第555話 決闘までのそれぞれ

ーエイブリック邸ー


「ゲイル、あれはお前の策略か?」


「そんな訳ないじゃん。父さんが勝手にやったんだよ。俺も驚いたけどね」


「あー、そういや、アイツの所にセバスが居たな」


「セバスのこと知ってるの?」


「当たり前だ。あいつは王都の文官だったからな。それなりのポジションにいたやつだ」


セバスって中央のエリートだったんだ。優秀だとは思ってたけど、そんな人とは知らなかったな。


「なんで、そんな人がディノスレイヤ領に来たんだろね?」


「お前、貴族の事や領地運営を知らんアーノルドが初めからまともに領主が出来ると思ってのんか? こっちが派遣したに決まってるだろ」


言われてみればそうか。


「落ち着いたら戻る予定にしてたんだがな、アーノルドの事を気に入っちまってそのままだ。まぁ、こっちは文官の代わりなんぞいくらでもいるから問題は無いがな」


思い返すと、ボロン村の件でなんとか男爵の税の調査したり、国への手回しとかセバスがやってたのも頷ける。中央へのツテがなけりゃあんなことを短時間で出来んわな。



今回、アーノルドはセバスにアドバイスを貰ったのは間違い無いだろう。知らん顔しておいてやるけど。



「で、ジョンは勝てるんだろうな?」


「俺はドズルの実力を知らないけど、父さんが大丈夫だと言ってるから大丈夫じゃない?」


「まったく、呑気なもんだ。まぁ、これが申請されたって事は姉上もそう読んでるだろうけどな」


ヒラヒラと羊皮紙を俺に見せるエイブリック。


「何それ?」


「ブランクス家からの除籍申請だ。決闘前日に姉上の籍は王家に戻る。つまりは事実上ブランクス家が消滅するって事だな」


「お姉さんは自分の旦那や子供を見捨てたってこと?」


「姉上は元々そういう人だ。旦那はおろか子供にすら愛情なんて持ってないだろ」


いつの時代でも世界が変わってもそういう親はいるんだな・・・



ー決闘の通知を受け取ったスカーレット家ー


「ま、まさかこんな手をアーノルド殿は使ったというのか・・・」


通知書を手に取り、口を押さえてカタカタと震えるジョルジオ


「父上、なんの知らせですか?」


「ビーブル、これを見よ」


通知書を息子に見せるジョルジオ。


「こ、これはいったい・・・」


「アーノルド殿はブランクス家の事も任せろと言っておったが、まさか息子の命を賭けさせるとは・・・」


「意味がわかりません父上」


「恐らくアーノルド殿はブランクス家から決闘を申し込ませるように仕掛けたのだ。マルグリッドの事のみならず、ブランクス家の存在意義を奪う手段として・・・」


「ということは・・・?」


「勝てばスカーレット家は今回の不始末を含めて何もかも問題が無くなる」


「負ければ?」


「すべてを失う・・・」


「そんな危険な賭事にスカーレット家を巻き込んだというのですかっ」


「ビーブル、お前はこんな事が出来るか?」


「出来る訳がないでしょうがっ! いったい何をやってくれたんだあの男はっ」


「そうだ、ワシにも無理だ・・・」


「当たり前ですっ! だから私は信用出来ないと父上に申し上げたのですっ」


「違う。そういう意味ではない」


「は?」


「もし、息子が負けたら、ディノスレイヤ領ごと窮地に立たされる。いくら、子供が籍から抜けていても周りの貴族はそう見ないであろう。軍を巻き込んでの決闘だからな」


「冒険者上がりの領主なんて貴族社会の事を何も理解していないのは当たり前ですっ。父上はなぜあんな男にスカーレット家の命運を託したのですかっ。失態ではすみませんぞっ」


「お前はまだわからんか?」


「何をですかっ?」


「ディノスレイヤ家がなぜここまでやらねばならん? 今のスカーレット家と違ってあちらは安泰だ。王家とも親密な繋がりがあり、ゲイルはすでに国の権力すら手にいれておる。はっきりいってこちらは敵といってもおかしくはないのだ」


「あの男が何も分かってないからでしょうっ」


「アーノルド殿は言った。スカーレット家に手を貸すのは息子が惚れた女の実家だからだと。ただそれだけの理由で全てを賭けたのだ。ワシにはそんな事は出来ん。さっき言ったのはそう言う意味だ」


「それだけの理由で・・・?」


「アーノルド殿は領主としてではなく親として息子とマルグリッドを結ばせてやりたいと言っていた」


「なら、決闘をするのはアーノルドでないとおかしいではないですか。なぜ息子を危険に晒すのです? 父上は騙されているんですよ」


ジョルジオもそれは思った。


「ワシはディノスレイヤ家に向かう」


「手紙も出さずに向かわれるのですか?」


「火急だそんな事を言っている場合ではない。お前も来いっ」


ジョルジオはビーブルを連れてすぐさま西に向けて出発したのであった。




ーゲイルの屋敷ー


「ジョン、今からそんなに気合い入れてると本番まで持たないぞ」


「大丈夫だ。俺は全てを守るっ」


ドワンから貰った重い剣を延々と振り続けるジョン。気合いが変な方向にいかないといいけど・・・


「アル、明日も北の街に行くんだろ?」


「そのつもりだが。何かあるのか?」


「いや、貝殻集めもそろそろ終わりそうなんだけどな、このまま続けてもらうか迷ってんだよ」


「もういらないなら止めてもいいんじゃないか?」


「いや、ビーズにまで加工出来るなら全部やってもらえないかなって。それにはもう少し年齢が上じゃないと出来ないかもしれないから、希望者がいるか探したいんだよね」


丸くするのはともかく、穴を開けるのが面倒で仕方がないのだ。貝殻石灰もたくさんあって困るものでもないからな。


「なら、明日は一緒に行くか?」


「じゃ、そうするわ」


という事で翌日は北の街に向かう。


まぁ、想像していた通りのバラック地帯とかだな。しかし、人が多いし臭いも酷い。あちこちで炊き出しをしている所に人が群がってんな。まだアルは対策を打ててないのだろう。


孤児達がたまっているところに連れていってもらう。孤児院みたいな建物も酷いな。これ、冬とか子供が死んでるんじゃないか?


「あー、領主の兄ちゃんだー」


貝殻集めをしてくれている子供達が寄ってくる


「おー、お前らここに住んでんのか?」


「そうだよ。ねーねー、もっと仕事無いかなー? 何でもするよっ」


「ん? もっと働きたいのか?」


「うん、貰ったお金で飴買うのが楽しみなんだけど、数を買えないからなかなかみんなで食べられないんだ」


「わかった。じゃ、なんか仕事作ってやるよ」


「ほんと? やったー!」


こんな環境に置かれてるのにいい子達だ。


「お前ら学校とかどうしてんの?」


「さー?  学校にいってる人呼んでくるね」


ん? この時間はまだ学校に行ってる時間のはずじゃ?


「なんか用か?」


俺と同じ歳くらいの子供だ。


「お前、いま学校の時間だろ? 行ってないのか?」


「あんなの行っても食えないし、無駄だからな。捨てられてるクズ魔石を拾って売る方がいい」


まだ魔力が残ってても残り少なくなったら捨てたりするからな。そんなもん売っても二束三文だろうに・・・


「勉強は大事だぞ。文字の読み書きが出来ないと働けるとこも限られてくるし、計算が出来ないと騙されるぞ」


「どうせこんな所に住んでる俺達なんてろくな働き先ないんだから一緒だろ? それに騙す事はあっても騙されるもんか」


「そうか。なら、ちょっと試すか」


「な、なんだよ・・・?」


「これ、どっちが欲しい?」


じゃらっとお金を見せる。

片方は銅貨9枚、もう片方は銅板1枚


「そんなもん銅貨9枚に決まってんだろ」


「なんで?」


「たくさんもらえる方がいいからだろ?当たり前じゃないか? それ、本当にくれんのかよ?」


「本当にたくさんある方を選んでたらな」


周りで見てる子供達もそんな簡単なのでお金貰えていいなぁとか騒いでいる。


「ジョン、細かいお金持ってるか?」


「あるぞ」


「じゃ、この銅板と銅貨と交換してくれ」


ジョンは銅貨を数えて俺と交換する。


「ほら、解りやすく銅板を銅貨と交換したぞ。数えてみろ。どっちが多い?」


数えていく少年。


「あっ・・・」


「な、お前は少ない方を選んだんだよ。だからこれはお前にやれない」


「だ、騙したなっ!」


「何にも騙してないし、お前は騙されないんじゃなかったのか?」


「なんで、あれが銅貨10枚なんだよっ!」


「あれは銅貨10枚と同じ価値がある銅板というものだ。お前、見た目の多さだけで多い方を選んだろ?」


「そんなの当たり前じゃないか」


「学校でちゃんと勉強しないからそうなるんだ。学校にはちゃんと通って勉強しろ」


「行ってもわかんないんだよっ! だから無駄なんだっ」


これの様子だと本当はちゃんと勉強したいのかもしれんな。


「どこからわからないんだ?」


「見ただけで覚えられるわけないだろ」


書くものとかもないのか・・・


「アル、お前はどうすればいいと思う?」


「分かるまで教えてやればいいじゃないか」


「それもあるけど、根本はそこじゃないと思うぞ」


「何?」


「じゃ、アルで試してやるよ。今から言う数字を覚えて復唱してみて。3.1415926535」


「まてまてまてっ! そんなの覚えられるわけないだろっ」


「ジョンはどうだ?」


「俺も無理だ」


「じゃ、どうやったら復唱出来る?」


「書いたら出来ると思うぞ」


「アルもそうか?」


「そうだ」


「おい、少年。書いたら良いらしいぞ」


「そんなもんどこにあるんだよっ」


「だってさアル。書くものがあれば勉強するらしいぞ」


「なるほど。じゃ・・・」


「そ、支給してやれ。何回も書いて消せる石板とかがいいと思うぞ」


早く気付けよ。西の街はとっくに支給済みだ。


「えっと、3.1415926535だ!」


え?


さっき仕事ないかと聞いてきた子供が円周率をいきなり答えた。


「もう一度言ってみて」


「3.1415926535」


「どうやって覚えたの?」


「今聞いて覚えた」


こんな所に天才児がいるとは・・・


「じゃこれは? じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ」


「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつ。何これ?」


間違いない。この子、瞬間記憶能力の持ち主だ。


「よし、さっき仕事をやると言ったけど、君の仕事は勉強だ。西の街で文官補佐として雇おう。そこで勉強を教えてもらえ。給料を出してやる」


「おい、ゲイル。何を言い出すんだ? こんな小さい子供を文官補佐とか正気か?」


「この子は将来、北の街の文官としてここを背負える可能性が高い。だから給料はアルが出せよ。フンボルトに付けるからな。授業料は負けといてやる」


いいなぁと周りから声が上がる。その声を聞き付けて大人達も仕事はないかと聞いてきた。働く気力のある人はどんどん自立させていかねばならない。いい傾向だ。


「アル、この人達の仕事を斡旋する方法は自分で考えろ。働き口は色々あるんだろ?」


「わかった。ジョンも一緒に手伝ってくれ」


「う、うん」


「ジョン、セバスに手紙を書いて相談してみろ。良いことがあるかもしれんぞ」


ディノスレイヤ領は窓口作ってハロワみたいなのをもうやってるからな。他でやってる事を参考にしてもいいだろう。


後は割れ窓理論ってやつをどう気付いてもらおうかな・・・


アルはジョンに協力を求めたことでジョンが自然と補佐役になって行くだろう。決断するのはアルだが、その判断材料を集めるのはジョンがやればいい。そのうち意見がぶつかる事が出てくるだろうけど、そのぶつかり合いは二人の成長にとって必要な物だ。それにジョンの決闘に対する気合いは入れ込んだ競走馬みたいになってるからな。少し頭を使うことで落ち着きを取り戻せ。


俺はビーズに穴を開ける仕事と、サイトが作り出した紙をテイクアウト用の包み紙に加工する仕事を孤児達にしていって貰うことにしたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る