第541話 ダンの歩む道

もう飽きるまで踊らせよう・・・


人の青春も見飽きたので、一人で肉を焼いて食べていく。帰っても何も無いからな。結局ポテトはミサに食われてしまったのだ。


そういや、最近ここの牛肉も旨くなってきたよな。サイコロステーキみたいな物を焼いて食べると程よく入ったサシが溶け出して旨い。


牛の餌とか変わってきて肉質が変わって来たのかかもしれん。次は南の領地の黒豚とここの豚のハイブリッドがどうなるか楽しみだな。


俺は牛や豚達を見に行かないようにしている。あいつらって見ると可愛いのだ。エゴだとは思うけど、可愛いがってしまうと食べられなくなるからな。豚丼と名付けて泣きながら食べる強さは俺には無いから現実逃避をするのだ。


一人でうまうまと肉を食ってるとシルフィードがやって来た。


「私も食べるから焼いて欲しいな」


ほいよと肉を網に乗せていく。


シルフィードが抜けた事によってちらほらと人が抜け始めてオクラホマミキサーは終わったようだ。次にやるなら3周とか初めに決めた方がいいかもしれん。


「どうしてゲイルは踊らなかったの?」


「俺には青春は不要だからね」


青春を羨ましいと思う反面、もう面倒臭いのだ。記憶が無かったらあのドキドキも楽しめるのかもしれんが、前世の記憶があると動悸と変わらん。


俺が言った青春の意味が分からないシルフィードはキョトンとしていた。


「ぼっちゃま、私にもお肉下さい♪」


まだ食うのかミーシャよ・・・


「ゲイル、サバ持ってないん?」


「あるよ」


「ぼっちゃん、南の酒はあるか?」


「あるよ」


「ゲイル、チョコレートはあるかしら?」


「あるよ」


俺はどこぞのマスターか。


オクラホマったあと、いつものメンバーが俺の周りに寄ってきて、あれやこれやと注文してくる。魔道バッグに常に何かを入れてあるのを知っているからだ。そういや、じゃがいもも魔道バッグにあるじゃんかよ。わざわざダンに取りに行って貰う必要なかったなとか今更ながらに気付く。


ティロリン ティロリン ティロリン


またアルの奴が練習をし始めやがった。


「ゲイル様、先ほどお召し上がりになられなかったようなので追加をお持ち致しました」


なぁ、パリス。お前ら打ち合わせしてんじゃねーだろうな?


もう肉を食った後なのでいらないとは言えずにポテトを受け取り、むぐむぐとポテトを食べながらサバとか焼いていく。


アルがティロリンとやってる横でジョンも練習中だ。あれはコードってやつかな?


マルグリッドはチョコを口に入れてからジョンと話している。もしかしたらマルグリッドはジョンをからかって楽しんでいるのではなく、素であんな顔をして話してるんだろうか? あれって恋する乙女の目のような気がする。それを証拠に護衛のビトーが困ったように見ているからな。


いったいマルグリッドはどういうつもりなんだろうか? 普通の男女ならお好きにどうぞって感じだけど、マルグリッドは大貴族のご令嬢だから可哀想だけど個人の感情が優先される事はない。ジョンも間違って惚れてしまわなければいいけど・・・


ここにはいつものメンバーしか居ないのでダンもミケも普通に戻っている。一緒にサバを食べながら泡盛もどきを楽しそうに飲んでやがる。素直にそうすりゃいいのに。


フンボルトはザックと飲みながらなんかを話している。仕事で顔見知りの二人だからな。内容は何か知らんけど。



ミグルがアル達から離れてこっちにやってくる。


「ゲイル、ワシにもなんか焼いてくれんか」


「エイプでいいか?」


「なぜ、他の肉があるのにエイプを食わんといかんのじゃっ!」


スキルが無くなってもこいつにはなんかちょっと意地悪したくなるんだよな・・・


「いや、エイプって結構旨かったじゃん」


「北の街で昼に食ってきたからいらんのじゃっ」


こいつら孤児に寄付した肉食ってきやがったのか・・・


「お前なぁ、孤児達の肉を食うなよ。飯くらい持参していけ」


「持って行ったワイっ。孤児達の飯を食ってみないとダメじゃとアルが言うから交換したんじゃ」


なるほど。


「で、どうだったんだ?」


「塩味のスープじゃ。みな嬉しそうに食っておったが、ハッキリいってあれだけじゃと足らんじゃろ。エイプの肉も小さく少しずつしか入っとらん」


もう在庫が無いのかもしれんな。冬は野菜も冒険者達が狩ってくる魔物も減るからな。そう思うとエイプの肉も大量にあったとはいえ、よくここまで持たせたな。保存が効かない物から先に食べていったのかもしれないけど。


「で、アルはどういう感想だったんだ?」


「それなりにショックは受けておったぞ。あいつも冒険の時に飢えを経験しておるでな。孤児達が常に飢えておることが身に染みたんじゃろ」


さっきからアルがティロリンを延々と繰り返してるのは考えごとをしているからかもしれん。無意識にティロリンティロリンとやってるだけなのかもな。


「どういう手を打っていくつもりなんだろうな?」


「ワシはもうすぐ研究室に行くでな。口出しはしておらん。ワシがしてやれることは家を寄付してやるぐらいしかしてやれん。あとはアルが決めることじゃ。ゲイルもそう言うたじゃろが」


「そうだな。ほい、肉焼けたぞ。エイプで良かったんだよな? 昼はあまり食えなかったんだろ?」


「エイプはいらぬと言うたじゃろがっ!」


「嘘だよバカ。エイプの肉は全部寄付したから持ってる訳ないだろ。これはミノタウロスの肉だよ」


「普通の肉をだせーーっ! なぜワシだけ魔物の肉なんじゃーーっ」


ミノタウロスももう無いっての。これは牛だ。


「たまにはミーシャやシルフィードにするみたいにワシにも優しくせんかっ」


「十分優しくしてるだろ?」


「いーや、ワシだけ扱いが違うのじゃ」


「ぼっちゃんはミグルが可愛くて意地悪すんだろ? それくらいの歳頃にはよくあるこった」


ダンのやろう・・・こんな場面で仕返ししてきやがった。


「そうか? 30過ぎても同じような事をしている奴知ってるけどな。ほら、拗ねたりするやつって見たことないか?」


カウンターパンチだ。


「誰が拗ねてんだっ!」


「あれ? ダンは何か心当たりあるのか?」


「ねぇっ!」


「なら怒るなよ。いい歳した男がみっともないぞ」


「あー、そういや俺も知ってるわ。ほら、何人もの女の子をそそのかしてハッキリさせてやらん子供とか」


言うねぇ・・・


「そんな奴、いるんだ。へぇ知らなかったなぁ」


挑発には乗ってやらない。俺はそそのかしてなんかいないからな。


挑発に乗らない俺に悔しそうな顔をするダン。口喧嘩で俺が負けるわけないだろ? しかし、今のパンチだけで済むと思うなよ。次のパンチはねじりこむようにして打つべしっ!


「そういや、ダン。昨日機嫌悪かったよな。なんかあったのか?」


「機嫌悪くなんてねぇっ」


「そう? 俺は機嫌悪いと思ったんだけどなぁ。なぁミケもそう思うだろ?」


「えっ? ウチに聞くん?」


「なんでミケに聞くんだよっ?」


「いや、なんとなく」


「言いたい事があればハッキリ言えよっ」


「いいの?」


「何がだ?」


「俺のパンチは効くよ?」


「いいぜ、打ってみろよ」


「じゃあ遠慮なく打つぞ。覚悟はいいか?」


「勿体ぶるなよ、悪い癖だぜ。おやっさんもよくぼっちゃんのそれに怒ってただろうが」


じゃ、遠慮なくいこうか。甘酸っぱいものはそろそろ胸焼けをおこす。それに俺は早く猫熊パンダを見たいのだ。逆パンダじゃないのをな。


「じゃ、遠慮なく。コホン・・・えー、痴話喧嘩は人の居ない所でやれっての。もう甘酸っぱくてお腹いっぱいなんだよ」


なっ!? と真っ赤になる二人。


「誰が痴話喧嘩だっ!」

「誰が痴話喧嘩やねんっ!」


「あのな、ダン。ミケ目当ての客が増えててもそれをこいつは品物売ることしか考えてないだろ? あとは場を盛り上げるサービス精神だってことも」


「わかってるわっ。そんなことっ」


「ミケ、お前もダンがちやほやされて喜んでんの見たことあんのか? ボロン村で美人にちやほやされてもこいつスルーだぞ、スルー。美女揃いのエルフ達にもニコリともしてなかっただろうが」


「そ、そんなんウチに関係あらへんやんっ」


「お互いちゃんと話してないからそんなつまらん事でウジウジせにゃならんのだ。これが子供同士ならいいけど、ダンはもうオッサンだろ。これ以上ウジウジしてっとこじれてミケを失うぞ」


「なっ・・・」


もう口出しはしないと思ってたけど、ダンはもうオッサンだ。過去の事もあるし、恋愛に臆病になっている。このままほっとくとズルズルとこの状態が続くかもしれない。この際に引導を渡してやらねば。


「人前で何を言い出すんだよぼっちゃん。ミケが困ってんだろがっ」


俺は真剣な顔をしてダンをじっと見る。


「な、なんだよ・・・っ」


「ダン、人は後悔する生き物だ。誰しも後悔をする。あの時ああしてれば良かった。こうすれば良かったとな」


「それがなんだってんだよっ」


「それ、今なんじゃないか?」


「は?」


「将来、ああすれば良かったという時が今だって言ってんだよ。この後悔は一生響くぞ。お前の引っ掛かっていることや意地はずっと後になってからツマランものだったという事に気付く。その時は全てが手遅れになってるって事だよ」


「ぼっちゃんに俺の気持ちが分かるかよっ!」


「俺はダンじゃないから全部分かってるわけじゃないのは確かだよ。でもな、後悔するだろうってのは分かるんだよ」


「なんでそんな事が分かるってんだ?」


俺には経験があるからとは言えないので茶化さずに本音で語ろう。


「ダンには幸せになって貰いたいからだよ。お前がこれ以上後悔する顔を見たくないんだよ」


「なんだよそれ・・・」


「ダンはいつも自分の事を後回しにしたり、感情を殺したりするだろ? もういいんじゃないかそういうの?」


・・・

・・・・

・・・・・


「それとも一生踏ん切りがつかないか?ミケはミケだからな」


「それは分かってる・・・」


「ならどうすんだ? 踏ん切り付くまでミケを待たせ続けるか?」


「ゲイル、もういらんこと言いなっ」


「ミケ、お前はどうすんだ? 煮え切らないオッサンはジジイになっても多分このままだぞ。ひょっとしたらお前の前から姿を消すかもしれん」


「えっ・・・?」


「ダンの性格を考えたら分かるだろ? 煮え切らない自分にいらついて、このままじゃいけねぇとか、ミケの為には自分はここに居ない方がいいとか考えるんだよ。ダンが本気で気配を消して姿をくらませたら父さん達でも見つけだせないかもしれん。そん時にお前が探そうと思っても無駄だぞ」


「そ、そんな・・・ ウチ、ウチ・・・ダンがおらんようになってしもたら・・・」


「ダン、ハッキリしてやれ。ここが人生ターニングポイントってやつだ。未来への道は無数にある。知らぬ間に望まぬ道を歩くより自分で歩く道を選べ。その方が後悔が少ない」


「ダンっ! ウチはダンの事が・・・」


「それ以上言うなっ ミケ」


ダンに怒鳴られビクッとするミケ。



少し間が開いてぼろぼろと泣き出すミケ。その様子を見てダンが頭を掻く。


そして・・・


「あー、俺はミケが好きだ。ずっとそばに居てくれ」


「えっ?」


「つまり、俺と結婚してくれってことだ。お前の事は命を掛けて守る」


「う、ウチでええのん・・・? ウチ、フラン・・・ とちゃうで・・・」


「そんなこたぁ分かってる。俺はミケに言ったんだ。返事はっ?」


照れ隠しに怒鳴るダン。


「はははははは、そんなん決まってるやんっ」


ミケはガバッとダンに抱きついてまた泣き出した。



これまでのやり取りをずっと見ていた皆から拍手と歓声が一斉におこる。


これで、貴族街で人気講演だった <きっとまた会えるから> の完結編がエルフ達によってこの街で披露されるだろう。


二人が大歓声に包まれるなか、なぜか吟遊詩人達は魔女っ娘のテーマソングを弾き出した。なぜこの曲を? と思ったけど、そうか素直になれないことをごめんということか。吟遊詩人達には元の歌詞を教えてないんだけどな・・・・



さ、これでエルフ達の歌劇でやることも決まったし、そのうち猫熊パンダのぬいぐるみも作って商売安泰だな。



良かったな。ダン、ミケ。



ダンはいつ俺から解放してやろうかな・・・


そう考えるとちょっと寂しくなり、心の中で泣いてしまったゲイルであった。


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