第585話 風になる

エレクトリカルパレードは大成功で感謝祭は空前絶後の人だかりとなった。冒険者ギルドに警備員の依頼を出したくらいだった。


今日は始まりの日、屋敷のみんなで餅つきをしている。ミーシャとザックも勿論参加だ。


鴨出汁で雑煮を作る。前世の雑煮は鶏ガラ、鰹、昆布だったけど、ここでは鴨で作る。カマボコは贅沢に鯛で作ったのだ。伊達焼き、ほうれん草、三つ葉なんかを用意し、各自好きな物を入れてもらう。俺は全部のせと出汁で煮た餅と焼き餅の両方を入れた。成長期の身体は腹が減るのだ。


雑煮は好みが別れ、おっさん組は美味しいというが、お子ちゃま組はあんころ餅ときな粉餅に夢中になっていた。喉につまらせんなよ。


「ぼっちゃん、雑煮以外に食い方ねぇのか?」


「じゃあ、おろし餅でもしようか?」


大根おろしに醤油をかけて餅に絡めてやるとダンとドワンはめちゃくちゃ食べていた。


「ぼっちゃま、きな粉おいでふ」


「ミーシャ、餅は口にいっぱい入れて食うと喉に詰まって死ぬからな。お願いだから少しずつ食べてくれ」


「ふぁい。わふぁりまひた」


今度喉に餅が詰まった時に餅が取れる魔法陣組んでおこう・・・



翌日、俺は11歳になり、王家の社交会に会場で上げられる花火の魔法陣を発注された。本物の花火と違って、光と音だけだから火事の心配はないのだ。


会場の高さを思い描き、室内花火の魔法陣を完成させた。昨年の演奏でエイブリッィィィクの入場曲が気に入ったらしく、また同じ物をリクエストされていた。



春になり、やっとの事でバイクを完成させる。一番苦労したのはチェーン、タイヤ、チューブだった。


「坊主、これは売るのか?」


「いや、危ないから売らない。馬とは比べ物にならないくらいにスピードが出るからね」


「で、防具はこんな感じでいいんじゃな?」


「うん、バッチリだよ」


ヘルメット、肘当て、膝当て、ゴーグルだ。後は革ジャンと革のパンツ。この世界の道は未舗装なので、こけた時は身体中がすりおろされてしまう。ポーションや魔法で治るとはいえ、死ぬほど痛いに決まっているからな。


作ったのは取りあえず2台。


俺のとダンのだ。ドワンのはどうするか思案中。死ぬほど飛ばすのが目に見えているからだ。勝手にスッ転んで怪我するのはいいけど、人をはねた時の問題の方が大きい。


街中で乗ると注目を浴びすぎるので、街の外まで魔道バッグに入れて運び出す。


「よし、ここで乗ろう」


まずは俺が手本を見せる。


スイッチを入れてもエンジン音がしないのは寂しいな。魔法陣に音も出るように書いとけば良かったな。


まぁ、無駄な物に魔力を消費するより、こっちの方が実用的だからな。


普通にアクセルを捻り、発進しようとするといきなり後輪が空転してこけそうになる。


魔道モーターのトルク感がえげつない。イメージは原付くらいの感覚だったよ。これは要調整だな。アスファルトだったらウィリーしてこけてたかもしれん。


「ぼっちゃん、大丈夫かよそれ? 暴れ馬みたいだったぞ?」


「そうだね。とんだじゃじゃ馬だよ。後で調整するけど、取りあえず乗ってみるわ」


後輪にブレーキをかけてそっとアクセルを開けるもそれでも後輪を空転させながら飛び出すように走り出す魔道バイク。


うっひゃー怖ぇぇ。


アクセルオフをすると回生ブレーキが強すぎてタイヤがロックする。


ヤベヤベヤベヤベッ


スザザザザザッと後輪を滑らせてストップ。こんなの怖くて乗れない。


魔道バイクをバッグにしまって徒歩で皆の所に戻る。


「ダメだ。こんなの危なくて乗れないや。やり直すわ」


今日はここまで。シルフィードを迎えに学校にいかなくては。



屋敷に戻ってシルフィードはポーションのお勉強。俺は車体自体には問題がないとドワンに伝えて魔法陣を組み直し。


どうも、魔法効率が良すぎていきなりパワーが出てしまうのだ。


アクセルを捻っていくと、魔力出力の10個並べたクローバーに一つずつ魔力が流れるようにしてあるのだが、一つ目のクローバーであんなにパワーが出るとは思わなかった。


パワーを落とすディチューンを施さなければならない。


さて、どうするかね?


あ、条件設定をすればいいかな?クローバー1つで1馬力とか。でクローバーの数を増やして微調整が効くようにするか。


ということで、条件設定をして作成する。


リトライだ。


念のためそっとアクセルを開けるとまた同じようになる。


あれ?


もしかしてめぐみのやつ、1馬力を本当の馬で認識してんじゃねーだろうな?


仕方がないので、クローバー1つは1秒間に75キログラムの物を1m動かせる力とくどい説明に変えた。最大馬力は50馬力。だいたい400ccのバイクがこんなぐらいだったと仮定した。電動のやつはワット数だったと思うが気にしない。この説明で動くからな。


回生ブレーキは別の魔法陣なので、そちらも書き換えていく。実はこっちの方が面倒臭かった。


またシルフィードを学校に迎えに行って魔法陣を書き換える。この繰り返しを毎日だ。面倒臭ぇ・・・



ようやく俺はまともに走れるようになったのでダンのバイクにも魔法陣を組み込んでいく。


「さ、ダンいいぞ」


乗り方を説明する。ダンのは危ないので、5馬力の魔法陣を組んだ。原付みたいなもんだ。


どちゃ。


いきなこけるダン。アクセル捻る前に両足を上げたらこけるだろそりゃ・・・


二輪車と言うものは存在しなかった世界なので理屈が理解出来ないのは分かるのけど、何回こけたら分かるのだろう?


エンジンがない分車体は軽い。こけても車体に傷が入るくらいで壊れることはないがドワンはせっかく作った物を何しとるんじゃと怒っている。



「そんな難しいん?」


ミケがやらせてくれと言うのでやらせてみた。こけそうになったら飛び降りろと言っておく。


「これ、捻りながら足上げたらええんやろ? 止まる時にはこれ握ったらええねんな?」


と確認してから乗ると一発で乗れた。素晴らしい。


「これ、めっちゃ楽しいやん! ウチにも作ってぇな!」


ということでミケのも作成することに。


今日もそろそろシルフィードを迎えに行かないとダメだから今日はここまでにした。



ようやくダンも乗れるようになり、3人分のバイクであっちへうろうろ、こっちへうろうろとバイクの練習をしていく。


「今日は学校が休みだから私も乗せて連れてって」


とシルフィードがお拗ねモードなので、ディノスレイヤ領まで行ってみることに。俺はシルフィードを後ろに乗せてタンデムだ。


俺のは50馬力、ダンとミケのは5馬力。当然スピードに差が出る。


「ぼっちゃんのだけ特別な魔法陣組んであるだろ?」


とダン達と仕様が違うのがばれた。


ディノスレイヤ領までは半日で行けるが俺のバイクならカッ飛べば2時間程度で行けるのではないだろうか?


ディノスレイヤ領まで行ってすぐに王都に戻ってきたので、ダン達のバイクの魔法陣を夜中まで掛かって書き換えていく。



こうして3人は風になった。初夏を思わせる季節のバイクを飛ばすと心地よい。


「ぼっちゃん、そろそろエイブリック王の南の領地視察だろ? こいつで行くのか?」


「どうしようね?」


馬車に付いてノロノロとバイクに乗るのはきついものがある。


「馬車で行こうか?」


「シルバー達に馬車を牽かすのか?」


「うん、やっぱり寂しそうなんだよね。ちょっと馬車を改造するわ」


ということで、魔道アシスト付き馬車を作っていく。シルバー達が馬車を牽くとスイッチが入ってモーターが駆動。シルバー達は軽い力で馬車を牽く事が出来る。止まるとスイッチも切れるようにした。勿論回生ブレーキ付きだ。



夏休みにエイブリックの南の領地視察が行われ、物々しい護衛達が同行。その隊列に俺の馬車も加わったのであった。


何にも楽しくない・・・


どこに行くにも護衛がぞろぞろと来るので釣り公園に行くことも出来ず、本当に視察だけ。俺達だけで釣り公園に行くというとエイブリックが拗ねてしまったので、本当に仕事しか出来なかった。二度と同行するまい・・・


ちなみにバイクの事はエイブリックに秘密にしてある。絶対欲しがるからだ。


王が1人でバイクを乗り回して護衛達が慌てふためく姿が目に浮かぶ。俺が怒られる未来予想図しか描けない。


視察も終わり、王都へ戻る。魔法で小屋が作れないので馬車内で寝る準備をしているとエイブリックがやって来た。


「なんだこの馬車は? なぜこんなに涼しいのだっ!」


あ、エアコン付き馬車なのがバレた。


暑さに弱いシルフィードの為に馬車はエアコン完備にしてあったのだ。


帰ったら王家の馬車にも取り付けろと命令されてしまった。


魔道具を色々と作り出したが、実は一般販売をしていない。領で使う街灯、直営店のライトや冷凍冷蔵庫、魔道コンロなどを入れ換えただけだ。理由は大々的に一般販売を始めると既存の魔道具を扱ってる所が潰れてしまうからだ。


それと新しい魔法陣を描けるのは俺だけなので、延々と魔法陣を描く生活になってしまうのが目に見えている。


せっかくバイクで風になれる生活になったのに、魔法陣だけを描く生活になってしまったら千の風になってしまいかねない。まだ頭痛と耳鳴りが出てるからな。


さて、これからどうしようか・・・


誰か秘密厳守出来るやつで俺の作った魔法陣を代わりに描いてくれないかな? と面倒臭いことを擦り付けられる人を考えるゲイルであった。









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