第561話 アンデットにさせるわけにはいかない

あー、死んだらこんな感じなんだな・・・


ゲイルは生前から死んだらどんな感じになるのだろうとずっと疑問に思っていた。想像では眠った時と同じで何も感覚が無くなり消え行くのだろうかと。しかし、実際に死んでみると視覚や聴覚、触覚はないものの、何かぬるま湯にゆっくりと浸かっているような感覚だけがある。


フワフワと俺はどこかを漂っているのだろうか?


そういや仏教的な教えだと49日は現世に漂い、その後天に昇るんだっけか・・・


自分が小さい頃、母方のじいちゃんが病気で入院していて、亡くなったと連絡が入る前に家の蛍光灯が一斉に切れた事があったな。普通はチカチカとかダメになる予兆があるのに、どれもチカっと光った後に点かなくなった。すぐその後にじいちゃんが亡くなった知らせが入ったんだったよな・・・ あれは最後のお別れを言いに来たのだろうか? 訃報の知らせが来た後は蛍光灯が復活したけど・・・


俺も最後のお別れを何か出来るのだろうか? でもこの何もわからないぬるま湯の中ではその方法も考え付かないな・・・


しかし、このぬるま湯みたいな感覚は気持ちがいい・・・ 全てが解き放れていくような感じだ・・・・



「ゲイル・・・、お願い・・・目を覚まして・・・」


ドサッ


全魔力を込めて治癒魔法を放ったアイナはその場で倒れた。


「アイナっ」


アーノルドとエイブリックがアイナに駆け寄り、アーノルドがアイナを抱き抱える。


「アーノルド、アイナは魔力切れじゃ。別の部屋で寝かしておいてやれ。そのうち目を覚ますじゃろ」


アーノルドはミグルの言葉に従い、アイナを隣の部屋へと運んで行った。


「アイナの魔法でもゲイルは目覚めなかったか・・・」


エイブリックがそう呟く。


「ゲイルっ! ゲイルーーーっ! お願いっ 目を開けてーーーーっ」


シルフィードが半狂乱になり、ゲイルを揺さぶる。ミーシャもぼっちゃま、ミーシャですよ。起きて下さいと涙を流しながら側でゲイルに言い続けている。


「シルフィード、ミーシャ。ゲイルはもう・・・」


エイブリックは二人にそう声を掛ける。アイナが全魔力を込めて治癒魔法を掛けても目覚めなかったのだ。もう打つ手は無い。


「何でそんな事を言うのっ! ゲイルはまだ生きてるっ! だってまだ温かいもんっ! ゲイルーーーーっ」


「ぼっちゃま、ぼっちゃま。皆心配してますよ。ほら、早く起きて下さいっ」


アイナをベッドに寝かせたアーノルドがそこに帰ってくるくる。そして、ダンに向かって目で合図を送った。


「シルフィード、すまん」


ドンっ


ダンはシルフィードの腹を殴り気絶させた。アーノルドも同時にミーシャを気絶させる。


「アーノルド・・・様・・何を」


「ゲイルをアンデットにする訳にはいかんからな・・・」


エイブリックとミグルは気絶した二人を隣の部屋に連れていく。


アーノルドは剣に手をやった。


「待ってくれっ」


ダンはアンデットと化したフランを思い出す。ぼっちゃんならアンデットになっても思念が残って何かを伝えてくれるんじゃ無いかと・・・


「ダン、俺達が倒せなかったリッチーの話を覚えてるか?」


アーノルドは待てと言ったダンにそう訪ねる。


「あぁ、覚え・・・」


バンっ!


「坊主っ! 坊主はどうなっとるんじゃっ!」


アーノルドとアイナに遅れたドワンが駆け込んで来た。アーノルドとアイナはゲイルの知らせを聞いた後、わずか半日程でここに駆け付けた。ディノスレイヤ家の使用人からその知らせを聞いたドワンがようやく今到着したのだった。


駆け込んで来たドワンにアーノルドとエイブリックが首を横に振る。


「う、嘘じゃろ・・・ アーノルドっ! 嘘じゃと言えっーーーー!」


横たわるゲイルに駆け寄るドワン。


「起きろっ! 起きぬか坊主っ! 何をふざけてこんな頭を・・・」


ドワンはゲイルの髪の毛を見てバッとアーノルドを見る。


「いつからじゃ?  いつから坊主の髪の毛は黒くなっとるんじゃっ!」


「おやっさん・・・ 俺達がぼっちゃんを見た時にはすでに・・・」


「ダンっ! 貴様、坊主の護衛じゃろがっ! お前は何をしとったんじゃーーーっ!」


「すまん・・・ すまん、おやっさん・・・」


ドワンはダンのせいではないと解っていながらそう言わざるを得なかったのだ。


「ダン、さっきの話だが・・・」


アーノルドがダンに話し掛けると同時にドワンが話し出す。


「ダンよ、すまん。お前が悪い訳じゃないのにいらぬことを言うた」


「いや、おやっさんが言うのはもっともだ。ぼっちゃんが晩飯を食いに来なかった時に見に行ってればこんな事にならなかったのかもしれん・・・ シルフィードが心配した時に・・・」


「ダン、ゲイルをアンデットにする訳にはいかん。もしアンデットになってしまったら、この国は滅びる」


「アーノルド様、そりゃどういう意味・・・」


「ワシらが倒せなんだリッチーが黒髪じゃった・・・」


ドワンがダンに答えた。


「なっ・・・・」


「ゲイルがアンデットになったらリッチーになるだろう。そうなればここにいる全員の力を持ってしても倒せん。遺跡のリッチーより強力だろうしな。だからゲイルをアンデットにするわけにはいかんのだ。目覚めていない今ならまだ間に合う。ダンはゲイルをこの世を滅ぼす存在にしたいのか?」


「ぼっちゃんがリッチーに・・・」


ダンはその事実に驚愕する。ぼっちゃんが本気で攻撃魔法を使ったら簡単に国の一つや二つを潰せる力があるだろうと知っているからだ。


その事実にダンは返事が出来なかった・・・


「アーノルド、ゲイルを庭に連れて行こう・・・」


戻って来たエイブリックがアーノルドにそう促す。


「そうだな・・・」


アーノルドはエイブリックの言葉に返事をし、ゲイルを抱き上げようとした


バンっ!


「待ってっ! ゲイルは絶対にアンデットになんかならないっ! まだ生きてるもんっ!」


気絶させられたはずのシルフィードが部屋に飛び込んできた。


ダンはシルフィードをちょっとやそっとでは目覚めてないぐらいの衝撃を与えたはずだった。


「シルフィード、お前どうやって・・・」


「ゲイルが守ってくれたの」


そう言って治癒の魔石を見せる。


「ぼっちゃまはいつだって私達を守ってくれてるんですよ」


ミーシャも続いて部屋に入ってきた。


「絶対、ゲイル(ぼっちゃま)は死んでない(ません)っ」


「お前ら・・・」




ゲイルはぬるま湯のような物に包まれながら色々と考えていた。


そういや、前に死んだ時はいきなり頭が痛いのからケツが痛くて目が覚めたんだったよな・・・


前に死んだ時・・・?


ん? 待てよ・・・ 俺は今回いつ死んだんだ?


おかしい。


ゲイルは矛盾点に気が付く。


頭が割れそうに痛くなって、生まれ変わって・・・ あ、あれは脳をいじくられてる時に見た夢というか幻覚だったんだ・・・


しかし、幻覚ってあんなに詳細に見えるものなのだろうか?


だんだんと意識がはっきりしてくるゲイル。


生まれてからずっとあれやこれやと経験した幻覚・・・ 夢ならばあちこちに場面が飛んで辻褄が合わない事が多い。何度も同じシーンを繰り返して夢だなとか気付く時もある。幻覚と夢は違うのだろうか?


脳をいじくられて見た幻覚だとしても、辻褄が合いすぎている。どれだけ都合の良い人生だとしてもだ。


きちんと年齢通りに事が進み、場面が前後していることも繰り返していることもない。宴会は繰り返したけど、全て違う内容だ。


俺は幻覚の世界でも死んだんだっけ? どうしてこうなった? よく思い出せ。



ゲイルとして生まれた時からの記憶を探っていく。様々な出会い、修行、経験・・・


そうだっ! 初めに俺に話し掛けて来たのは神様・・・ めぐみだっ! あの、のーたりん女はどうしたっ?


『めぐみっ!めぐみっ!おい、返事をしろめぐみっ』


声の出ないゲイルは心の中でめぐみに呼び掛けるも返事はない。そういや、魔力を込めて呼び出す必要があるんだったな。って魔力・・・?


魔力、魔力、魔力・・・・


あっ! 俺は魔力を上げる修行をしていて9999まで魔力をあげて、あと1で1万というところで意識が飛んだんだっ!


と言うことは病院で治療されてたのが幻覚・・・?  前の時はあんな記憶が無かった。どういうことだ?


異世界に行ったのは死んでから。あの病院は異世界に行く前の出来事だ。なぜ、病院で異世界の事を思い出した? 脳をいじくられて見た幻覚だったのなら辻褄は合う。じゃあやっぱりこの状態は死後の世界なのか?


ゲイルは異世界が幻覚なのか現実だったのかわからないままぬるま湯のような所で考え続けた。




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