或るスカーレットの群青
沖田ねてる
青い彼女と真紅の英雄
突如として起きた炸裂音に彼女、スカイは黒い瞳を見開いた。
東にあるスピカ国の書籍から顔を上げた彼女の目線の先には、石を積んで作った手製のカマドの上で内側から破裂した缶と、あちこちに飛び散っている油漬けされた魚の残骸がある。
火が燃え盛るカマドの傍ら、机にあるラジオからアナウンサーの声が流れていた。白いタンクトップにベージュの短パン姿の彼女は、群青色の長髪の合間から呆然としている。
『星歴1930年の初頭に現れた、ワイバーンの形をした未知の機械、
「あー、もう。あったかいのが食べたかっただけなのにッ!」
山奥に打ち捨てられたかつての空軍基地の廃墟に、スカイはこっそり住み着いている。
かつて管制塔として使われていた少し高い建物の一室で、彼女は読んでいた本を置くと、床に放ってあった新聞紙で掃除を始めた。飛び散って埃まみれになった魚は、流石に食べられない。
電気もガスも水道も通っていない部屋は薄暗くて埃っぽく、滑走路を一望できる窓はガラスが割れており、所々に真っ黒なブラックテープが貼ってある。
そこら中に缶ビールの空き缶が転がっていて、室内にはほのかにアルコールの香りが漂っていた。
拾い終えたスカイは、履いていたサンダルで空き缶を蹴っ飛ばす。カマドの近くに置いてあった段ボールの蓋を開けて、顔をしかめた。
「げっ、最後じゃない。次は弱火にしなきゃ」
『続いてアルタイル国軍より注意喚起です。人と
「っと」
スカイがつまみを捻ると、程なくしてラジオは沈黙した。緊急無線へと周波数を合わせたので、何か事件でもない限りは音が鳴らない。ラジオの電源が本体の背後にあり、切るのが面倒な時の彼女はいつもこうしていた。
口元に笑みを浮かべた後、彼女は燃えている薪の一部を除いて火の勢いを弱め、カマドの上に最後の魚の缶詰を置く。
「あーあ、ひもじいわねえ」
近くにあった水のはいったバケツに薪を突っ込み、ため息交じりに椅子に戻ろうとした時、スカイの視界に窓際の机に置いてある水晶玉のような物が目に入った。
スイカくらいの大きさの球体は表面がツルツルしており、凹凸がない。内側には星々のような小さな光が無数にあり、雨雲を思わせる黒い靄のようなものも渦を巻いている。
夜空が凝縮されたかのような様子を目にした彼女は、首を横に振った。
「……いや、流石に彼のを売るのは」
その時、先ほど止めた筈のラジオからアラーム音が流れ始め、スカイはビクッと身体を震わせた。彼女は顔をラジオへと向ける。
『緊急速報です。空賊、ガールズハウスが現れました。彼女らは現在、航空戦闘機リトルプリンセスにて街の上空を飛び越え、海の方に向かっております。付近の住民の皆さんは速やかに警戒してください。賞金稼ぎの方々に置かれましては、ギルドからの通達を確認の上、ご対応ください。ガールズハウスの現在地に関しては』
「ぎゃぁぁぁッ!?」
ラジオの合間に再び炸裂音が響き渡り、スカイは汚い叫び声を上げた。直火にかけていた最後の缶詰が爆発したのだ。
腰が引けた彼女の目の前には、油漬けの魚の残骸が広がっている。先ほどした掃除と昼飯がパーになった。
「ったく、飯時だってのに」
食べる飯がなくなった癖に、この言い種である。
スカイは声を荒げると、突っ込んだ薪ごとバケツの水をカマドにかけて鎮火させた。その後は窓際へ駆け寄ると、開いた窓の向こうにあったすべり棒を掴み、密着させた身体を滑らせて降下する。
真夏の太陽が照り付ける外に降りた彼女は、隣の整備倉庫の扉を開けた。中に入った彼女はタンクトップと短パンを脱ぎ捨て、扉のすぐ近くのフックにかけてあった紅のボディースーツを引っ掴むと急いで袖を通していく。
ボディースーツが、彼女のスレンダーな身体にピッタリと密着した。
「まあいいわ。小銭だろうと、稼がせてもらうわよ」
スカイは黒いラバーソールの革靴を履いて紐を縛った後、倉庫のシャッターを下から上へと持ち上げた。
真っ昼間の太陽光が差し込んできて彼女が目を細めた後、涼し気な風が吹き込んでくる。
すぐに振り返った彼女は、倉庫の中央に鎮座している一機の対
群青色に塗装された細身の胴体の側面には推力偏向ノズルがあり、後方にいくにつれて膨らんでいる。正面から見ると八の字に見える主翼にはそれぞれランディング・ギアが備え付けられており、胴体の前後にあるものと合わせて四点で床と接していた。
機体最後方の垂直尾翼の左右にある水平尾翼も、主翼と同じ八の字形である。操縦席のすぐ右下には、青い塗装の下に薄っすらと文字のようなものが浮かんでいた。
機体に駆け寄った彼女は早速コックピットに乗ってエンジンを始動させようとしたが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「ったく、こんな時に。動きなさい、このポンコツッ!」
エンジンが動かなかったので、チカチカ光っているランプを彼女が足で蹴りつけると、点滅が消えて他の計器が作動した。モーター回転によるゲオルク特有の甲高い音が響き、目の前にある速度計や高度計が光り始める。
ったく、とため息をついた彼女は、座席の後ろに引っかけていたコードの付いた黒いフルフェイスヘルメットを頭に被った。
「そろそろクソ眼鏡のとこでオーバーホールねえ。燃料要らずなのはありがたいけど、ホントどういう原理なのかしら?」
操縦桿を掴んだスカイは、一度目を閉じた後ではっきりと開け、正面を真っすぐに見据えた。その瞬間、脳が何かと繋がったかのような感覚を覚える。
「各計器、オールクリア。ゲオルク、レディ、ゴー」
スカイの声と共にコックピットを覆っているフロントガラスが一人でに閉じた後、機体がゆっくりと動き出した。
のろのろと走って倉庫を出て青空の下の滑走路に現れたゲオルクは、胴体側面の推力偏向ノズルを九十八と五度まで傾ける。甲高いエンジン音が唸りを上げた時、機体は垂直に浮き上がった。
一定高度まで上昇した後にホバリングしたゲオルクは、ランディング・ギアを内側へと折り畳みながら、コックピットのある正面を東南東へと向ける。
先ほど最後の缶詰が爆発した後に、背後でラジオから放たれていた方角だ。
「今日もいい天気ね。クールに決めましょ、クイーンルビー」
青い空を見て微笑み、機体にそう呼びかけたスカイが操縦桿を前へと倒すと、ゲオルクことクイーンルビーは真っすぐ飛び出した。速度は徐々に上がっていき、翼が空を切る鋭い音が響き渡る。
あっという間に前線基地の廃墟を置き去りにした時、スカイは自分のお腹が鳴るのを聞いた。
締まらない、と彼女はうんざりした。
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