第696話 これで最後
俺はたくさんの人に見送られたけど、見送っても来た。
エデンの家や施設にはどこも看板が付けられている。その文言はこれだ。
<ゲイルは甦る>
どこに行っても崇められるので街にはほとんど出なくなった。せっかく作った理想郷なのに居辛いのだ。
人も増えたので外に出ると祝福の嵐で唇が腫れるどころか擦りきれてなくなりそうになってしまう。夜になるとシルフィードと営みが繰り返されるがなぜか子供が出来なかった。
あれ以来、めぐみは呼ばないと来なくなった。生物の営みを理解してなかっためぐみに初夜を覗かれて邪魔されて死ぬほど怒鳴ったのは今思うと可哀想だった気がする。
素で「何やってんの?」と聞いたらしいことは後からゼウちゃんから教えてもらった。
両親の営みの最中に来てしまった幼児を怒鳴りつけたのと同じなのだろう。
飯を誘ったら相変わらず美味しいね♪ と言い続けるめぐみを見てて心がチクッと痛んだ。こいつに怒鳴る時は一呼吸おいてからにしよう。
俺はまた世界を周り始めた。孤児は次々と生まれてくるからな。ラムザと二人で行くとシルフィードの機嫌が悪くなるので、一人で行っている。どうやら俺は次も記憶を消してもらえないのが確定しているようで、ラムザもそれなら少し待てば良いと魔界でのんびりと過ごしている。ヤギは俺に会いたいようなので、汚魂がいれば呼んでいた。
シルフィードは結婚した当初は少し歳上のお姉さん、段々と同世代になり、今や若い嫁さんだ。俺はまた歳を取る。
「おやっさん、魚でいいよね?」
「えーまたぁ? お肉にしようよぉ」
シルフィードはまだ食べ盛りが続いている。俺とドワンは魚中心の飯になっていた。
「じゃぁ、肉と鳥を焼いてやるよ。めぐみ達やラムザも呼ぶ?」
「呼んであげたら? 私一人ならまた魚しかないんでしょ?」
シルフィードは確固たる嫁さんの地位を確保しているので焼きもちを焼くことがなくなっていた。ラムザもシルフィードの前では俺にベタベタしたりはしないのもある。ラムザとはいたしてないが、世界を回ってる時に本来の姿で遊びに来て、俺が発情するか確認したりはしている。
俺のステータスは生まれ変わった時にすこし変わり、色気耐性がなくなり、ずっとローディング中だったサイエンスのスキルが付いていた。
色気耐性は何度ラムザのからかいに耐えても再び付く事がなかった。一度失ったスキルは再び付く事がないのかもしれない。色気耐性が無くなった俺はラムザのからかいにいつも爆発しそうになっていたが、シルフィードと毎晩のようにいたしているので大丈夫だった。
サイエンススキルは素晴らしく、魔法陣や魔金の更なる効率化、各種素材開発に役立ってくれた。もっと思い付くものもあったが、ある程度で止めてある。この世界の人は飽きるということが少ない。ダーツを気に入った人はずっとダーツを楽しめたりする。板芝居はアニメと映画に変わったが、ずっと人気だ。魔女っ娘もまだやってるし、龍玉もどんどんシリーズが伸びている。
この世界はこれでいいと思う。ほどほどの発展で不自由なところがあった方がいいのだろう。
そして俺は又々55歳で逝く。
「魂のメンテナンスするからちょっと生まれ変わるの遅くなるかも」
「ちょっとってどれくらい?」
シルフィードはめぐみにキチンと年数を確認する。
「10年くらいと思うけど、延びそうなら連絡するね」
「解った。どこに生まれかわるか分かる?」
「連れてくるから大丈夫だよ」
「じゃ、宜しくね」
おいっ、まだ聞こえてんぞっ。
俺の別れには寂しいとかなくなってる。記憶を持ったまま生まれ変わって来るのが確定してるからだ。
俺とシルフィードの間に子供が出来る事はなく、この世界での2回目の人生を終えた。
3回目。めぐみは俺を捨て子になるであろう母親の子供として生まれ変わらせた。後腐れない方が良いでしょとのこと。
俺が親しい人を作るのを避けているのを知っているからだ。1回目の時に深く関係を持った人以外深く関わらないようにした。もう見送るのが辛いのだ。
俺はシルフィードに育てられ、大きくなっていく。そして3回目の人生でもシルフィードと結婚し、ミグルとドワンを見送った。
解っていたはずだけど心をえぐられて立ち直るのに時間が掛かってしまった。子供として可愛がっていたチルチルやマリアの時も胸が引き裂かれた。マリアはシルバー達の魂が守るように連れて行ってくれた。
しかし、もうこんな思いはしたくはない。シルフィードを見送ったら最後にしてもらおう。まだ生まれ変わるなら記憶を消して欲しい。
ドワンが逝った時はアーノルド達と同じように魂が昇華した。やはりあの見知らぬ物を作ってくれる能力は魂の集大成だったのだろう。集大成の人生なんだから結婚すれば良かったのに。
「坊主に見送ってもらえるとは思わなんだ。ワシは幸せじゃ」
最期の言葉が幸せと言ってくれて本当に良かったと思う。
「実らなかった初恋が甘いとは本当じゃの。ワシは初恋の人を生んで、また血の繋がりのない初恋の人に戻りその者に見送ってもらえるなんて甘々じゃ」
俺は最後にミグルにキスをして見送った。
「ゲイル、大丈夫?」
「えっ? ああ。別れはいつも辛いね」
魂が擦り切れるというのは本当だな。もう限界かもしれない。きっとシルフィードを見送ったら俺の魂は壊れるだろう。
またシルフィードと子供が出来る事はなく、55歳で逝く。俺は55歳で死ぬのがプログラミングされているのだろうか?
7年セミとか13年セミみたいだな。55って素数じゃないんだけど?
まぁ、めぐみの世界だし、素数とか知ってる訳ないよな。
死ぬ間際にこんな事を考えながら死ぬのは俺ぐらいだろう。
4回目も生まれ変わるのに時間が掛かったらしい。きっと魂が壊れ掛けているのだ。
「ねぇ、なんで女の子なの?」
「ちょうどいいのがそれしかなかったのよねぇ。でもぶちょーはぶちょーだからいいじゃない♪」
シルフィードは子供を生まなかった代わりに俺を育てる。母乳が出ないけどおっぱいを吸わしたりしていた。
「おい、何で女なんだよ?」
「魂に新しい経験させた方がいいんだって♪」
女としての人生は面倒だった。毎月お腹は痛くなるし、我ながら可愛いので外に出ると男共が寄ってくるし。何が嫌かというと思春期にアーノルドに似た男にトキメキを感じてしまったことだ。キャラクターセレクトが出来たらアーノルドを選ぶだろうなという俺の心を刺激したのだろう。トキめいてしまったことでより魂に傷が入った気がする。
女だったのでシルフィードと結婚はできなかったけど、ずっと一緒にいた。
そして俺の55歳に近づいた時に突如としてシルフィードが倒れた。
「おいっ、嘘だろ・・・ まだまだ若いじゃないかっ」
「ゲイル、なんかダメみたい。どんどん魔力が抜けていくの・・・」
「何言ってんだよっ、せめて俺が男の時まで逝くの待ってくれよっ」
「ふふっ、そうだね。たくさんしたねっ。でも最後は姉妹みたいで楽しかったよ。こんなに分かり合える女同士って居な・・いから」
「シルフィ、絶対また会えるっ、だからっ、だからまたっ」
「ゲイル」
「なんだ?」
「好きよっ。ありがとう・・・ サヨナラ・・・・」
あっ・・・・
シルフィードはまた会えると言ってくれなかった。
その言葉の通り魂が昇華していく。
あぁ、俺はもう二度と
とても綺麗に昇華した
「ゲイルくん あの娘の魂はこれで最期だったの。私も何回も魂が壊れるのを見たけれど、あんなに綺麗に昇華したのは初めて見たわ。きっととても幸せな人生を送れたのね」
俺は見送ってやれた。見送ってやれたけれども二度と会えないとは思っていなかった。また生まれ代わったら見付けてやれるんじゃないかと心のどこかで思ってた。そして俺の記憶が消えてもまた一緒にと・・・
「めぐみっ」
「ぐすっ ぐす・・・ 何よっ」
めぐみはシルフィードの魂が昇華するのを見て泣いていた。俺以外の人間に全く興味を示さなかったのに、シルフィードが昇華してめぐみは泣いた。
「シルフィは女姉妹が欲しかったのか?」
「そうよっ」
そうか、めぐみはシルフィードの魂が今回で最後と知ってて願いを叶えてやったのか。いいとこあるじゃないか。
「めぐみ、ありがとう。後、頼みがある」
「ぐすっ ぐすっ 何?」
「次も俺が生き返るなら記憶を消してくれないか・・・」
「えっ?」
「頼むっ、もう俺は耐えられないんだよ・・・」
「そんな事をしたら私の事も・・・」
「頼むっ」
「どうしても? ぐすっ ぐすっ 本当に・・・? 本当に消してもいいの・・・? 私の事を・・忘れても・・いいの?」
「頼む・・・」
「わかった・・・」
めぐみはそう返事をして消えた。
ゲイルは誰もいない山奥で静かにその時を待つ。自分の身体がアンデッドにならないように自動発火の魔法陣を組み、魂が離れたら何も残らないように。
ただ、ドワンがくれた2本の魔剣だけは持ってきた。シルフィードとの間に子供が生まれたら鍛えて託そうと初めの遺品から返して貰っていたのだ。遺品はドワンに託せる人に任せると残していたのであっさり返してくれたのだ。託せる人がいない限りこれは残せない。もしこんな山奥まで来れる奴なら持っていけばいい。
最期にめぐみを呼ぼうかと思ったが。あいつの決心が鈍るといけないので、あの後から呼びださなかった。
予定通り俺の頭の中の血管が切れて激しい痛みが襲う。もう抗う必要はない。グリムナにはこれで最後。もう生まれ変わらないと伝えてきた。
グリムナは「お疲れだったな。今度はエルフに生まれてこい」と言って俺と別れを告げた。グリムナはエデンに来てもあまり人と馴れ合わなかった。シルフィードと俺が結婚してもあまり会いに来なかった。お前に託したのだからと。
やはり、別れを何度も味わうのが辛いからだろう。俺も何度も生まれ変わってそれを実感した。それも今回で終わりだ。
さらば俺の記憶よ。
もうたくさんだ・・・
ゲイルが力尽きた後、自動発火装置がゲイルの身体をきっちりと骨まで焼いてこの世から消滅させた。
「さ、めぐみ。ちゃんと持って帰るのよ」
「ぐすっ ぐすっ」
「ちゃんと約束を守ってあげなさい。そうしないとゲイルくんの魂が昇華する前に壊れるわよ」
「解ってるわよっ」
めぐみはゲイルの魂をポケットに入れずに大切に抱き抱えて天に帰っていった。
<ゲイルは甦る>
その後、エデンのあちこちに掲げられていたこの看板はだんだんと廃れていったのであった。
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