第544話 もう無理

イナミン夫妻はベントの案内で領を視察。俺達はドワンの元へと向かった。


「おやっさん、瓶作って欲しいんだけど」


「どんなのじゃ?」


機嫌悪いな・・・


こうこうでと高級そうな瓶を発注する。


「あのよ、おやっさん・・・」


ダンがミケとの事を切り出そうとする。


「誰じゃったかな?」


あー、めっちゃ拗ねてんじゃん。


「いや、その・・・ 報告があってだな」


「知らんっ」


あーあー、ここまで拗ねてたら時間を置いた方がいいんじゃないかな?


ダンもそれを悟ったようで報告は改めてすることにしたのかもしれない。そのまま黙ってしまった。


その後、果樹園に移動して、切り株をどんどん枯らしていく。シルフィードには梨の木や栗の木をどんどん育てていってもらった。


その翌日は蒸留酒を仕上げて、ディノスレイヤ領でやることが終わった。


「ダン、どうすんの? もう明日に瓶の装飾が終わるから王都に戻るけど」


「おやっさん、全然機嫌が直らんからなぁ」


そう、ドワンは日に日に機嫌が悪くなっていき、とうとうダンが話し掛けても返事をしなくなってしまったのだ。


翌日、初蔵出しの蒸留酒用の瓶を取りに行くときも顔を出したけどダメだった。


「ぼっちゃん、改めてディノスレイヤ領に来ることにするわ。あーなっちまったおやっさんを俺にはどうすることも出来ん」


もうドワンの興味を引きそうな酒ネタも無いしな。俺にも無理だ。


「じゃあ・・・ 明日に戻るよ」


ミゲルが手配してくれた職人たちも明日出発するようだから先に戻ってないとまずいからな。



ダンはミケとの事をドワンに報告が出来ぬまま翌日にイナミン夫妻と共に王都に戻ったのであった。



俺達に遅れること1日、木工職人達が王都に到着する。ドワーフ慣れしている職人達はサクサクとドラムを作っていく。さすがプロだな。


いつ使うか分からないけど、マーチングバンド用みたいな奴をたくさん作っておこう。


難航するのはここからだ。吟遊詩人達に手解きを受けてギターっぽいのを作っていく。試作品は俺には似たような音に聞こえるけど、吟遊詩人達に言わせると違うらしい。バイオリンはニスの塗り方ひとつで音が違うらしいからな。何度も作り直していき、ついでにバイオリンやチェロも作って貰っていく。これが数百年あとに名器と呼ばれるものになるのかもしれない。


金管楽器の試し吹きを続けるダン、ドラムの練習をするイナミン、マンドリンパレスもオープンしたので、そこで吟遊詩人達とのセッションをしたりしだした。金管楽器はまだまだだけど。マンドリンパレスはまだがら空きだ。料理単価も高いし、目玉の歌劇も人前で披露するには至ってないからな。


俺のウクレレも練習を続けているのでだいぶ上達したと思うが人前で披露はしていない。ジョンのお祝いパーティーがトラウマになってしまったのだ。


まぁ、自己満足でもいいや。


そうこうしているうちに2月になり、ミグルは研究所に勤め出し、俺はエイブリックから城に呼び出された。社長室に呼ばれた時を思い出す。悪いことをしていないのになんか嫌なのだ。


公式の場なので所作が必要だ。面倒臭い。


「そちは呼び出さぬと来ぬのか?」


いきなりイヤミからかよ・・・


「はっ、私ごときがお忙しい王をお訪ねさせて頂くには至らぬと思いましたもので」


イヤミにはイヤミで返しておこう。


「ふんっ、生意気な口を利きおる」


「申し訳ございません。王の気分を害してしまったようでございますので、これにて失礼させて頂きます」


「こら待てっ! 何勝手に帰ろうとしてんだっ・・・ コホン、まだ用件が済んでおらんではないか」


エイブリックよ、まだまだだな。こんなフェイントに引っ掛かるとは。


「ご用件とはなんでございましょうか」


「うむ、即位を街にも知らせねばならん。よって、5月に街へ赴く事になった。ソチもそれに加わるが良い」


「そのような大役、私に勤まるであろうはずがございません。謹んで辞退申し上げます」


そんなの面倒臭いっての。


「断るというのか?」


「いえ、断るのではなく、辞退申し上げるのです」


「同じだろうがっ!」


おい、もう素に戻ってんぞ。


俺とエイブリックのやり取りをハラハラして見守る他の貴族達。普通は王のパレードに参加するというのは名誉でもあり、王族の義務なのかもしれない。


「ソチには栄誉ある役を申し付ける」


「なんでございましょうか」


「即位の知らせは華やかでなければならん。どのようにするか考えて参れ」


は?


「お言葉でござますが、そのような大役は私には荷が重うございます。ぜひ、正当な王家の方が担われるべきかと。ではこれにて」


「つべこべ言うなっ」


「やだよ、面倒臭い」


「お前、楽器を作ってんだろ、それを使えって察しろよ」


「もう3ヶ月切ってるじゃないか、間に合うわけないだろ? ドラムはともかく、金管楽器も出来てないし、ドラム叩ける人も居ないんだから」


「じゃあ、そのドラムってのを叩けるやつが居たらいいんだな?」


もうお互いいつものやり取りだ。どうせここに要る貴族達はエイブリック派閥だろうから問題ない。


「じゃ、ドラムは作っておくから、人の手配しておいてね。じゃ」


「何人必要だ?」


「リズム感のある人30人くらい」


「すぐに手配してやる。爺、揃えておけ」


「かしこまりました」


「後は何をすればいい?」


「屋根なしの馬車。王と奥さん達がみんな前を向いて座れるタイプ。国民からよく見えるようにね。前王様は参加するの?」


「当たり前だ」


「王子様は?」


「参加させる」


「じゃ、同じタイプの3台ね」


という事で俺も参加するのか。


「あと、これお祝い。王様のと前王様の分」


「なんだこれは?」


「帰ったら開けてみて。数がないから、次に寄越せっていってもないからね」


待ちきれなくて箱を開けるエイブリック。開けるのは帰ったらと言っただろうが。


「酒か・・・ いつものと違うのか?」


キュポンと蓋を開け、ふんふんと匂いを嗅ぐエイブリック。


「そこにグラスが入ってるから、少しだけ注いで手の温もりでしばらく温めて」


言われた通りにするエイブリック。


「もういいよ。さっきと香り具合がちがうでしょ?」


匂いを嗅いだ後、一口飲むエイブリック。あんた、毒入ってたらどうすんだよ?


「うむ、見事である。これを・・・」


「これは数がないの。さっきも言ったでしょ。追加は無理だからね」


そういうとチッと舌打ちをするエイブリック。王がそんな振る舞いをするなよ。


これで用件が終わり、帰ろうとすると執事改め宰相さんが別室でドン爺が待ってるとの事で案内をされた。祝いの品も俺から渡すようにと。



「おぉ、ゲイルよく来た」


「ちょっとは落ち着いた?」


「だいたい役割も決まったからの。これから徐々にワシの役目を引き継いで数年後には正式に引退じゃ」


「お疲れ様でした。これは退位のお祝い。特別なやつだからこれしかないけどね」


さっきエイブリックに説明したようにして飲ませてみる。


「おーおー、これはこれは。同じ蒸留酒でもこれほど違うのじゃな」


「一番初めに作ったやつだからまろやかになってるでしょ。それでもまだ早いから毎年楽しみに待ってて。どんどん美味しくなっていくと思うから」


「それは楽しみじゃ。ありがとうなゲイル」


ドン爺もまだ忙しいようなのでこれでおいとますることに。帰りがけに手紙を渡された。


帰ってその手紙を読むと、一週間後にエイブリック邸に来て欲しいと書いてあった。



翌日から急ピッチでマーチング用のドラムを作ってもらうことに。なんかこれを作らないといけないと思ったのは即位パレードの為だったんだな。俺は何かにプログラミングされてるんじゃなかろうな? もしそうならこれはイベントかもしれん。そう思うと嫌な予感がする・・・ エイブリックが狙撃されたりするんじゃないだろうな?


弓なら護衛達で防げるかもしれないけど、魔法攻撃なら防げないかもしれない。これはアーノルドに相談した方がいいな、アイナにも待機してて貰った方が安心だしな。


どのルートを通るかしらないけど、エイブリック邸に行った時に警備の相談をしておこう。


パレードなんかしなきゃいいのに・・・




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