第750話 ドン爺の就職活動
よし、あの一番大きな国が怪しいの。ワシが初めに手解きをしてやった国じゃが・・・
ドン爺はマナーカ王国の門近くに来てから実体化した。
うむうむ、間近でみるとウエストランド王国のようじゃな。まずは王都に入って情報を調べるか。と、ドン爺が門をくぐろうとすると門番に止められた。
「おい爺さん、身分証を見せろ。王都民と許可を受けた者以外は銅貨10枚の入国料が必要だ」
「ワシは神である。そのような物は持ってはおらぬ」
「はぁ?」
「だからワシはこの世界を作った神であると申しておる。さっさとここを通しなさい」
「爺さん、あんたよそ者だろ? この国で神を語ると処罰されるから気を付けな」
「どういうことじゃ?」
「ここの王様の先祖は神のお告げを受けこの国を発展させ、代々それが受け継がれて神様になったんだ。だから勝手に神を名乗るのは重罪なんだよ。自称神がたくさんいたからな」
「いや、ワシは本当に神で・・・」
「悪いことは言わん、金も持ってねぇようだし、ここに入るの諦めな。中に入って自分が神様だとか言ったら俺達も捕まえなきゃならんからな」
ドン爺は追い返されてしまった。融通の利かない門番をプチっとしてやろうかと思ったが、あやつは自分の仕事をしただけ。しかもちゃんと注意までしてくれたのだと思い、プチっを思い留まった。
『ドン爺、いくら神様だからといって、魂が汚れてない人を殺しちゃだめだよ。その人には親や家族がいるんだから』
ゲイルにこう言われていたのだ。そう、神だから何をして良いわけでもないのだ。
しかし、まず金を稼がねばならんとはのぅ。元手が無くては稼ぎようがない。まずは労働するしかあるまいな。
ドン爺は近くの村までひとっ飛びしようとしてもできない事に気付く。そうか実体化とは本当の人間と同じようになってしまうのか。これは面倒じゃ。一度元に戻って近くの村に行ってからもう一度実体化するかの。
「よっ、はっ、ほっ」
ん?
これどうやって元に戻るのじゃ?
『ここの神様、まだ実体化が解けなくてね』
確かゲイルは神の代行をしておるときにそんな事を言っておったの・・・ これはもしかして自動的に実体化が解除されるまでこのままなのでは・・・
サーーッと青ざめるドン爺。
実体化したワシに出来ることは・・・
少し火魔法が使える、商売の事をよく知っている、誰かに指示をする。以上。
火魔法は薪に火を点けるぐらいしか役に立たん。後は組織の上にいて初めて役立つものばかりじゃ・・・
どうするワシ?
取りあえず近くの村まで歩いて移動。お腹も空かないし疲れもしないのはありがたい。何台か荷馬車とすれ違ったり追い抜いたりしたが誰も乗って行きますか? とも言わん。ワシの星の奴らは年寄りに優しくせんのか? これは教育が必要じゃの。
ひたすら何日か歩き続けてようやく村にたどり着いた。
「これ、そこの者」
「なんだ爺さん?」
「誰かワシを雇うやつはおらぬか? 王都に入るだけの金を稼ぐだけでいいのじゃ」
「はぁ? 爺さんなんて雇うやつおらんだろ?」
「銅貨10枚ぐらいの仕事ぐらいあるじゃろがっ」
「ちっ、それっぽっちも持ってねえのかよ。仕方がねぇ、今日1日荷馬車の荷下ろし手伝えば銅貨10枚やるよ」
「ぐぬぬぬぬぬぬっ」
はぁはぁ。フゥ〜。
「おい、爺さんそんな休んでばっかじゃ仕事が終わらんだろ。銅貨10枚の仕事だからといって手を抜くなっ」
「なんじゃとこの若造・・・」
いや、こやつの言う通りじゃ。賃金が安いからといって仕事をやらんのはカスじゃ。何でもしますと言ったから雇ってやったのに、やれ給料が安いだの、仕事がキツいだの文句を言うやつと同じではないか。
ドン爺はロドリゲス商会の事を思い出していた。仕事をせんやつほど文句を言うのだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬっ」
ドン爺はなんとか日暮れまで頑張り続けた。あんなカスみたいな奴らにはなりたくはないと。
「よく頑張ったな。これで終わりだ」
ドン爺はひいひい言いながらなんとか最後までやり遂げ、銅貨10枚を手に入れた。
「爺さん、文無しなんだろ? うちも余裕があるわけじゃねぇからこれ以上払ってやれねえが、今日はうちに泊まって飯食ってけ。で、明日の朝、王都に向かう荷馬車に乗せて貰えるように頼んでおいてやったからよ、それに乗ってけ」
ドン爺はここに来て初めて優しくされてホロッときてしまった。
「おいおい、こんなことで泣くなよ。ったく、年寄りはこれだからよ」
「な、泣いてなんぞおらんわっ」
「まぁ、そういう事にしといてやるか。俺も死んだ親父が帰ってきたみたいでな、ちょっとホロッときちまうだろうが」
村の荷物の受け渡しをしているこの村人はドン爺を粗末な家に招き、奥さんと子供がもてなしてくれた。
飯は芋となんかの肉のスープと硬いパン。味付けは塩のみだ。正直美味しくはないが、貧しいながらも幸せそうな家族と食べるご飯は美味しかった。
「世話になったの。このお礼は必ずさせてもらうでの」
「労働に対する対価を払っただけだ。礼なんていらねぇよ。それより気を付けてな爺さん」
「おじいちゃん、バイバーイ」
「またの!」
ゆっくりと進む馬車を見送ってくれる村人に手を振りながら出発した。
ゴトゴトと歩みの鈍い馬車は歩くスピードより若干速いぐらいだ。乗り心地も良くはない。こうやってみるとゲイルが考えた馬車や飯は凄かったのじゃなとつくづく思う。あのような物が作れる奴は出て来るのじゃろうか? やはり手伝って貰った方が良かったなとかぼんやり考えていた。荷馬車の主は干肉と硬いパンをご馳走してくれ、ドン爺がしたのは薪に火を点けるぐらいだった。
荷馬車の主にお礼を言い、無事に王都に入ったところで別れた。
まずは拠点が必要じゃの。
ドン爺は住み込みで雇ってくれる所を探し始めたが年寄りを雇ってくれるところなんてそうは見つからなかった。
世知辛い世の中じゃのう・・・
「いらっしゃーい」
「いや、ワシは客ではのうて住み込みで働く所を探しておるんじゃが」
「えー? おじいちゃんその年で働くとこないの? 家族は?」
店先にいた店員は明るそうな感じの娘だった。
「いや家族はおらん。よそから来たばっかでの」
「えー? 住むところ無いの?」
「そうなんじゃ」
「んー? 住むところとご飯ぐらいなら提供してもいいけど、お給料まで払えないかな。それでも良かったらここで働く?」
「いいのか?」
「お金の計算とかは出来る?」
「そんなものは朝飯前じゃよ」
「なら店番として働いてよ。私は仕入れや工房で店空けるときに困ってたんだよね」
「娘さんは一人でこの店をやっておるのか?」
「お父さんもお母さんも死んじゃってね、今一人なんだ。おじいちゃんなら変な事もしないだろうし、ちょうどいいわ。私はハヅキ。おじいちゃんの名前は?」
「ワシはドンウェリックじゃ」
「わぁ、すっごく偉そうな名前だね」
「うむ、ドン爺と呼んでおくれ。ワシが可愛がっていた孫みたいな者がそう呼んでおったでの」
「へぇ、その孫みたいな子は何をしてるの?」
「神様の代わりをやっておるぞ」
あっ・・・
ハヅキは孫代わりの子がもう死んでしまったのだと受け取った。
「ごめんなさい、変な事を聞いちゃって」
「? いや別に謝られるような事ではないぞ。それよりこの店は雑貨品とガラス製品を売っておるのか?」
「そ、ガラス製品は私が作ってるんだ。おじいちゃんが店番してくれるならもっと作るのに専念出来るようになるよ」
「ふむ、ではワシが王都イチのガラス店にしてやるわい」
「ふふっ、期待しているわっ」
こうしてドン爺は王都の庶民街の雑貨品店の店番として生活を始めるのであった。
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