第683話 無意識

ゲイルはシルフィードが生まれた村の方面から北入りをする。ほぼカミ状態になり、ヤギを召喚して自分とラムザサキュバスの3人で汚魂駆除を始めた。


北側の言葉は初めは訛りのある同じ言葉だったが、北側の西から東に進むにつれてだんだんと何を言っているのかわからなくなってくる。汚魂駆除とはいえ、なぜ襲われるのかわからない住人達は怯え泣き叫ぶ。


言葉で説明した方がいいかと、一人の汚魂に指を刺して記憶をみると同時に言葉をインストールしてみる。


おっ、何を言っているのか解った。


しかし・・・・・


汚魂の最近の記憶の中に奥さんと子供がいた。幸せそうだ・・・ しかし、こいつのやって来た事は十分に魂を滅するに値する。幸せそうな生活の裏で酷い事をしているのだ。


俺は無言でその魂を引き裂いた。


近くで記憶にあった奥さんと子供が泣き叫ぶ。心が痛い・・・


「どうしたゲイル?」


フリーズした俺にラムザが声をかける。


「あ、いや別に何でもないよ」


あの泣き叫ぶ奥さんと子供の幸せを奪い取ったのは俺だ。だが、それを守ると他の人が不幸になる。俺のやっていることは正しいのだろうか?


こちら側に攻めてきた兵士には魂が汚れてないものもたくさんいた。ヤギが喰わなかったのがその証拠だ。そのほとんどが魔物に倒されたから魂は天に帰っただろう。その者達にも愛し愛された者がいたはず。上司から自分達の愛するものを守るために戦いに行くのだとか言われて参戦したかもしれない。


攻めて来なければお互い酒でも飲んで楽しくやれたやつだったかも知れないな・・・


いや、めぐみがいない間は俺がこの世界を守ると決めたのだ。それにすでに数多くの魂を消滅させている。今さら悩んでも仕方がない。


ゲイルは自分にそう言い聞かせ、ヒトの心を閉じた。


判断基準は魂の汚れ具合。こっさり以上は皆他人を自分の利益や快楽の為に強姦したり殺してきた奴等だ。それは今だけでなく、生まれ変わっても同じ事をする。そんな魂は不要だ。


それを何度も自分に言い聞かせ魂を消滅させていった。



「ゲイル、元気が無いな。我の身体で癒してやろうか?」


「ラムザは優しいな。好きになりそうだ」


「はっはっは。良いぞ。お前の生きている間ぐらい我を好きにするが良い」


ラムザやヤギには俺のような感情はない。おそらくめぐみもそうだろう。いちいち個の事情を考慮する気なんてさらさらない。魂が汚いかどうかだけが必要な情報だ。個の情報を気にしたらキリがないしな。


ヤギ達も満足した様なので寝てしまう前に魔界に帰しておく。うたた寝する前にそっちで寝ろ。


「ラムザも帰るか?」


「いや、ゲイルと共にいよう。まぐわうか?」


「いや、ちょっと膝枕してくれるかな?」


心にダメージを受けているので、少し誰かにくっつきたくなる。シルフィードの声が私にすれば良いのにとか聞こえてくるけど、俺のやってることはヒトの所業ではない。神か悪魔の所業だ。今の俺はヒトじゃないからな。シルフィードに甘える訳にはいかない。


ラムザに膝枕をしてもらっているとダメだ。こいつの本能を刺激する香りでムラムラしてしまう。


「ありがとう。落ち着いたよ」


嘘だ。心のダメージがムラムラで上書きされただけなのだ。


「もういいのか? 一晩中してても良いぞ」


「いや、俺の理性が持たん。これはラムザの能力なのか?」


「さぁ、知らぬな。この姿を怖がらずに気に入ってくれたのはお前が初めてだからな。我は嬉しかったぞ。素の姿を好かれるとは心が喜ぶものだな」


いや、元の世界に行けば好む者がたくさんいると思うんだけどな。これは日本だけなのだろうか? 西洋では恐れ嫌われているとかだったような気がする。


いかん、心が落ち着いて身体が勝手に反応してしまう。精神と身体はどちらか強いのだろう? このままだと身体が勝ってしまいそうだな。


これは賢者タイムに入らないとまずいかも。


「ちょっとトイレに行ってくる」


「ゲイルよ」


「何?」


ぶちゅーーーー。じゅるるるるるるるっ


俺はラムザに強制的に賢者タイムへと導かれた。


「我慢せずとも好きにしてよいと言っておるのになぜそこまで我慢する? 祝福と思えばいいのではないか?」


「いやぁ、俺はラムザの事を好きなんだよね。だから性欲処理の為だけに抱くとか嫌なんだよ」


「フフフッ。面と向かってそんな事を言われると恥ずかしいものだな」


「まぁ、好きと言っても愛とかではないんだけどね」


「ふむ、ではシルフィードはどうなのだ?」


「シルフィードのは難しいな。好き以上愛未満ってところかな。俺は前世の記憶があるだろ。そこに愛を置いてきたからこの世界で愛というのはないんじゃないかと思う」


「愛とは置いて来れるものなのか?」


「まぁ、気持ちの上でね」


「ふむ、ではチルチルはどうだ?」


「チルチルは愛だけど、男女間の愛ではなくて親としての愛かな。ミーシャやマリアも同じ」


「男女間の愛と親としての愛の違いはなんだ?」


「言葉で説明するの難しいね。ラムザに子供が出来たら理解出来るかもよ」


「なるほど、今の我には理解出来ないものなのだな? 他の皆はどうだ?」


「皆、好きになるかな」


「シルフィードだけが愛に近いのだな? その違いはなんなのだ?」


「んー、これも説明するの難しいな。守ってやりたいとか思うし、もし他の男と結婚するとかになったら心が痛いかな。チルチルやマリアが結婚すると言って相手が良いやつなら心から祝福出来るけど、シルフィがそうなったら心から祝福出来るかどうか分かんないな。後はシルフィの匂いが・・・」


元の世界の奥さんと似ている言い掛けてやめる。シルフィードは元の奥さんの代わりではないからね。


「匂い?」


「焼き肉とかの匂いじゃないよ。本能的に感じる匂いというのかな? 俺、シルフィの匂い好きなんだよ。なんか落ち着くというか俺を魅き付けるというか。不思議だね。生物としての本能的な部分だと思うよ」


「我のはどうだ?」


「凄い魅力的だよ。俺の精神をバンバン揺さぶるから」


「なんかそう言われると恥ずかしいな」


「だろ? こういう話をするとだいたい変態扱いされるからね」


「ちなみにめぐみはどうなのだ? 愛か好きか? 匂いはどうだ?」


「めぐみの見た目は好みだよ。俺の理想を具現化してるからね。匂いは元々無臭だから何もない」


「愛か好きかはどうだ?」


「好きは好きだよ。初めはムカつくことが多かったけど、一緒に飯を食うようになって嬉しそうに食ってるの見るの好きだし、発想も斜め上だから面白いしね」


「愛ではないのだな?」


「少なくとも男女間のものではないね。あいつには性別ないし。女の姿として形を作ってるだけだから」


「ほぅ、ではなぜ辛い思いをしてまでもめぐみの仕事をやろうとしているのだ? 本当は人の魂を消滅させるのは苦しいのだろ?」


「人の魂を消滅させるのはそんなに辛い訳じゃないんだ。今までも盗賊とか討伐して殺したりしてきたからね。辛いのはその人を必要としていた人の幸せを壊すことだよ。旦那さんとか父親とかが酷い事をしているのを知らなかったりすると特にね」


「ではそういうのは見逃すのか?」


「いや区別しない。汚魂がどうかだけで判断する」


「大丈夫なのか?」


「判断基準はそれしかないからね。その人達の幸せを守るために他の人が不幸になるのは違うとも思うし」


「それならばなぜそのような顔をしてまでめぐみの代わりをしようとするのだ?」


「なんでだろうね? 俺が好きな人達の子供に汚魂が入って欲しくないとも思うし、まぁ、今めぐみの代わりをしてやれるのは俺しかいないってのもあるかな」


「それはめぐみに対する愛とは違うのか?」


「んー、そう考えると愛の定義って難しいね。ただこの人の為に自分が何かをしたい、見返りは何も求めないのが愛だとするとそうなのかもしれないね。俺はめぐみに何かをして欲しいわけじゃないから」


ゲイルは自分で言ってなぜだろうと自問自答をする。めぐみはのーたりんで無邪気で人をイラッとさせる。でも何度も美味しいね♪ と嬉しそうに飯を食う。


ただそれだけの事だ。それだけの事で俺はこんな事をしているのか・・・


ラムザとの話は終わり、いつもの姿に戻らせて風呂に入らせる。そしてトントンして眠らせた。ついでに魔力を補充しておいてやろう。この世界は魔界より魔力が薄いからな。


俺も風呂に入って寝ることに。明日も朝から汚魂駆除だからな。ちゃんと寝よう。



ゲイルは風呂で無意識にリンスを嗅いでから頭に付けているのを自覚していなかったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る