第688話 見送り続ける日々とゲイルの資産

魔道列車と元瘴気の森から魔力線を引くのに山脈にトンネルを作っていく。結構距離があるけど限界突破している俺には朝飯前なのだ。


掘り進む時に出る鉱石はボタボタと溶かして魔道バッグにしまっていく。


この長いトンネルも1週間で掘りきった。地震が来ても良いように思いっきり強化してあるから大丈夫だろう。チルチルが作ったライトの魔法陣を設置しながらの工事だ。


「おやっさん、ケルベロス達って何してるの?」


「あいつらは寝とるだけじゃ」


「じゃ、ここの番してもらえるかな?」


「あぁ、親父に言っておく」


高速鉄道の駅は山の向こう側が終点。このトンネルからは別の車両に乗り換える。その前に入管審査として汚魂の判別ゲート、通称オッタマゲーを通ってもらう。ドラゴンゲートと同じだ。あともうひとつ。不潔な奴はここで風呂に入ってからしか入国させない。オッタマゲーは不潔センサーも兼ねているのだ。汚魂は自動的に牢へ、不潔者は強制的にシャワーで洗うことに。勿論有料だ。冒険者とか汚い奴いるからな。


駅は宿場町も兼ねているので空港みたいなイメージで作ってもらうことに。



線路は電車が完成してから制作。取りあえず魔力線だけを引いておこう。列車には魔金も乗せて置くけど、通常はこの魔線から魔力を供給する。



「おい、チャンプ。今から世界を回るぞ」


「さっき寝たところだったのにぃ」


子供かお前は。


「さっきじゃない。お前と違って俺の時間は限られてるんだっ。このまま寝ててもいいけど、名前をチャンプからカスに変えるからな」


「参りましょう」


めぐみにカスよカスと言われたのがよっぽど傷付いたのだろう。カスにはとても良く反応する。



「じゃ行ってくるよ」


取りあえずチャンプと二人で他の大陸を探していく。


まず西回りで飛んでいくと意外と近くに陸があり、こっちと同じような風景が広がっていた。そのうち船でくるかもしれんな。友好的なら交易してもいいけど、そうでなかったら戦争になるな。負ける訳ないけど。


科学的に繁栄してた場合はどうしようか。それで生活基盤が出来てたら破壊するのもなんだかなぁとも思う。


しかし、そんな心配は必要なかった。さすがめぐみの世界だ。どこも似たような感じか、もっと文明が遅れているかだ。


もう事情もへったくれも無しにヤギを放って汚魂を処理する。いちいち考慮しているといつまでも終わらないのだ。俺は前世では55歳で死んだ。なので余裕を見て50歳で終わらせる予定だ。


「ゲイルよ、ヤギだけに任せていいのか?」


「あぁ、下に降りたらまた悩むからね。ヤギ達に頑張ってもらうよ」


ヤギを放っては移動、ヤギを放っては移動をする。全然ヤギの汚魂おやつが無い所もあれば食べ放題の所もある。やはり紛争や内紛とか荒れた所には汚魂が多い。貧富の差が激しかったり民族が異なる所は争いが多いのだな・・・


毎週帰っては遊んだり、列車の工事をしたりを繰り返す。


その間にチルチルは結婚してしまった。相手はエルフだ。エルフとハーフ獣人の子供はどんなんだろうね?



綺麗な場所には座標を置いて皆を招待してバカンスを楽しんだりしていく。


コーヒーが手に入ったのはとても喜ばしい。あとはサツマイモ。これは世界が変わっても女性陣が大好きだ。



そしてマリアも結婚してしまう。あー、なんて寂しいのだろう。マリアロスしてしまいそうだ。



「ゲイル」


「何?」


「マリアが結婚して寂しい?」


「そうだね。でも喜ばしいよ。ちゃんと俺から卒業してくれて」


「私はしないわ」


「俺、もうオッサン越えたぞ。シルフィはまだ少女なんだから、いい人居れば俺の事は気にしなくていいからな」


「いいのっ。ゲイルがおじいさんになってもゲイルはゲイルだから」


俺はこのシルフィードの言葉にずっと甘えたままだった。


エイブリックはとっととアルに王位を引き継ぎ、いつの間にか開発地は楽園エデンと呼ばれ、ここに入り浸っていた。高齢者の終の住みかとして人気が高まっていたので似たような年代の人が失ってしまった青春を取り戻すかのように楽しんで生きている。


エデンの代表はグリムナに任せている。これといった法律は定めておらず<魂が汚れることはするな>これが唯一守るべき事項だ。


とても便利で色々な物があるなか、特に娯楽に溢れ、働きたいものはずっと職があり、様々な種族が普通に共同生活を送っている。


各地の孤児達は高速列車を無料にしたのでどんどんここへくる。楽園エデンはセーフティーネットとしても機能していた。


オッタマゲーに引っ掛かる奴が時々出てくる。やはり撲滅は無理なようだ。人間は欲がないと生きていけない。しかし、それが強くなりすぎると汚魂になったりする。欲とは難しいものだ。



そしてついにこの時が来てしまった。


「父さん、母さん、まだ早いよ・・・」


「ゲイル、母さんに祝福をしてくれる?」


「いいよ」


「おい、ちゃんと・・返せっ」


「はいよ」


おばあちゃんになっても可愛らしいアイナはアーノルドと一緒に逝ってしまった。アーノルドが先に倒れたが、ずっとアイナを待って頑張ってたのだ。最後までアイナを守ったアーノルド。


その時俺はこの光景を初めて見た。


二人の魂がキラキラと溶け合うように消えていったのだ。あぁ、この二人の魂は役目を終えて消えたのだなと瞬間的に理解した。幾度となく生まれ変わり、今世は魂の経験を積んだ集大成の人生だったのか。俺はそんな二人の子供に産まれて幸せだな。

それにちゃんと両親を見送れた事にほっとした。子の役目を果たせたからだ。


俺を子供として愛してくれてありがとう。アーノルド父さんアイナ母さん



「ゲイル、大丈夫?」


「あぁ、親を見送るのは子の務めだ。それを果たさせてくれた父さんと母さんに感謝だな」


それからエイブリック、イナミンやリンダ等の親世代を見送り続けた。



「アーノルド達に続いてあいつらまでもか。見送るのは何度経験しても堪えるのぅ」


「おやっさんはぜんぜん変わらないね。結婚しないの?」


「まぁ、そのうちな」


「ずっとそれ言い続けてんじゃん。親方はとっくに結婚したのに」


「うるさいわいっ」



俺は魂がまたこちらに戻って来ることを知っているから死は寂しいけれどそこまで悲しくはない。また皆とどこかで出会えるのだから。


それにアーノルドとアイナはエネルギー体になって、星を作るのかもしれないなと思った。二人一緒なら永劫の時も悪くないのかもしれないね。



親しい人を見送っているのが続いたが、一番堪えたのがミケだった。


「お前、早すぎるだろうがっ」


「しゃーないやん・・・ 獣人の血は太く短くや」


ミケはずっと若いままだった。確かに毛艶は落ちていたけど、顔だちは当たりや!と言ってたころと全然変わらない。まさかこんなに早く逝くとは思わなかった。


俺もこのまま見送ってやりたいけど、じいさんになったダンと二人きりにしてやろう。


・・・

・・・・

・・・・・


しばらくしてダンの大きな泣き声が聞こえてきた。今ミケは天に帰ったのだろう。


<またな>


俺にはそんな声が聞こえた。



俺はダンより立ち直るのが遅かった。死には慣れていたけどミケが逝ってしまったのは予想外で心の準備が出来ていなかったのだ。



「ほれ、ぼっちゃん。いつまでも悲しがるな。ミケは最後ええ人生やったわって言ってたからな。俺も見送るのは2回目だがよ、今回はちゃんと見送ってやれたぜ。しかもあんなに幸せそうな・・顔で・・・逝ったミケ・・・を」


ダメだっ、俺はダンより落ち込んでいてはいけないのだ。まだやるべき事が残ってる。それにダンは俺の為に感情を押し殺してくれているのだからな。


「ダンっ!すまんっ。ミケの魂は必ずまた帰って来る。お前達は繋がってるからな」


「おう、ぼっちゃん。また頼むわ」


ダンは俺が初老を越え、ダンがじいさんになってもぼっちゃんと呼び続けていた。



世界の汚魂駆除は50歳になっても終わらなかった。しかし、あと少しだ。


俺はきりのよい歳になったので、いつ死んでもいいように準備を始めた。


遺産の大半はシルフィードに、後はマリアやチルチル、ドワンに残す事に。莫大な遺産はこれからもまだまだ長い人生のシルフィードを死ぬまで支えてくれるかもしれない。結局、俺はシルフィードの「いいのっ」に甘えたまま結婚もせずに縛り続けた。せめてもの罪滅ぼしになってくれればなと思う。


後、この遺産はあいつにしか託せないな。



「なんじゃ、ゲイル。久しぶりじゃの」


「お前もアルが引退したならエデンに遊びにくればいいのに」


「いや、息子は頼りない。国が荒れるやもしれんから離れる訳にはいかんのじゃ」


ミグルはどんどんオバァ口調が板に付いてきたが、見た目は大人の女性のままだった。孫も出来ておババ様と呼ばれるのを嫌がってたけどね。アルとの子供は1人しか出来ず、そのまま王になり、のほほんとした王になっていた。ミグルが頼りないと言うのも解る気がする。


「で、なんの用じゃ、冷たいゲイルよ」


ミグルはつわりの時も出産の時も俺が来てくれなんだとずっと根に持っている。その後も拗ねてほとんどエデンには遊びに来なかった。


「まだ根に持ってるのかよ」


「当たり前じゃっ。他の女には夫より優しくしておったくせに。元婚約者であり、義娘のワシを蔑ろにしおって! 結婚パーティーも来なかったじゃろがっ」


あー、また始まったよ・・・


「結婚パーティーはドン爺の事があっただろ。それにつわりや出産の時はアルが焼きもち焼くからだと何回言ったら解るんだよっ」


「それでもじゃなっ・・・」


「ミグル」


「な、なんじゃいきなり真面目な顔をしおって・・・」


「俺の遺産を少し引き継いでくれないか?」


「それは全部シルフィードにやれっ! ずっと手元に置いて結婚もしてやらなんだんじゃからなっ」


「それはその通りなんだけどな、お前に引き継いで欲しいのは金とか資産じゃないんだよ」


「何を引き継げと言うのじゃ?」


「お前がうんと言えば頼む。断れば諦める」


「先に言わんのか?」


「言わない」


「む? それはワシにしか引き継げんのか?」


「まだまだ生きる人に引き継いで欲しいんだ」


「シルフィードに引き継げばいいじゃろ?」


「シルフィードには見せられないんだよ。だからお前にしか無理だ。それに国の発展に役立つかもしれない。実質お前が王みたいなもんだろ?」


「国の為か?」


「いや、俺の為だ。お前には知ってて欲しいかな?」


「む・・・。わかった。そこまで言うなら引き継いでやる」


「なら目を閉じろ」


「なっ・・・。貴様、アルがいない時を狙って来たのはそういうつもりで・・・、いや、歳を取ったお前もなかなかその魅力的ではあるが・・、す、少しだけじゃぞ!?」


何を言ってんだこいつは?


「いいから、目を閉じろ。それが一番効率がいい」


ミグルは目を閉じた。こら、唇を出すな。当たるだろっ。


俺は前世の記憶をミグルに送った。


・・・

・・・・

・・・・・


「なっ、お前・・・これは・・・どこの世界・・・」


「俺の前世の記憶だ。俺がいなくなっても知ってたら似たようなもん作れるかもしれんだろ? だからお前に託しておく」


「前世の記憶があるとは聞いておったが・・・ 異世界人じゃったのか。それに嫁や子供の記憶がありありと・・・」


「な、そんな記憶があったらシルフィードと結婚出来ないのも仕方がないだろ?」


「そうじゃな・・・ あとワシに良く似たおなごが・・・」


「実らなかった初恋だ。お前を見ると俺の楔が魂を刺激するんだよ。実らなかった恋は甘いからな」


「ワシに冷たかったのは・・・」


「惚れたら困るだろ? でも記憶の中の娘はお前じゃない。それはそれでどっちにも失礼だしな。でも、つわりとか出産とか見たくなかったというのもあるかもしれんな」


「ゲイル・・・ ワシは嫌われておったのではないのじゃな?」


「俺がお前を嫌うと思うか? ずっと優しかったろ?」


「嘘じゃー! ワシにだけいつも意地悪をしてたではないかっ」


「構いたかっただけだ。本気の意地悪なんてしたことないだろ?」


「そ、それはそうじゃが・・・」


「じゃな、もうすぐ汚魂の駆除終わるからいつでも遊びに来い。もう皆歳くってるけどな」


「行っていいのじゃな?」


「当たり前だろ? 来て欲しくないような奴にこんな記憶を託せるか」


「わかった。すぐに行くのじゃっ」


「おー、汚魂の駆除が終わったら俺も暇になるからな」



そうか、ミグルは忙しくて来ないのかと思ってたけど、嫌われてるんじゃないかと思ってたのか。もっと早くに気付いてやるべきだったな。アルもあまり来なかったのはそのせいか。汚魂駆除で頭いっぱいだったわ。


あと少しで終わりだから、あまり遊べなかった分を取り返そうか。



よし、がんばろっ!

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