第751話 仲間が増えた
店番として働きはじめたドン爺。
正直このお店は流行ってない。表通りから一本裏に入った通りに面していて、一見さんには分かりにくく、住民街からは距離があり中途半端なのだ。
店の前を通るのは仕事に向かう人だ。そういう人達向けの軽い飲み屋とか軽食を売るのには向いてるんじゃがの。ガラス細工や食器とか売れんじゃろな。これだけ暇な店なら店番なんていらんじゃろにワシをあわれんで雇うてくれたんじゃな。
そんな事を考えながら帳簿をペラペラと見ていくと結構計算間違いが多い。
試しに計算し直してみると売上と利益が大きい。この客足でこんなに利益が出るわけなかろ?
「のう、ハズキよ。この国の税金はどのような仕組みじゃ?」
と、仕組みを聞くとウエストランドと同じだった。自分の作った星はそういう仕組みまで似るものなんじゃのう。
全部計算し直すとずいぶんと余計に税金を払っていた。
粗末な晩御飯を食べながらハズキと話す。
「ここの売上と利益の修正は過去何年分ぐらい遡れるのじゃ?」
「確か5年だったかなぁ? 役所に行けば教えてくれるよ。あ、ドン爺は住民登録はした?」
「いや、しとらんぞ」
「しばらく王都に住むんでしょ? なら登録をしに行こうか。その時に役所で税金の事を聞けばいいよ。で、何で税金の事を知りたいの? 毎年ちゃんと払ってるよ」
「いや、払いすぎておるんじゃ。あちこち計算が間違っておる。ほれ」
「えっ? 今日1日で過去5年分を計算したの?」
「これぐらいの量しかないのじゃ。余裕じゃわい」
「ドン爺すっげぇ。私はそういうのものすごく時間掛かっちゃうんだぁ」
「人には向き不向きがあるからの。帳簿はこれからもワシにが見てやるから安心せよ」
「やったぁ!」
明るいハズキは喜んでくれたが、もうこの店は死にかけておる。税金はざっと金貨2枚ぐらい還ってくるじゃろうからそれを資金にしてやり直した方がいいんじゃがの。
「この店に思い入れはあるのか?」
「うん、死んだ父さんと母さんがやってた店だからね。その時はそこそこ流行ってたんだけど、街の再開発があって住民街から離れちゃったんだ。それからどんどん悪くなっちゃった。それから父さん達は働き詰めで身体を壊しちゃって・・・」
なるほどのぅ。この立地はそういうわけじゃったか。
「店を移す気はあるかの?」
「うーん、このままここで頑張れたらなぁって。父さん達が作った店だから・・・」
うむ、では仕方があるまい。
「では、ハヅキよ。明日役所に行った後は街を案内してくれんかの? 1日くらい店を閉めてもよいじゃろ?」
「そうだね、開けててもほとんどお客さんこないし。あははは・・・」
翌日、役所に行き住民登録をした後に税金相談に行った。
「ほれ、このように計算を間違えて税をたくさん支払っておるのじゃ、過去5年間の税金還付を申請する」
「後から書き換えたのではありませんか?」
「脱税は重罪じゃろ? こんな端金でそんな事をするかっ」
「しかし、申請を間違えたそちらが悪いのでしょ?」
税金を取るときはがめつく取る癖に還すと時はのらりくらりと逃げる税務担当者。
「じゃから過誤申請をしに来ておるのじゃ。これは制度として認められておるじゃろが?」
「しかしですねぇ」
「かーーーっ! いい加減にせぬかっ。この店を担当したものを呼べっ! こんな簡単な計算ミスを見逃したお前らの責任もあるじゃろうがっ。徹底的にその責任を追及してやるぞ。それにお前っ! 制度があるにも関わらずそれを受け付けせん責任を問うてやるっ。名前を申せっ、すぐに上申してやるからな」
ビクッ
「そのような脅しを私にするとは後悔することに・・・」
「後悔するのはどちらじゃろうな? いいからさっさと名を申さぬか。ワシが後悔するのであろう?」
・・・
・・・・
・・・・・
「はよ申さぬかっ!!!」
かーーーっ!!
とドン爺は王の威圧を放った。
「も、申し訳ございません。こちらの手違いでございました。この申請を受理したします」
「貴様、はよ名前を申さぬか」
「い、いや・・その、申請は受理いたしますので・・・」
「貴様は信用ならん。ちゃんと還付されなければ貴様をとことん追い詰めねばならんのでな、さっさと名前を申せ」
「ヨ、ヨハンです・・・」
「税務担当窓口のヨハンじゃな、しかと覚えたからの」
税務相談に来ていた他の住民達は今のやり取りをざわざわして見ていた。
税金の過誤申請による還付制度はあるものの、ほぼ認められる事はなく、実質は少なかった分を脱税にならないように払う為のシステムなのだ。
酷い担当官に当たるとわざとミスを指摘せず、後程脱税の罪に問われたくなければ追徴課税とし称して莫大な税金を取ったりするらしい。
「ドン爺凄いねぇ」
「なぁに、役所のやつらなんざ自分の責任を問われるのを嫌うのじゃ。そこを付いてやれば制度上やらざるをえんからな」
「へぇ、そうなんだぁ」
「まぁ、ハヅキは何も心配せんでええ。こういうのはワシがやってやるからの」
「あんなご飯と寝るところだけしか出せるものないのにそんな事をしてもらっちゃっていいのかな・・・」
「行く宛のないワシを拾ってくれた礼じゃ。何も気にするとはないのじゃ」
「ありがとう。自分だけじゃ分からないことも多くて」
「うむうむ、ワシがちゃんと儲かるようにもしてやるでの。ハヅキは何も心配せんでええ。お前は店で物を売るより作る方が好きなのじゃろ?」
「あははは、バレた?」
「ワシは作る事は出来ぬが、売り方は知っておる。ハヅキが作りたいものを気兼ねなく作れるようにまずは金を稼がねばならん。それはわかるかの?」
「そうだね・・・」
「なぁに、すぐに稼いで物作りに専念出来るようにしてやるわい」
「うん、期待してるよ。ありがとう」
「なら、まずは売れるものを作るのじゃ。あの立地じゃと個人向けより他の店向けの物を売った方が良いの」
「店向け?」
「そうじゃ。まずは魔法陣を作ってる店はあるかの?」
「魔道具を作るの?」
「そうじゃ。ハヅキはガラス職人じゃろ? それを生かした物を作るのじゃ」
という事であちこち魔道具ショップや魔法陣を組める工房を見ていく。
「もうどこも専属契約してるね」
「まぁ、そうじゃろな。ワシはそんな複雑な魔法陣が欲しい訳ではないからの。駆け出しの奴で構わぬのじゃが・・・」
「だったら、見習いの人でもいいの?」
「あぁ、構わぬぞ」
ということでハヅキの幼なじみが魔法陣の工房で見習いをしているらしいのでその者を訪ねてみた。
「や、久しぶりっ!」
「あっ、ハズキちゃん。どうしたの?」
「ホーテン、あなたライトと冷蔵とかの魔法陣は組める?」
「そんな初歩的な物で良ければ作れるけど。そんなのどこでも売ってるだろ?」
「お主がホーテンか?」
「誰なのこの爺さん?」
「ドン爺。いまうちの店で住み込みで働いて貰ってるの」
「は? お前の所、潰れかけてんのに爺さん雇うとか正気か?」
「失礼ねっ! 誰の所が潰れかけてんのよっ。ちゃんと利益出てるわよっ」
計算間違いの利益を自慢するハズキ。
「これ、痴話喧嘩は後でせぬか」
「だっ誰が痴話喧嘩よっ。ホーテンは幼馴染みってだけよっ」
「まぁ、それはどうでもよい。ホーテン、ハズキの店を手伝わぬか? 給料はまだ出ぬがそのうちバーンっと稼がせてやるからの。工房で見習いなどしとっても雑用しかさせて貰えぬのであろ?」
「なんだよこの爺さん、ハヅキの所の居候の癖に偉そうに物を言いやがって」
「ホーテンよ、現実を見よ。これだけ大きな工房じゃとたくさん人がいるじゃろ? この中でもトップに食い込めるのか? まだ何もさせてもらってはおらぬのじゃろ?」
「初めはみんなそうなんだよっ」
「それは本当か? オリジナル魔法陣は秘匿されておるのではないのか? それを教えて貰うには莫大な金を払うとかになっておらぬか?」
「そんなの当たりまえだろっ」
「雑用の給料でそれが払えるようになるまでどれぐらい掛かるのじゃろな?」
「そっ、それは・・・」
「なぁに、ハヅキと共に魔道具を作ればすぐにそんな金は貯まるし、オリジナル魔法陣を作る為のアイデアも教えてやろう。誰かに金を払って人が作った魔法陣より自分で考え出した方がいいじゃろ?」
「そんか事が出来るのかよ?」
「お前の努力次第じゃの。ワシが知ってる奴は実に様々な魔法陣を作っておったぞ」
「ど、どんなのだっ?」
「それが知りたければハヅキを手伝うが良い。売れる物を作れば後はワシが売ってやるからの」
ホーテンは迷った。この爺さんが言う事は当たっている。この工房で働いていてもずっと下働きで終わるかもしれない。それに両親が死んだハヅキに何もしてやれなくて気にもなっていた。
「わかった。ハヅキを手伝ってやる。爺さん、その代わりちゃんと売って早く給料を出せるようにしてくれよ」
こうして仲間が一人増えたのであった。
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