第742話 とんだバカ夫婦は…
ある日、口を拭ってやった女の子の両親がわざわざお礼に来てくれた。
「先日は子供が大変お世話になりありがとうございました」
「いやいや、そんなお礼を言われるようなことでは。こちらが好きでやってることですので」
「娘が釣った魚の下処理までして頂いて・・・」
「そのまま貰っても困るおうち多いですからね。うちはしょっちゅうやってますから気にしないで下さい。あ、ちょうど良かった。お昼ご飯まだなら一緒に食べるか?」
俺は友達の女の子に聞いてみる。大人に聞くと絶対に遠慮するからな。
「うんっ♪」
「これ、メルモっ。そんなご迷惑をっ」
「いやいや、たいしたお昼ご飯ではありませんのでお気になさらずにご一緒にどうぞ」
お昼ご飯は天ざるそばだ。ソバも天ぷらの下ごしらえも保存魔法を掛けて用意してあるのですぐに出来る。
海老の天ぷらを揚げつつソバを茹でて冷水でギュッと締める。
「はいどうぞ。この後なにもないようなら日本酒でも飲みますか?」
奥さんは遠慮したが、お父さんは少し飲みたそうなので透明の冷酒セットを出しておいた。
旨いですなぁとかメルモパパは嬉しそうだ。
「あーん」
めぐみは自分の海老天を食べたあと口を開けるので、俺の海老天ぷらをふーふーしてから食べさせてやる。
あっ・・・
「す、すいません。とんだバカ夫婦で・・・」
「ね、言ったでしょ? モモパパとモモママはとっても仲良しなの」
「いやぁ、いつまでも新婚みたいで羨ましいですなぁ」
「ねー、ぶちょー。バカ夫婦って何?」
「俺達みたいな事を言うんだよ」
「どーして?」
「こうやって食べさせたりするのは小さい子だけなんだよ。モモにももうしてないだろ?」
「ぶちょーに食べさせて貰った方が美味しいのにね♪」
「ぶちょー?」
「あぁ、自分のあだ名なんですよ」
「えーっと、この料理もご主人が?」
「うちのめぐみは何もできませんので」
「何もてきないって何よ?」
「なんもできねーだろ?」
「ぶぅー」
「いやぁ、天真爛漫な可愛い奥様ですな」
「ぶちょー、私可愛いんだって」
「あぁ、可愛いぞ」
「エヘヘヘ」
あっ・・・
「重ね重ね申し訳ありません・・・」
「いえ、お気になさらずに・・・」
メルモパパ苦笑いだ。そりゃ、人前でこんなことしてたらそんな反応になるわな。
「お仕事も料理もして大変ではありませんか?」
「仲間がいるときはほとんど飯は俺担当ですしね。いつものことですよ」
「奥様に何かして欲しいとかは?」
「別にこうして嬉しそうに飯食ってくれるだけでいいんですよ」
めぐみは話に参加せず、ソバを旨々と食べていた。
「いやぁ、色々とご馳走さまでした。お礼に伺ったのにまたお世話になってしまいまして」
「いえいえ、わざわざご丁寧にありがとうございました。またいつでも遊びに来て下さい」
「本当にありがとうございます」
「モモパパ。また遊びに来ていーい?」
「いつでもおいで。パジャマここに置いておいていいぞ」
「本当っ?」
「あぁ、いつでも泊まりにおいで。今度グラタンとかハンバーグとか作ってあげるよ」
メルモはいつまでも手を振り、両親も何度も頭を下げて帰っていった。
「ねぇ、あなた。モモちゃんち羨ましいわね」
「あ、うむ。私達も新婚の時はあんな風だったなのかな」
「そうね、どうやったらずっとあんな風にいられるのかしらね? 試しに今晩、一度あーんしてみます?」
「あ、いやあれは恥ずかしいだろ?」
「ふふ、そうかしら? モモちゃんのお父さん、嬉しそうにあーんしてましたよ」
「う、うむ・・・」
「めぐみ、他の人のいる時ぐらい自分で食べろ。モモが恥ずかしいだろ?」
「えー、別にいいじゃない」
「なー、モモ。こんなママ恥ずかしいよな?」
「ママは可愛いからいいのっ」
「モモも可愛いよー」
良く似た二人はお互いに、んふふふっと笑い合っていた。
それからちょくちょくメルモは泊まりに来ていた。
「モモパパありがとう!」
「ん? なんかしたか?」
「お父さんとお母さん、ここでご飯を食べてから仲良しなの」
「そうか。それは良かったなー」
「うん。でねっ、メルモにもあーんしてくれる?」
「じゃ、この唐揚げでいいか?」
「うんっ♪」
パクっ
「あー、本当だ。モモパパにあーんして貰った方が美味しいっ」
メルモちゃんもいい顔して笑うわ。今度赤と青のキャンディ作ってやるかな。
我が家にはよくモモの友達が遊びにくるようになった。もう誰が誰かわからん。一人で孤児院してるのと変わらんな。
今日はたこ焼きをせっせと焼いている。そのうちたい焼きとかフライドポテトでもやるか。
めぐみは俺が焼いてるのじーっと見ている。
「面白いか?」
「別に」
「めぐみのだけ特別に焼いてやろうか?」
「うんっ♪」
めぐみには卵と出汁マシマシの明石焼き風にしてやる。ソースは無しで出汁で食べるタイプだ。
子供達はすでにお腹がはち切れそうなので、俺も一緒に食べることに。
「ぶちょー、美味しいね♪」
めぐみは結構出汁の味が感じられる物を好む。まぁ、こってりも甘いものでも何でもよく食うのだが。
「ぶちょー、これもたこ焼きなの?」
「明石焼き、本場では玉子焼きっていうけどな。めぐみこっちの方が好きだろ?」
「うんっ♪」
こんな生活が続いて義務教育が終わるころ、実のおじいちゃんおばあちゃんのようにモモを可愛がってくれていたヘンリー夫妻が倒れた。
「おじいちゃんっ、おばあちゃんっ」
何度も見てきた光景だ。もう何もできないのがわかってしまう。
そして二人は俺達に礼を言いながら逝き、魂が天に帰らずにモモの上で心配そうにゆっくりと回る。
モモが物心が付いて初めて経験する別れは大好きなおじいちゃんとおばあちゃんだった。もしかしたら本当の両親が魔物に殺された時の思いも混ざるのか、激しく泣いていつまでも老夫婦の体を揺さぶっていた。
「ぶちょー、連れてってあげて」
「わかった」
「モモ、おじいちゃん、おばあちゃんは泣いてるお前が心配で天に帰れないようだ。パパは二人を天に送って行ってくる」
「え?」
「実はお前が義務教育を卒業したら話そうと思ってたんだがな。ママはこの世界の女神様なんだ。パパはその手伝いをしているんだ」
「えっ? 何を言ってる・・・の?」
「パパとママは普通の人間じゃないんだ。黙っててごめんな。嫌いになったか?」
「えっ、あ、ううん。信じられなくてビックリしただけ・・・」
「そっか、帰ったらちゃんと話そう」
ゲイルはそうモモに言ってヘンリー夫妻の魂を天に導いて行った。
「ねぇ、ママ。ママって本当に女神様なの?」
「そーよ。凄い? 凄い?」
「本当に女神様?」
「何で疑うのよっ」
「女神様って何をするの?」
「魂の管理とか?」
「それってパパが今手伝ってるって言ってたやつ?」
「そうよ」
「じゃ、ママは何しているの?」
「ぶちょーに作って貰ったご飯食べてる♪」
あー、ママはダメな女神なんだなとモモは理解した。
ゲイルが帰って来た後、モモは詳細を聞かされた。
「パパは人なの?」
「人の部分もあると言った方が正しいな。神様じゃないけど神様と同じ事は出来る。あとは魔王の部分もある」
「だからパパって何でもできるんだね」
「いや、魂の管理以外は人だった時からほとんどできたぞ。このエデンを作ったのも俺だしな」
「え?」
「ママは初めから女神だった。パパはただの人だったんだよ」
「女神様とただの人がどうして知り合うの?」
「ママがパパに惚れたからだな」
「ちょっとー、ぶちょーが先に私に惚れたんでしょっ?」
「そうか?」
「わっ、私はぶちょーの作るご飯が好きなのっ」
「ふーん、じゃあ、お供えしてやるから自分の世界で一人でいるか?」
「ぐすっ、ぐすっ。なんでそんないじわる言うのよっ。また会えなくなっちゃうかもしれないじゃないっ」
「・・・そうだったな。ごめん。いじわる言って悪かった。ずっと一緒にいてくれ。俺もその方が嬉しい」
「うん」
モモに過去に何があったか話してやった。
「でねっ、でねっ、ぶちょーが死にかけの時に私に伝言残してさぁっ・・」
次々に恥ずかしい過去が暴露されていく。
「私がいない間にずっと私の代わりに辛い思いしながら頑張っててくれてー。俺がお前を守るとか言ってくれちゃってー、私もずっと一緒にいたいって思ってー♪」
モモに嬉しそうに惚気るめぐみ。
親のそんな話を聞きたくないよね?
「パパとママってそんな昔から仲良しだったのね」
「そうだね。もうずっと一緒にいるよ」
「キラキラ孤児院の人達も?」
「シルフィードとラムザもパパの奥さんだ。キキとララはラムザとパパの子供だな。シルフィードは他の星の神様。パパが人だった時からの奥さんだ。ラムザは魔界の女王様。ラムザとはずっと汚れた魂の駆除をしてたんだ」
「パパは奥さんが3人もいるの?」
「そうだよ。シルフィードとラムザはモモと普通の親子として過ごした方がいいと送り出してくれたんだよ」
「そうだったんだ・・・」
「モモの本当のお父さんとお母さんの事は覚えてるか?」
「うん」
「パパはな、モモのお父さんとお母さんから娘を宜しくとお願いされたんだ。今もきっとそばで見守ってくれている」
「本当?」
「シルフィードママのお母さんもずっとシルフィードの事を見守ってくれてたんだよ。モモのお父さんとお母さんも同じさ」
「うん」
「もう俺とめぐみの事はパパとママと思えなくなったか?」
「ううん。パパとママはパパとママだもん。私とママって似てるんでしょ?」
「あぁ、良く似ている。本当に・・・」
「じゃあ、モモも女神様になれる?」
「なれるよ。それにモモはもうパパの女神様だ」
「えへへへへ」
モモは俺達が人間じゃないと知って驚いたが。素直に受け入れてくれた。
とんだバカ夫婦は人ではなかったけど、モモを愛してくれるパパとママなのだとモモは嬉しかった。
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