第590話 ゲイルパパ
ミーシャの子供がもうすぐ生まれる。
頑張れっ 頑張れっ!
お産婆さんとアイナがミーシャの出産をしているから安心だとは思うが自然分娩しかないこの世界では危険が伴う。予定日より大幅に遅れたので余計に心配してしまう。
ザックが座って祈ってるのに対して、ゲイルはノイローゼの熊のように分娩している部屋の前でウロウロし続けていた。
昨晩から陣痛が始まってもう昼過ぎ。まだ生まれないから不安で仕方がない。
ゲイルがウロウロし過ぎて部屋の前の絨毯が擦りきれそうだ。
おんぎゃー
おんぎゃー
おんぎゃー
やった! 無事に生まれたっ!
赤ちゃんの鳴き声が聞こえただけでもう涙が止まらない。
部屋にすぐに入りたいが、そこはぐっと我慢する。俺は父親気分だが、父親はザックなのだ。一番乗りしてはいけないと自分に言い聞かせる。
しばらくしてアイナがドアを開けた。
「母さん、ミーシャと赤ちゃんはっ!」
「二人とも無事よ。ミーシャも赤ちゃんもよく頑張ったわ」
その間にザックが部屋に入ってミーシャの元へと行く。
「ミーシャちゃんっ!」
「ザックさん・・・ 女の子だって」
産婆さんから赤ちゃんを手渡されるザック。赤ちゃんは元気よく泣いている。
俺は涙を流しながらその様子をビデオで撮影し続けた。
「ぼっちゃま・・・」
「うん、うん。よく頑張ったミーシャ。良かった。本当に良かった」
ビデオを覗く俺の目は涙で何も見えない。
ミーシャに薄めた回復水を少し飲ませると疲れきったミーシャの顔に少し赤みがさす。
「甘くて美味しいです・・・」
「うんうん、後は産婆さんと母さんに任せてちゃんと休め」
恐る恐る赤ちゃんを抱くザック。そう、生まれたての赤ちゃんはすぐに壊れてしまいそうで怖いのだ。
「ぼっちゃん、抱いてやって下さい。ミーシャちゃんの子供です」
「ミーシャとザックの子供だろ?」
ズズッと鼻をすすって、女の子の赤ちゃんを抱かせてもらう。丸々とした玉のような赤ちゃんは元気いっぱいに泣いていた。
はーい、パパですよ、とも言えないので、ぼっちゃまですよと言っておく。
「さ、まだやることがありますからね、二人とも部屋の外で待ってて下さい」
俺は産婆さんとアイナに回復水を渡しておいた。二人とも徹夜でミーシャの出産をしていたのだ。
部屋を片付けた後、別の部屋にミーシャと赤ちゃんが運ばれていく。
ミーシャの為に屋敷を改装して、出産部屋を作っておいたのだ。産婆さんはこんな部屋があるととても助かりますと言っていた。
ミーシャが出産した後の出産部屋は血まみれだったので、部屋全体にクリーン魔法をかける。もうそれは慎重に行わねばならない。なんせ、1万倍の威力だ。少しでもイメージを間違うと部屋ごとなくなってしまうからな。
ポッと魔法を発動させた瞬間に部屋が新品のようになった。自分でも驚くぐらいにだ。
ミーシャに産後の食事を作っていく。まずはおかゆだ。作る水は薄めた回復水を使った。これに塩少々のみ。
ザックは疲れと安心感で寝てしまっているので俺がミーシャに食べさせる。
「へへへ、甘しょっぱくて美味しいです」
恥ずかしげもなく、アーンするミーシャの口にふーふーしたおかゆを食べさせる。
「明日からは少しずつ肉とか入れてやるからな」
「はい、楽しみです」
少し食べて落ち着いたミーシャはそのまま寝てしまった。
産婆さんは二人に問題が無いことを確認して帰っていった。アイナはしばらく屋敷に滞在してくれるようだ。
「ぼっちゃん、すいません。安心して寝てしまって」
「いや、構わん。お前もずっと休み無しで働き詰めだったんだろ? 休める時には休め」
「ありがとうございます。本当に本当に心配でずっと寝れてなかったものですから」
「そうだな。予定日よりだいぶ遅かったからな」
「はい、私の母親は自分を生んだ時に亡くなってしまったらしいので、もうミーシャちゃんが心配で心配で」
そう言って泣き出すザック。そうだったのか。ロドリゲスの奥さんを見たことなかったから死んだんだろうなと思ってたけど、出産で亡くなっていたのか。
「で、名前は決めてあるのか?」
「はい。マリアです」
おー、聖母じゃん。アイナは出産途中で何度か治癒魔法を掛けたと言ってたから、この子は聖女とか聖母とかになるかもしれんな。
産後、一週間ほどしてミーシャもようやく普通食に戻した。ザックは仕事に行って、帰りに屋敷に来るという生活をしている。
赤ちゃんは数時間おきにお腹が空いたと泣く。ザックもその度に起きるのでフラフラだ。もう限界だろう。
「ザック、お前はしばらく自宅で寝ろ。もう限界だろ?」
「いえ、大丈夫ですよ・・・」
そう言ってふらつくザック。回復水を飲ませるけど、ちゃんと寝る方がいいに決まってる。
「仕事でヘマしたら大変だからな。自宅でちゃんと寝て元気になるのが先決だ。ミーシャと赤ちゃんは俺が見ててやるからたまには甘えろ」
俺は仕事の融通が利く。大きな問題がなければ屋敷にこもりっぱなしで問題ないのだ。
でもというザックに寂しくなったらいつでもここに来ればいいと説得して自宅に帰らせた。
ミーシャもフラフラだな。仮眠しては赤ちゃんに起こされを続けているからな。
ドワンと一緒に作った哺乳瓶、搾乳器があるから俺でもミルクを飲ませてやれる。
ミーシャが起きている時に搾乳器で母乳を貯めていき、冷蔵庫に保管。幸いな事にミーシャはたくさん母乳がでるので、余った奴は瞬間冷凍をしておいた。
ミーシャは俺の前で平気で授乳するし、搾乳もする。俺もそれをなんとも思わないのだが、アイナからは呆れられていた。
おっぱいは赤ちゃんの為にあるんやでぇというやつだ。
ザックが自宅に帰るようになってからは夜中の授乳は俺が哺乳瓶でやっていた。オムツ替えも。授乳期間中の赤ちゃんのウンチはさほど臭くはない。離乳食が始まると普通に臭くなるけど。それからはザックに任せよう。
嬉々として赤ちゃんの面倒を見る俺をダンとミケからは本当にぼっちゃんの子供じゃねーか? と言われたくらいだ。
夜にぐっすり眠れるようになったミーシャはみるみる元気になり、肉とかばくばく食うようになっていった。
ザックも体調が戻ったようで、1日おきに泊まりに来ていた。夜中に赤ちゃんが泣いても起きないミーシャ。ザックは赤ちゃんにミルクを飲ませ、オムツを替えと一晩でぼろぼろになる生活だった。
そうこうしているうちにシルフィードとキキとララの卒業式だ。一応、俺もその式に出ることになった。
俺の作る魔法陣は危険過ぎるので魔道具ショップはキキとララに任せる。で、ポーション研究所のスタッフを卒業式で募集することにしたのである。
ダンも講師を辞めて、非常勤になるようだ。シャキールと同じような扱いである。
魔法コースで俺が魔法の事を話したデーレン達はストレートで卒業するみたいで、生意気君はまだ生徒のようだった。
以前に比べて魔法コースの卒業試験難易度が格段に上がったらしい。卒業=即実戦で使い物になるぐらいに練度を上げ、体力や格闘技術が伴わないとダメになったらしい。
卒業式が終わった後、ポーション研究所の募集をかけると人が殺到した。
どうするよこれ・・・
その中にカール君とスタップちゃんがいた。シルフィードと同級生だったやつらだ。ストレートで卒業出来るとはなかなか優秀らしいので、その二人を採用した。
ミーシャ達は赤ちゃんも落ち着いて来たので自宅に戻る事に。毎日世話をしていたミーシャと赤ちゃんがいなくなることで心にポッカリと穴が空きそうになるが、ミーシャが嫁に行った時と同じ状態になってはいけないと自分に言い聞かせる。でも寂しい・・
ポーション研究所の立ち上げは年明けからなので、今年の感謝祭はちゃんとやろうと心に誓う。南の領地も放置したままなのでイナミン達からいつ来るのかと手紙が来ていた。
ミーシャが帰った事により、アイナもディノスレイヤ領に戻るとの事なので、送りがてら瘴気の森の事をアーノルドにも相談することにした。
「母さん、明日、エイブリックさんの所に行って、明後日にディノスレイヤ領に戻ろうか?」
「何かあるのかしら?」
「戻ったら父さんにも相談するんだけど、エイブリックさんにも話しておこうと思って」
と、概要は先にアイナに話した。
「そんな神託があったの?」
神託とかそんな大層なものではない。ゴミ掃除を押し付けられただけだ。
「うん、だからミグルも連れていこうかなと思ってるんだ」
魔法がまた使えるようになった事はアイナには話したが、エイブリック達にはまだ話していない。ほとんど人前で魔法を使ってないのだ。というより威力が有りすぎて使えないのだ。
ーエイブリック邸ー
「ほぅ、なぜ魔法が使えるようになったことを黙っていた?」
「言う暇が無かったんだよ。それに威力がありすぎて使えないしね」
「まぁ、いい。で、瘴気の森の調査にミグルを連れていくんだな?」
「そう。研究対象だと思うからね」
「では許可しよう。後、俺がここにいるのはもう少しで終わる」
ドン爺の大公爵邸が完成間近らしい。
「じゃあ、こうやって気軽に報告に来れないね」
「お前、魔法が使えるようになったんだったら、ちょっと手を貸せ」
「何させるつもり?」
ということで、王邸のプライベートルームに繋がる地下通路を作れと言われた。出口は? と聞くと俺の屋敷だと?
「お前も直通で来れた方が楽だろ?」
いや、そうなんだけどさ・・・ あんた、抜け出して俺の所に来るつもりだろ?
まぁ、脱出通路はたくさんあった方がいいから掘る事にしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます