第668話 またね

あれから半月。マルグリッドの様子を見に行ったり、エイブリック達を連れてきたり、ザック達を釣りに連れていったりしていた。女神ズ抜きで。


一応、ゼウちゃんにお供えしてそこに手紙を同封しておいた。こちらに連絡は取れなくても状況報告は必要だろう。


今日は休みなのでミートの所に前に寝かせてもらっていた肉を取りに行くとすでに部位別に分けてくれてあった。これで焼肉をしたら目を覚ますだろうか? 皆にもめぐみが目を覚まさない旨は伝えてある。


「めぐみ、いい加減起きろ。時間感覚が違うの分かるけど、寝すぎだぞ」


すーすー


「なぁ、今日いつものと違う肉で焼肉やるんだぞ。起きて食いに来い」


それでもめぐみは起きなかった。



「ぼっちゃん、元気ねぇな」


「あの女神さんが寝たままじゃから心配しとるのじゃろ。坊主にとっちゃ、神様も人も同じじゃろからな」


「ゲイル、めぐみさんはずっとあのままなの?」


「寝息はしてるし、寝返りをうったりしてるから単に寝てるだけなんだとは思うんだよね」


「心配?」


「あいつが帰らないと魂がうまく生まれ変わらないとかありそうだろ? マリさんが生む前までには絶対に帰らさないと」


「あ、そうだね」


「だからちょっと色々と試してみるよ。皆でここをお願いしておいていいかな?」


「わかった。やっておくね」



屋敷の部屋に戻ってもめぐみは寝たままだ。ゲイルはしばらくここに居てめぐみを起こそうと色々と試していた。


寝てしまってから1ヶ月。何をしてもめぐみは起きなかった。あれから一度も髪を洗ってないのにずっとリンスの匂いがしている。


おかしいと思ってベッドを嗅いでみたけど移り香とかはない。めぐみからだけ匂いがするのだ。それにもしかしたら俺にしかこの匂いがわからないのかもしれない。


ペシペシしようが怒鳴ろうが起きないめぐみ。


座らせてもダメ。鼻をつまんでもダメ。これは何度も試している。


まだ一度もやってないのは立たせる事だ。試しに抱き上げて立たせてみる。


すーすー


やっぱりダメか。だらんと寝た子供のように反応しないめぐみ。何をやっても目を覚まさないめぐみを見て涙が込み上げてくる。


「いい加減目を覚ませよ・・・」


思わずギュウっと抱きしめてポロポロっと泣いてしまった。


その時キュッとめぐみが抱き返してきた。


え?


「ぶちょー、泣いてんの?」


「お前起きたのか?」


「だって起こしたじゃない?」


「何度起こしても起きなかっただろうが?」


「そうなの? あれ? ぶちょー、泣いてんの?」


「うるさいっ」


「なんで抱っこしてんの?」


「うるさいっ」


「いい匂いしてる?」


「リンスの匂いしかせんっ」


「ふーん」



俺も落ち着いて来てめぐみを離す。


「お前、何をやってるんだ? リンスの匂いがこんなに長く続く訳ないだろ?」


「え? そうなの?」


「当たり前だ。あの焼き肉の匂いとかも匂いがするようにしてたのか?」


「ぶちょーが嬉しいかなぁーって」


やっぱり・・・


「お前の気持ちは嬉しいけど、もう余計なことするな。それにお前が思ってるいい匂いと俺の言ってるものとは違う」


「どういう意味?」


「俺がいい匂いと言っているのは生物が子孫を残すためのシステムだ。お互いがいい匂いと思える相手と結ばれる為のものだから、子孫を残す必要のないお前には分からないものだと思うぞ」


俺の持論だけどな。


「へぇ」


「俺はそんな事をしなくてもちゃんとお供えとかはしてやるから」


「え? お下がりは不味いから呼んでくれるんじゃないの?」


「そうなんだけどな、俺は心配なんだよ」


「何が?」


「お前、人間に近づいてるんじゃないか?」


「どういう意味?」


「寝ないはずなのに寝たりするようになっただろ? 俺には安眠の加護というスキルが付いた。加護は神が人に与えるものだ。もし、安眠の神様がいるなら俺に加護を付けてくれたのかなとも思ったけど、そんなのいないだろ?」


「そうね」


「だから俺が安眠の加護という力を持ってることになる。お前が俺といる時間が増えたのとお前がなんかしてくれようとしてくれる事で俺がめぐみのエネルギーを吸ってしまってるんじゃないのか?」


「意味がわかんないわよ」


「俺とこうやって一緒に居たら人間みたいになって神に戻れなくなるんじゃないかと言ってるんだよ」


「え?」


「お前、前より少し重くなってるんだよ」


「そうなの?」


「だから原因が分かるまでもうこっちに来るな」


「えっ・・・」


そんな悲しそうな顔すんなよ・・・


「元の世界に戻れなくなったらどうすんだよ?」


「ぶちょーが食べさせてくれたらいいじゃない」


「俺と寿命が同じならお前の面倒ぐらいみてやるよ。だけど、元の世界に帰れないだけで寿命が同じだったらどうすんだよ? 俺なんかお前と比べたらあっという間に死ぬんだぞ」


「また生まれ変ればいいじゃない」


「それ誰がやるんだよ?」


「あっ・・・」


「だから原因が分かるまでもう来るな。俺の種族がコロコロ変になってるのもその影響かもしれんからな」


「もう来ちゃダメなの・・・?」


「原因がわかるまでな。お供えはちゃんとしてやるから」


・・・

・・・・

・・・・・


「ぶちょー」


「なんだ?」


「私が来なかったら寂しい?」


「ちょっとな」


・・・

・・・・

・・・・・


「またね」


「あぁ、またな」


またねと言い残してめぐみは帰っていった。



「あ、ゲイル、めぐみさんは?」


「ようやく起きてさっき帰っていったよ」


「原因はなんだったの?」


「さあ? 単にずっと寝てただけみたいだ。まったく人騒がせなやつだ」


「でもちゃんと起きてくれて良かったね」


「本当だよ。これでマリさんの子供も大丈夫だろ」


「ゲイル?」


「なに?」


「目が赤いよ」


「最近、あいつを起こすのに色々とやってて寝てないからな。ちょっと寝て来るよ」


「わかった。ご飯は?」


「そういや食べてなかったな。なんかある?」


「カレーがあるよ」


「じゃ、食べる。唐辛子足しておいて」


「分かった」



「めぐみ、やっと帰って来たの? ゲイルくんが心配して毎日手紙を・・・」


「うわーーーーーん」


「ちょっ、ちょっとめぐみっ!」


ゲイルに言われた事を泣きながらゼウちゃんに話すめぐみ。


「ぐすっ ぐすっ」


「そんなことあるわけないじゃない」


「だって、ぶちょーがそう言うんだもん」


「んー、大丈夫だと思うんだけど、確かに自分の知らなかったこともあったわね」


「原因がわかるまでもう来るなって」


「え?」


「お供えしてやるから原因がわかるまで来ちゃダメ・・だって・・ぐすっ ぐすっ うわーーーーーん」


「ゲイルくんも心配症ねぇ・・・」



俺はお供えシステムをたくさん作って、直営店に配っていく。見た目は神棚みたいだけど、魔金をセットした魔法陣が組み込まれているのだ。


「これ、こことここに同じものをお供えしてね。週イチぐらいで良いから。後は新作ができた時とか季節の初物とか。で、パンパンって手を叩いたら神様に届くよ」


このお供え魔法陣柏手で起動するようにしてあるのだ。


後はジョージに酒を供えるように言っておいた。これで毎日なんか届くだろ。




「もしかして、女神様が来なくなったのは俺が原因か?」


エイブリック達は毎週休みの日にここに来て調査をやり、晩飯を食っている。俺達の休みとずれているから来る度に調査をしている。こっちの休みをずらしてあげるとかはしていない。俺は皆を甘やかさないと決めたのだ。


「いや、エイブリックさんは関係ないよ。たまたまあの日に寝て起きなくなっただけだから」


「それならいいが、もう呼ばんのか?」


「あいつも寝て起きなかった原因が分からないんだよ。また寝て帰らなかったら生まれて来るはずの子供が生まれてこない可能性があるからね」


「呼ばんでもあの神様ならひょいと来たりするじゃろ?」


「来るなと言ってあるから来ないと思うよ」


「え? 呼ばないだけじゃなく、来るなと言ったのか?」


「そうだよ。だから色々なお供えが届くように直営店とジョージにお願いしたんだよ。今もめぐみは自分の世界でウマウマ言って食ってるんじゃないの?」



「マリさん、お腹目立ってきたね」


「ええ、ゲイルのお陰ですわ」


「そんなことないよ。今日はこんなの作って来たんだ。エアコンの魔法陣苦手だと言ってたろ?」


「何かしら?」


「除湿扇風機。じめじめした時とかサラッとして気持ちいいよ」


カチっとスイッチを入れてやり、微風をマルグリッドにあててみる。


「あらっ、本当ね。気持ちいいわぁ」


「ここを押したら首振りになるし。ここの水が満タンになったら勝手に止まるから誰かに水を捨ててもらってね」


「ねぇゲイル、髪を洗って下さらない?」


「メイドさんにやってもらってないの?」


「ゲイルに洗ってもらいたいのよ」


魔道具を渡しに来ただけなのに甘えられてしまった。もう人を甘やかさないと思ってたけど妊婦さんは別だな。



「やっぱり違いますわねぇ」


「寝ちゃったらいいもの食べられなくなるよ」


「何かしら?」


「起きてたら教えてあげる」


今、がーがー寝たら夜寝られなくなるだろうからな。


うとうとしてたけど耐えたマルグリッド。寝ないという意志があれば寝ないのはわかったのだ。トントンも強い意志を持てばアーノルドみたいに耐えられるしね。強制的に眠らせる麻酔とかと違うのだ。


「はぁー、あのまま寝てしまいたかったですわ」


「今寝たら夜寝られないかもしれないからね。ご褒美はこれだよ」


「アイスクリームかしら?」


「ソフトクリームだよ。柔らかいから食べやすいよ。今日は柚子風味にしてある。気に入ったなら他の味もコックに教えておくよ」


「とっても美味しいですわ。ありがとうゲイル」


マルグリッドは満面の笑みを浮かべてゲイルにお礼を言っていた。


(ゲイル様毎日来て下さらないかしら?)

(本当、奥様のご機嫌がガラッと変わるものね)

(でもあの除湿扇風機というものはありがたいわ。奥様のイライラもなくなりそうだもの)

(あとあのソフトクリーム、試食させてもらったけどすっごく美味しいの。私達も好きに食べていいよだって)

(きゃー、本当?)

(一度材料入れたら傷まないうちに食べた方がいいからって)

(王様にも命令しちゃうし、私達にもすっごく優しいし、神様みたいな人だよねゲイル様)

(だって、女神様も来ちゃうぐらいなんだから本当にそうなのかもよ)


ジョンの屋敷のメイド達からも神認定されていくゲイル。もっと来て下さいと懇願され、その後も週イチペースでマルグリッドの元に訪れて、マリアやチルチルに自立を促して甘やかすのを控えたゲイルは反動でマルグリッドを甘やかしまくっていた。


数ヵ月後、マルグリッドは無事に男の子を産んだ。


社交シーズンに入っているので、ジョルジオ夫妻が王都屋敷に滞在して頻繁にジョンの屋敷に来るようになり、ゲイルはそれに比例してジョンの屋敷に行くのを控えたのであった。



ーめぐみの世界ー


「毎日、お供えが大量に届くわね。めぐみの所もそうなんでしょ?」


「うん」


「ならなんでそんなに不機嫌なのよ? 美味しいでしょ?」


「うん」


めぐみはお供えを残すようになっていた。ゲイルから届くのは食べていたが。


「もうっ、いくら調べても分かんなかったんだから、ちょっと行って来なさいよっ!ずっとそんな顔されてたら辛気臭くてしょうがないわよ」


「だって、ぶちょーが呼んでくんないだもん」


「あなたから連絡してみればいいでしょっ」


「やだっ」


もう・・・ ゲイルくんも連絡ぐらいしてあげればいいのに。


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