が顔を向けてみれば、機体側面の窓を指さしているヨハンの姿がある。


「いや、さっき青い飛行機が見えて」

「どこ、どこにッ!?」


 ルイーサが窓にへばりつくように確認しに行き、他の面々の顔にも緊張が走っている。

 彼女らにとって青い飛行機とは、酷く嫌な単語なのであった。


「あっ、上」


 ヨハンが天窓を指さした。ルイーサだけではなく、ミラ、エマ、リーナに姉御まで集まり、機体上空を確認できる丸い窓に視線を向ける。

 真夏の太陽が燦々と輝いている中、一つの黒い点が現れた。それはどんどんと大きくなっていき、ヨハンを含めた彼ら全員の視界にはっきりと映っている。


 正面から見ると八の字型のシルエットになっている群青色の航空戦闘機だ。

 ヨハン以外の面々が、目を見開いて声を揃えた。


「「「スカイのババアだッ!!!」」」


 彼女らが声を揃えた時、接近するクイーンルビーのスピーカーが振動した。


「アンタらなら逃げたと見せかけて、いつものテリトリーに戻ってくると思ってたのよ」


 スカイの声が彼女らに届いたのと同時に、クイーンルビーが胴体下部に付けられた二十五ミリ機関砲が火を噴いた。

 火薬の炸裂によって飛び出した弾丸が、ダダダン、っという音と共に、リトルプリンセスの片翼のプロペラを貫いていく。


 急降下にて対象へ急接近し、肉薄した一瞬を見計らって弾丸を叩きこむ彼女の十八番、雹攻撃ヘイルストリーム・アサルトと呼ばれる戦法だ。

 クイーンルビーが上空から通り抜けた時、リトルプリンセスの右主翼のプロペラエンジンが爆発した。黒煙を噴いて回転をやめたプロペラを見て、ケイテが悲鳴を上げる。


「あ、姉御ッ!」

「アジト前に緊急着陸だ。総員、対ショック態勢ッ!」


 ケイテの言葉を受けるや否や、姉御はすぐに声を張った。

 飛行態勢を崩したリトルプリンセスは、山間部の中腹にある開けた場所を目指して降下していく。


 その途中、左側のエンジンから白い煙が上がった。一つで二つ分以上の力を出そうとして、限界が来たのだ。もう少しで地面、といったところで左のプロペラの動きを止め、機体は一気に落下する。

 幸いにして地面の近くまで来ていたので機体が破損するような衝撃ではなかったが、機内にいた姉御は身体が宙を舞い、顔をフロントガラスに叩きつけられた。


「っ痛ゥ。あ、あの子は無事かッ!?」


 強かにぶつけた鼻の頭を擦りながら姉御が振り返る。

 そこには八本の腕に支えられて怪我一つない仏頂面のヨハンと、壁に顔をぶつけていたり、逆立ちに近い形でズッコケながらも、彼のクッションになるべく必死になって手で支えている、ミラ、エマ、リーナ、ルイーサの姿があった。


「「「「オッケーですッ!!!!」」」」


 四人が声を揃えて腕を伸ばし、サムズアップする。

 ヨハンには怪我一つなかった。


「ならよし。やってくれたな、あのクソアマァッ! 全員表に出ろ、今日こそ決着つけてやるァッ!」

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