第535話 広告塔

「お帰りなさいぼっちゃま」


「ただいまミーシャ・・・」


「ずいぶんとお疲れのようねゲイル。うちの父とは会ったのかしら?」


「挨拶に来てくれてマリさんの事でお礼を言われたよ。ちゃんとここにいることは伝えてあったんだね」


当たり前でしょとクスクス笑われる。


「どんな印象でして?」


「上品な貴族って感じ。さすがに昔から大貴族をしてるだけの事はあるよね。うちの父さんとはえらい違いだ」


「よけいなお世話だ」


ごちんとアーノルドに頭を殴られる。


「私はアーノルド様とアイナ様の方が羨ましくてよ」


いや、マルグリッドのお父さんを羨ましいとは思ってないんだけどね。


「何か他に言ってませんでした?」


「あとは商品の仕入れに関して聞かれたよ。イナミンさんがそばにいたから話したけど、無理だと悟って引き上げて行ったけどね」


「そうでしょうね。父はああ見えて聡いですから」


いや、アホウとか言ってないよ。


「マリさん、お父さんが王都にいる間どうすんの? あっちに行くの?」


「顔は出しに行きますけど、戻らないつもりよ。迷惑かしら?」


「いや、ぜんぜん。好きなだけ居てくれればいいよ」


「ありがと、ゲイルはやっぱり優しいわね」


ウフッとウインクされる。また嵌められているのだろうか? 今日一日で何回も嵌められたからなんでも疑心暗鬼になってしまう。


「父さん達はいつまでいる?」


「あぁ、明日イナミン達が来るだろ?うちにも招待しようと思ってるんだ。ついでにジョンの成人祝いもしてやらんといかんからな」


ついでってあんた・・・


「いつにするの?」


「グリムナとバンデスの予定も確認したいからそれからだな。お前は予定を合わせられるか?」


「今のところ急ぎはないから大丈夫」


「なら、グリムナ達が来てから決めよう」


「イナミンさん達は領地に戻らなくて大丈夫かな?」


「春まで王都にいるらしい。雪で帰れんかもしれんからな」


そういやそうだな。


「マルグリッド、お前も来るだろ?」


「宜しいですの? 私は未成年ですのよ?」


「うちはそんな堅苦しい社交会みたいな事はせんからな。ただの宴会だ。気にする必要はない」


「では喜んでお招きに預かりますわ」


「ベント、お前はどうすんだ? このままディノスレイヤ領に戻るのか?」


「そのつもりにしている。月に一度はここの様子を見に来るつもりだ」


もうジョンも俺もディノスレイヤ領の領主になることはないだろうから、このままベントが次期領主だな。しっかり頑張りたまへ。


「ミグル、お前はいつから研究所に行くんだ?」


「まだじゃな。2月頃からじゃと思うぞ。エイブリックもバタバタしておるじゃろうからな」


ならミグルも行けるな。これで全員参加可能ってことか。嵌められる心配のないパーティーは楽しみだな。



翌日、早々にイナミン夫妻がやって来た。


「なかなか良い屋敷だが、お前の身分からしたらもっと大きくてもいいんじゃないか?」


「十分だよここで」


ディノスレイヤ領に行って、実家を見たら小屋とかいいそうだな。


「西の街を案内したいんだけど、庶民街だから馴れ馴れしく寄って来たりする人達がいるけど問題ないかな?」


「うちもそんな感じだから気にはせん。早く行こう」


という事でアーノルド達も連れて街案内。


「ん、同じような服を着ている子供が多いな。ここで流行っているのか?」


「板芝居ってのをやっててね。見に行く?」


ふと気が付くとリンダが寒そうにしている。南と比べると寒いからなここ。


「リンダさん寒い?」


「そうね、でも大丈夫よ」


いや、こんな美人さんの鼻が垂れる姿は見たくはない。


ということでミサの店に先に行こう。



「よ、どうだ?」


「あー、ゲイルくん、お客さん連れて来てくれたのー?」


お、結構流行ってんじゃん。アクセサリー中心に売れてるみたいだな。


「毛皮のコートが欲しいんだけどサイズ合わせて。リンダさんのやつ・・・・と、母さんのも」


リンダの分だけ買ったらアイナが拗ねるからな。


「あー、お久しぶりでーす」


リンダもニコニコっと手を振る。



おぅ、リンダはやっぱり毛皮のコートめっちゃ似合うな。


「ミサ、リンダさんには黒のロングブーツも合わせてみてくれないか? 母さんにはショートブーツの毛皮をあしらったやつで」


エイプのコート、リンダのは襟がボリュームのあるタイプ。アイナはフード付きのタイプだ。


「わーっ、とっても似合ってるー」


うん、俺もそう思う。


イナミンもリンダをベタ褒めし、アーノルドも珍しくアイナをちゃんと褒めていた。シルフィードは今着ているダウンジャケットでがまんしようね。


「じゃ、代金は俺に請求しておいて」


「りょーかーい。毎度ありー」


「いやいや、ゲイル。女房の服くらい自分で払うぞ」


「いいのいいの、リンダさんと母さんには広告塔として街を歩いてもらうから」


「広告塔?」


そう、実はエイプのコートとロングブーツはまだあまりというかほとんど売れてないのだ。トルソーに飾った事で人目は引くのだが、そこそこ高額で販売させてるからな。アイナの履いたショートブーツはポツポツ売れている。


「これ、いくらで販売してんだ?」


「コートは銀貨30枚~40枚くらい。そのロングブーツは銀貨10枚、ショートブーツは銀貨5枚とかかな」


「値段を付けてないのはなぜだ?」


「貴族が買いに来たら3倍の値段で売るから」


は?


「庶民と貴族で値段が違うのか?」


「貴族にあんまり買いに来られても困るからね。貴族街との商会と揉めるかもしれないからそっちの値段に合わせたんだよ。ここはあくまでも庶民向けの店だからね」


「なるほどな。しかし、庶民もおいそれと買える値段じゃないだろ?」


「そうだね。でもこういう商品があってもいいと思うんだ。コートは長持ちするからずっと使えるし。そのうちオシャレの為にはお金使う人が必ず増えるから。だから高めの値段設定で憧れの店の商品にしておく必要があるんだよ」


「先々の事まで考えて値付けをしてあるってことか?」


「そう言うこと。でも暖かいし着心地もいいでしょ?」


「これ、裏地にうちの生地を使ってあるの?」


「そうだよ。裏地もオシャレにしておかないとね」


という事で違うコーディネートのコートとブーツで街を案内する。なかなか人目を引いてくれてるから成功だ。


次に板芝居を見学してもらってお揃いの服を着ている子供達の理由が判明してまた驚く。


昼飯はラーメンだ。ダンに予約を入れてもらっておいたのだ。イナミンは醤油豚骨と餃子にどはまりした。


次はメイド喫茶。アーノルドは嫌そうな顔をしたけど連れていく。案の定、イナミンも萌え萌えキュンをやらされて真っ赤になっていた。


意外な事にリンダはフィギュアに興味を示して購入。しかも3体セットでだ。子供がいないからその代わりかと想像するとちょっと切ない。


いや、勝手な想像なんだけどね。


当て物屋はムキになりそうなので説明だけでやらせない。


次はマンドリンパレスだ。食事は無しで軽い酒だけ提供。晩飯は屋敷で食べるようにしてあるからな。


「ここ、いいなぁ。音楽を聞きながら飲む酒はいい」


マンドリンパレス、イナミンお気に入りになる。


「ここはまだオープンしてないんだけどね、来年にはそこそこ形になってると思うんだ。演奏と歌とか、劇とかを見ながら食事を提供する店なんだよ。劇だけを見るところは別に作ってあるけど、発展途上ってとこかな。今から新しい楽器を作って、劇をする人や衣装を作らないとダメなんだ。俺はしばらくそれに没頭するつもり」


「歌は吟遊詩人がやってるようなやつかしら?」


「いや、なんていうのかな。こんなの」


とウラウラ歌いながら机を叩いてリズムを取る。といってもベッカンコーのほうじゃなく、狙い撃つ方だ。


リンダがもう一度、もう一度と言うので何度もやらされる。演奏していたマンドリン達がそれを見て演奏を止めてこちらにやってきて優雅に挨拶をしたあと、今の歌と曲をもう一度とお願いされた。


「なるほど、この様な歌や曲があるのでございますね」


俺の歌を耳コピして演奏し始めるマンドリン。他の吟遊詩人達もそれに合わせるように演奏をし始める。


うん、弦楽器だけでもそれなりに様になっていくな。


そしてとうとうリンダが踊り出す。ラテンの血が流れているのだろうか?


残念だったのは ね・ら・○・う・ちのところが弓矢だったことだ。


「あー、汗かいちゃった」


「楽しそうだったなリンダ」


「そうね、久しぶりに身体を動かしたわ。ねぇ、これうちの領でも出来ないかしら?」


「ゲイルどうだ?出来そうか?」


「楽器が完成したら販売することは出来るけど、演奏する人が問題なんだよ。全部一からやってるからね。今マンドリンが演奏してくれたやつを楽譜ってものに書いて、演奏する人がそれで演奏出来るように共通ルールみたいなのを作ってるところだよ。一般化するのは何年も掛かるんじゃないかな?」


「そうか難しいのか」


「ゲイル、この店はいつからオープンなの?」


「もうオープンしようかと思ってるんだけどなんで?」


「じゃあ、冬の間はここに来ればいいじゃない」


ステージに踊りに来るつもりなのか・・・


「はい、お待ちしておりますリンダ様」


この店はマンドリンに任せてあるので好きにさせよう・・・



楽器作成の金管楽器は時間掛かるだろうから、先にドラム作ってもらうか。イナミンがもしかしたら演奏出来るようになるかもしれん。リンダに合わせて机を叩くリズムがよかったからな。



こうしてイナミン夫妻は王都にいる間、うちの屋敷に入り浸ることになるのであった。



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