空中海賊と幼い彼
航海中の中型客船ファンタジー・オブ・ザ・シーズを襲ったのは、ガールズハウスという空賊が操る航空戦闘機、リトルプリンセスであった。
垂直・短距離離着陸が可能な機体は全体が白とピンク色の迷彩柄に塗装されており、胴体は中央部が膨らみ、コックピットのある先端部から二丁の機関銃が伸びている。
主翼の先にはそれぞれエンジンと巨大なプロペラが回転し、胴体最後部にある水平尾翼のそれぞれの先に垂直尾翼がついていた。プロペラが真上を向いている今は船の上でホバリングしており、正面から見ると凹の字の形に見える。
機体側面にある出入口から垂らされた紐によって、次々と黒いビキニアーマーを着た女性が降下してくる。船の甲板に降り立った後、彼女らは手に持ったマシンガンや柄付手榴弾で周囲の客や乗務員を脅していた。
「よっと」
その中でひと際目を引く女性が降り立った。
下手な男性よりも背が高く、白いビキニアーマーを纏っている褐色肌はムキムキで、腹筋が割れている。
肩まである白い髪の毛は無造作に散らされていたが、後ろ頭にポニーテールリングをつけ、そこからは腰まである濃い紺色の髪の毛が伸びていた。
「姉御、こっちっす」
姉御と呼ばれた彼女がマシンガンを肩に担いだ時、黒髪ベリーショートで勝気な顔をした手下、ミラが寄ってきた。
姉御はミラの案内で悠々と歩き出す。腰に巻いたベルトの後ろに二本の柄付手榴弾が挿してあり、歩みと共に規則正しく揺れていた。
「ここっす」
船内に入った姉御は、ミラの言葉で足を止めた。白い木製の扉を前にした姉御がドアノブに手を伸ばしたが、鍵がかかっていて開かなかった。
「おらよッ!」
姉御は声と共に容赦なく扉を蹴破ると、部屋の中から悲鳴が上がった。
十畳程度の部屋の中にいたのは、十数人の十歳前後の身なりの良い少年少女と、それを引率しているであろう女性教諭である。
彼女らが入室すると子ども達が次々と泣き出し始め、後ろで髪の毛をひとまとめにしている女性教諭が声を上げた。
「な、なんでここに来たんですか? う、噂じゃあなた達は、こういうことしないって」
「うるせえっすッ!」
女性教諭の言葉に、ミラが怒声と共にマシンガンを天井に発砲した。女性教諭はビクつき、銃声によって子ども達が声を引っ込めた時に、姉御がニヤリと口角を上げる。
「ワリーな、センセー。本当に撃ったりはしねーから安心しなァ」
からかうような声を上げた後で、姉御は周囲を見回し、座っている一人の男の子のところで視線を止めた。
その男の子は少し癖のある栗色の髪の毛を持ち、大きな瞳も相まってぱっと見だと女の子にさえ見えてしまいそうな中性的な顔立ちである。薄青色の半袖シャツに、ベージュのズボン。茶色い革靴を履き、黒い紺色のサスペンダーをしていた。
彼の元にツカツカ歩み寄ると、彼女はしゃがみ込んで目線を合わせる。
「ヨハン君、見ーつけたァ」
「…………」
ヨハンと呼ばれた男の子は泣き喚きもせず、静かに姉御を見返していた。
「よ、ヨハン君」
「大丈夫だよ、ミヨちゃん」
隣に座っていた青い花の刺繍が入った白いワンピース姿の金髪の女の子、ミヨの心配そうな声に対して、ヨハンは視線を姉御から逸らさないままに応える。
「ぼくが目的なんだろ? 抵抗しないから、みんなに酷いことしないで」
「おー、いい心がけじゃねえかァ。立ちな」
姉御に促され、ヨハンは立ち上がる。彼の足は、全く震えていない。彼女はそんな彼の姿を、しゃがみ込んだまま見ていた。
「ちょ、えっ? 姉御、この子めっちゃ可愛くないっすか!?」
マシンガンを構えていたミラが、ヨハンを見て黄色い声を上げる。
「だな。大事な人質だァ、可愛がってやろうぜ」
「もちろんっす!」
「……子ども扱いして」
盛り上がっているガールズハウスの面々の一方で、ヨハンの目線は冷たいものであった。
「姉御~、見てくださいよ~。しけてるかと思ったら~、この船、結構持ってましたよ~」
部屋の外でピンク色の長髪を揺らしたたれ目の手下、エマが声を弾ませていた。
姉御が目を向けてみれば、黒いビキニアーマーの前にある彼女の両手には札束や宝石のついたアクセサリー等が抱えられている。彼女は歯を見せて笑った。
「上出来だ。そろそろずらかるぞ」
「はいっすッ!」
「は~い」
ミラとエマが声を揃え、姉御も立ち上がる。彼女にあごで指示されたヨハンも、部屋の外へと歩き出した。
前を姉御が歩き、後ろには二人の手下が陣取っている。彼に逃げ出す隙はない。
「結局、こうなるんだ」
連行される間、そうぼやいたヨハンは少し視線を落としていた。
・
・
・
スカイの乗るクイーンルビーがファンタジー・オブ・ザ・シーズに到着した時、そこにガールズハウスの面々とリトルプリンセスの姿はなかった。船の上空を周回して周囲に目をやったが、目視できる範囲に飛行機の影はない。
遅かったか、と彼女が舌を打った時、船の甲板にいたセーラー服の男性が拡声器を取り出した。
「賞金稼ぎの方かッ!? 金と宝石、そして男の子が一人誘拐された、取り戻してくれーッ!」
話を聞いたスカイは、眉をひそめる。
「あいつらが誘拐? とうとう追い詰められたのかしら。ってか同業者の姿もなし。妙だこと」
殺さない、金目のもの以外は奪わないがモットーである筈のガールズハウスのイメージと、今回の事件の内容がどうにも嚙み合わない。
何か引っかかりを覚えつつ、スカイは機体についているスピーカーのスイッチを入れた。
「分かったわ。誘拐された子の情報は?」
「ヨハン=エルスハイマーという名前の男の子だ。ゲオルクを作ったエルスハイマー家の御曹司らしいッ!」
エルスハイマーという家名を聞いた時、スカイの記憶から一人の男性の姿が思い浮かぶ。彼女は一度、スピーカーを切った。
「あいつに息子なんていたのね。ってことは、今は孤児じゃないの、その子」
「おねえさんっ!」
考え事をしていたスカイの耳に、幼い女の子特有の甲高い声が飛び込んでくる。
彼女が甲板へと目を向けてみれば、ウェーブがかった金髪の女の子が上空を周回するクイーンルビーに向けて、先ほどの男性から奪ったらしい拡声器を向けていた。
「お願い、ヨハン君を助けてっ! ずっと強がってたけど、絶対、ぜったい心細い筈なのっ!」
スカイは口元に笑みを浮かべると、再びスピーカーの電源を入れる。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「わ、わたし? ミヨ、だけど」
「ミヨちゃんね。アタシはスカイ、賞金稼ぎよ。ヨハン君と奪われたもの、全部まとめて取り返してきてあげるわ。お姉さんとの約束よ」
「う、うんっ!」
その後、拡声器はミヨから男性へと返され、彼によってスカイはガールズハウスが北東方角へ逃げたと聞いた。スカイはニヤリと口角を上げる。
「臨時特別空戦域はまだ解除されていない。簡単に国を出られてしまうぞ、急いで」
「分かったわ。アタシに任せなさい」
男性の声を遮ったスカイはスピーカーの電源を落とし、周回させていたクイーンルビーを真っすぐに飛ばした。彼から聞いた方向と真逆である、南西方角へと向かって。
「え、えええっ!?」
「お、おーいッ! そっちは反対だーァッ!」
ミヨや男性の素っ頓狂な声をかすかに聞いたスカイであったが、彼女は進路を変えなかった。
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