第556話 ジョルジオ、ディノスレイヤ家に来る

「ジョルジオ殿、どうしました?」


「約束も無く、突然訪問したことをお詫び申し上げる」


「いや、それは構わんが・・・」


「此度の決闘の事でお尋ね致したい」


「そうだな。こちらも説明せねばならんと思っていたからちょうど良かった。ジョルジオ殿、そちらは?」


「失礼、息子のビーブル。次期当主です」


「おぉ、マルグリッドの兄さんか。俺はアーノルド、こっちは妻のアイナだ。セバス、迎賓館に移るからベントも呼んで来てくれ」


「ジョルジオ殿? 飯はまだだろ?」


「いや、それより話を・・・」


「なら、別の場所で飯を食いながら話そう。うちもこれからだからちょうどいい」


「晩餐時に伺ってしまって申し訳ない。それより話を・・・」


「護衛達も食ってないんだろ? その様子じゃ、おー、確かお前はシム・・」


「シムウェルです」


「そうそう、シムウェル。お前は他領でジョルジオ殿から離れる訳にいかんだろうから、一緒に食え」


「いえ・・・」


「護衛がいようがいまいが同じだ。いいから移動するぞ」


アーノルドはここは安全だからという意味で言ったのだが、シムウェルにはそう聞こえなかった。お前なんか何の役にも立たないから居ても無駄だと言われたと。


話をと繰り返すジョルジオにいいからいいからと迎賓館に移動するアーノルド。


コックのブリックは大慌てだった。


料理の準備が整うまで、冷えたリンゴのお酒とナッツ類が出された。


「ちょっと支度に時間が掛かるみたいだから、これでも摘まんでてくれ。あと、こいつは次男のベント。次期領主予定だ。以前、そちらに世話になったから顔は覚えてるかもしれんが改めて紹介させてもらう」


「お久しぶりでございます。ジョルジオ・スカーレット様、ビーブル・スカーレット様。その節は大変お世話になりありがとうございました」


ジョルジオは驚いた。あの時にマルグリッドが連れて来た冴えない甘ったれた少年がここまで凛々しくなっていることに。


「いや、お久しぶりですな。ベント殿。立派に成長されたようで何より」


「ジョルジオさん、どうぞ召し上がって。このお酒はあまり外では手にはいらないけど、乾杯にはちょうどいいのよ。奥様もいらっしゃれば良かったのに。ビーブルさんの奥様も」


愛らしい顔でニッコリ微笑むアイナにドギマギするビーブル。ストライクのようだった。


「は、妻は身重の体ですので」


「あら、それはジョルジオさんはお孫さんが楽しみですわね」


「いや、はっはっは。ハッ、いえ、それよりアーノルド殿、お話を」


「そうか、孫が出来るのかそれはめでたい。では、両家の発展と生まれてくる孫にカンパーイ」


「あ、か、カンパーイ」


アーノルド達の雰囲気にどんどん飲まれるジョルジオ親子。


「おい、シムウェル。お前も座って飲め。他の護衛達にも別室で用意させてあるから気にすんな。構わんよな? ジョルジオ殿」


「あ、あ、ああ。シムウェル、お言葉に甘えなさい」


「しかし・・・」


「早くしろっ」


ジョルジオに命令されてしぶしぶ座ってリンゴのお酒に口を付けるシムウェル。


旨い・・・


「美味しいでしょ? 疲れているみたいだから、甘い方を用意させたのよ。甘さが少ない方がいいなら・・・」


「いえ、こちらで結構です」


「あら、気が合うわね。私もこっちの方が好きなのよ」


そう言って屈託もなく笑うアイナ。


なんだここの領主夫妻は? シムウェルは護衛に対して友達のように振る舞う二人を理解出来なかった。


「皆様、メインは牛肉と魚、どちらが宜しいでしょうか?」


「俺は肉をレアで」


「私は魚をお願い」


「ジョルジオ殿達はどうする? ブリック、肉はステーキだろ? 魚はなんだ?」


「スズキのムニエルです」


「ということらしい。好きな方を選んでくれ」


「で、では魚を・・・」


ジョルジオは魚。


「私は肉を・・・」


ビーブルは肉。


「いや、私は必要あり・・・」


「こいつ、がたいが良いから両方持って来てやれ。どっちかじゃ足らんだろ」


シムウェルはアーノルドに両方を勝手にチョイスされる。


「ジョルジオ殿もビーブル殿も両方食えるなら用意させるが・・・」


二人はいえ大丈夫と断った


「ビーブル様、シムウェル様。焼き加減は如何致しましょう」


は? となる二人


「ブリック、取りあえずミディアムで焼いてくれ。それがダメなら焼き直せばいいから」


「かしこまりました」


ジョルジオ達は強引に決めていくアーノルドに話をと言えなくなり、差し障りの無い会話を切り出す。


「先ほどの建物とこちらはどう使い分けてらっしゃるのですかな?」


「あっちは母屋だ。元々前領主が使ってたものをそのまま使っている。ディノが現れた時に逃げやがってどこにいったか分からんから貰っておいた」


「こちらは?」


「迎賓館ってものだ。誰か来たときに必要だと言われてな。エイブリックの野郎がまだ小屋に住んでんのかとか言いやがるもんでな、まぁ、お客さん用って奴だ。外からのお客さんはジョルジオ殿が初めてだがな」


しれっと王になったエイブリックを野郎呼ばわりするアーノルド。


前菜は季節の野菜にタイのカルパッチョと蒸しエビがあしらわれたもの。


パンは自由に取れるように籠に入れて用意されている。バターやイチゴジャム、マーマレードなどご自由にと。


さ、食え食えと進めるアーノルド夫妻。酒も様々な種類があり、その説明をする。肉にはこれ、魚にはこれとか。


ジョルジオは王家の社交会を思いだし、ビーブルとシムウェルは初めて食べる物に驚く。何もかもが旨い。


「アーノルド殿、この料理は王家の・・・」


「元々はゲイルが手解きをしてたんだが、うちのコックとバルっていう食事どころのコックと競いあっててな、色々作ってやがるんだよ」


「お陰でゲイルに太ったとか言われて困ってるのよね」


そう言ってぷにぷにと腹を摘まむアイナに顔を赤くするビーブル。自分より歳上だろうが不覚にも可愛いと思ってしまう。


料理を食べ終わり、デザートにチョコレートと蒸留酒が運ばれてくる。


「ケーキの類いはゲイルの街のポットいうコックには敵わなくてな、チョコレートと酒にしてもらった。甘い物と酒もなかなかいけるから試してみてくれ」


シムウェルは使用人達がものすごく喜んで同じ物を食べているのを知っていた。ゲイルが来た時にお土産として持ってきたものをプライドが許さず手を出さなかったので気になっていた。ビトーの様に気の利くやつがいないのだ。


アーノルドに無理矢理勧められて食べてみる。なんだこれは・・・ こんな上等で旨いものを使用人達に土産で渡したのかアイツは・・・


「シムウェル、結構いけるだろ?」


「はっ」


「さっき、俺が言った護衛がいようがいまいが同じだとの言葉をお前は勘違いしたようだが、お前が弱いとかそういう意味じゃない。ディノスレイヤ領は安全なんだ。俺達にも護衛はいないだろ? まぁ、俺達にはいらないってのもあるがな。街には優秀な衛兵もいるから安心してくれ」


「お、お気遣い頂きありがとうございます・・・」


「ジョルジオ殿、少し落ち着いたか?」


「は?」


「いや、血相を変えてここに来たから決闘の事だろうと察しは付いてたんだが、少々冷静さを失っているように見えたからな。落ち着いて話をした方が良いだろうと思っただけだ。腹も膨れたしそろそろ本題に入ろうか」


「かたじけない。お見苦しいところをお見せした」


「いや、こちらも事前に知らせてなかったからな。それについては詫びておく。今回決闘に持ち込んだのはマルグリッドを守る為だという事は理解して欲しい」


「それは理解しております。だが、なぜアーノルド殿ではなく、ジョン殿が決闘をする事になったのかをお聞かせ願いたい」


「あれは誤算だ。元々はダッセルが切れて俺に決闘を申込むと思ってたんだがな、ドズルが先に言い出しやがったんだ。ま、自分の惚れた女を親に守ってもらうより自分でやった方がいいかと思って流れを変えた。それだけだ」


「何ですと? それでもし、ジョン殿が負けたらどうなさるおつもりなのですか?」


「ジョンは小さい頃から鍛えてあるし、自分でも稽古を続けているから心配はない」


「それでももし、ということがありましょう。勝負は水物ですぞ」


「もし、ジョンが負けたらあいつの実力が足りなかっただけだ。そんな実力でアルの護衛なんて務まる訳がないからな。なに、心配すんな。万が一ジョンがやられたら・・・」


「やられたら?」


ぞわっとアーノルドからとてつもない殺気が出てジョルジオはおろかシムウェルまで動けなくなる。


「俺がケツ拭くに決まってんだろ?」


3人はガタガタガタガタと震えが止まらない。


「あ、すまんすまん、ちょっとジョンが殺される想像をしちまった」


そう言ったアーノルドはいつものひょうひょうとした態度に戻った。


「もし、俺まで殺られてもゲイルが敵討ちしてくれんだろ。アイツなら軍全部相手でも勝つだろうからな。だから心配すんな。ディノスレイヤ家は負けん」


ジョルジオは初めて理解した。英雄と呼ばれるアーノルドの力を。恐らくアーノルドだけでも軍を潰せる力があるのだろう。しかも、そのアーノルドが自分が負けるような相手でもゲイルは勝てると確信している。なんなんだこの一家は?


「アーノルド殿、失礼ながらお聞きする」


「なんだ?」


「王を目指したいと思った事はお有りか?」


「そんなもん目指す訳ねぇだろ、面倒臭ぇ。ここの領主もとっととベントに引き継ぎたいくらいだからな。一応ゲイルが成人するときに息子達に意思確認することにしているがジョンもゲイルも自分の道を進んでいるからもう決定事項と変わらんがな」


「王が面倒臭い・・・ ですか。うわっはっはっはっは」


突然笑いだすジョルジオ。


「ど、どうした?」


「力が無いからこそ力を欲しがるもの。王が面倒臭いとは王になれる力のある者しかわからない理屈ですな。いや、良いお話を聞かせて頂いた。頂いた料理も酒も実に旨い。ここに来て本当に良かった。なぁ、ビーブル、シムウェル」


「はい・・・」


「次にいらっしゃる時は皆様でお越し下さいな。また新しい料理が増えてると思うわよ」


「それは実に楽しみですな。次にお邪魔する時は婚約の儀になりましょうから、ぜひ家族揃ってお邪魔させて頂きたい」


「あぁ、決闘の時は娘をジョンに託せるかその目で確認してくれ」


「楽しみにしております。今後とも宜しくお願い申し上げる」


「こちらこそ宜しく頼む」



ジョルジオ達は迎賓館で一泊し、翌日、王都のゲイルの屋敷へとむかったのであった。




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