第553話 アーノルドはここ一番に強い
「何? ジョンとマルグリッドが? 本当かそれは?」
アーノルド達が帰った翌日、ゲイルはエイブリック邸に訪れていた。
「二人の事は父さん達がスカーレット家に話を付けにいってくれることになった」
「そうか・・・ ジョンとマルグリッドか。盲点だったな。お前、貴族らしくなってきたな。実の兄を生贄にするとは思わんかったぞ」
生贄とか酷いことを言うなよ・・・
「そんなんじゃないよ。あの二人はお互い好きだったみたいだからね。たまたまこうなっただけだよ」
「本当か?」
なんだよ、その疑いの眼差しは?
「本当だよ。お互いなんとも思ってなかったらこの話はしないでおこうと思ってたからね」
「まぁ、そういうことにしておいてやる」
そういうことなんだよ。
「あとさ、あの鼓笛隊の人達をそのまま雇う事になったんだけどいいよね?」
「それは助かる。予備の後継ぎ候補はどこももて余してるからな。どんどん雇ってやってくれ」
本当に酷い言い種だ。予備って・・・
「あの人達は楽団ってのを作ったからそこに所属してもらうよ。で、音楽の楽譜、つまりレシピみたいなものを登録したいんだけど、その仕組みがないんだよね」
「音楽のレシピか。わかった。それは正式な手続きで申請してくれ。ここで受けると密会しているのがバレる」
「了解」
「ところでゲイル」
「何?」
「お前は誰が好きなんだ?」
「どういう意味?」
「マルグリッドは美人で気品もあるだろ?でも婚約は頑なに拒否したな」
「そうだね」
「お前はどういうのが好みなんだ?」
あー、これ下手に答えるとまずいな。
「エイブリックさんと同じだよ」
「俺と?」
「そう。俺の好みは母さんみたいな人だよ」
そう言うとぼっと真っ赤になるエイブリック。
「てめぇっ!王をからかいやがってぇぇぇ!」
エイブリック激オコ。
「じゃ、他の対応宜しくね!」
用は済んだのでさっさとトンズラをした。
「ぼっちゃん、知ってても黙っててやれよ」
「エイブリックさんがしつこいからだよ。ああ言っとけば言わなくなるでしょ?」
「相変わらずえげつないことしやがるぜ」
ースカーレット家屋敷ー
「ようこそ、アーノルド・ディノスレイヤ殿」
「あぁ、訪問を受けてくれた事に感謝する。これは土産だ」
アーノルドは領で管理している蒸留酒を手土産に持ってきた。ゲイルが政治的な取引に使えるかもと言って寝かせておいたものだ。
「これはこれはお気遣い頂き申し訳ない。で、お二人揃ってお越し頂いたご用件はなんですかな?」
「うちは貴族の習わしとか風習に詳しくないから無礼かもしれんが、そこは大目に見てくれると助かる」
「存じ上げてますので問題ありません。以前の借りもございますからな」
「そうか、では単刀直入に言う。今日はお願いがあって参上した」
「願いとは?」
「マルグリッドをうちの長男、ジョンの婚約者にして貰いたい」
「は?」
「いや、今言った通りだ。ジョンはアルファランメルの直属の護衛になり、うちの籍から抜けて自身で子爵籍を持った。ディノスレイヤ領は次男のベントが継ぐ。だから領主にはならないが、それでもマルグリッドと一緒にさせてやりたい」
「エイブリック陛下の差し金でございますか?」
「いや、結果的に政治的な事に見えるかもしれんが、そうではない」
「では、付き合いのないスカーレット家の娘をなぜ婚約者に?」
「あいつら、お互いに惚れてるからだ。だから今回は親としてお願いに来たしだいだ」
ジョルジオはアーノルドにどんな意図があるのか可能性を探っていく。貴族の結婚に惚れた腫れたなんか無意味だ。クーデター側に付いていた事はすでにバレているだろう。金もこちらに農業指導したくらいだから不足しているわけではない。マルグリッドと結婚したからといってスカーレット領を乗っ取れる訳でもない。それどころか今のスカーレット家と結び付くのはディノスレイヤ領にはデメリットしかないのだ。
ジョン個人にとっても同じだ。王子の直属護衛は王直属護衛に次ぐ名誉ある仕事。それをあの歳で任されるなど異例中の異例。しかも護衛団からはなんの不満も出ていないばかりか、歓迎されていると聞く。
ジョルジオはアーノルドの意図を読みきれずこう切り出す。
「ありがたいお申し出ではございますが、実はマルグリッドは他家と婚約の話が進んでおりまして・・・」
「ドズルだろ? ゲイルからそれを聞いたから動いたというのもある。アイツはダメだ。マルグリッドが不幸になるのが目に見えている。足りないとかそういうんじゃなく、あいつは人間的に問題がある」
「それはどういう・・・」
「あいつは騎士学校の入学試験の時に不正を働いた上にうちのジョンにやられたんだ。まぁ、そこまでは甘ったれた奴にはよくあることだからかまわんが、問題はその後だ」
「その後?」
「人を斬る訓練と称して審判役を斬った。その後も似たような事をやっている。軍の訓練中の事故死として処理されているがな。それだけではない。ブランクス家の若いメイドが突然行方不明になることがこの2~3年続いている。恐らくドズルが関係しているだろう」
「なっ・・・」
「お前はそんなやつの所に娘を差し出すのか? 家の為だという理由で」
「そ、そんな・・・」
「うちは貴族社会に疎いから、家の為にという意識はよく理解出来んが、今回のブランクス家との婚約はマルグリッドが不幸になるのが目に見えている。息子が惚れた女をそんな目に合わせたくないというのが理由だ。別に裏に意図があるわけじゃない」
「お互いにと申されましたが・・・」
「マルグリッドの気持ちは私が確認したわ。ジョンの事を好きになってはいけない人とか言っていたわ。可哀想じゃない。娘を家の生贄にするなんて」
「生贄・・・」
「まぁ、お互い惚れてるのは確認済みだ。うちはマルグリッドを受け入れたい。後はジョルジオ殿の判断次第だ。領主としてではなく、親として返事をくれないか? 急な話なのは理解しているが時間がない」
ホロホロと泣くジョルジオ。
「遅いのです」
「何がだ?」
「もうブランクス家との話は付いて、すでに進んでいる。この話がなくなればブランクス家と事を構えることに・・・」
「それはこっちでなんとかする。ダッセルに筋を通しに行くから任せておいてくれ。あいつは俺を恨んでるから、どうせ矛先は俺に向く。もしスカーレット家に手出しをするようならうちも加勢する。
「なぜそこまで・・・」
「子の幸せを望むのは親として当然だからな。俺達は小さい頃から親がいなくて、自分達に子供が出来てももろくにかまってやれなくてここまで来てしまったんだ。だから親らしいこともしてやらんとな」
「子の幸せ・・・」
「親も王も領主も願うのは同じことだ。目の前の幸せを守れんなら領民の幸せも守れん」
・・・
・・・・
・・・・・
「アーノルド殿、アイナ殿。娘を・・・マルグリッドを宜しくお願い申し上げる」
「おう、ディノスレイヤの名にかけて子供達の幸せを守ってやる。ジョルジオ殿の心を惑わす他国とは手を切れ。何かあるなら手助けをする」
「それも分かっていてもこの話を・・・ わかりました。スカーレット家の名にかけてこちらも約束しよう」
二人は固い握手をした。こうしてジョンとマルグリッドの婚約に向けて両家は結び付いていくのであった。
アーノルド達はスカーレット家を出た足で王都にむかう。
一週間かけて王都に到着し、貴族街の風呂のある高級宿に泊まった。
宿からブランクス家に至急訪問したい旨の手紙を出す。ゲイルの屋敷ではなく、高級宿に泊まったのは手紙をブランクス家に出した証拠を残すためであった。会わないと言われてもこちらからは会いたいと履歴を残すために。
「アーノルドがうちに来るだと? 何の用だ?」
「用件は書かれておりません」
「断れ。やつの顔をなんぞ見たくはないっ」
「あら、いいのかしら? このタイミングで会わないと逃げたとか怪しまれるわよ?それにこの手紙を持ってきたのはあの宿の使い・・・。なかなか元冒険者の癖に知恵が回るわね。手紙を受け取ってないとかも言えないわ」
「ちっ、小癪な真似をっ。3日後の夜に来いと返事を出せ」
あのアーノルドがねぇ・・・ エイブリックが王になったから、政治に顔を突っ込む気かしら? ダッセルをどうあしらうかお手並み拝見ってところね・・・
ー3日後ー
「おう、突然悪かったな」
「馴れ馴れしく口を利くなっ! 用件だけを言えっ」
「今回来たのは筋を通しに来ただけだ」
「筋だと? なんの筋だっ」
「スカーレット家の娘、マルグリッドはうちの長男、ジョンと婚約する。ジョルジオ殿からお前の息子と婚約の話が進んでいたと聞いてな、それで筋を通しに来ただけだ」
「何っ! スカーレット家が裏切ったというのかっ」
「裏切りとはなんの事か知らんが、ジョンがマルグリッドに惚れたみたいでな。親としてはそれを叶えてやりたいと思うのは当たり前だろ?」
「きっさまぁぁぁぁ」
「お前の息子はマルグリッドとまだ面識ないだろ? 惚れた者同士一緒になるのが一番いいからな。という訳で筋は通したからな」
バンっ!
「どういうことだっ! マルグリッドがジョンと婚約するとか許さんぞっ! あれは俺の物だっ」
応接室の扉を開けて飛び込んで来た息子のドズルがアーノルドに叫んだ。
「お前、盗み聞きとは感心せんな。それに女を物扱いするとはつくづく見下げた奴だ」
「うるさいっ! 偉そうな口を利くなっ。俺より身分が下の癖にっ」
「引っ込んでおれ、ドズルっ! アーノルドの手に乗るなっ!」
「ドズル、確かにダッセルは俺より身分が上だ。だがな、お前は俺より下だ。勘違いするな。今お前にあるのは貴族籍だけだ」
「ならばワシがドズルの代わりに受けて立とう。マルグリッドはうちが貰う」
「ダッセル、いいのか? 身分を盾にするのはお前の方に勝ち目はないぞ。ジョンはゲイルの兄でもあるからな。ゲイルに命令させようか?」
「ぐぬぬぬぬっ、アランティーヌ、こいつらに命令せよっ。ゲイルは準王家だからアランティーヌの方が身分は上だっ」
「ダッセル、お前に勝ち目はないと言っただろうが? エイブリックの姉上は王族ではあったが、お前の籍に入った時に王家の籍からは抜けている。つまり、ゲイルに準が付いていてもエイブリックの姉上より身分は上だ。ゲイルより上にいこうと思うなら姉上はお前と離婚して、ブランクス家から籍を抜く必要がある。奥さんに離婚されたお前がどうなるか見物だな。その道を選んでもいいぞ」
「きっさまぁぁぁ」
「身分を持ち出したのはそっちだろ? 俺は筋を通しに来ただけだ。じゃな、マルグリッドは諦めてくれ」
「待てっ!」
「なんだドズル?」
「決闘を申し込むっ!」
「ん? 貴族同士の決闘の意味を理解しているのか? ドズル」
「やめろドズルっ」
「俺はジョンに決闘を申し込む。俺の物を奪うやつは許さんっ」
「ドズル、本当に貴族同士の決闘の意味が分かってて言ってるんだな? 聞くのはこれが最後だぞ? 今なら聞こえなかった事にしてやる」
「やめんかっドズルっ!」
「うるさいっ! 俺はジョンに決闘を申し込むっ! ぶっ殺してやるっ」
「ダッセル、もう引き返せんぞ。手続きはそっちでしろ。俺は2回止めた。この意味は分かるな? ジョンにはお前の軍での地位を望ませる。恨むなよ」
「ドズルっ!!! 貴様っ、自分が何をやったかわかってるのかーーーっ!」
「勝てばいいんですよ勝てば」
「お前というやつはっ!」
アーノルド達はダッセルとドズルのやり取りを気にせずその場を後にした。
・・・ダッセルもドズルもこれでおしまいね。アーノルドがあんなに知恵が回るとは驚きだわ。さて、どう始末を付けてやろうかしら・・・
「おうジョンいるか?」
「あ、父上、母上。どうしたんですか?こんな時間に突然」
ジョンの部屋に突然やってきたアーノルド達。
「ゲイルに聞いたら部屋にいると言われたから直接きた。話があるがいいか?」
「何ですか?」
「スカーレット家と話は付けた。だから家とか身分とか気にするな。お前の気持ちをマルグリッドに伝えろ」
「え?」
「いいから。まだこの話には続きがあるからさっさと行け。アイナ、マルグリッドを呼んで来てくれ」
アイナはウキウキしてマルグリッドを呼びにいった。
ダンがミケにプロポーズしたのを見損なったのが残念だったのだ。次こそは見逃すまいとスキップしていたのだった。
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