第693話 味と匂いは記憶を揺さぶる

ゲイルが逝った後、シルフィードはすぐに前を向く。


ゲイルとは絶対にまた会える。だからせっかく作ろうと頑張ってたこのエデンは必ず守り抜く。


ゲイルは幼い頃からの教育が重要だといつも言っていた。色々な分野に興味を持たせて自分がやりたいと思えることを見付けられるようにしてあげるのが大人の役目なのだと。


後は何回失敗しても何度でもやり直せる世界。衣食住があってそこに美味しい、楽しいが加わって行く世界を。新しい物は人の欲を刺激し、それを求めて働き発展していくのだと。


魂が汚れることはしてはいけないがやりたい事はどんどんとやらせていった方がいい。


あとは種族、育ってきた環境で当たり前の水準が変わるから気を付けろとも良く言っていたな・・・


「ゲイル、それどういう意味?」


「例えばさ、ちょっと前って言われたらどれぐらい前だと思う?」


「うーん、1年くらい前かな?」


「ダンは?」


「2~3か月前ぐらいじゃねーか?」


「俺も2~3か月前ぐらいなんだよね」


「そうなの?」


「俺とダンは同じ種族だし、ちっちゃいころからずっと一緒だったから感覚が似てるんだよ。シルフィは寿命が長い分感覚が変わるんだと思うよ。グリムナさんなら2~3年前というかもしれないね」


「へぇ」


「ちなみにめぐみのちょっと前は200年以上昔のことだったからな」


「それは凄いねー」


「これはほんの一部でね、当たり前とか、すぐ、とかみんなが使う言葉でも中身が違うんだ。だからもめたりする。今、ここには様々な種族や生活環境が違った人がいるだろ。お互いが違うというのは認識しないとダメなんだよ」


「違うとか言ったらもめないかな? 私はお前はハーフエルフだから自分と違うとか言われたらショックだな」


「違うというのは「良い」、「悪い」の話じゃないんだよ。単に違うだけ。俺は男、シルフィは女だよね? これも嫌か?」


「ううん」


「それと同じだ。違うのが悪いんじゃない。違うことで差別したり見下したりするのが悪いんだ。だから違いはきちんと知っておいた方がいい。ドワーフはすぐ怒って口が悪いけど本当は良い人達なんだとかね」


「なるほど」


「だからさっきみたいな曖昧な言葉は仲間内でしか通じないことが多い。お金を貸した時に、すぐ返すからと言われたら、明日かな? と思う人だったとするじゃない。でも借りた人のすぐは1ヶ月だったらどうする?」


「もめるかな?」


「そう。だから1ヶ月後に返すとか皆が共通で認識している言葉で伝える必要があるんだ。これはエデンではきちんと皆に伝えた方がいいね」



ゲイルは普通の勉強以外にこういうことを教えないとダメだとよく言っていた。私は勉強をゲイルみたいに出来ないけど、心の勉強はしてきた。これをちゃんと教えていこう。


シルフィードがこう前を向き、それにつられるようにダンやドワンも自分が教えられることを教えるようになっていく。




「うわぁーーーーん、ぶちょーがいなくなっちゃったぁーーー」


ぐすっぐすっ


めぐみはゲイルの魂が記憶のリセットをされ、どこに生まれ変わってしまったか解らずに泣いていた。


「めぐみ、ぶちょーの魂を探しに行きましょう。最近生まれた赤ちゃんを見ていけば見つけられるかもよ」


「本当っ?」


「多分ね・・・」


ゼウちゃんは見つける事は出来るだろうとは思っていた。めぐみの世界はゼウちゃんの世界よりずっと人数が少ない。が、問題はめぐみを見て思い出すかどうかだ。


ちらっとお供えが届く所を見ると続々と色々な物が届いている。それはゼウちゃんの所もそうだった。


ゲイルは自分が居なくなってもお供えが届くようにしてくれてあったのだ。これだけ自分達の為にしてくれた魂がめぐみの事を忘れるわけがない。記憶がリセットされても魂に刻まれていたら絶対に何か反応するはず。ゼウちゃんはそれに賭ける事にしたのだ。


めぐみは絶対に見付けると全ての操作を自動に切り替えて地上にゲイルの魂を探しに行くことにしたのであった。



「ダン、ミグルはゲイルのお葬式にも来なかったね・・・」


「あぁ、体調が悪いらしい」


「そう・・・ マグロのお寿司を食べたのがここに来た最期だったし。よっぽど悪いのかな?」


「祝福してるとこアルがまともに見たからな。自重してたんだろ。体調崩したのはその後らしい」


「お別れぐらいしたかっただろうね」



皆、前を向いたけど、ご飯の時に必ずゲイルを思い出す。


「シルフィの炊いたご飯が世界一美味しい」


もうこれを言ってくれる人がいないのだと思うと自然と涙が溢れてくる。皆もシルフィードの炊く飯が一番だなとは言ってくれる。でもそれはゲイルが言ったものではないのだ。



「シルフィード、そんな顔をして飯を食うな。坊主は嬉しそうに食う顔が好きだったじゃろが」


「だって・・・」


「だってもへったくれもないっ。このサバも旨いじゃろがっ」


「だって、だって、こんな味じゃなかったもんっ。もっと美味しかったもんっ」


「同じじゃっ」


「おやっさん、その酒は前と同じだけど同じ味か?」


「うるさいっ! 同じじゃっ。お前ら楽しそうに食えっ」


「すまん、おやっさん。どうもこのサバの塩焼きもしょっぱくてよ、俺の舌がバカになったんたじゃねぇかと思ってな。おやっさんの酒もしょっぱいだろ?」


「うるさいっ、同じじゃっ」



「ダン、ごめんね。ミケさんが亡くなった後、ずっとこんな思いしてたんだね・・・」


「いや、今度はちゃんと見送ってやれたからな。それが救いだ」


「私も見送れたけど・・・」


皆、前を向いては振り返り、前を向いては振り返りを繰り返していく。


ぼっちゃん、今日の塩サバもしょっぺぇわ・・・



「うわぁーーーーん」


めぐみ達は1年近く掛けてゲイルの魂を見付けた。しかし、やはり記憶は消えていた。


ーーーーーーーーーー


「見付けたっーーーー!」


「やっとね・・・ まさかこんな近くに生まれてるなんて灯台もと暗しだわ」


「ぶちょー、ぶちょー! ねぇ、ねぇ。私の事分かる?」


「めぐみ、記憶がリセットされて限界突破特典も消えちゃったんじゃない? 魂を触ってみなさいよ」


「あっそうかも。えいっ。ぶちょー、ぶちょー、めぐみよ分かる?」


ゲイルの魂を持った赤ちゃんはめぐみを見て一瞬固まった後泣き出した。


「ぶちょー、ぶちょー、ねぇ私のこと解んないの?」


「ふぎゃぁぁあ」



ーーーーーーーーーー



「もう泣き止みなさいよ。もう少し大きくなったら思い出すわよ」


「だって、だって、私のこと見たら泣くか怒ったりするんだもん。絶対に忘れて怖がってるのよーーーっ」


それから何回試してもゲイルの魂を持った赤ちゃんはめぐみを見る度に泣き怒り続けた。



「ほら、めぐみ。美味しいの届いてるわよ」


「いらない」


「あ、だし巻き玉子が届いたわよ。めぐみ好きだったでしょ?」


一口食べていらないと言うめぐみ。


「ゲイルくんの作ってくれるだし巻き玉子と同じじゃない」


「違う」


ぐすっぐすっ うわぁーーーーん




「そうだったの・・・」


シルフィードはゲイルが死んで1年を過ぎた頃にやって来たミグルにここに来れなかった真相を聞かされる。


「すまぬ、王家の子供が生まれたら1年間は秘匿するのが決まりでの。それにゲイルが逝ったのを聞かされたのは子供が生まれたずっと後での。こんな時に逝くとは・・・ 最後までワシにいじわるしよったのじゃあやつは・・・」


「ごめんね、ミグル。何も事情を知らなくて」


シルフィードはミグルは冷たいなとか思ってた事を反省する。


「そうだっ、ミグル。この子はなんて名前にしたの?」


「ケイタじゃ」


「あれ? なんとかブリックとかなんとかランメルじゃないの?」


「もう初めの子が王になって子供も生まれておるのじゃ、この子が生まれた事は一部の者しかしらぬ。それでこのまま秘匿にするつもりじゃ。じゃからワシが名付けた。いい名じゃろ?」


「うん、そうだね。珍しい名前だけど私は好きよ」


「うむ、珍しい名じゃ」


「しっかしアルよ、ミグルはまだ若いとはいえ、お前その歳ですげぇな」


ダンは孫もいるのにアルに子供が出来た事に驚いている。


「いゃぁ、はっはっは。俺も驚いたわ。一人目の後ずっと出来なかったのにな」


二人目の子供ケイタはアルとミグルがここに来るようになって気持ちが若返り、それに加えてゲイルとミグルの祝福を見てしまったことで無くなり掛けていたアルの嫉妬心に火を付けた結果だった。


「ちょっと抱かせて」


シルフィードはミグルからケイタを渡され抱いてみる。


「初めまして、ケイタ。私はシルフィードよ」


ケイタはシルフィードの胸に抱かれた時に自らも抱き付きスンスンした。


トクン


シルフィードの魂が鼓動する。


「ど、どうしたんじゃっ?」


ケイタを抱き締めてポロポロと泣くシルフィード。


「大丈夫、何でもない。あまりにも可愛くって・・・」


「そうじゃろ? 可愛いじゃろ?」


「うん。ありがとうミグル」


「なぜお前が礼を言うのじゃ? 欲しがってもこの子はやらんぞ。自分で生むが良い」


「この子は秘匿するんだよね?」


「そうじゃな。公の場には出さんつもりじゃからな」


「じゃあ、こっちに住みなよ。私も一緒にこの子の面倒をみてあげる」


「よっぽどケイタを気に入ったようじゃの? まさかゲイルの生まれ変わりとか思っておるんじゃなかろうな?」


「さぁ、どうかしら?」


「ワシももしやと思って鑑定はしたんじゃ。ゲイルが死んだあとすぐにこの子が生まれたからの」


「え? 違うの・・・?」


「恐らくな」


「どうしてそう思ったの?」


「スキルじゃ」


「スキル?」


「研究者の研究結果でスキルは生まれ変わっても無くならんのではないかと言われておる。確認出来るわけではないがな。この子はスキルも無いし、魔力も普通。何もかも普通じゃ」


「でも・・・・」


「そう思いたいのはわかるがの。この子はケイタじゃ。ゲイルではない」


「そう・・・ でもいいのっ。ここに住みなよ。数少ない同じハーフエルフ同士なんだし。アルももうすぐ逝ってしまうから一人で育てるの大変だよ」


「シルフィードっ! なんて縁起でも無いことを言うんだっ! 俺はまだまだ死なんぞっ」


「じゃあ頑張ってね。人族の寿命は短いんだから」


「お前、酷いこと言うなぁ・・・」


「酷くないよ。違いを知ることは大切なんだよ。どゆあんだすたん?」


「なんだよそれ?」


「ここで教えてることよ。ウエストランドでも教えた方がいいわよ」


シルフィードはアルにそうウインクして笑った。



「シルフィに元気が戻ってよかったな」


「そうじゃな。ミグルとアルに感謝じゃ」


シルフィードはケイタを抱き、お互いにスンスンしあっていた。


うん、赤ちゃんの匂いの中にゲイルの匂いもする。


(お帰りケイタゲイル。また会えたね)


シルフィードはミグルに違うと言われても確信していた。


シルフィードの魂がそう言っているから。

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