第587話 お仕置きしてやる

「ぼっちゃま、気持ち悪いですぅ」


ミーシャはつわりが酷く、うちの屋敷に里帰りしていた。俺が付きっきりで面倒をみている。


「これは病気じゃないからな。気持ち悪いのは今無理して動かないようにするためのものだ。なんか食べられるか?」


「何も食べたくないですぅ」


うちの嫁さんもこんなんだったな。ずっとへばってて何も食べない。食べたら吐きそうになるし、味覚も変わる。臭いとかも色々ダメになっていた。


「とりあえず、水分だけでも取れ。ちょっとなんか作ってきてやるから」


飲み物は甘いユズ茶。食べ物は片栗粉で葛餅モドキを作っていく。味付けはユズとレモンを混ぜて爽やかな酸味をつけよう。


「ミーシャ、これなら食べられるか?」


「ぼっちゃま、これ美味しいですぅ」


良かった。これなら食べられるようだ。


屋敷のみなは呆れている。ミーシャが帰って来てからはずっと俺が面倒を見て、ミーシャも皆を気にせず俺に甘えているからだ。


ダンとミケはひそひそと本当はぼっちゃんの子供じゃねーか? とか言い出す始末。ザックも毎晩の様に様子を見に来るが何も出来るわけもなく、また心配そうに帰っていく。


毎食葛餅ってわけにもいかないので、プリンとかを作っていくが、卵の臭いがダメなようだ。


代わりに豆乳プリンを作ってやると食べた。なら豆腐はいけるかもと思って、湯豆腐にポン酢を掛けてやるとバクバク食った。豆腐よ、陽の目を見れて良かったな。


あと意外な事にカレーも大丈夫だったので、具を細かく刻んで栄養バランスを考えていく。


「ぼっちゃま、カレーと豆腐がいいです」


俺も食った事がないカレーライスならぬ、カレー豆腐を作ってやった。もしかしたらミーシャの身体はたんぱく質を欲っしているのかもしれない。と高たんぱく質メニューを中心に作っていった。


毎日、ミーシャの飯を作る俺。甘えるミーシャ、あきれる皆。


こんな日々が続き、ようやくつわりの収まったミーシャはザックの家に帰っていった。ミーシャが居た間は感謝祭やなんやかんや全部丸投げにしておいた。ドワンは魔法学校の寮に設置するコインランドリーを作ったりしてもらっていたのだ。



今日はキキとララの入学式だ。俺は保護者代わりに参加し、キキは魔法陣コースから、ララはポーションコースから授業を受けさせる。屋敷で俺が手解きして、シルフィードと一緒に卒業させる予定にした。それだと在籍1年しかないが学生生活より俺の仕事を早く手伝いたいとのことだったのでそうした。


魔法学校の生徒達も俺が作った魔道具を目標に頑張っているらしい。食堂も飯が美味しくなり、毎晩食堂は飲み屋と化し賑わっているようだ。飯は安いが酒は市価で提供している。そのために黒字化したが、その黒字分は食堂のコック達へのボーナスとして支給している。別に魔法学校の食堂で利益を出す必要はないのだ。


屋敷に戻ってはキキとララに魔法陣とポーションの授業をして、合間にミーシャの子供の成長記録媒体の魔法陣を考案していく。シルフィードはキキとララに色々教える俺をズルいと何回も叫んでいた。



ビデオとカメラは相当苦戦した。理論は正しいはずなのにうまく発動しないのだ。


これはめぐみの作った世界のスペックが低すぎるのが問題なのかもしれない。ショボいメモリしか搭載されてないからな。


特にビデオが酷い。撮影、記録、再生をするとファミコン画像というかモザイクがかかったみたいな画像でしか再生されないのだ。シルフィードに何を見てるのと聞かれてドキッとしてしまうような画像なのである。別にいかがわしいビデオを見ているわけでもないのにふいに後ろから声をかけられると焦るのは前世の記憶のせいだろう。


これ、ミーシャの子供が生まれるまでに間に合わなかったらどうしよう。


晩飯の時に間に合わなかったらどうしようとモンモンと考えていると、衛兵隊長のホーリックが渋い顔をしている。



「なんか警備で問題でもあるの?」


エレクトリカルパレードや歌劇の人気が高まるに連れて人が異常に増え、問題が増えてるのかもしれない。衛兵の数を増やした方がいいとかかな?


「最近、怪しい奴がおりまして・・・」


「怪しいやつ? 盗賊?」


「いえ、何か罪に問える内容ではないのですが・・・」


「どんなの?」


「若い娘にやたら声を掛けて、そのしつこさにハイと返事をするととてつもなく悪寒が走るらしいんです」


「なんかされるの?」


これが事実なら由々しき問題だ。


「いえ、何かをされるわけではないのです。金品を奪われたり、触られたりするわけでもないのですが、ただ悪寒がするだけなのです」


「何それ? 罪に問えないかもしれないけど、とりあえず捕まえて注意するなり、お仕置きするなりすればいいじゃん」


「それがかなりすばしっこい奴であっという間に逃げられるんですよ」


衛兵達があっさり逃げられるのか。かなりすばしっこいやつだな。


「どんな奴?」


「ダムリンと名乗る男です。帽子をかぶって軽薄そうな顔をしておりました」


「と言うことはホーリックも見たことあるの?」


「はい。恥ずかしながら取り逃がしてしまいました。申し訳ございません」


ホーリックが取り逃がすなんて普通の奴じゃないな。なんかヤバい気がする。今は悪寒がする程度かもしれんが、そのうちエスカレートするかもしれん。


「わかった。俺も見付けたら捕まえてみる。名前はなぜわかった?」


「娘に声をかける時に自ら名乗るのです。完全に我々を舐めきってる証拠です」


自ら名乗るか・・・ 偽名かもしれんな。



この街には身重のミーシャもいるし、シルフィード達も学校に通っている。キキとララを護衛から外した途端これか。取りあえずシルフィードとキキとララは問題無いだろう。3人揃っていて何かを出来るやつはそうそう居ない。


問題はミーシャだ。ホーリックが取り逃がすような相手だったらザックが太刀打ち出来るはずがない。


ホーリックにもう少し詳しく情報を聞くと女の子だけでいるところを狙われるらしい。


翌日、ザックの店に怪しい男が出ている事を伝えにいく。


「ザック、絶対にミーシャを1人きりにするな。わかったか?」


「わ、わかりました」


まぁ、ここは人も多いし1人になることはないだろうけど、念のためだ。もしミーシャに悪寒を走らせて流産でもしてしまったら俺はそいつを躊躇無く殺すだろう。それは罪に問えない者を殺す事になってしまうが、自分で自分を止める自信はない。想像しただけで殺気立ってるのが自分でも分かる。周りの人が震えてるからな。


いかん、ここにいると商売の邪魔をしてしまう。取りあえずシルフィード達も心配なので魔法学校に向かうか。


殺気立ってしまった心を静めながら魔法学校へ。



学校に着く頃には昼になっていたので、ここで待っていようか。学校に入ると色々と話し掛けられて面倒なので、校門近くで皆を待つことに。


鐘が鳴ったので授業が終わったな。そろそろ出てくるだろう。


もう出て来るだろうと学校の中を覗き込むと向こうの方にシルフィード達が出て来たのが見える。あれ? ダンとミケはまだか?


こっちに歩いて来るのは3人だ。


ちょっとここで隠れて驚かせてやろう。わっ! と出たら驚くだろうなと1人でクックックとほくそ笑む。


気配を消して3人を待つ。



「あのポーションはね、こうやってやると上級になるんだよ」


「へぇ、さっすが上級生! 帰ったらやってみよう」


シルフィードはララに自慢気に上級ポーションの作り方を教えていた。


「おっ嬢さーん」


「だっ、誰ですか?」


「俺、ダムリン。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから」


「きゃあーーーっ! この変態やろーっ!」


3人が臨戦態勢に入るとダムリンは逃げ出した。



タッタッタッタっと足音が聞こえてきた。


よしっ!今だ。


「わっ!」


「うっひゃぁぁぁ」


あ、誰だこいつ? 俺は知らない人を脅かしてしまった。


「ご、ごめん。知り合いと間違えたんだよ。脅かして悪かったな」


「にゃっはははは」


軽薄そうな顔で笑う男。


「ゲイルっ! そいつがダムリン。捕まえてっ」


「何っ!」


「私達にちょっとだけ、ちょっとだけって声掛けて来たのっ! 早くっ」


にゃっははははっと笑いながら逃げるダムリン。


「待ちやがれっ!」


俺は後を追う。くそっ!素早い。


ホーリックに聞いていた通り、逃げ足が早い。ちょこまかと逃げるダムリンを追う。へらへら笑いながら逃げてる癖になんて素早い。


「こら待てっ! シルフィ達に変な事をしようとしやがって。お仕置きしてやるっ!」


「あっかんべー」


ムカッ。


「待ちやがれダムリンっ!」


「にゃっはははは」


くそっ! 絶対捕まえるっ!


路地裏に入ったダムリン。そっちは行き止まりだ。観念しろよっ。絶対にお仕置きしてやるからな。


路地裏に入るとダムリンは空中に魔法陣のような物を描いてそこに逃げようとしている。ヤバい逃げられるっ。


「待てっ!」


魔法陣が開いて逃げ込んだダムリンを追って俺も中にはいった。なんかヤバそうだけどそんな事を言ってられない。ここで取り逃がしたらミーシャも被害に合うかもしれないのだ。


「待てダムリンっ!」


「にゃっははははっ! ここまでおいでぇ」


ムカッ。


俺は頭に来て剣を抜いた。


「このっ このっ」


俺をおちょくるように笑いながら剣をかわすダムリン。そしてお尻ペンペンされた所で俺の頭はぶち切れて叫んだ。


「ダムリンっっ! お仕置きだっちゃーーーっ!」


ちゅどーーーんっ!


特大の雷が出て、それがダムリンを直撃した。


えっ?


今のは雷魔法・・・


俺がやったのか?


えっ?


黒焦げになりながらもにゃっははははと笑ってピクピクしているダムリンを無視して、自分が魔法を使った事に驚いていた。



「ねぇ、ぶちょー、だっちゃって何?」


・・・

・・・・

・・・・・


「え?お前誰?」

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