第691話 ちゃんと伝えなければ

「ゲイルっ 祝福してっ」


チュッ


「お前、最近ずっとここにいるけど家に帰らなくていいのか?」


「離婚した」


「え?」


「離婚したのっ」


「そうなのか?」


チルチルはエルフと結婚した。子供は出来なかった。


「だってさぁ、ずーっとのんびりしてるんだもん。段々と腹が立っちゃって嫌になったのっ」


チルチルって今いくつだっけか? 35歳くらいか?


「まぁ、好きにしたらいいけどさ」


「でも子供は欲しかったのよねぇ」


「再婚したらいいじゃないか?」


「もう結婚はいいの、面倒臭い。何で構われたがるのよ。私は構われてたいのっ」


なるほどな・・・ 俺みたいに一度歳を食ってしまえば構う側になるかもしれんが、そうじゃないと構われたいという方が強いかもしれん。


俺が構い過ぎた弊害だなこりゃ。まぁ、チルチルにも遺産を残す予定にしてあるから生きて行くには困らんだろ。


「だからさぁ、子供作ろっ。結婚してとは言わないから」


チルチルは相変わらずしっぽを立てて俺の胸に掴まり上目遣いでみる。旦那もこんなんされたらキュンとくるだろうに。


「もう俺は枯れてるからな。子供が欲しかったら再婚相手を探せ」


「ちぇーーっ。じゃあ祝福して」


何がじゃあだよ。


チュッ


チルチルも大人になってからほとんど見た目が変わらない。少し目尻が上がったパッチリした猫目。実に綺麗で可愛い。嬉しい時や好きな物を見るときには大きく瞳孔を開きしっぽを上げる。嫌な時は瞳孔が細くなってしっぽをパタンパタンする。実に感情を読みやすいのだ。さっき離婚した旦那の話をした時は瞳孔が細くなりしっぽをパタンパタンさせていた。旦那だったエルフもそれを解っていただろう。別れの原因のひとつにそれもあるかもしれんな。


チルチルが俺を見るときは瞳孔がまん丸だから余計に可愛いのかもしれない。


ミケと血の繋がりはないけど、そういうところがよく似ている。まさかチルチルもいきなり逝ったりしないだろうな?


そう思ってしまったら涙が止まらなくなってしまった。


「なっ、何を泣いてるの? ごめん、私が離婚したのそんなに悲しかった?」


俺は無言でチルチルを抱き締めた。せめて俺より早く逝かないでくれと。


「ごめん、ごめん。歳いくと涙もろくなるんだよ」


「そうなの? 見た目はあんまり変わらないよ?」


「いや、着実に歳は食ってるぞ」


「そうなんだ?だから時々泣いてるの?」


「いや、泣いてないよ?」


「そう? なんか食べてる時とかちょっと涙貯めてたりするじゃん」


「そうかな?」


「うん」



親世代を見送ったあと、少し歳が近い者達も順番に逝く。ザックも逝ってしまった。ドゥーンが商会を継いだ後、手腕を発揮しタイカリン商会を吸収した。デーレンはそれでも良かったらしく、ポットと親子でのんびりとしたカフェを営んでいた。


マリアはアイナの治療院を継ぎ、たまにギルドからアンデッド討伐に呼ばれて殲滅するような生活をしている。なかなか忙しいようでここにはあまり来れていない。



「ぼっちゃま、祝福してください」


チュッ


ミーシャはザックが亡くなった後ほぼここにいる。


もうおばあちゃんになり掛けだけど昔と全く雰囲気がかわらない。おじいちゃん連中から大人気なのだ。妻に先立たれたおじいちゃん同士でしばしばミーシャをめぐって喧嘩になる。その時はダン爺が出て、


「ぼっちゃんに裁かれんぞ」


と諌める。人を厄災扱いすんな。



歳の近い人が逝き始めたので遺書をバージョンアップしておく。


主に遺産についてだ。遺書はグリムナに預かってもらった。まだ早いのではないか? と言われたが準備しておくに越した事はない。俺の遺産は莫大だからな。揉める事はないとは思うけど念のためだ。


もう俺も54歳。栄養状態が改善されたにも関わらずここは元の世界より身体能力が高い分寿命が短い。ミケの言った太く短くってやつだ。まぁ、それはそれで悪くない。エルフみたいに細く長くもいるし、純粋な獣人とかもっと太く短くだからな。しかも長年寝たきりの末とかじゃなく、突然逝くことが多い。体調が悪そうだなと思ってからが早いのだ。


人を見送る度に鑑定して延命を試みたが、皆魔力が回復せずに減って亡くなる。シルバー達と同じだ。この世界の寿命とはそういう風に出来ているのかもしれない。


ゲイルはそんな風に思いながら、世界の孤児や他人種達をここに連れてくる生活を続ける。



「よ、飲まないか?」


ジョンとベントがやってきた。ベントもサラが先に逝き、領主も息子に継いだのでよくここに来るようになった。


「じゃ、いつもの所で飲む?」


「また遅くなりそうだね、私は先に寝るね」


「悪いなシルフィード、ちょっとゲイルを借りるわ」


ベントはそうシルフィードに答えた。



海の見えるラウンジに移動して飲むことに。


「ベント、お前珍しいな。いつもはシルフィードを呼べ呼べとか言うのに」


「いやさ、あの魔王様呼んでくれよ」


は?


「ラムザと飲みたいのか?」


「いつもドワンと飲んでるだろ? 声掛けづらいんだよな」


このエロ爺め。


「呼んでもいいけど、触んなよ」


「触らないけど、自分のものみたいな言い方すんなよ。シルフィードがいるくせに」


「ふふふっ」


「なんだよ? その笑いは?」


「秘密だ」


と言うことでエロ兄弟の飲み会にラムザを呼び出す。



ガチャ


「おーい、ラムザ。一緒に飲ま・・・。ごめん」


風呂入ってた。もう俺にはえってぃぃぃぃとは言わないけど。


しばらく待ってもう一度誘う。


濡れた髪の毛のまま来るラムザ。


魔法で乾かしていくとジョンもベントもスンスンしてた。


「嗅がないでっ」


ラムザに二人が匂いを嗅いでたことをばらしてやる。


バツの悪そうな二人だがラムザは別に気にはしない。


「二人がラムザと飲みたいんだって」


「この星の男は変わっているな。他の所ではこんな事はないのだぞ」


「いや、魅力的デスヨ」


「ジョン、マリさんに言い付けてやるからな」


「馬鹿っ! やめろっ。益々機嫌悪くなるだろうがっ」


「ジョンがマリさんを構ってやらないからだろ? ずっとこっちに来てんぞ」


「いや、この歳であまり求められてもだなぁ・・・」


あー、聞きたくない、聞きたくない。


「マリさん、昔と変わらず、ずっと綺麗じゃないか?」


「それはそうなんだけどさぁ」


ジョンの言いたい事はなんとなく分かるけど。もうすぐしたら、全く構ってくれなくてワシも男になってもしらないぞ。


こういう川柳があるぐらいだからな。



歳を取り ワシもワシもと 濡れ落ち葉



マルグリッドが出掛ける時に一緒に行こうとすると嫌がられるようになるぞ。


「ん? どうした?」


「いや、別に。ベントはサラがいなくなって寂しいだろ?」


「まぁ、ずっと歳上だったからな。一緒になろうと決めた時から覚悟はしてたよ。ちゃんと見送ってやれたから大丈夫だ」


「そっか」


「だから俺はバラされる心配がない。ジョン残念だったな。ほら、ラムザさん飲んで飲んでっ」


ベント、ラムザはキャバ嬢じゃねーぞ。



「ゲイル」


「なんだ?」


「前に言ってた後5年はそろそろだろ? まだまだ大丈夫そうじゃないか。心配をさせるな馬鹿者が」


「ん? 何の話だ?」


ラムザの問いに首を傾げる二人。


「いやな、俺は前世で55歳で突然死んだよ」


「そうなのか?」


「で、50歳の時にラムザにあと100年ぐらいで死ぬのか? と聞かれて、後5年と答えたんだよ。その事だ」


「あれから我はずっとハラハラしておるのだ。しかし、この様子だとまだまだいけるな」


「おー、そうだな。ゲイルは俺たちより若いが、見た目はもっと若いよな。本当にあと100年ぐらい生きるんじゃないか?」


「見た目は魔力のおかげじゃないか? 自分では歳を食ってるのがよくわかるぞ」


「そうか? 前はどんな風に死んだんだ?」


「いやぁ、ずっと働き詰めでさぁ、久しぶりに友人と飲んだ夜に倒れたんだよ。それでそのままだ」


「今も似たような生活してんな。生まれ変わっても同じじゃないか」


「いや、今の方が酷いかもしれんな。小さいうちからずっとなんかやってたから」


「あー、そうだな。お前が子供らしい事を全くしなかったから不気味だったんだよ」


そういや、兄弟のコミュニケーション取ったのずっと後だったな。それがこうやって仲良く飲めるようになってるんだから面白いもんだ。


「ゲイル、グラスが空いてるぞ。何か入れてやろう」


「よしっ、ラムザが入れてくれるなら、ファーストを開けようか」


「なっ、いいのか?」


「あぁ、勿体ないからと置いといて死んだら飲めなくなるからな。ラムザにもご馳走してやりたいし」


初めて蒸留したブランデーをファーストと呼び熟成を重ねた極上の味になっていた。残りは少ない。


「ほぅ、これはとてもよい匂いのする酒だな」


ラムザも気に入ってくれた様だ。


「そうだろ ?でも俺はラムザの匂いの方が・・・」


ガチャン・・・


ゲイルの手からグラスが滑り落ちる。


「どうしたっ ゲイル大丈夫かっ?」


ヤバいっ、これは前と同じ・・・


「たっ、頼む、し、シルフィを・・・」


「わかったっ、待ってろ。すぐに呼んで来るっ」


ジョンとベントは俺をラムザに任せ、シルフィードを呼びに行った。



「ゲイルっ、どうしたのだっ」


「ラ、 ムザ 俺は・・多分・・このまま死ぬ・・・ ありがとう、うま・・れ変わったら・探してくれ、約束だぞ」


「解ってる、解ってるっ。でもまだ死ぬなっ」


「大丈夫だ・・ 来世をたの しみにしてる から」


俺の名前を涙を流しながら何度も大声で呼ぶラムザ。俺はまだ死ねない。今度こそ皆にお礼とお別れの言葉を伝えなければいけないのだ。


無駄だとわかっていて時間稼ぎに治癒魔法を自分に掛ける。血管が切れたのならこれで修復出来るはず。よしっ、痛みが・・・ ガッっ これは他の場所の血管が・・


ゲイルは悟った。何度治癒しても運命に抗えないのだと。


「ラムザ、魔道バッグから で んわを出して くれ」


もう手足が痺れて来て言うことをきかない。


ラムザは電話を取り出してボタンを押しゲイルに渡す。


「お掛けになった電話番号は留守にしているか電波の届かないところにいらっしゃるためお繋ぎ出来ません。用件のある方は発信音の後にメッセージをお願いします ピーーー」


「め、めぐみ、お前と・・会え・・・サヨ・・ナ・・ラ・・・・・・・」


「ゲイルっ! ゲイルっ!しっかりせぬかっ!」



カチャ ピーーー


「メッセージをお預かりいたしました」

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