第657話 匂いと臭い

翌朝ジョンはもう仕事に行ったのでマルグリッド、デーレンと3人で朝食。それまでデーレンは隣のベッドで寝ていた。


3人いるけど無言の朝食だ。


「ご、ご馳走でした。私は先に仕事に向かいますっ」


失礼しますっとデーレンはタッと走り去った。


俺が食べ終わるのを見計らってマルグリッドが人払いをする。



「ゲイル、デーレンも吹っ切れたようで感謝しておりますわ」


「何もしてないよ」


「え? だってあの娘、あんなにスッキリとした顔で・・・」


「吹っ切れたのは吹っ切れたんだと思うよ。あと、ジョンの愛人の件なんだけど」


「えぇ、私も覚悟は出来ておりますわ」


「いや、ジョンはデーレンを愛人にと言ったら怒ると思うよ」


「え?」


「あいつ、マリさんにプロポーズする時に一生守ると誓ったろ?」


「え、えぇ」


「それはマリさんの気持ちも含めてなんだよ。本当は嫌なんだろ?」


「それは・・・」


「それにデーレンの立場を一番理解してんのマリさんじゃん。家の為にとかで自分の気持ちをなしにする辛さを」


「そうですわね・・・ でもあの娘に何かあったら・・・」


「デーレンには他の貴族から迫られたら俺のお手付きだと言えと言ってある。それでもダメなら俺がなんとかする。あいつを守る魔道具を作るよ」


「そんな事をしたらゲイルの噂が・・・」


「別に俺はどう思われようがいいんだよ。他の貴族と繋がりないし。マリさんたちも愛人云々じゃなくてデーレンその物を守ってやってよ。マリさんの手腕なら可能でしょ?」


「それはなんとかしますわ。でもジョンが抑えきれない欲情の時に見知らぬ誰かと・・・」


「それは心配無いって。ディノスレイヤ家は一途な家系だからね。父さんも母さんもモテるけど、まったくそんなことないだろ? ジョンもマリさん以外にそんな事するわけないんだから」


「でも、この前までまったくお相手を・・・」


「男って意外とデリケートでね。男は男同士しかわからない事もあるし、女は女同士しかわからない事もあるんだよ。俺も時々ジョンの様子を見に来るから」


「ジョンは本当に他の人と・・・」


「マリさんにベタ惚れだから大丈夫だって」


「まぁ・・・、ありがとうゲイル」


マルグリッドは満面の笑みを浮かべた。


「後ね、マリさん香水つけてるでしょ?」


「ええ?」


「母親が香水つけてる家で育ってると普通だと思うんだけど、うちの母さんはつけてないからジョンも苦手かも」


「も?」


「俺がそうなんだよね。女の人はそんなのつけなくても男からしたらいい匂いなんだよ。これ言うと嫌がられるから言わないようにしているけど」


「そうなの?」


「マリさんはジョンの匂い嫌い?」


「いえ、好きですわ」


「それと一緒。いい匂いだなと思う相手とは相性がいいんだよ。香水つけてない時、ジョンはこっそりマリさんの匂いを嗅いだりしてない?」


ぼっ と真っ赤になるマルグリッド。


「あ、ありますわ・・・」


「香水つけてると邪魔なんだよね」


「わ、分かりましたわ」


多分、マルグリッドはジョンがエイプから草みたいになった時に良かれと思って香水をつけすぎたのだろう。落ち込んでる時は結構香水臭かったからな。


なぜ、そんな事をご存知ですの? と聞かれても答えられなかった。元の世界の妻の匂いが好きだったとか言えない。スンスンしてたのが他の人にバレるのが嫌なのだ。


個人的には男女の相性は匂いだと思っている。恋愛中はあばたもえくぼなので嫌なところも気にならないけど、一緒に生活してると些細な事で腹が立つ事がある。それを見ない聞かないのが夫婦円満の秘訣だ。しかし、匂いはそうはいかない。くさっとか思ってしまったらもう近付けないからな。目を閉じても耳を塞いでも匂いはする。相手の前で鼻をつまんだら拒絶反応のゼスチャーだ。



「ゲイルにはお礼をしないといけないのにまたこちらがお世話になってしまったわね。何かお礼をさせてもらえないかしら?」


「なんでもいいかな?」


「宜しくてよ」


「じゃあ、ちょっとだけ抱き締めさせてくれない?」


「えっ?」


「変な意味じゃないんだよ。上書きしたいんだ」


俺は昨夜デーレンを抱き締めた。クリーン魔法をかけたけど絶対にバレる。シェアラが持たれ掛かっただけでバレたからな。


ここはマルグリッドの匂いで上書きして貰って誤魔化そう。


「私で良ければどうぞ」


そういって手を出すマルグリッド。


おれは軽く抱き締めてデーレンの匂いをマルグリッドで上書きした。


「ゲイルも素敵な匂いをしていますわ」


褒められてるのに自分の匂いを指摘されるのはなんか嫌だな・・・


もう大丈夫と言って離れた。


「ふふっ、これは浮気に入るのかしら?」


あんた、前にもっと凄いこと言ってたんだぞ。


「じゃ、これは二人の秘密だね」


そう茶化して俺は開発地に戻ったのであった。



「あっ、ゲイルが帰ってきた。お帰り・・・ スンスン。香水臭いっ」


「あぁ、今までマリさんと飯食ってたからね」


「ふーん」


「何?」


「そういう匂い好きなの?」


「いや、香水は苦手だから好きじゃないよ」


「ほんと?」


「本当。スンスン。シルフィードの方がいい匂いしてるよ」


「馬鹿っ! 最低っ! 嗅がないでっ」


シルフィードは真っ赤になって向こうへ行ってしまった。前から思ってたんだけどなんとなく似てるんだよね・・・


取りあえず風呂を作って香水の匂いを洗い流す。しっかりクリーン魔法も掛けたから大丈夫かな?


風呂から出たらアーノルドに変態だなお前とか言われたけど、時々人前でもアイナの事スンスンしてんの知ってんだからな。



「おやっさん、昨日釣れたの?」


「太刀魚は食ってしまったがこいつは食えるかどうか分からんかったから生かしてあるんじゃがどうじゃ?」


「何が釣れたの?」


「蛇だ。ゲイル、蛇って結構旨かっただろ? 海の蛇も旨いのか?」


アーノルドが生かしてあるところに俺を連れていく。


「海蛇って強烈な毒を持ってたりするから噛まれなくてよかったよ」


「そうなのか? ヤバかったな」


防波堤の一部をイケスにしてあるのでそこを確認すると、アナゴ、アナゴ、アナゴ、ウナギ・・・ え? 黒アナゴじゃなくて? えっ?


「こっちにもおるぞ」


次のイケスは全部ウナギ。


「どうやって釣ったの?」


「シルフィードがサビキやってたんじゃがあまり釣れんでの。釣れた小魚を餌に投げ込んでおったらこいつらばっかり釣れてきたんじゃ。ウツボかと思ったが違うじゃろ?」


「これ蛇だよな?」


「アナゴとウナギだよ。これ食いたかったんだよねっ! シルフィでかしたっ!」


俺は隣でイケスを一緒に覗いてたシルフィードを喜びのあまり抱き締めた。


「きゃっ、ちょっと、ゲイルっ」


そう言いながらも俺の背中に手を回すシルフィード。


ん? スンスン


「嗅がないでっ!」


スンスンされたシルフィードはドンっとゲイルを突き飛ばした。


「どさくさに紛れて何をやっておるのじゃ坊主は?」


ドワンが呆れた顔で見る。


「あ、ごめん、つい」


「変態我が息子よ。これは蛇なのか?」


誰が変態息子だ! 変態我が父よ。


「いや、アナゴとウナギだよ。これ旨いからめちゃくちゃ嬉しいよ。晩飯はこいつで旨いの作るよ! 晩御飯はダン達も呼ぼう」


これだけたくさんいれば俺が食えないって事はないだろう。


しかし、上手くさばけるかな?


アナゴとハモはやったことあるけど、ウナギはないんだよな。まぁ、似たようなもんだろ。


アナゴは煮るのと天ぷらだな。ウナギは蒲焼きと白焼きにしよう。さて、蒲焼きは関東風か関西風かはたまたひつまぶしにするか迷うな。


背開きか腹開きかと迷って背開きの関東風にすることに。しかし焼き方は関西風だ。みなコッテリの方が好きだろうからな。


鉄で串を作って熱して油付けてと育てておく。次はタレ作り。醤油ミリン酒砂糖で調整し、味が馴染んでないので赤みそ少々と焦がし砂糖でカラメルにしてコクを出していく。後はさばいた後の骨を炙って漬け込むか。


まずは煮アナゴから仕込んでいく。海水氷に浸けて仮死状態にして首元を切って〆てから目打ちをして背開きに。内蔵と骨、ヒレを取っていく。こんなにスムーズにさばけるなんて自分でも驚きだ。なんかスキル付いたのか?


鑑定するとやっぱりスキルが付いていた。


【スキル】サバクモノ


なんだこれ? サバクとは魚を捌く能力なのか汚魂を裁く能力なのかどっちだ? どっちもたくさんやってるからわからんな。


アナゴは煮るので、熱湯をかけてぬめりを取る。ウナギは焼きなので熱湯はなしで包丁でぬめりをこそぎ取った。


アナゴをゆっくり煮てる間にウナギの骨を軽く炙ってタレに入れてから再加熱。これで出汁も出るだろう。


串打ちって結構難しいな・・・ ぼろぼろになってしまったやつはひつまぶし用にしよう。


すべての準備が終わったらもう夕方だ。ウナギは捌いて保存魔法をかけてあるから捌きたてそのものだな。


ダン達、ミーシャ一家、めぐみゼウちゃん、ラムザを呼んでウナギ&アナゴの食べ比べだ。


アナゴとウナギは全部ご飯と共に食わせる事に。単品だと足らんかも知れんからな。


アナゴは寿司、ウナギはウナ丼だ。シルフィードには大量のご飯を炊いて貰い、寿司玉は型を作ってそれで作ってもらった。



「ぼっちゃまー、美味しいっ」

「ゲイル、甘くてフワフワっ」


「そっか、よかったなー。シルフィードお姉ちゃんに感謝しろよ。あと、アナゴばっかり食い過ぎるとウナギが食えなくなるからな」


俺もなくならないうちにアナゴ寿司をひょいぱくしていく。


さ、ウナギを焼こう。


炭火で焼いてタレ付けて焼いてを繰り返す。熟練したウナギ職人はウナギの脂を身の中で行ったり来たりさせて、脂の熱で骨を柔らかくするそうだ。


それをイメージして焼いていく。焼けたしりから皆の丼に乗せてタレをかける。丸々一匹どーんだ。


「ぶひょー、おいひい、おいひいよほれ♪」


めぐみ、口の周り米粒だらけだぞ。ミーシャもっ。


「山椒好きな人は自分で掛けてね」


俺も早く食べたい。この匂いを嗅ぎながら食えんのは地獄だ。


子供達はアナゴにがっついたせいか、ウナ丼を完食出来ず、残したので親(ミーシャとミケ)が食べる。


自分のを焼き出す前に鰻巻きと肝吸いをだす。鰻巻きはめぐみが喜んで食うだろう。


一応、ウナギは一人2匹と制限した。そうしないと延々と焼かないとダメだからな。白焼きの希望者を聞いたけど皆タレを希望したので、2匹ともタレでうな丼にしてやる。


子供達は満腹で寝てしまったので落ち着いて食えるな。


皆が鰻巻きで一杯やってるので、自分の分を焼いた。まずは白焼きを塩とワサビで。これに日本酒をクイッ。


おおー、究極の組み合わせだ。実に旨いウナギだ。ウナギは夏の食べ物と思われがちだが旬は今なのだ。土用のウナギは平賀源内のせいだな。まったく罪な奴だ。旬のウナギはよく脂がのってるし、それを本物のワサビが上手く調和してくれる。


「ぶちょー、タレなしでも美味しいの?」


「タレよりあっさりだけど、俺は好きだぞ」


「一口ちょーだい♪」


お前、タレとタレで2匹食ったろが? 鰻巻きも死ぬほど食ってたよな?


「ワサビは?」


「少しだけ」


ちょいと白焼きの上にワサビを乗せてやると口を開けてやがるので食べさせる。


「美味しいっ♪」


シルフィードも食べたそうにしているので、サビ抜きで口に入れてやる。元の世界の潔癖人なら人の箸で食わされんの死ぬほど嫌がるんだけどな。ここは皆平気だ。


「わっ、こっちでも良かったかも」


シルフィードは白焼きの方が好きみたいだ。


「ぶちょー、ぶちょー、あーん」


俺の分が無くなるだろうが・・・


めぐみにもう一口、シルフィードにももう一口あげて、俺は2切れしか食えなかった。


今からタレを焼いていく。ぼろぼろに串刺しを失敗したやつだ。なぜ俺がこれを食わにゃならんとか思うけど、他の人には出せんからな。


これはひつまぶしにしよう。


おっ! 旨っ。至高の味だ。我ながらいい味付けのタレだ。ぼろぼろになった分柔らかいし。初めは山椒で次はワサビだな。うんうん旨いっ! で、最後に肝吸いを少し掛けてと。


おー、贅沢だねぇ。


「あーん」


シルフィードは腹がぽこたんと出て満腹だけどめぐみは底無しだ。


「うんうん、これも美味しいね♪」


俺が食べ、めぐみが食べと交互に匙で口に運ぶ。端から見たらとんだ馬鹿っプルだ。


「はい、これでご馳走さまだ」


俺は食われた分少し物足りないけど、もうアナゴもウナギも無い。アナゴの残りはダン達のつまみになったのだろう。


仕方がない、魔道バッグからスルメ出して焼いてこれで飲むか。


絶対にみんな食うから自分で好きな焼き加減で焼いてと出しておく。ミケには食い過ぎると腰が抜けるからなと脅しておいた。


シルフィードがお腹いっぱいになって苦しそうに横向きに座って俺にもたれ掛かっている。軽いからもたれられても別にいいんだけど。


ふと気になってもう一度シルフィードをスンスンする。


「だから嗅がないでっ」


こっそりスンスンしたのに気付かれてしまった。


「ぶちょー、なんで怒られたの?」


「匂いを嗅いだからだ」


「ふーん」


スンスン


「やっぱりめぐみはなんの匂いもしないよな?」


「匂いなんて必要?」


「必要だぞ。腐魂とか臭くていやだろ? あれも臭いがなかったら間違って触るかもしれんぞ」


「げっ、それは嫌っ」


「だろ? 食いもんも匂いがなかったら旨くないからな。試しにいま食ってるスルメを鼻をつまんで食ってみ」


「ん? あまり味がしない・・・」


「酒も鼻つまんで飲んでみ」


「あ、美味しくない・・・」


「だろ、だから匂いは重要なんだよ」


「あの娘の匂いはいい匂いなの?」


めぐみがシルフィードの顔をむんずと掴んで正面から思いっきりスンスンする


「やっ、やめて下さいっ」


真っ赤になるシルフィード。


「美味しそうな匂いはしないわよ?」


「俺にはいい匂いなんだがな」


俺がシルフィードの事を旨そうな匂いとか言うと誤解されかねない。


俺とめぐみの会話を聞いてたシルフィードは真っ赤になって、馬鹿っ! 知らないっとあっちに行ってしまった。


その様子をアーノルド達は思いっきりジト目で見ていた。


あはははは・・・ 調子に乗って飲み過ぎたかな。


ちょっと確かめたかっただけなんだけどな。日本酒をクイッと飲んでジトは知らん顔しておいた。


あ、アナゴの天婦羅してないや。今晩も狙ってみて釣れたら明日の昼はアナゴ天とざるそばにしよう。


アナゴ天は関東風にゴマ油で揚げてやるか。匂いは重要だしな。






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