第706話 ありがとう
すぐに帰って来るといっためぐみは数年経っても帰って来なかった。その間、食事を取らなくてもよくなったことに気付いたゲイル。初めは食べる気にならないだけかと思っていたが、魔神になったことで食事は必要ないのだなと理解した。
「ゲイルよ、ずっとここにいるつもりか?」
「またなんかあったんだろね。すぐってどれくらいか聞いておくべきだったわ」
ゲイルはただ待っていた。窓の外の季節の移ろいを眺めて。ラムザもゲイルが心配で魔界に戻ろうとせず、ただゲイルのそばにいた。
ラムザに魔力を補充してやる日々。ただそれだけの時間が過ぎる。
「ゲイルよ、我にしてやれることは少ない。我を抱くことでは癒しにはならんか?」
「お前、本当に優しいな。本当は人なんじゃないか?」
「いや、このように思うのはゲイルにだけだぞ。他の奴は生きようが死のうが何も思わん。そういうものなのだとしかな」
ラムザはゲイルに何かしつこく言うわけでもなく、何かしてくれとねだる訳でもなく、ただそばに居てくれた。
人が生きようが死のうが何も思わんと言ったラムザは初代ゲイルが数年で死ぬと言った時に泣いた。俺が滅びを選んだらきっと悲しむだろう。何があっても滅びを選ぶわけにはいかんな・・・
よし、気になっていることを先に片付けて行こう。
ゲイルは自分に認識阻害の魔法を掛け、気配を絶つ。
「む・・・ゲイル?」
「ラムザ、心配すんなここにいるよ」
「き、消えたのかと思ったではないかっ」
目に涙を貯めるラムザ。
「ごめん、ごめん。ちょっとラムザにも分からなくなるか試しただけだ。お前を置いて消えたりしないから」
「うん」
「ラムザ、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
ラムザはちょっとグスっとしながら答える。
「お前、気配を消せるか?」
「さっきゲイルがやったようなやつか?」
「そう」
「うむ、これぐらいなら」
「うん、十分だ。今からお前にも認識阻害の魔法を掛ける。付いてきてくれるか?」
「いいぞ。ゲイルが望むならどこまでも共に行こう」
「あとさ、本当の姿に戻ってくれるか?」
「ここだと長時間は・・・」
「こうしてたら大丈夫だろ?」
ゲイルはラムザと手を繋ぐ。
「俺の存在が分からなくてもこうしてたら大丈夫だろ? 魔力も流し続けてやるから」
「うん」
ラムザは本来の姿へと戻る。
「やっぱりこっちの方が好きだわ。じゃあ行こう」
ゲイルはラムザと存在を消して飛んで行く。
今まで繋がりのあった魂を探しに。そしてダン達の様子を見に。
ダン達は俺が頼んだ通り、二人で孤児達の親代わりになり、チルチルは姉となり子供達を光の道へと導いてくれている。
エーノルドはちゃんとミグルの魂を見付けてくっついていた。
ミグルは俺を初恋の人と言ったが、それは勘違いだと思う。初恋はきっとエイブリックだったのだ。アルの事も好きだったのだろうが、アルにエイブリックの面影を追っていたのではないかと俺は想像していた。
エイブリックと俺の好みはよく似ている。アイナへの未練はミグルが上書きしてくれるだろう。
ゲイルは存在を消して空からただそれを見守った。
時々、ダンが空を見上げる仕草をする。何か感じているのかもしれない。これ以上近付くとあいつは分かってしまうだろう。
そして、ダンとミケは孤児達を受け入れ続けて二人仲良く生涯を終える。しかし魂が昇華せず天に帰って行った。
魔神になったことでなんとなく感覚で解る。ダンとミケの魂は限界が来ているということを。昇華しなかったのは何か強い未練が残っているのかもしれない。それを取り除いてやらないと、昇華せずに壊れてしまうかもしれない。
「お前達、何が引っ掛かってるんだ? 次にそれを取り除かないと魂壊れちゃうぞ・・・」
ダンはフランとミケを見送っていた。寿命が同じ種族で同時に生まれ変わったのは二人で逝くことを強く望んだからだと思っていた。それが叶った今回、魂が昇華するものと思っていたのだ。
エイブリックとミグルの魂は二人で昇華していった。今回で二人は満足出来たのだろう。幸せそうな顔だった。
あと見付けられたのはミーシャの魂。本当は近くに行って俺の事を思い出して欲しかったのをぐっと我慢した。
ミーシャは俺にとっては特別だったが、どこにでもいる普通の人だ。昇華するか心配だったが、ミーシャは周りに癒しを与える存在だった。ミーシャに癒しを貰った多くの人達に見送られ昇華していった。もし俺がミーシャの前に出て記憶が戻ったらお互いが依存してしまい、このエンディングはなかったかもしれない。
やはり、もう皆に関わるべきではないのだと痛感する。俺が関わらなくてもちゃんと皆やり遂げて行くのだ。昔、自分は皆をダメにしているかもしれないと思った通りなのだろう。
そしてグリムナも昇華していく。エルフ達の安全が担保され、シルフィの昇華のことで未練は何もなかったのだろう。それにちゃんと次のハイエルフにエデンを託してくれた。俺が余り知らない人だ。しかしこれでもうエデンも俺の居場所ではなくなったのだと思う。
俺は他の魂を探すのを止めた。自分が関わらなくても昇華するものは昇華していく。キキとララのように関わった事で壊れてしまう者も出てしまった。
ただ、ダンとミケだけはどうしても昇華して欲しい。あれほど俺を支えてくれた人達なのだから。
ダン達の生まれ変わりを見付けた。前とそっくりのハーフかクォーターの獣人だろう。
生まれてすぐにお互いを見付けたというより強烈な意思を持って近くに同時に生まれるような気がする。
二人は成長するとすぐに孤児院に行き子供達を導いていく。まるで初めからそれをしようとしているかのように。
上空から見ているだけでは話している事は聞こえない。ただ時々、ダンは上を向く。
そして、また終わりを迎えようとしていた。
「お前達、何が引っ掛かってるんだよ? 前と全く同じ事をやってただけだろ? 俺はあの子達だけでいいと言ったのになんでずっとやり続けたんだよ? 未練が残ってたら魂が壊れるじゃないかっ」
「ゲイルよ。会いに行った方が良いのではないか? 恐らくこれが・・・」
「ありがとうラムザ、行こうっ」
ゲイル達は姿を消したままダン達に近付いた。
「やっと来たのかよ、ぼっちゃん。待ちくたびれちまったぜ」
完璧な気配断ちをして、認識阻害をしているにも関わらずダンは一瞬で気付く。それに・・・
「ダン、お前記憶が・・・」
「なぁ、ゲイル。産まれた時から前世の記憶があるて結構しんどいんやな。知らんかったわ」
ミケ・・・
「じゃあ、二人とも今世は初めから記憶が・・・」
「ぼっちゃん、悪かったな。ぼっちゃんの気持ちや辛さを知らずに迂闊な事を言っちまって」
「お前、そんな事が未練で・・・ 魂が壊れたらどうすんだよっ」
「ダンがいらんこと言いよったからな。しゃーないからウチも付き合うたってん。ゲイルには借りがあるしな」
「ミケも何言ってんだよっ。俺はただお前らと一緒にいたかっただけだ。貸しなんてした覚えはないっ」
「ほな、さっさと来たら良かってん。何を気にしてたんや。あんたずっと見てたやろ? いつ来るんかなぁ思てたらこんな死にかけの時とか信じられへんわ」
「ミケ・・・」
「お陰で今回サバ食べられへんかってん。未練残っとるわ。持ってるんやったら焼いてぇや」
「おう、俺もだ。ぼっちゃん、タコあるか?」
「これ、いつのかわからんぞ・・・」
「まぁ、腐ってへんねやったらええわ」
俺は塩サバとタコの醤油炙りを作っていく。
「なぁ、ぼっちゃん。あの討伐の時に知ってる奴いたんだろ? あの隠密か?」
「よくわかったな・・」
「孤児院調べたからな。悪かったな。エーノルドがグチグチ言わなきゃ俺がやってやったんだがよ」
「ダンがいてもやらせなかったよ」
「ぼっちゃん、いくら仲が良かったとしても汚魂ならやれ。汚魂になったのはぼっちゃんのせいじゃねぇ。そいつが悪いんだ。理由は色々あるだろうが、どいつもこいつも理由なんざ持ってる。汚魂になったってことはそいつが悪いんだ。もしミケが汚魂だったら俺は迷わず斬る。これ以上悪さをさせないようにな。それが俺のしてやれる事だ。だからぼっちゃんもあの隠密をこれ以上悪させないようにしてやったんだよ。ある意味救いだ」
「救い・・・」
「そうだ。汚魂を滅するのは神の救いだ。だからぼっちゃんはそれをやってんだよ。さっきも言ったが、それぞれ理由なんてある。あるからこそ救ってやれ。ぼっちゃんならやれんだろ?」
「わかった、わかったよダン。だからもう少し頑張れ。タコが焼けたからっ」
「悪ぃけど、口に入れてくれや」
ダンはもう手すら動かせないのに・・・
「おっ、こいつも悪くねぇな」
「ウチもサバ口にいれてぇな」
ミケ・・・
「当たりやっ! めっちゃ旨いわ。なぁ、ゲイルはこうやって食べさせたりすんの好っきゃろ? はよ子供作りや。あんたは構って、構われな生きて行かれへんねんから。シルフィードと子供でけんかったんはシルフィードの魂がこうなるの知っとったんやろ。親に子供見送るようなことさせたらあかんってな。せやから、あんたと同じ存在のそこの魔王さんとか、女神さんと の 子供やったら・・ ええんちゃうか」
「ミケッ」
「ぼっちゃん、悪りぃな。そろそろ逝くわ。でもな、ちょっとだけ待っててくれ、俺達もそっち側に行ってやる・・からよ・・・ また・・飲もう・・や」
「ダーーンっ」
「ぼ、ぼっちゃん・・・ 俺はちゃんと守れ たか・・・ぼっちゃん の・・心をよ」
「ダン。お前まだそんな・・ ありがとう。ミケ、ありがとう」
俺が二人にありがとうと伝えると、ダンとミケの魂はキラキラと美しく昇華して混ざりあって消えていく。
ありがとう。
こっち側に来るの待ってるからな。
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