第662話 まさか?

デーレンにお守りを渡してから時間が経った。ほ、本当に来るか試しただけなんだからねっ! とかやるかと思ったけど。


もしかして故障してたらヤバイなと思い屋敷から走ってジョンの屋敷へ行く。部屋を好きに使えと言われてもなんか気が引けるのだ。


屋敷の前までく来るとポットがいた。


「あれ、久しぶりだな。配達か」


「あ、ゲイルさん。そうなんですよ。スタッフを休ませてるから自分しか配達するものがいなくて」


結婚式やイベントの時も配達があるけど、ポット自ら来るのは初めてらしく、どこに届けていいかよく分からないみたいなので俺が門番に聞いてやる。


「ケーキの配達はどこに持っていけばいい?」


「本日はこちらで承ります。どうぞ中へ」


依頼主はマルグリッドでなくジョンだった。


「あら、ゲイルも一緒なの? ちょうど良かったわ。それにポットがわざわざ持って来てくれたの?ありがとう」


「なんかのお祝い?」


「フフッ、ポットが知ってらしてよ」


「ん?」


「マルグリッドさんがご懐妊されたお祝いなんです」


懐妊?


「赤ちゃん出来たの?」


「まだどうなるかわかりませんけどね、今はお腹におりますわ」


「わー、おめでとう。良かった」


まぁ、妊娠初期は流産しやすいからな。あまりおおっぴらにしてやらない方がいいかもしれん。めぐみに言わせたら肉だからな。しかし、このタイミングで妊娠か。まさかシルバーの魂が入るんじゃないだろうな?


ふと、ポットがショックを受けてないかな? と思って見たけど、作り笑いでない笑顔でおめでとうございますと言っていた。ちゃんと吹っ切れてるみないだな。


「失礼しま・・・ ゲイル?」


「よう、お守りが故障してんじゃないかと思ってちょっと見に来たんだ」


「だって遊びで押すなって言ったじゃない」


少し赤くなりながらモジモジッとするデーレン。ツンが取れたら可愛くなったなこいつ。俺はツン不要派なのだ。


「あ、お客様でしたか。申し訳ございません」


「ポットカフェのポットよ。店主自ら届けて下さったの」


「あ、ポットカフェの店主様でしたか。いつも美味しいケーキのご提供ありがとうごさいます。お客様からも大変評判が良くて感謝しております」


素晴らしい!  業者相手にちゃんと挨拶出来るんだな。発注者側は自分が上だと勘違いして横柄な態度取ったりするところがあるからな。


「は、初めまして。ポットです。ゲイルさんとお知り合いなんですか?」


「こいつ、デーレンっていうんだけどな、タイカリン商会の跡取り娘だ。俺の同級生でもある」


「デーレンです。今後とも宜しくお願いしますっ」


「ゲイルさんの同級生の方でしたか。こちらこそ宜しくお願いいたします」


「ポット、デーレンにはちゃんと感謝しろよ。初めのころ閑古鳥が鳴いてたポットカフェを人気店にしてくれたのはこいつなんだからな」


「えっ?」


「ゲイル、なんのこと?」


「まぁ、懐かしいですわね」


クスクス


「中央の広場で俺達がケーキ食ってるところにお前が噛みついて来たこと覚えてるか?」


「え? ・・・・あーっ!」


「お前、驚くと大声で人の言った事を繰り返す癖があるだろ? お前が大声でマリさんの言った事を繰り返したのがポットカフェの宣伝になったんだよ。あの日から行列店になったんだよ」


「そ、そうだったの?」


「あぁ、デーレンのお陰だ」


「そうだったんですか。まったく知りませんでした。お礼が遅くなってすいません。すごい悩んでたのがあの日から救われたんですっ」


ポット、近い近い近いっ!デーレンが引いてんじゃねーか。


ポットはデーレンの手を両手で握ってお礼を言った。デーレンはちらっと胸元に隠されたお守りを見る。ポットに反応するわけないだろうが。


「ぜひ、お礼させて下さい」


「えっ、お礼なんて・・・ 私も今まで知りませんでしたので」


「デーレン、お前ケーキ好きだろ?」


「う、うん」


「ポット、今度デーレンに食べ放題でも招待してやれ。イベントで客に勧めたりするのにも全部の味を知っててもらった方がいいからな」


「では、前みたいにケーキをお持ちします。週イチぐらいになりますけど」


「庶民街からここまで遠いだろ? 大丈夫か?」


「何を言ってるんですか、2号店は貴族街に出したんですよ。ここからそこそこ近いから大丈夫ですよ」


それは知らんかったわ。


「それは私も頂いて宜しいのかしら?」


「もちろんですよっ」


「マリさん、妊娠中はあまり太らない様に気を付けないとダメだよ。つわりが治まったら食欲増すから」


「そうそう、こうやって話してると大丈夫ですけど、つわりって本当に気持ちが悪いですのね。ジョンがせっかく手配してくれたケーキも食べられないかもしれませんわ」


「そうですか・・・」


「ポット、つわりでも食べられるお菓子を開発するか?」


「そんなのあるんですか?」


「人によって食べられるもの違うけどな。色々試して行けばいいさ。手伝ってやるよ」


「本当ですかっ?」


「ミーシャがつわりの時にミーシャの飯作ったの俺だからな。参考になるかも知れんぞ。お前、しばらく晩飯後ぐらいにここに通えるか?」


「だ、大丈夫です」


「マリさん、晩飯後なら厨房借りれるよね?」


「勿論ですわ。ゲイルとポットで私の為に新商品開発して下さるの?」


「コック達も手が空いてるなら手伝わせるけどね。デーレンはここには通いか住み込みか?」


「基本は通いだけど・・・」


「遅くなるなら泊まって行きなさい」


「はい、奥様」


「じゃ、デーレンも手伝いだな」


ご飯を一緒にと言われたけど、みんなのご飯作らないといけないからと断った。二人でゆっくりと懐妊のお祝いをしてくれ。



マルグリッドに話していいと許可を貰ったのでアーノルド達に報告する。


「そうかジョンも父親になるのか」


「まだ妊娠初期だから安心は禁物だけどね。これからしばらく晩飯食ったらポットとつわりでも食べられるお菓子の研究してくるよ。遅くなったら泊まってくるから先に寝てて」



翌日から直接部屋に行く。予定を伝えてあるから問題ない。


いつもマルグリッド達が居る部屋に行くとマルグリッドはぐったりしている。ジョンも心配そうにしているが何もしてやれないだろうな。


「ゲイル、来てくれたか」


俺を見てほっとした表情のジョン。


「心配だろ? でも大丈夫だ。これは病気じゃないからな。無理して動いちゃダメだよという身体からのサインだ」


「そうなのか?」


「そう、だからおいたしちゃダメだよ」


そういうとジョンは真っ赤になった。


「マリさん、ご飯食べれてる?」


「食べても吐いてしまうので」


「なんの匂いがダメ?」


ごはん、肉、とかダメなのを思い出しながら言っていくマルグリッド。


「ちょっと柚子茶作るよ。飲めそうなら飲んで」


と、魔道バッグから柚子ジャムを出してティーカップに入れてお湯をそそぐ。


「これは飲める?」


「あっ、いい匂い・・・」


フーフーッと冷まして飲むマルグリッド。


「美味しいですわ」


「甘いのと酸っぱいのは大丈夫そうだね。生クリームは食べられた?」


「気持ち悪くなってしまいまして・・・・」


「チョコは?」


「同じく気持ちが悪くなってしまいます」


「匂いがダメなわけじゃないね?」


「それは大丈夫よ」


これならなんとかなりそうだ。



まずデーレンがやって来て、ポットもそのあとやって来た。


「ポット、今からお菓子作る前に少し食べられるのものを作るわ。何がダメか聞いてあるから話しながらやろうか。デーレンは料理出来るか?」


「やった事ない・・かな」


「じゃ、この機会に覚えろ。本格的でなくていい。仕入れの勉強だと思え。こんなのあったらいいなとか見つかるかもしれん」


「わかったわ」


柚子茶を飲んで少し落ち着いたマルグリッドはジョンに任せた。


厨房でコック達に挨拶すると、パリス達に手解きを受けたらしく、俺の事を歓迎してくれた。道理で屋敷の飯と味が似てると思ったよ。


コック達にもどんな物がダメか伝えていく。ジョンと別メニューにするのは勿論だけど、マルグリッドが嫌と思う臭いのメニューはジョンとマルグリッドの飯の時間がずれる時に出すように言っておく。


まずは明日の為に大豆を水に付けておく。豆腐と豆乳は大丈夫だろうからな。


匂いは良くても食べたら気持ち悪くなるのは胃腸への負担が大きいからだろうな。魚を使うか。


「鯛とか白身の魚は仕入れてあるか?」


「ございます」


どんな食材があるか確認させてもらう。へぇ、里芋とかあるじゃん。たまには市場に行かないとダメだな。新しい食材を見逃してるわ。


まず鯛を身だけにして細かく切り、氷水に何度か浸けるをした後に細かくすりつぶしていく。手間なので魔法でやるけど。そこに卵白、塩、砂糖を少し入れて蒸したら里芋を投入。さらに滑らかになるまですりつぶす。


裏ごしして準備OK。


四角の枠を作って成形し、お湯で茹でると完成。


「なんですかこれ?」


「はんぺんというものだ。出汁にいれたり焼いたりするんだけどね。醤油の匂いは大丈夫みたいだから軽く焼いて醤油を塗って香ばしさを出すよ」


皆で試食することに。ここにいるのは皆元気なのでバター醤油焼きにする。


「ふわっふわで美味しい・・・」


「マリさんにはバター無しで焼くから。まず胃腸に優しいものから食べて、元気が出てきたらメニューを増やしていこう」



「マリさん。これなら食べられる?」


「いい匂い。これなら大丈夫そうですわ。あっ、ふわっふわで美味しい」


「ゆっくりと食べてね。水分取れてるなら無理して食べなくても大丈夫だから」



マルグリッドは食べた後に眠れそうとの事なのでジョンが寝室に連れていき、ポットには明日、ミントとココアパウダーを用意するように言っておいた。


「ゲイルは本当に料理が出来るのね」


「新しいレシピは俺が作った奴だと言ったろ?」


「そうだけど目の前で見るまで信じられないじゃない」


「デーレンさん。ケーキとかもすべてゲイルさんのレシピですよ」


「えっ?」


「もうポットのアレンジしたやつの方が多いんじゃないか?」


「基本はすべてゲイルさんのですからね」


「それはそうかもしれないけどさ。もうポットにはケーキ類作るのは敵わないよ。買うことはあっても自分ではほとんど作らないからね」


「そう言って頂けると嬉しいです」


「あ、明日来るときにケーキ持ってきてくんない? みんなのお土産にするわ。あと神様にもお供えしとくし」


「喜んでっ!」


ポットは笑顔で居酒屋みたいな返事をしてくれたのであった。


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