第699話 甲斐性なし
ゲイルはゼウちゃんの言った「未練が残らない幸せ」とはなんだろう?と考えていた。
一つはダン達の魂が昇華するのを見届けたいという思いだ。エイブリックはアイナへの想いが魂に刻まれていたとすると永遠に未練が残るかもしれない。他の魂がそれを上書きしてくれない限り。
俺の初恋は初恋の人ではなかったけれど、ミグルがそれを上書きしてくれたような気がする。最期に残してくれた「甘々じゃ」と言う言葉で俺も納得した。今初恋の人を想い出してもキュンと胸が痛む事はない。甘々に上書きされたのだと思う。エイブリックもそうなればいいな。
ダン達は魂の経験の集大成が近いのではないかと思う。尋常じゃない強さを持っていたからな。最終的にアーノルドクラスになるんじゃなかろうか?
俺はどれぐらいの期間をここから離れていたのだろうか? めぐみ達に聞いてみたが100年ぐらいかな? と曖昧だった。めぐみが俺の魂の記憶を約束通り消さないといけないけど、忘れて欲しくないとずっと俺の魂を持ってたらしいからな。めぐみ達のずっとがどれぐらいかわからないのだけれど。
俺が何歳なのかも良くわからない。鑑定しても全ての項目がローディング中になって、読めないのだ。
これ、本当は記憶のダウンロード完了してないんじゃないか? 完了したら
「ぶちょーのだし巻き玉子を食べたいから早く作ってね♪」
「他の奴等にも作れるやつたくさんいるだろ?」
「でもなんか違うの」
めぐみはすっごい落ち込んでもコロッと機嫌を直せるのは凄いと思う。もう何事も無かったようだ。俺はこいつのこういうところに何度も心を救われた。昔は反省しないこいつにはムカついたが、おまえはそれでいい。ずっとこのままでいて欲しいと思う。
「めぐみ、俺ちょっと冒険者やってくるわ」
「そんな事したらまた他の魂と繋がりができて辛い思いするじゃない」
「いや、皆を探すのにこれが一番手っ取り早いんだ。知り合い程度にはなるだろうけど、昔みたいにべったりと仲良くはならないようにするつもり」
「出来るの?」
「お前が一緒に飯食ってくれるんだろ? なら大丈夫だ。俺はお前が旨そうに飯を食ってるのを見て満足出来るから」
「うん♪」
こうして俺はケイタとして冒険者登録をすることにした。ディノスレイヤ領の街は少し変わり、人々は様変わりし、俺が生まれ育った屋敷も無くなっていた。時の歩みを実感する。
ギルドのシステムも少し変わってランキングというか冒険者のクラスが出来ていた。よくあるS~Dまでのランク分け。ランクが足りないと高ランクの依頼は受けることが出来ないってやつ。未熟な冒険者に無茶をさせない為のシステムとして作られたようだ。
「よし、では登録とランクテストを行う。ケイタは剣士でテストを受けるでいいな?」
「いいぞ」
この身体はまだ全然鍛え足りない。が、俺には経験がある。Cくらいのランクから初められるだろう。
「始めっ」
「たぁぁぁぁあっ」
ドサッ
あれ?
ゴスっ
痛っぇぇぇぇ
「ケイタはDからスタートだ。薬草採取、討伐はゴブリンクラスまでしか受けられんからな」
うそん・・・
自分の動けるイメージと身体のギャップが激しくて転んでしまった。幼稚園の運動会でこけるお父さんみたいだ。
これはいかんと薬草採取をしながら稽古を繰り返す。魔法を使えばまったく問題ないのだが、やはり物理的に鍛えないとまずい事が出てくるからな。
「おかしいな・・・」
「どうしたの?」
「いや、結構ハードに鍛えてるんだけど、ぜんぜんイメージ通りに仕上がっていかないんだよね」
筋肉は付いてきた。が、それだけだ。昔みたいに目に追えないような速さで動くなんて無理。確かに今までは幼子の頃から鍛えて大人になったからその違いがあるのは解る。が、違い過ぎるのだ。
「この身体、ショボいよな?」
「でも遺伝子? とかいうのを良いのを選んでかなりよい素材のはずだよ。その中から私達も選んだんだ♪」
人の身体を品物みたいに・・・
この身体は人工授精で作られたそうだから、DNA的には優れているのだろう。鍛えたらちゃんと綺麗に筋肉が付いて仕上がっていくからな。
しかし、イメージとは程遠い。慣れたとはいえ、少し本気で動こうとすると身体が付いて来ないのだ。
毎日薬草採取をやりながらトレーニングをしていく。
「ぶちょー、焼き鳥食べたいな」
「鶏買う金がねーんだよ。ウサギで我慢しろっ」
「えー、じゃマヨ焼きで♪」
薬草採取しか依頼を受けられない底辺ランクの俺は金が無かった。莫大な遺産はシルフィも居なくなったから国庫に入っているだろう。ゴールデンスライムを倒せばあっという間に金持ちになれるが、それは違う気がする。ドアが無くてもラムザに教えて貰った転移魔法も使えるから簡単に行けるのだけれども。
「マヨも無いから塩だけだ」
「えー、でもぶちょーが作ってくれたら美味しいから塩だけでいっか。うん、美味しいね♪」
俺が作った物は何でも美味しいね♪ と食べてくれるめぐみ。食べたいものを食べさせてやれない自分の甲斐性のなさが恨めしい。
日々、めぐみが食べたいなというものを用意してやれない日々が続き、めぐみにこう切り出した。
「お前のところにお供えがずっと届くようにしたつもりなんだけどまだ届いてるか?」
「多分。こっちに来るときには来てたから」
「なら、食いたいものあるならお供え食って来いよ」
「えー、ぶちょーに作って欲しい」
めぐみはこう答える。やはり俺がここで稼ぐしかないか。
しかし、いくらトレーニングをしてもイメージに近付く事はない。成長期を過ぎているとこうも身に付かない物なのか。
でも、めぐみには食べたいというものを食べさせてやりたい。
俺はギルドで変人扱いをされはじめている。誰ともコミュニケーションを取らず、一人でぶつぶつ誰かと話して、薬草だけを毎日持ってくる。どこに住んでるのかもわからないが、森からフラッと現れてフラッと消えていくからだ。買っていくのは最低限の調味料のみ。
ある日ギルドの受付嬢が他のメンバーとパーティーを組んだ方が良いよとアドバイスしてくる。
「ソロ希望だから不要だ」
そうぶっきらぼうに答えた。今の受付嬢はとても優しい。普通にコミュニケーションを取ると仲良くなってしまうだろう。だからあえてぶっきらぼうな人を装っていた。
トレーニングしてもしても動けるようにならない身体に苛立ちをおぼえる。それをめぐみは美味しいね♪ で癒してくれる。森の深い場所に作った小屋でそんな生活が続いた。
何でも美味しいね♪ と言うめぐみを見て、食べたい、飲みたいというものを全部用意してやれない自分。もうこの身体を鍛えるのは諦めて魔法で活躍しようかとも思う。
しかし、「後は自分でやれんだろ?」というダンが残してくれた言葉が俺の魂に楔を残している。
心が揺れる。何回生まれ変わってもこういうのは成長しないのだな。
毎晩俺がとんとんしてめぐみを寝かせるので今も寝息をスースー立てて横にいる。こいつは変わらず無邪気で飽きるということがない。俺がトレーニングしているのもずっと見ていられるのだ。
「ずっと見てて面白いか?」
「別に」
「見てるだけなんて暇だろ?」
「別に」
こんな調子だ。
今日もウサギだ。むぐむぐ文句を言わずに食うめぐみを見て、俺の心が限界だなと言う。
もうこの身体を鍛えるのは諦めよう。取りあえず稼いでからやりたいことをやろう。めぐみを食わすのが先決だ。
横で眠るめぐみをそっと抱き締める。風呂も入ってないのにリンスの匂いと女の子の匂いがする。とても落ち着く匂いだ。それになんかソワソワするのも悪くない。
風呂に入ろうとすると一緒に入るとしつこいので俺は風呂に入らなくなった。めぐみの髪の毛は洗ってやるけれども。
めぐみは俺を失いかけた恐怖心からか、あれからずっと俺から離れない。俺もまたこいつが居なくなるんじゃないかと思わないで済む。ちゃんと食いたいもの食わしてやらんとな。
よし、やるか。
翌日、ギルドに行きランクアップテストを受けたいと伝える。
「え? 魔法を使えるんですか?」
「まぁね」
「どうして今まで使ってなかったんですか? 魔法使いはどのパーティーからも引く手あまたですよ」
「本当は剣士でソロ希望だったんだけどね、剣士は才能無さそうだから魔法でやるよ。パーティーには入るつもりがないから」
「ちなみにどんな魔法が使えます? もし治癒魔法が使えるならすっごいパーティー・・・ といっても3人パーティーなんですけどね、治癒士をずっと探している人がいるんですよ」
「一応使えるよ。でもパーティーには・・・」
「いや、ケイタさんはパーティー向きだと思うんですよ」
「ほとんど話してないのに何でそんな事がわかるんだ?」
「んー、女の勘? いえ、匂いかな?」
自分で臭くないかスンスンする。風呂入ってないけどクリーン魔法掛けてるしな。
「臭う?」
「いえ、好きな匂いですよ♪」
「しかし、そんな凄いパーティーなら駆け出し冒険者なんていらんだろ?」
「それは後で良いですから、さっ、テストしましょ」
俺は受付嬢に裏の稽古場兼試験場に連れていかれたのであった。
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