第569話 叩きのめす

 「ゲイル様、ザック様がお越しになられました」


「訓練場に案内してくれ」


翌日の夜にザックが青い顔をしてやってきた。しかもいきなり訓練場へ案内される。



「父さん、母さん、ミーシャ。一緒に来て」


夕方に戻って来たダンとシルフィードも一緒に来る。



「ぼっ、ぼっちゃん・・・ お話なんじゃ・・・」


「あぁ、そうだぞ。但し、これでな」


ザックに木剣を渡して、ぐっぐと屈伸する。


「えっ? ぼっちゃま何をする気ですか?」


「ザックと話をするんだよ。黙って見とけミーシャ」


いつになく厳しい顔付きでミーシャにそう言うゲイル。


「ダ、ダンさん。ぼっちゃまは何をする気なんですか? ザックさんは剣の稽古とかしたことないんですよっ」


「ミーシャ、ぼっちゃんは黙って見とけと言っただろ? ちゃんと見とけ」


ダンは帰って来てからアーノルドにミーシャの事を聞かされていた。


「じゃ、父さんは審判ね、母さんはスタンバイ宜しく」


二人とも俺が何をするか説明しなくても分かってくれている。



「ザック、ミーシャは俺にとってどんな存在か理解してるよな?」


「は、はひ・・・」


「お前はそれを俺から奪おうとしてんだ。覚悟はいいな?」


「ぼ、ぼっちゃん。自分はそんなつもりじゃっ!」


「じゃあ、どんなつもりでミーシャに結婚を申し込んだんだ? まさか遊び半分じゃないだろうな?」


俺はザックに威圧を放つ。


ガクガクと膝を震わせるザック。


「今ミーシャを諦めるなら勘弁してやる。どうする? 仕事の事は気にすんな。これはハッキリ言って私怨だからお前が諦めようが俺に歯向かおうが今まで通りの取引は約束してやろう」


ザックは自分に向けられたゲイルの殺気に挫けそうになる。ぼっちゃんてこんなに怖い・・・・人だったなんて。


「ぼっちゃまっ! 止めて下さいっ」


「ミーシャ、黙って見てろと言っただろ? これは男同士の話だ。それには口を出すな」


俺に怒られたのと今から始まる事を理解したミーシャはボロボロと泣き始めた。


「ザック、今ミーシャが泣いてるのはお前のせいだ。さっさとどっちにするか決めろっ!」


ガクガクと震えた膝を手で抑え込み、木剣を手に取るザック。


「じ、自分はミーシャちゃんと結婚したいです」


「なら俺から奪ってみろよ。そのかわり手加減は期待するなよ」



「始めっ!」


アーノルドが開始宣言をする。


ドゴンっ


まずザックの腕を折る。


「グガッ・・・」


その場でへたり込むザック。


「俺から奪うんだろ? 早く立てよ。それとももう諦めるか?」


「諦めません・・・」


アイナがザックを治療する。


ボグッ


次は反対の手を折る。普通の奴ならこれで心が折れる。しかもザックはなんの戦闘経験もないだろうからな。


ぶるぶると震えながら折れた手と反対の手で剣を持ちアイナの治療を待たずに立ち上がる。


その剣を持った手をまた折る。


「うぎゃぁぁぁぁ」


と叫んだザックはまだ立ち上がろうとするのでアイナが治療する。


これを何度も繰り返した。


「話にならんぞザック。当たらないどころか俺に剣すら振れてないだろ? ミーシャの事は諦めたらどうだ?」


「まだです・・・」


そう言ったザックの腹を無慈悲に斬る。


「グフッ」


血反吐を吐いてその場に踞るザック。


「ぼっちゃまっ。もう止めて下さいっ。ミーシャはお嫁に行きませんからっ!」


「だとよザック。お前が頼りないからミーシャは嫌気をさしたみたいだぞ。諦めたらどうだ?」


「まだです・・・ 自分はまだ生きてます」


腹にやってた手を剣に伸ばして立ち上がろうとするザック。アイナが治療してやる。


「たぁーーーっ!」


俺はザックが反撃してくるのを少し待って剣で受ける。スピードも遅いし、力も無いが・・・


「お前のトロい剣なんか当たるわけないだろっ」


ドンっと蹴飛ばしてスッ転ばせる。ゴロゴロっと転がったザックはすぐに立ち上がってまた向かってきた。


「そんなトロい剣でどうやってミーシャを守るんだよっ! 弱すぎだぞてめぇっ」


木剣を顔面にヒットさせると鼻血を吹いたザック。鼻が折れただろうがまた向かって来る。


「自分はミーシャちゃんが好きなんだっ!」


「それがどうした」


もう一度腹に剣を入れる。


「グフッゥ」


腹に入った一撃は気合いでなんとかなるもんじゃない。もう立ち上がれんだろ。


それでもぶるぶるぶるぶると立ち上がるザック


「お前の力じゃミーシャを守れんと言ってるだろ? 諦めろ」


「じゃ・・あ、ぼっちゃんは・・・守れ・・んのかよ・・・」


「当たり前だ。その為にもっと小さい頃から鍛えてきたんだからな」


「う、嘘つき・・・」


「どこが嘘だっ」


立ち上がろうとするザックを蹴飛ばしてすっとばす。


「じゃ・・・なんで・・ミーシャちゃんはずっと・・寂しそう・・なんだよっ」


寂しそうか・・・ 俺は大きくなるに連れ、やることが増えてミーシャをお留守番させる事が多くなったのは事実だ。


「俺は危険に巻き込まれる事が多いからな。ミーシャを連れて行かないのはミーシャを守る為だ」


「ゴフッ ゴフッ。それが嘘だと言ってるんだっ ゴフッ」


「意味がわからんぞ。危険な所にミーシャを連れて行く方が危ないだろうが」


「ぼっちゃんくらいの強さがあれば連れて行っても守れるじゃないかっ」


アイナが治療したようでザックは立ち上がった。


「万が一があるだろうが」


ザックが振り下ろして来た剣を受けて返答する。


「ミーシャちゃんが留守番している間になんかあったら守れんのかよっ!」


ガツガツと剣を振ってくるザック。


「ここに居たら安全だろうがっ」


「それなら、俺と一緒に居ても安全なはずだっ! それに俺はミーシャちゃんに寂しい思いをさせないっ! ずっと一緒にいるっ。ぼっちゃんはミーシャちゃんを置いて死にかけたくせに何が守るだっ! 勝手な事を言うなっ!」


力の限り剣を振るザック。


「ザック、お前、なんでミーシャなんだ?」


剣を受け流しながら質問をする。


「俺はっ、俺はっ、ぼっちゃんが生まれる前からミーシャちゃんが好きだったんだー! 後から来たのはぼっちゃんだっ!」


そうか、そんな昔から好きだったのか。確かにミーシャはメイド見習いの頃からザックの所におつかいに行ってたからな。



ミーシャの方をチラッと見るとずっとザックの方を見ている。


あぁ、潮時だな・・・


「うぉぉぉぉぉぉっ!」


ザックが上段から頭を目掛けて思いっきり振って来やがった。痛そうだなこれ・・・


俺はそのまま頭でザックの剣を受けた。


ガゴンッ


素人でも気迫のこもった一撃は効くねぇ。めちゃくちゃ痛ぇわ。


俺は頭から血を吹いて倒れた。


「勝者ザック!」


「きゃぁぁぁぁあっ! ぼっちゃまーーーっ!」


「ミーシャ、あなたはザックの心配をなさい。ゲイルはシルフィードが治療するわ」


ミーシャはそう言われてザックを見ると治療はされていたものの、ザックもボロボロだった。


「あ、あ、あ、ぼっちゃん・・・す、すいません」


「ザックさん、大丈夫ですかっ」


「み、ミーシャちゃん、俺ぼっちゃんを・・・」


「ザック、最後の一撃は気合い入っててよかったぞ。ゲイルも合格だってよ」


「え? 合格? アーノルド様何を・・・」


「痛ってぇ、ったく、手加減無しで人の頭をぶっ叩きやがって。死ぬかと思ったぞ」


シルフィードに治療してもらったゲイルは起き上がった。


「ぼっちゃんも俺のことボロボロにしましたよね?」


「当たり前だ。俺からミーシャを奪うんだからかな。腹いせぐらいさせろ」


「え? ということは・・・」


「お前、ミーシャを泣かしたら承知しないからな」


「は、はい。お約束します」


「もし、お前が浮気したら・・・」


「浮気したら・・・?」


「・・・斬る」


ゲイルはスラッと魔剣を抜いて股間に当てた。


「ヒッ! しません。絶対にしませんっ!」


「ミーシャ、こいつが浮気したらすぐに言いに来い」


「はい」



その後ミーシャは俺をぎゅっと抱き締めた。


(ありがとうお父さん・・・)


まだミーシャはそう思ってたのか・・・

幸せになってくれ、ミーシャよ。



騒ぎを聞き付けて立ち合いを見に来ていたフンボルト。


「ダンさん、もし、ミーシャさんが僕の事を選んでくれていたら・・・」


「ぼっちゃんは木剣じゃなしに魔剣使ったろうな」


「え?」


「お前、貴族籍持ってんだろ? なら決闘で勝敗は生死になるに決まってんだろ?」


フンボルトはダンに言われて自分が斬られる姿を想像した。


「おめでとうザック!」


フンボルトは心の底からそう言えたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る