第632話 アルとミグルと乱心と

すっげぇ人だ・・・


アルとミグルの結婚式には全貴族が呼ばれて王城に集まっている。


皆は参列者側にいるが、ミグルの親代わりの俺は主催者側にいる。驚いたのがポーション研究所で雇ったカール君はエイブリックの三男、ガンマリック君だった。カールは偽名だったのか・・・ エイブリックもアルも言えよ。第三王子を雇った覚えはねーぞ。


知らぬ間に王城にばかでかいパイプオルガンが1つ、でかいパイプオルガンが2つ設置されており、楽団もフルで参加している。ここんところはノータッチだったから全く知らなかったよ。


マンドリンが指揮をする楽団のBGMが止まり、パイプオルガンが入場曲を奏でだす。さすがにこのクラスのパイプオルガンは迫力がある。腹に響いてくる音は二人を祝福した。


タンタータタン タンタータタン♪


リングボーイならぬジョンを先頭に護衛達に守られながら二人が入場してくる。俺がやった父親と歩くスタイルではなく、新郎新婦が揃って入場だ。


王家と俺は祭壇側にいるのも違ったスタイルだな。


・・・

・・・・

・・・・・


長いっ! バージンロードは王城の端からここまで敷いてあるのでめちゃくちゃ距離がある。まぁ、貴族全員に見せなきゃならないので仕方がないけど。


ようやく祭壇前まで到着。式を進行するのは宰相さんだ。衣装が良く似合っている。お決まりの言葉を述べて式は進んでいく。ドン爺はボーッとしているけど大丈夫かな?


合間に合間に釣りに連れて行ったり、歌劇を見せたりした時は元気になるけど、それ以外はずっとこんな感じらしい。この式が終わったらドラゴンシティに軍と一緒に来るから今より遊べる時間が増えるだろうからもう少し頑張って。


アルとジョンはもう完全に大人になり、昔の面影を残しつつ立派になった。北の街も随分と改善され、結婚式が終わったらアルが庶民街全部を管轄し、ゴーリキーはホーリックに任せた新領のパラグライダーとアスレチック等の複合施設の運営をやるようだ。配偶者も後継ぎもいないのですんなり交代出来るだろう。東の庶民街の領主もそれに伴い交代させられる予定だ。


貴族街はエイブリック、庶民街はアルが管轄することによって王都は全て王家ががっちり押さえる体制だ。一歩間違えば独裁だな。まぁ、アルは俺の影響で庶民寄りだから大丈夫だろうけど。


そんな事を考えている間に誓いのキスまで進行している。ミグルはあれから順調に成長し、15~6歳の見た目になっていた。こうやって見ると可愛らしい少女だな。しゃべるとアレだけど。


キスが終わると皆で盛大に拍手をする。俺は結婚式ラッシュを過ごしたので感動は薄れてしまい。おめでとうとは思うものの涙はでなかった。


ミグルは涙を浮かべてたけどね。


ここからは通常の結婚式とは異なり、王家の結婚の儀というのが組み込まれている。何やら長そうだ。


あまり興味はないのでボーッと見ていると宝剣の授与という儀式になった。授与するのはドン爺だ。ボーッとしている爺さんでも自分の出番になると以前のドン爺に戻ってシャッキリした。さすがだね。


係りの者が宝剣をドン爺に手渡すと、すくっと立ち上がったドン爺は威厳のある振る舞いでアル達の元へ。


・・・

・・・・

・・・・・


ん? 宝剣って抜いて見せたりするのか?


ドン爺が剣の持ち手に手をやり、いきなり笑い出す


「ふははははははっ」


様子が変だ。エイブリック、ジョン、アルに緊張が走るということは予定とは違う行動なんだな?


えっ?


ドン爺から殺気が出た。まずいっ!


もしこれが演出だったらと思って一瞬身体が硬直し俺は出遅れた。ドン爺は宝剣を抜き、いきなりアルに斬り付けた。


ジョンがその間に割って入り、身を挺してアルを守る。


キャーーッっと貴族婦人から悲鳴が上がる。


アルは鎧を着ているが宝剣と呼ばれるものだけあって鎧を斬り割いてジョンの身体から血飛沫が飛んだのだ。もうこれは演出ではない。事件だっ!


ジョンには治癒の腕輪を持たせているから大丈夫。問題はドン爺だ。チラッとエイブリックを見ると頷いたので瞬時にドン爺の腹を殴って気絶をさせた。


ふとその時にアランティーヌのニヤッと笑った顔が目に入る。その笑顔は一瞬だったが確かにニヤついたのだ。


やりやがったなコイツ・・・


俺がドン爺の腹を殴って気絶させたのに気付いた者はほとんどいない。気付いたのは俺の関係者だけだ。端から見れば倒れかけたドン爺を俺が支えに行ったように見えたのだろう。


大きくざわつく貴族に対してエイブリックは宣言する。


「見事であるジョン・ディノスレイヤ。アルファランメルよ、結婚おめでとう。お前は妻とお前を守る力をこの場で手に入れた。そして前王、ドンウェリック大公爵より、いかなる時でも油断をするなという大切な教えを頂いたのだ。まさかということは常に身近にあるものだ。お前はこの教えを持って王政に携わるがよい」


おおー、そういうことだったのかと貴族達から拍手が起こる。今までの王族の結婚の儀とは異なる流れで進行していたのとジョンが何事もなかったように振る舞ったのが幸いし、参列した貴族達はエイブリックの宣言に誰も疑問に思わなかった。


「大公爵は大役をはたされ、お疲れが出たようだ。ゲイル、後は頼む」


俺はドン爺を抱えて後ろに下がった。その時、アランティーヌはちっと舌打ちをした。間違いないな。これはコイツが仕込んだんだ。


その後は予定通りに式は進み、祝宴の為に別会場へと皆は移動するのであった。



「ゲイル、父上の様子はどうだ?」


「うん、ちょっと強く殴ったからまだ気絶したまま」


鑑定たか?」


俺も呪いが掛かってるんじゃないかと思ったからすぐに鑑定た。


「いや、何にもなかったよ。今は気絶状態になってる」


「そうか・・・ まさか父上があそこで乱心するとは思ってもみなかった。大役を任せれば気持ちを張ってくれるんじゃないかと思っていたが逆効果だったな」


「いや、今回の事はお姉さん、アランティーヌが関与している。まだ証拠は無いけどね」


「本当か? ずっと調べさせてるが変わった動きをしていた報告はないぞ」


「笑ったんだ・・・」


「は?」


「ドン爺が事件を起こした時に一瞬笑ったんだよ。それにエイブリックさんが場を上手く収めた時に舌打ちをした。間違いないよ」


「そうか、ゲイルがそういうなら間違いないな」


「ここ1~2年で何か変わったことなかった?」


「特に・・・ いや、宝物庫の門番が喧嘩をして処分したことがあったな。些細な言い合いから発展して殴り合いになったんだ」


「宝物庫の門番ってそんなことで任務中に喧嘩をするような人に任せてるの?」


「いや、そんな事はない」


ドン爺は毎日のように宝物庫に出入りしていたのは俺もエイブリックも知っている。その宝物庫の門番が喧嘩をしたことに何か関係があるのだろうか?



コンコンっ


結婚式に国賓として招待されていたグリムナとバンデスもやって来た。


「前王の様子はどうだ? 先程のは演出ではないのだろ?」


グリムナ達も殺気に気付いているし、俺がドン爺を気絶させたのも分かってるからな。


「父上は歳で乱心したみたいだ。よりによってアルの結婚式でこうなるとは・・・」


アルも実の爺さんから本気で斬りつけられたのには気付いているだろう。あの場は平然としていたがかなりショックだったに違いない。祝の場だから特にな。


後で心のケアをしてやらないとダメかもしれん。ミグルにも。



どうやって通してもらったのかわからないけど、アーノルド達とダンもここにやって来た。セキュリティ甘いぞ。


「おい、前王はどうしちまったんだ?」


「加齢による乱心ってことみたい」


まだ証拠を掴めてないのでアランティーヌの事は伏せた。


「母さん、パーティー出たい?」


「別に出なくていいわよ。前王の様子を見ておけばいいのね?」


「うん。お願い。目が覚めてまた暴れるようなら・・・」


その時に微かな揺れを感じた。地震? あこの揺れの感じは物凄く遠くで大きな地震が発生してここまで伝わって来たような感じだ。もしこれが地震だとして、南の領地沖が震源地だとすると沿岸が津波に飲み込まれる危険がある。急いで様子を見に行かなければ。


アーノルドも揺れに気付いたようだ。


「父さん・・・」


「まずいな。どこだ?」


アーノルドは地震の事を知っているのか。ここに来てから一度も地震がなかったから地震のない地域なんだと思ってたよ。温泉が出るからそんなはずはないのにすっかり油断していた。


「ゲイル、ヤバイぞ」


「俺は南の領地を見てくるよ」


「これはあそこからなのか?」


「いや解んないけど、海底が震源地ならもう津波が来てもおかしくない」


「は? 地震? 津波とはなんだ?」


「地面が大きく揺れたら津波がくるかもしれないんだよ」


「は?」


俺とアーノルドの会話が微妙に噛み合わない。


いや、そんな事より急いで皆を避難させなければ。



ゲイルは海釣り公園に行き、漁村とハッケイ領地に高台を作りに行こうと慌てていたのだった。









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