第612話 楔(くさび)

続々と移住者が来るな。これ、一人一人温玉してたらキリが無いぞ。


魔法陣で魂を判別出来たらいいんだけど、魔法陣だけで温玉するの無理だろうしなぁ。一度めぐみに相談してみるか・・・



「ダン、ちょっと屋敷に戻って来るわ」


「どれくらいの期間だ?」


「夜には戻ってくる」


すでに俺達の簡易拠点をここにも作ってあるので、こそこそドアを出す必要がないのですぐさま屋敷にGO!


屋敷からてくてくと歩いてポットカフェに向かう。


しかし、ずっと混んでるなここ。2号店を出してもいいかもしれないな。


お持ち帰り専門コーナーで全種類を注文していると中からポットの怒鳴り声が聞こえてきた。


「なんかあったのか?」


店の女の子に聞いてみると、最近ずっとポットはあんな感じらしい。中に入るよと断って厨房へ。


「あ、ゲイルさん。どうされたんですか?ここに来るなんて珍しいじゃないですか」


「いや、ケーキを買いに来たらお前の怒鳴り声が聞こえたもんでな」


見るとパティシエ見習いだろう女の子が半べそをかいている。扱う商品は華やかだけど、職人の世界だから厳しいのは理解する。


「何をやったんだ?」


「いえ、新人なんですが生クリームひとつ上手く出来ないもので・・・」


ふと見ると生クリームは常温のようだ。しかも厨房は結構暑い。


「上手く出来ない理由は説明してやったのか?」


泡立て方はこうと教えてますと答えるポットは日頃の穏和な顔付きはなく、とてもトゲトゲしい顔をしている。


「ちょっと手本をみせてやれ」


とポットにやらせてみると上手く固まらない。


「あれっ?」


「なぁ、ポット。お前最近いつ休んだ?」


「店が開店してから一度も休んでません」


「なら、今からうちの屋敷に来い。説教だ。週に一度は休めと言ってあっただろう?」


「店が忙しくてそれどころでは・・・」


「じゃ、来週から1の付く日は店を定休日にする。これは領主命令だ」


「そんな事をしたらお客さんからクレームが・・・」


「俺の言い付けを守らないお前の責任だ。この分だと従業員もちゃんと休ませてないだろう?」


「しかし・・・」


「こんな初歩的なミスをするぐらいならもっと大きなクレームにつながるからな。生クリームが常温になってるのにも気付いてないじゃないか? 自分が思ってるよりお前は壊れかけてんだよっ」


「あっ・・・」


「他のパティシエ達も同じだ。中には気付いているものもいただろう? ポットはここの責任者ではあるが、間違うこともある。間違ってることは間違っていると指摘しろ。そして先輩は新人をちゃんと守れ。理不尽に怒られたらたまらんだろうが」


「はい・・・」


「パティシエは職人の世界だ。手を抜いたり、食や皆の安全に関わるような事をすれば怒鳴られても仕方がない。それ以外はキチンと教えあえ。見て覚えろとかやるなよ。覚えるのに時間が掛かりすぎる」


見て覚えろとかを否定するつもりはないが、キチンと理屈を教えた方が育つのは圧倒的に早い。


「じゃ、後は任せていいか?」


「頑張ります」


ポットカフェは開店してもう何年か経つのだ。ポットがいなくてもやっていけないならそれはそれでまずい。


注文したケーキを受け取ってポットを屋敷に連れていく。



「ポット、俺からこんな事を言われなくても十分にわかってるだろ?」


「申し訳ございません・・・」


「別に謝らなくていい。お前は真面目だからこうなると危ういんだよ。一度バルにでも行ってチュールの飯でも食って来い」


「え?」


「分野は違うけど、お互いに認めてるだろ? 同僚が何をやってるか見るのもいいもんだ。その後にチュールを王都に連れて来て案内してやれ。あいつの刺激にもなる」


「分かりました・・・」


まだ気持ちが切り替わらんか。これ、料理以外のことが原因か?



「ポット、お前の心に引っ掛かってるのはマリさんの事か?」


マルグリッドが結婚して屋敷から出て行ってしまってからポットはケーキを持って来なくなった。ウェディングケーキを作ったのが最後だ。


「いえ、そんな事はありません」


悲痛な顔をするポット。婚約した時もこんな顔をしていたけど、喜ぶ顔を見れるからと乗り切った。今はそれもないから一番辛い時期だろう。


ここまで心に深く刺さった恋心のくさびは生涯抜ける事はないだろうからなんとかしてやらんとダメだ。他の恋心で上書出来ればいいけどすぐには無理だろうからな。


「よし、明日から一週間店を閉める。で、お前は俺と一緒に来い」


「え? 一週間も店を閉めるんですか?」


「そうだ。他の従業員も休ませろ。新人には店の厨房を自由に使わせてやれ。仕入れの食材は練習用を除いて他で使うから止める必要はない」


命令だということでポットには店の従業員達にその旨を伝えに行き、ロドリゲス商会に仕入れの大半をここに納入するように伝えておいてもらった。


さて、本題に入らないとな。


ピーピー


「はいめぐみです」


「あ、ケーキ買ってきたんだけど・・・」


「只今留守にしております。ご用件のある方はピーという発信音の後にメッ・・・」


ブチっ


俺は留守電機能なんて付けてねーぞっ!


なにかってに改造してんだあいつはっ?


魔力を込めてめぐみの名前を呼ぶ。


「何よっ?」


ポンとめぐみが顕れた。あー、魔力を込めて呼んだらいつも来てたのか。知らなかったわ。


「ケーキ買ってきたんだけど食うか?」


「食べるっ♪」


たくさんあるケーキを見てゼウちゃんも呼んで来るだと。


お茶も入れてケーキタイムスタートだ。


「え? 魂の浄化をぶちょーが全部やってくれんの?」


「違う、魔法陣で判別するだけだ。魂浄化すんのにどれだけ魔力が必要になると思ってんだよっ。魔石じゃ追いつかないだろが」


「何よ、ケチっ。ちょっとぐらい手伝いなさいよ」


「自分の仕事を人に押し付けんな」


自分の事は棚に上げてそう言うゲイル。


「普通の魔法陣じゃ魂の判別つかないだろ? 何か良い方法ないか?」


「そんなの知るわけないじゃーん」


こいつ・・・ ケーキ食わせ損じゃないか。


しかし、何か方法はあるはずだ。魂が見える前から俺は嫌な感じの影響を受けてたからな。


「めぐみ、魂汚れ判別機にリンクさせたらどうかしら?」


そんなのあるんだ・・・


「あっ、そうか。それならいけるかも。えーと、文言はぁ」


と聞いた事がない言葉で説明するめぐみ。よく聞き取れないし。りぴーとあふたーみー! とかドヤ顔で言われても俺には発音すら出来ないので、文字を書いてもらう。これは神文字ってやつなのだろうか?


「他の文言はこっちの言葉でも日本語でもいいんだな?」


「大丈夫だと思うわよ」


ゼウちゃんを連れて来てもらって良かった。めぐみだけだったら解決しなかっただろうな。ゼウちゃんにはお礼にこっそりとリンゴのお酒を渡しておいた。



夕方にポットが来たので飯を食ってから移動。ドアの事は絶対に秘密だと言っておいた。


「ん? ぼっちゃん、ポットを連れて来たのか?」


「ここで癒しのケーキでも作ってもらうわ。みんなそろそろ疲れてきてんだろ?」


「ポット一人で作るには足らんだろ?」


「興味ある人と一緒に作ればいいよ。凝った物でなくてもパンケーキとかでいいからさ」


「こ、こ、こここは何ですか?」


「開拓中の新辺境伯領だ。ダンがここの領主になる。一から作ってるから未来都市になるぞ」


「未来都市ですか?」


「セントラルとヤバくなりそうだったのは知ってるだろ?」


「あ、はい」


「ここはセントラルと国境に面している。で、ここの住人はセントラルから移住して来た人達だ」


「えっ? 大丈夫なんですか?」


「国が変わっても人は同じだ。いい奴もいれば悪い奴もいる。気を付けなければならんのは育って来た文化が違うから当たり前の基準が違う。まぁ、そもそも当たり前の基準って何だという所に行き着くんだけどな」


「意味が解りません」


「んー、良い悪いじゃなくて、違いはそれぞれにあると言うことだ」


「???」


「例えばな <少し甘い> という言葉は誰でも分かるだろ?」


「はい」


「じゃ、これ舐めてみろ」


「少し甘いですね」


「俺が少し甘いと思ったものはポットも少し甘い。これは共通だよな?」


「当然です」


近くにいた子供に今の砂糖水を舐めさせてみる


「どんな味がする?」


「甘~い!」


と子供達は答えた。


「な、俺達の <少し甘い> はこの子供達の <甘い> なんだよ。もし、この子達にお菓子作りを教えて、もう少し甘くと指示を出しても思ってた味になると思うか?」


「な、なりません・・・」


「お前が新人に教えててイラつくのはこういう原因があるのかもしれない。あと砂糖を何グラムと具体的に指示するか、雇った者達に徹底的に店の商品を食べさせて甘さや味の基準をお前と合わせてやるかだな」


「わ、分かりました」


「それとな・・・」


「はい?」


「後は自分のやりようのない心の痛さをちゃんと自分で認めろ。変に我慢して誤魔化すな。誤魔化そうとするからイライラして人に当たってしまうんだ。つらいときは泣け。男だからと我慢する必要はない。辛い涙と嬉しい涙は味が違うのは知ってるか?」


「え?」


「辛い時の涙はしょっぱくて苦いんだ。身体はちゃんと辛い成分を捨ててくれようとしているんだ。だから我慢する必要はない」


「ゲ、ゲイルさん・・・」


ポットはホロッと涙を流す。


「マリさんは結婚したが、ちゃんとこの世にいる。会いたければいつでも会えるさ」


そう言うとぼろぼろっと泣き出した。


ダンはミケを連れて外に行った。俺と二人になったポットは想いのたけを俺に吐露し、一晩中大きな声で泣いていた。俺はそうかそうかとそれをずっと聞き続けたのであった。


明け方に少し眠ったあとのポットの顔はものすごくすっきりしていた。


恋心の楔が抜けた訳じゃない。だが、キチンと自分にそれが刺さっているのを自覚した時に楔は痛みから大切な物へと変わっていく。時々キュッと痛むだろうけど・・・



「ゲイル様。ありがとうございました」


「気にすんな。多かれ少なかれ皆そういう痛みを経験する。全く無い奴の方が可哀想だと思うぞ」


「はい。捨ててしまわねばと思ってましたが捨てなくて良いと思ったら心が楽になりました」


「そうか。なら今日からしばらくここの皆にお前の腕を見せてやってくれ」


「はいっ!」


ポットは元気にお菓子を作りに行った。


さて、俺は汚魂の判別機を作りますか。



ゲイルは元気になったポットを見て自分も元気にいこうと思ったのであった。




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