第542話 挨拶
屋敷に戻ってから風呂でダンが俺に詰め寄る。
「人前でこっ恥ずかしいことさせやがって」
「いつまでもぐずぐずしてっからだろ?」
「俺があそこでミケになんも言わなかったらどうするつもりだったんだよっ」
「そんな心配はしてない。遅いか早いかの違いだけだったからな」
「どういうこった?」
「ミケにはもうダンクローネって家名が付いてんだよ」
は?
「いつ
「ダンの故郷の跡地でミケから光が出て倒れた時だよ。状態が分からなかったから
「なんだよそれ? 言えよっ」
「ほっといても大丈夫だと思ってたんだよ。それがこの有り様だよまったく」
「しょーがねぇだろ。色々と考えちまうんだからよ」
「これからどうする?」
「何がだ?」
「住むところとかだよ」
「このままでいいじゃねーか」
「別に二人がそれでいいならいいけどね。いずれは新居とか必要なんじゃないの?」
「そりゃあな・・・」
「なんかまだ引っ掛かることあんの?」
「ぼっちゃんの護衛があるだろうが」
「あー、ダン。それなんだけどな」
「ん?」
「俺の護衛は義務教育が終わるまででいいぞ」
「どういうこった? 俺はクビってことか?」
「そんなんじゃないよ。俺の義務教育が終わったらダンはダンの人生を歩んでくれ。義務教育が終わったら俺は魔法学校に行くだろ? そうなったら多分あちこちに行けなくなると思うんだ。授業がどれだけ難しい内容か全くわかんないし、休みの時に西の街に仕事をしに行くかもしれないけど、そん時はミケと一緒に付いてくればいいだろ?」
「そうか・・・」
「で、俺が学校に通ってる間はダンもすることないだろ? 卒業してちょっとしたら俺も成人だしな」
「そうか、それもそうだな・・・」
「だから、義務教育が終わる今年までで護衛は終わり。今のうちに新居とか探しておいてくれ」
「ここから引っ越したら飯どうすんだよ?」
心配はそこか・・・
「二人で作ればいいだろ? それかミケに作ってもらえ」
「そんな事したら毎日魚になるじゃねーか」
「良かったな。王都かディノスレイヤ領なら魚は手に入りやすいぞ」
「そんな問題じゃねーっ」
あー、なんか自分で言ってて寂しいな。こうやって毎日ダンとなんやかんや言い合う生活はあと1年もないのか。
ダメだ・・・ なんか泣いちゃいそうだ。
ぶべべべべべべっ
目に溜まった涙を誤魔化すのに水魔法でダンに水を吹っ掛ける。
「冷てっ! いきなり何しやがんだっ!」
ダンはお湯のバルブを捻って俺に応戦する。
「熱っつ。火傷するだろうがっ」
「火傷しても治癒魔法で平気だろ?」
「そんな問題じゃないわっ」
その後二人で風呂の水をバッシャバッシャ掛け合って暴れる。
目に入ったお湯をコシコシしていると、ダンの目にもお湯が溜まっていた。
「ゲイルとダン、何やってんねや? 風呂でえらい暴れてるわ」
「さぁ、ジャレてるだけじゃありませんこと?」
「そやな、気にしたら負けや」
「でも良かったですねミケさん。おめでとう」
「へへへ、ありがとうなシルフィード。あんたも頑張りや」
シルフィードは何を頑張ればいいのだろうと思ったけど口にはしない。
「ミケさん、皆の前であんな風に結婚を申し込まれるなんて羨ましいですわ」
「マルグリッドもそのうち誰かに結婚申し込まれるんちゃうん? 来年成人やろ?」
「そうですわね・・・」
「えー、いいなー。私もゲイルくんに結婚申し込まれないかなー」
「ゲイルにはワシとシルフィードがおるじゃろがっ」
「だって貴族って何人でもお嫁さん貰えるんでしょー? 私もそこにいれてくれてもいいじゃなーい。ゲイルくんのお嫁さんなら一生好き勝手して暮らせるんだよー?」
「お主がゲイルと結婚したいとか抜かすのはそれが理由か? 今でも十分好き勝手に暮らしとるじゃろが」
「だって、ミグルもおんなじでしょー?一人で寂しかったから勝手に嫁だ嫁だって言ってるだけじゃーん」
「そっ、そんな事はないぞっ」
「えー? ほんとーかなー? 別にゲイルくんの事を愛してるとか思ってないでしょー?」
「そ、そんな事は・・・」
「だってそう思ってたら他の女の人がそばにいるの嫌じゃーん。ミケはそーだったんだよねー?」
「な、な、な、な、なんでウチに振るねんっ」
「だって、さっきゲイルくんが言ってたじゃん。ダンが他の女とイチャイチャしてるのが嫌だったからお互いにイライラしたんでしょー? 本当に好きになったらそーなると思うんだー」
「ミサはゲイルに他の女がいても平気やっちゅうんか?」
「全然へーき。だって、美味しい物も楽しい事も新しいアイデアとか色々くれるもーん。ずっとそばにいてほしー」
「わ、私はちょっと嫌かな・・・」
「ん、何?」
「なんでもない・・・」
ブクブクっとお湯に潜るシルフィード。
「どうして皆さんはそんなに結婚、結婚っていうんですか? ぼっちゃまはまだ9歳ですよ」
「ミーシャもゲイルくんの事好きなんだよねー?」
「はい、好きですよ」
「他の女の子がそばにいても嫌じゃないのー?」
「ぼっちゃまにはいつも誰かそばにいますよ?」
「そーゆー事じゃなくってー」
「うーん、昔はどこに行くのも一緒でしたけど、ぼっちゃまが大きくなるに連れてお留守番になることが多くて寂しいっていうのはありますよ」
「なんかそれもちがーう」
「そうですか?」
クスクスクスクス。
「やっぱりこの屋敷は楽しいですわね。いつまでもこの時間が続けばいいのに・・・」
ゲイルがダンを解放するのにあと1年もないと寂しがっているのと同じく、マルグリッドもまた残り少ないこの時間を噛み締めるように心に刻んでいた。
「じゃ、ディノスレイヤ領に行ってくるよ」
バンデス夫妻は接待が終わった後にディノスレイヤ領に行ったし、グリムナは一度
俺はジョンの成人祝いパーティーに向けて、あれから一所懸命にウクレレを練習し、ようやく1曲弾けるようになったのでパーティーで披露するのだ。
歌は無しにしておこう。なんかややこしいみたいだし、祝いの席に合う詞でもないからな。タイトルに「15のほにゃらら」と付いてるだけで選んだ曲だ。
俺の馬車に全員乗れないので、イナミン達の馬車に分乗させて貰い、着いたのは夜だ。思いの外イナミン達の馬車は遅かった。というより、俺の馬車が速いのだ。
「ずいぶんと遅かったのね、もう今日は来ないのかと思ってたわ」
「アイナ殿、遅くなってしまってすまない。途中で泊まろうかとゲイルに言ったんだが、ライトを点けるからこのまま行こうと言われたものでな」
「おぅ、イナミン。良く来たな。飯はどうした?」
「まだだ」
「なら、バルに行こうか」
という事で馬車3台でバルまで移動。
「ここも盛況だな。それにしてもめちゃくちゃ明るい店だな」
イナミンは田舎の店とは思えんと驚いている。
「明るい方がお客さんも寄ってくるしね」
「ここもお前が作ったのか?」
「おやっさん達の飯どころのつもりだったんだけどね、小金持ってる冒険者達に人気の店だよ」
イナミン夫妻はバルを絶賛していた。
俺に出された料理は好物の麻婆豆腐とエビチリだ。素直に旨い。車エビのエビチリなんて贅沢だね。そうだ麻婆豆腐にあれかけちゃお。そう、ダンの故郷に行くときに見つけた山椒だ。花椒もどこかに生えてないかな・・・
うん、この山椒のぴりりと来るのがたまらんな。
「ゲイルさん、いかがで・・・」
あ、やべっ、山椒かけてるのをチュールに見られた。
「何ですかそれ?」
「いやー、スパイスというか、好き嫌いの別れるやつだよ。気にしないで。エビチリもめちゃくちゃ旨いよ」
「エビチリ?」
あ・・・。
「こ、これもご存知だったのですね・・・」
「いや・・・ その・・・」
「あと、さっき掛けてたスパイスを試させて下さい」
はひ・・・
「こ、これはぐっと風味が変わりますね」
「癖があるからダメな人はダメだから最初に掛けない方がいいぞ」
「他に使い道はあるんですか?」
「昆布の佃煮にいれたり、ちりめんじゃこに入れたりとか・・・ うなぎの蒲焼きにちょっと掛けたりとかかな」
「どれも知りません」
だろうね。俺もこっちに来てから作ってないし、うなぎも見ていない。
ちなみに南の領地でシラス漁をしてもらうつもりはない。個人的にシラス漁はして欲しくないのだ。小魚は様々な魚達の餌になる。漁で一網打尽にすると全体に影響が出るような気がするのだ。決して防波堤で釣りの準備をしてる朝マズメにベイトが入ってると喜んでたら目の前で漁船に網を入れられた恨みからではない。
チュールが山椒を分けて欲しいとのことなので、明日育てて渡す約束をした。
ついでにエビマヨも教えておこう。
時間が遅かったので、バンデスやドワン達はいなかった。呼んできましょうか? と言われたが、さっきからきっさまーっとかくそ親父っとの怒鳴り声と、ガッチャンガッチャン物が壊れる音がしている。こっちにきたら巻き込まれそうなので、明日会うからいいと断っておいた。
晩飯を食い終わった後アーノルドの先導で屋敷を通り過ぎ迎賓館へ。もう出来てたんだ。へー。
イナミン夫妻だけだと寂しいだろうと、俺達全員ここに泊まる事になった。
アーノルドとアイナが屋敷に戻るとダンとミケが話があるからと屋敷へと向かった。
「おぉ、よかったな」
ダンの報告に喜ぶアーノルドとアイナ。
「はい、ありがとうございます」
「で、いつから一緒に住むんだ?」
「来年くらいにはと考えてます」
「来年? なぜだ?」
「実はぼっちゃんの護衛のことなんですが」
とダンがゲイルと話した事を報告する。
「そうか、すでにゲイルとその話をしたか。成人までと思ってたが、ちょいと俺の考えより早かったな」
「自分もぼっちゃんが成人するまでと思ってましたけど、あの頃とまったく状況が違いますので・・・」
「そうだな。あいつはもう強さも経済力も身分もあるからな。まったくまだ9歳だってのに・・・」
「ダン、ゲイルの護衛やめるんウチのせいなんか?」
「いや、ぼっちゃんは元々そういうつもりだったみたいだ」
「でも、成人したら遺跡探検とかしたい言うてたやん。ダンがおらんかったら誰が一緒に行くんや? いくら強い言うてもシルフィードと二人だけやったら危ないやん」
「そりゃあ・・・」
「ミケ、そんなのはアイツが成人してからの話だ。ダンとお前は自分達の事を考えろ。ゲイルはその為に義務教育まででいいと言ったんだろ? あいつの気持ちを無駄にしてやるな」
「そやかて・・・」
「大丈夫だ。あいつはあいつでなんか考えてんだろ。自分の事はともかくシルフィードを危険に晒すような事はせん」
「分かった・・・」
「で、ダン、仕事はどうする?」
「それはまたおいおい考えます。二人ならもう一生食っていけるくらいの蓄えもありますんで」
「そうか、俺の力が必要なら何でも言ってこい。お前はパーティーメンバーなんだからな」
「はい、ありがとうございます」
ダンとミケはアーノルド達に深々と頭を下げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます