第593話 庶民街領主達との戦いその2
「まぁ、まぁ、お二人ともそう熱くならずに」
ゴーリキーが俺達のやりとりを止める。
「ゴーリキー、全体を取りまとめるのはお前の役目だ。俺は別に連携を拒むわけじゃない」
「では何かお考えが?」
「いや、まずは領主が動かん限りこちらから何かをするつもりはない。皆は今まで街の人達の為に何をしてきたか聞かせてもらおうか?」
「街の安全と平和を・・・」
「そんな物は領地を治める者の義務だ。やって当たり前の事は聞いてない。街の発展の為にどれだけ動いたのかを聞いてるんだ」
・・・・・
「何もやってないだろ? 東の街が豊かになったのは元々東から発展してきた国の成り立ちがあったからだ。発展させてきたのは立地と街の人々の努力のお陰だ。お前でなくても問題はない。だから、新しい物が出来た途端に落ち込んで行くんだ。ゴーリキー、大通りもそうだ。人が集まる立地があってこその発展だろ? お前も特に何もしてないだろ?」
「はい、おっしゃる通りでございます」
敵意をむき出しにしているサンラーと違ってゴーリキーは俺に歯向かわない。何を企んでやがるのか・・・
「南は職人が多い。さっき引き抜きはしていないと言ったが、南の店は2軒直接声を掛けた。1軒は服を作っている職人の店。これはそこの娘が料理人になりたいと聞いたから料理人として声を掛けた。結局今は服を作ってるがな。これに対して補償を求めるならそれには応じよう。もう1軒は潰れかけていた靴屋だ。良い腕を持ったアイデアマンの職人だったが立地も悪く、態度も悪い。あのままだと潰れてただろう。それは勿体ないと思って声を掛けた。これの補償には応じるつもりはない」
「ゲイル様はそんな細かい店まで視察に行かれたのでありますかな?」
「いや、俺が求める物を作れる職人を探していただけだ。作れるならそこへ発注するつもりだった。現に他の物は発注だけしているだろ? こっちに来たのは成り行きだ」
「引き抜く気はなかったと?」
「元々はな。ただ西の街の仕事の方が面白そうだというのと、自分の腕を認めてくれる所で働きたいということだ。まだまだそんな職人は多いと思うぞ」
「なるほど。こちらがそれを見逃しているということですな?」
「そうだ。職人は大切だ。腕があって努力を続けている者でも売り方が分からないとか不器用な奴が多いからな。ほっとくとどんどん失われてしまう。それをなんとかしてやるのが領主の役目なんじゃないのか?」
「お恥ずかしい限りにございます。職人の事を理解する貴族はほとんどおりません。我がナントウ家も元々は物作りから成り立った家だというのに職人を放っていたと言われても仕方がございません。引き抜きの件の補償は結構でございます」
こいつは結構まともだな。
「一応、今年からやることは先に教えておいてやる。目玉は各種ポーションと魔道具の販売だ。どちらも生活に密着した物だから人々の生活が豊かになる。ポーションと言っても今売ってるポーションではない。最高品質の物と今までとは全く違う効能のものだ」
「何っ! ポーションも魔法陣も資格が必要なのですぞっ」
「俺が両方の資格を持っている。他にも資格を持った者も確保した。特に問題はない」
「なっ・・・」
「開発の基本は俺がやる。すでに他の店で販売している魔道具は他の店が潰れるだろうから既存の物と同等の物しか売らないから安心しろ。主力は今までにない魔道具だ。個人向けとは別に職人向けの物も販売する」
「そんなに魔道具が増えたら魔石がたりなくなるのではありませんかっ」
「それも手を打ってある。俺はディノスレイヤでもあるからな。王都以外にも入手先はなんとでもなるのさ」
「ゲイル様、南の領地から仕入れているものは他でも仕入れ可能なのですか?」
「それは領主のイナミンさんに聞いてくれ。ただ、王都で消費する物は俺が現地で投資して生産しているものばかりだ。それ以上生産してもらうなら自分達で投資して生産数を増やしてもらう必要があると言っておこう。あそこは自分達で消費する分しか生産していないからな」
「さ、砂糖はどうやったのだっ」
「元々は南の領地しか生産販売許可がないのは知ってるだろ? まぁ、献上品の褒美としてその許可を貰ったから生産してるけど、イナミンさんの所にも筋は通している。南の領地の砂糖の収入が落ちた以上に利益をもたらすことでな。お前達も南の砂糖の収入以上の利益をもたらす仕組みを考えたらイナミンさんから王に生産販売の許可を与えてくれと言ってくれるんじゃないか?」
「そんな物は無理に決まってるだろうがっ」
「だったら諦めろ。なんの努力もしない。投資もしない。領民に進むべき道も教えてやれない。でも利益が欲しいっておかしくないか?」
「ゲイル様、いったいどのような発想があればそのような手段を思い付かれるのですかな?」
「街の人達が豊かに暮らせる方法を考えただけだよ。みんな真面目に働くけど、いい考えがなかなか思い付かないだろ? だからそれを考えて、伝えていくだけだよ。お前ら元々貴族の連中は庶民の暮らしなんて興味無いだろ? だから何が足りないとかが分かんないんだよ。しっかり自分の目で庶民の暮らしを見て考えてやれ。それで何が足りないか、どうすれば皆が豊かになるか力を合わせて努力しろ。それでも解決出来ないのなら連携してやる」
東のサンラーは憤慨し、南のナッチは頭を下げた。
アルに先に帰ってと伝える。俺の本命はゴーリキーなのだ。こういう流れになるのも予想していたのだろう。というかサンラーを焚き付けたのはこいつだ。特に驚く事もなく会合は終わらせたからな。
さて、こいつの目的はなんなのだろう?
政治力も何かの情報を得る為に使ってる節があり、なんの情報を探っているかまでは分からなかった。
「ゴーリキー、お前に聞きたい事があるんだ」
「なんでございましょう?」
「お前の目的はなんだ? 俺と特に敵対するわけでもなく、じっと情報だけを探ろうとしてるだろ? 色々と調べているみたいだし」
「そのような事はございません」
「俺な、信用出来ない相手とは付き合わない事にしてるんだ。お前は敵ではないとは思うが信用もしていない。今回参加したのはそれを確認するためだ。お前がこのまま何もないと言うならそれでもいい。今後こういう会合にも顔は出さない。それでもお前は搦め手を使って来るだろう。次にそんな手を使ったらお前を敵認定するからな」
・・・
・・・・
・・・・・
「私には欲しい物があるのです」
ゴーリキーは少し沈黙した後にそう切り出した。
「これだけの資産があれば大抵の物は買えるだろ? それとも王の座でも欲しいのか?」
「いえ、私にとって権威や地位などはどうでも良いのです。私の後は弟の子供がこの地位を継ぐでしょう。欲しい物が手に入れば今すぐにでもこの地位を渡しても良いのです」
これも嵌められてるのだろうか?どうもこの手のタイプは読めん。
「何が欲しいんだ?」
「笑わないと誓って頂けますか?」
「それは欲しい物によるな」
「私はゲイル様と敵対したくはないのです。なぜならゲイル様なら私の欲しい情報をお持ちかもしれませんので」
ん? こいつ、もしかしたら転生者なのか? 転生の秘密とか知りたいのだろうか?
「で、何が欲しいんだ?」
「治癒の魔石です」
は?
「治癒の魔石?」
「はい、どんな傷も瞬時に治す魔石です」
「治癒ポーションや魔法があるだろ?」
「いえ、いざという時に間に合いません」
「いざといった時といってもお前ぐらいの地位に居たら治癒ポーションでなんとかなるだろ?」
「いえ、落ちた時に間に合いません」
「落ちた? それはどういうことだ?」
「私は空を飛びたいのです。そう、鳥の様に」
「飛ぶ?」
「はい。ゲイル様は人が空を飛ぶと聞いてもお笑いにならないのですね・・・」
「いや、そんな事を思う奴はどこにでもいるだろう?」
「いえ、子供の頃に笑われて以来この事を他の人に話した事はございません」
どうやら、子供の頃に鳥の羽とかを集めて飛ぼうとして笑われたらしい。どうしても空を飛びたいという衝動が抑えられず、必死に空を飛ぶ情報を集めていたとの事。
「それで、腕利きの冒険者に遺跡探索をさせてたのか」
「ゲイル様もなかなか優秀な情報屋をお持ちなのですね。今まで気付かれた事はなかったのですが・・・」
「で、治癒の魔石と何を探してんだ?」
「浮遊石です」
ブッと口に含んだお茶を吹いてしまう。
「やはりお笑いになられますか・・・」
「いや、笑ったわけじゃない。空を飛ぶ方法は浮遊石だけじゃない。実現出来るかどうかはわからんけどヒントはやろう。これが本心を話したお前への礼だ」
俺は紙を一枚取り出して見せる。
「何ですかこれは?」
「これはな俺が開発させてた紙だ。ようやく完成してな、もうすぐ量産体制に入る。羊皮紙ほど丈夫じゃないが、安価に大量に作れる。学生達のノートや、教科書に使う予定だ」
「そ、そんな物まで開発していたのですか・・・」
「勉強するのに役立つだろ? で、今はこれをこうやってな」
と紙を折っていく。作ってるのは紙飛行機だ。
ひゅっと投げると飛んで行く紙飛行機。
「あっ・・・」
「な、こういうものでも飛べる可能性はある。これに人間が乗って飛べるようになるには相当の時間が掛かるとは思うがな」
「こ、これは開発されるのですかっ」
「作れると思うけど公表するつもりはない」
「なっ、なぜなのですかっ」
「戦争に利用される恐れがあるからだ」
「戦争に・・・」
「お前みたいに純粋に飛びたいやつしかいないなら作ってもいいんだがな」
「そ、それでは・・・」
「イバーク・ゴーリキー」
「はい」
「俺に忠誠を誓えるか?」
「え?」
「誓えるならこれをやる」
「こ、これは・・・ ミスリルの腕輪。確かに高価な物ではありますが、これになんの意味が?」
「それはお前が欲していた物のうちの一つだ」
「ま、まさか・・・」
「3回致命傷に耐えるものだ。いきなり首を飛ばされたら無理だけどな」
「こ、こんな物をどこで・・・」
「うちはディノスレイヤ家だからな。で、どうする? 忠誠を誓うか?」
「ちっ、誓います。誓わせて下さいっ」
「なら腕を出せ。お前にはサイズが合わんだろ」
ゴーリキーが腕を出すので腕輪を伸ばしてはめてサイズを合わせる。
「なっ・・・」
「どれも内緒だぞ。ばらしたら空飛ぶ魔道具作っても乗せてやらないからな」
「わかりました」
「あと、東の奴をどうするつもりだ?」
「はい、何年も税が下がっていけば責任
を問えるかと存じます」
「北はアルに相談されてたろ?」
「次期王になられる方はあれぐらい解決出来るかと」
「なら良し。後は頼みがあるんだけどな」
「何でございましょう?」
「俺は貴族の情報に疎い。俺に敵対する貴族がいたら情報をくれ」
「それだけで宜しいのですか?」
「あぁ、なんならアランティーヌの情報だけでいい。お前、仲いいだろ?」
「・・・かしこまりました」
こうしてイバーク・ゴーリキーは俺の傘下に下ったのであった。
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