第720話 アイナが1番

「なんだとっ? シルフィードが拐われた?」


そう言ってわんわんと泣くシルビア。大人達は自分達の不甲斐なさを嘆いている。


ここをまとめているダン夫妻の子供が二人とも拐われてしまったのだ。


「シルビア、魔族は何か言ってたか?」


「自分の子供の遊び相手に私は力が足りないって言ってシルフィードちゃんだけ連れてったの。うわぁぁぁん」


「そうか、遊び相手か・・・ なら殺された訳じゃない。俺達は力を付けて必ず二人を取り戻す。だからもう泣くな」


「シルフィードのパパ」


「どうした?」


「シルフィードちゃんを守れなくてごめんなさい。絶対シルフィードちゃんみたいになって、私が代わってあげるから・・・」


ダンとミケはこんな幼い子供がよくここまでシルフィードの事や自分達の事を思ってくれる事に胸が詰まった。二人は孤児院でずっと子供を導いていた。シルビアの心も必ず導いてやらねばと心に誓う。


これは神のような存在になったことで薄れてしまっていた人としての気持ちであった。



「ただいま~」


「お、ゼウちゃんも来たのか。自分の星はもう良いのか?」


魔界にやって来たゼウちゃんをラムザが迎える。


「ゲイルくんが参考になるかもって連れて来てくれたの。ありがとうゲイルくん」


「だからくっつかないでっ」


「ん? めぐみはゼウちゃんに・・・ あぁ、なるほど。ゼウちゃんもゲイルにそれを望んだのか? 魔王ゲイルはやらんぞ」


「いやねぇ、ゲイルくんは私にはそんなことしたいと思ってないわよ。ね? でもしてみる?」


「やめてよーっ!」



ゼウちゃんのこんな冗談にも反応しないシルフィード。


「シルフィ、戻ってやりたいか?」


あの女の子の友達の事がずっと気になっているのだろう。


「え? あ、 ・・・うん」


「俺は戻れないからな。一人で戻れるなら戻れる方法を考えるけど」


「ゲイルは一緒に戻れないの? 二人で隙を見て逃げて来たとか」


「俺はここで父さんと最終決戦しないといけないし、子供を取り返すという理由を残さないとダメだからね。人ゲイルとして色々とやることもあるし」


「そうなんだ・・・ じゃやめとく」


「シルフィ」


「何?」


「あの娘の魂は新しい。これから何回も生まれかわるだろう。でもお前と知り合った人生は今だけだ。その間だけでも一緒に過ごすのも悪くないんじゃないか? 俺とは永遠に一緒にいられるんだ。5~60年ぐらい別々でも問題ないだろ? 人の時もそれぐらい離れてた時もあったんだから」


「ゲイルは寂しくないの?」


「そんな顔されているより楽しくしててくれる方がいいよ。別に俺がいなくなるわけじゃないし、会いたければいつでも会えるし」


「え?」


「人ゲイルで色々とやることあるっていっただろ? 大人ゲイルで街の発展もやらんといかんからな。それにシルフィにはポーションを伝導してもらわないとダメだからな」


「そっか! なら全然問題ないんだっ」


「そうだよ。本当はお婆さんシルフィになってやって貰おうかと思ってたんだけど、子供シルフィでやっても問題ないよ。その代わり、あの子の魂を見送ってやることなるからな。それは覚悟しておけよ」


「解った!」


「ジョン、お前はシルフィ、マリさん、チルチルが逃げてたところをたまたま見付けて保護した役だ。マリさんとチルチルは恐怖で過去の記憶が一部無い事にすればいい。チュールとブリックは続々と向かってる人達に紛れて入り込んでくれ」



こうして皆は始まりの地に向かって行った。



「えっ? シルフィードちゃん・・・? シルフィードちゃーーーーーんっ」


「シルビアっ! 心配かけてごめんね。ケイタが私だけでもってこっそり逃がしてくれたの。その後はあの騎士さんが守ってくれて」


「うわーーーーんっ。良かったぁーー」


シルフィードが子供ゲイルケイタは酷いこともされずに無事だと皆に伝えた事により、始まりの地に歓喜が訪れた。


「よし、ケイタを救い出す為にまずは力を付ける。その為に街を作ろう。今よりずっと住みやすくして豊かにしたらケイタを迎えに行く」


「おおーーっ!」


ダンは皆にそういって街作りに皆を誘導するのであった。



ー男会議(ゲイル抜き)ー


ドワン以外の男性はどうやって妻を繋ぎ止めるか相談をし合う。


「俺の所は無理かもしれん・・・」


「ジョン、ドズルからマルグリッドを守る為に決闘した時のお前とずいぶんと違うな?」


アーノルドにそう言われてハッとするジョン。アーノルドもジョンが自分の子供であったことを強く認識し、当時のジョンの燃えるような思いを思い出させてやろうとしていた。


「なんかアーノルドさんは吹っ切れた感じだな。なんかあったのか?」


「いや、ゲイルとジョンは俺達の子供だと改めて思い直しただけだ。なんだろうな?この状態になってそういう気持ちが薄れていたのが自分でも不思議で仕方がない。きっとアイナの事もそうなんだ。何かがきっかけで元に戻ると思うような気がしてきたんだ」


「そうかよ。俺もそうだ。シルフィを守れなかった自分が力のある人間になって代わってやりたいと言ったシルビアを見て、昔を思い出した。俺はずっとぼっちゃんの護衛だったが俺もまたぼっちゃんに守られてた。生まれ変わった後は孤児達を守って世に送り続けた。初めはぼっちゃんからの依頼でやってたが、ミケと二人でやってるうちに自分の役割というか天職なんじゃないかと思えたんだ。皆が俺とミケの子供だと」


「人だった記憶というより、気持ちじゃのそれは。記憶と気持ちは似て異なるものじゃ。ワシはその時の気持ちは今でも失っておらんからの」


ドワンにその記憶はない。ただ気持ちだけが残っていた。叶わなかった恋。恋い焦がれた想いという気持ちが。



ー女会議ー


「なぁ、アイナは嬉しそうやな?」


「あら、旦那と息子が私をめぐって争うのよ。嬉しいに決まってるじゃない。でね、その時にこう言うの。私の為に争わないでって」


アイナは超ご機嫌だった。劇で見た事のある、仲間がアイナを巡って争った時の気に入ったセリフを現実で言えるのだ。楽しみで仕方がない。


「はぁ、やっぱりちゃうなぁ、こんなしんどい状況を楽しめるなんて。ウチは正直しんどうてかなんわ」


「あら、ミケも楽しめばいいじゃない。ゲイルの事好きでしょ?」


「好きは好きやねんけど、ダンに思うてた気持ちとはちゃうからな。今のダンにもそうは思わへんねん。なんでなんやろな?」


「本当に?」


「なんやようわからんけどな」


「だったら別にいいじゃない。記憶をリセットしたつもりでこの状況を楽しみなさい。ゲイルもダンも一人の男として見ればいいのよ。自分を取り合ってくれるなんて経験なかなか出来ないわよ」


「記憶てそんな簡単には消えへんやん」


「記憶は消えてもさほど問題ないわよ。物忘れなんて誰でもするでしょ? 残すのは記憶より想いよ」


「想い・・・?」


「そう、想い。ミケがダンにそう思わなくなったのは記憶だったのか想いだったのかわからないのなら、今の気持ちに従いなさい。ゲイルがあなたをダンから奪おうとしてくれてるの嬉しくない?」


「そういや、正直嬉しいな。ゲイルやったらいつも嬉しそうに撫でてくれるやろし」


「アイナさん、記憶と気持ちはどうやって見分けたら宜しくて?」


「消えてもいいやと思えるのが記憶じゃないかしら?」


「アイナさんにとってゲイルは記憶かしら、気持ちしら?」


「ゲイルが子供だったというのは消えて欲しくもあり、消えないで欲しいのと両方ね。あの子のやること面白いのよ。今思い出しても笑えるわ」


「もし、仮にやで、仮にやけど、アーノルドとゲイルと同条件で出会ってたらどっち選んだん?」


「ふふ、どっちだと思う?」


「うちはゲイルを選ぶんちゃうかなあって思ったんやけど」


「多分ね、結婚してずっと一緒にいて楽しく幸せに暮らせたのはゲイル。相性抜群だと思うの」


「ウチもそう思うねん」


「でも、アーノルドを選んだかな?」


「えっ? 何でなん?」


「アーノルドはね、私がいないとダメなの。私の為に頑張れる人なのよ。私がそばにいてあげないとダメになっちゃうわ。ゲイルは私がいなくても大丈夫。ちゃんと自分のやらないといけない事を見付けて自分の幸せを手にするわ。それにアーノルドとゲイルが私を本気で取り合ったら最後はゲイルが勝てても自ら引くと思うわよ。アーノルドは絶対引かないけど」


「え?」


「ゲイルはアーノルドの事も好きなのよ。多分同条件で出会ってたとしてもね。だからアーノルドに私を譲る。ということはゲイルにとってアーノルドが1番、2番が私。アーノルドは絶対引かないから私が1番、ゲイルが2番ということになるわね。ダンとミケも同じようになると思うわよ」


「私の場合はどうかしら?」


「マルグリッドもミケと同じ。あなたの事を大好きだと思ってるけど、ゲイルにとってはあなた達は守る存在としての方が強いんじゃない。ちゃんとあなた達を託せるならその人に任すわよ」


「やっぱりそうなのですわね」


「ゲイルにとってシルフィードもめぐみもラムザも守るべき存在だけど、アーノルドやダンより上なだけ。ゲイルにとって1番はあの3人よ。もし私じゃなくてアーノルドとめぐみを争ったらゲイルは全力で勝ちに行く。そして勝つと思うわ。シルフィードとラムザを争ったらどうなるかわからないけど」


「アイナさん、ゲイルにとってやっぱりめぐみさんが一番なのかな?」


今まで黙ってたシルフィードが耐えきれずにアイナに聞く。


「私と同じ理由よ」


「え?」


「めぐみはゲイルが居ないとダメなのよ。私とアーノルドとの関係みたいなもの」


「私もゲイルがいないと・・・」


「そんな事ないわよ。男とか女とか関係なしにあなたと繋がりを深められる存在はいるわ。でも、めぐみはゲイルしかいないのよ」


シルフィードは今回のシルビアとの事を思い出した。そしてアイナの言う事を理解する。


「そやけど、アイナはゲイルの事をよう解ってんなぁ」


「私はゲイルと何か繋がりがあったのかもしれないわね。それに私の事は守りたいとは思ってはくれてるとは思うけど、私とは対等なのよ」


「どういう意味ですか?」


「母親、女性としては守るべき対象であっても異性としては対等って所かしら。だから私とそういう関係だったらゲイルは私に対してもっと我が儘で喧嘩も多かったと思うわよ。あなた達はゲイルの我が儘で喧嘩したことないでしょ?」


「うん」


「そういうこと。別にいい、悪いじゃないわ。ずっと守って貰って自分だけが我が儘言うのも悪くないしね。アーノルドはそれをさせてくれるのよ」


他の女性陣はアイナが一番ゲイルを理解していると痛感していたのであった。



くしゃんっ ずるずるっ


さっきからめっちゃくしゃみ出るけど、この身体になってまで花粉症だったら嫌だなとゲイルは過去の記憶を引っ張り出していたのであった。


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