第552話 好きになってはいけない人

鼓笛隊達はまだここで練習している。もうパレード終わったんだけど?


「ゲイル様、宜しいですか?」


「なに、マンドリン?」


「鼓笛隊のメンバーをこのまま雇うお気持ちはございますか?」


「みんな他の仕事があるんじゃないの?」


「ここに来られた方々は貴族関係者ではありますが、後を継げない方ばかり・・・すなわち、お家にとって不要な方々なのです」


酷い言い種だけど、後継ぎが決まってしまえば3男とか本妻以外の子供とか家にとって不要なのは確かかもしれん。うちは全員進む道が決まって良かったな・・・


「ドラム以外にも演奏出来そう?」


「好きこそ物の上手なれと申しますので、私達が仕込みましょう」


こいつ、なんでこんなことわざ知ってるんだ?


「なら、本人達が希望するならこのまま雇うよ。管理はマンドリンに任せていいか?」


「畏まりました」


「じゃ、マンドリン楽団とでも名付けて組織化お願いね。マンドリンパレスでの演奏とか歌劇が始まったらそこの演奏とか。社交会への派遣とか仕事は色々とあると思うから」


「畏まりました。ゲイル楽団として発足致します」


いや、マンドリン楽団でいいよと言ったが、ゲイル楽団でと強く言われてしまった。



「ゲイル様・・・」


ロン、お前はまだ仕事を人に任せられてねえのか・・・


「どうした?」


「この楽譜というものを登録しろと言われましたが、その仕組みがないと受け付けて貰えませんでした・・・」


「わかった。それは上申しておくから。決まったら知らせる」


なるほど続々と出来てくる楽譜の申請にも追われてんのか。


「ロン、人を増やせ。鼓笛隊の奴らにここで働きたい奴が他にもいないか聞いてみろ。庶民街の住人よりいい教育受けてる者も多いだろうから即戦力が見つかるかもしれんぞ」


こうして、貴族のいらない子と呼ばれる人達が西の街に続々と来るようになることをゲイルは想像をしていなかった。



数日後、アーノルド達がやって来た。


「よう、ジョン、アル。頑張ってるか?」


「あ、父上、母上。どうされたんですか?」


「お前に話をしに来たんだ。ゲイル、応接室借りるぞ」


「どうぞご自由に」


思ったより早く来てくれたな。ありがたい。



「どうだアルの護衛は?」


「何も起こらないのでアルの仕事を手伝ってますよ。ゲイルがヒントをくれたんだけどどうすればいいか難しくて・・・」


「まぁ、ゲイルがなんでもかんでも解決してたらお前ら不要だからな。頑張って考えろ」


「わかりました。ところで父上達はなぜこの前護衛に付いてたんですか?」


「気付いてたのか?」


「まぁ、親の気配ぐらいはわかりますよ。それにゲイルが凄い殺気を飛ばしたから何かあったんだろうなと思ったから黙ってましたけど」


「よく成長したなジョン。父さんも母さんも嬉しいぞ」


「厳しい修行をして貰ったお陰です」


「そんな成長したジョンに聞きたい事がある」


「何でしょう?」


「お前、マルグリッドの事をどう思ってる?」


ボッと真っ赤になるジョン。


アーノルドはゲイルのやつ良く見てやがると感心した。こういう感性はアイナ譲りなんだろうなと。


「マ、マ、マルグリッドはベントの同級生で仲間ではあるもののその・・・」


「そんな事はどうでもいい。好きか嫌いかって事を聞いてんだよ。親にこんな事を言いたくはないだろうけど、重要な事だから聞きにきた。お前の本音を話せ」


「マルグリッドは・・・」


「マルグリッドは?」


「好きになってはいけない人です・・・」


「どういう意味だ?」


「マルグリッドは大貴族のご令嬢。俺はアルの護衛で妻を守ることと両方は出来ません。護衛団の皆さんがほとんど独身なのも同じ理由です。それに子爵の身分を頂きましたが名門の辺境伯爵のご令嬢とは身分が釣り合いませんので」


「それが本音か?」


「はい」


「なら、マルグリッドが他の奴と結婚しても構わないんだな?」


「仕方がありません」


「その相手がドズルでもか?」


「えっ?」


「マルグリッドはドズルとの婚約の話が出ている。このまま行くとドズルと結婚することになるだろう」


「な、なぜ・・・ よりによってドズルなんかと・・・」


「お前が言った身分とか考えると妥当だな。貴族同士の結婚とはそういうもんだ。納得したか?」


「ドズルと・・・」


「なぁ、ジョン。貴族同士の結婚とはそういうもんだが、マルグリッドがドズルと結婚して幸せになれると思うか?」


「それは・・・」


「うちはお前達が誰かと結婚したいと言い出しても反対する気はない。相手の身分がどうであってもだ。それが庶民であろうと・・・ 身分が上であろうとな」


「ち、父上・・・」


「で、お前の気持ちはどうなんだ?」


「す、すっ、好きかもしれません・・・」


もうジョンの顔からファイアボールが出るんじゃないかというくらい真っ赤になっている。


「上等だ。後は親に任せろ」


「えっ?」


「俺達は親らしいことをして来なかったからな。こういう時ぐらい頼ってくれ」


「頼る・・・?」


「ジョン。お前は覚悟を決めろ。マルグリッドを好きになるということは、お前もこれからゲイルと同じように政治に巻き込まれていく。それでもマルグリッドが好きか?」


「はい・・・」


「アイナ、あっちは任せる」


「いいわよ」



アイナは部屋にいるマルグリッドを訪ねた。


「あら、アイナ様。どうされたんですか?」


「マルグリッドと話をしたくて来たのよ」


アイナが自分を訪ねてくるのは何かあると察するマルグリッドはビトーを外させようとした。


「ビトー、あなたはマルグリッドの味方よね?」


「勿論でございますアイナ様」


「なら、一緒に聞きなさい」


「は・・・・い?」


「アイナ様、お話とはなんでしょうか?」


「あまり時間がないから単刀直入に聞くわね」


「はい」


「あなた、ジョンの事をどう思ってるのかしら?」


「素敵な方ですわ。真面目で目的に向かってまっすぐでお優しくて・・・」


そう言った後、目線を伏せるマルグリッド。


「ジョン様のお嫁さんになる方が羨ましいですわね」


クスクスクスクス。


「あなたの言った通り、あの子は真面目で目標に向かって努力する子よ。そして不器用でもあるわ」


「なんでも上手にされますわよ。楽器もすぐに演奏されてましたし」


「不器用なのは自分の気持ちに対してよ。昔から感情を表にあまり出さない子だったわ」


「こちらにいらっしゃる時はよく笑っておられますわ」


「それはあなたがそうさせてるんじゃないかしら?」


「私が?」


「そうよ。マルグリッドもよく笑ってるけど、本当に笑えてる?」


「もちろんですわ。ここはとても楽しくて・・・。それももうすぐ終わってしまいますけど・・・」


「そう。あなたドズルと婚約するんですってね。そこでも同じように笑えるかしら?」


「ご存知だったんですね・・・ 貴族の娘に生まれたんですもの。仕方がありませんわ」


「仕方がないか・・・ でもあなたの心はどうなの?」


「貴族の娘に心なんて不要なものですわ」


「そうかしら? そんな人生つまんないじゃない。花の命は短いのよ?」


「それでもっ。それでもっ! ジョン様は好きになってはいけない人なんですっ。私はスカーレット家の娘。家の為にこの身を捧げるのが宿命なんですっ! ・・・ジョン様にはきっと良い出会いがありますわ・・・」


珍しく感情的になったマルグリッドはホロリと涙を流した。


「ジョンも不器用だけど、あなたも相当不器用ね。同じ事を言っているわ」


「え?」


「好きになってはいけない人? 何それ? そんなのあるわけないじゃない。報われない好きはあるけど、好きになってはいけないなんてないわ」


「でも・・・」


「でももクソもない。マルグリッドはジョンの事を好きなの? それともどうでもいいの? ハッキリさせなさい。それを聞きに来たの」


マルグリッドを脅すアイナ。


「お、お慕いしております・・・」


「私は結構あなたを気に入ってるんだけど、私をお母さんと呼ぶ気はあるかしら?」


「それはどういう意味・・・?」


「ハッキリ答えなさいっ」


再び脅すアイナ。ビクっとするマルグリッド。


「お、お呼びしたいですっ! ・・・でもちょっと怖いですわ・・・」


「宜しい。後は私達に任せなさい。ビトー、スカーレット家に連絡出来る手段はあるわね?」


「は、はい。ございます」


「当主に連絡して頂戴。10日後に伺うと」


「か、畏まりました」


「じゃ、マルグリッド。またね」


「は、はい。ごきげんよう・・・」



「アーノルド、話は付いたわよ。10日後ね」


「わかった」



アーノルドとアイナが2階から降りて来た。


「ゲイル、10日後に行くわ。エイブリックへの報告お願いね」


「わかった。俺は行かなくていいの?」


「親に任せなさい」


「じゃお願いね」


アーノルド達は夜だというのに帰って行った。



「ぼっちゃん、アーノルド様達は何しに来たんだ?」


「親の役目を果たしに来てくれたんだよ」


「親の役目?」


「そう、親の役目。あとは任せるよ」


「そうか、なんの事かわからんが、まぁ、アーノルド様達に任せておくならそれでいいわ」


応接室に残されたジョン、部屋で脅されたマルグリッドは意味がわからず混乱していたのだった。




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