第533話 社交会は続く
エイブリックへの貴族達の挨拶は一通り済んだようだ。使用人がグリムナ達を呼びに来た。王族や主要貴族に紹介するのだろう。シルフィードには悪いが俺は気配を消して魚のムニエルを食べに行った。忍法ダンの術だ。他の王族とか紹介していらん。
「ぼっちゃん、シルフィを見捨ててやるなよ」
「今日は姫様だからね。義務を果たさないと。ダンが俺の代わりに王族の名前を覚えて来てくれる?」
さらっと俺の義務をダンに押し付けて魚ゲット。このムニエル旨っ。ヒラメをムニエルにするとは贅沢だね。
「この魚旨ぇな」
ダンはあっさりと俺に寝返った。許せシルフィード。
「ゲイル、エイブリックの使用人がお前を探してんぞ」
アーノルドがシルフィードを見捨てた俺に呆れて呼びにくる。
「気配消してるから大丈夫」
「おわっ、アーノルド殿は誰と話してるのかと思ったらゲイルがいたのか。お前存在感ないぞ・・・」
イナミンが驚く。
「しっ、大声出したらバレるじゃん」
ゲッ、エイブリックが殺気飛ばしてきやがった。もぉー、バレたじゃん。
仕方がないのでオロオロしている使用人の前に出るとホッとした顔で俺を連行していきやがる。もう逃げないってば。
エイブリックの近くまで行くと皆と笑顔で歓談しながら俺のケツを蹴飛ばしやがった。よろめいたフリをしてドン爺の所に避難する。
「お疲れ様でした。陛下って呼んだらいいのかな?」
引退した王はなんて呼べばいいのだろう?
「うむ、この度の同盟締結の件大儀であった。少し向こうで話そうか」
人前では俳優並の演技力を発揮するドン爺。その場を離れ、ドン爺はナルディックを引き連れプライベートスペースのような所に連れて行ってくれる。
使用人達にいくつか食事と飲み物を運ばせた後、人払いをするドン爺。
「色々と巻き込んでしまってすまなんだな。お前は巻き込まんと約束をしておったのに」
「もう別にいいよ。これが俺を守る最善策だったんでしょ?」
「そう言ってくれると助かる。昔お前が忠告してくれた事が役にたっておるわい。あれがなければ今回、王位をエイブリックに渡す踏ん切りがなかなか付かんとこじゃったからの」
戦争に備える以外にも電撃的に王位を譲る必要があったんだなやっぱり。
「他の王族も知らなかったんだよね?」
「無論じゃ。全ては極秘裏に進められた。エイブリックの姉、アランティーヌとは会ったか?」
「うん、この会場に来て一番始めに挨拶に来てくれたよ。軍のトップのダッセルさんと息子のドズルだっけ?」
「そうか。お前の目で見てどうじゃった?」
「うん、お姉さんは短気そうだね。ダッセルさんは俺に敵意があった気がする。息子はダメだね。生理的に合わないと思う」
「ふむ、それ以外は何か感じたか?」
「んー、どうだろう ?エイブリックさんが王位を継いだ原因が俺にあるとか思ってそうだね」
「ふむ、そうじゃな。ここからの詳しい話はまた後日しよう。人払いをしたとはいえ、誰が聞いておるかわからんからの」
ナルディックが何かを合図したのかドン爺は突然話を打ち切った。それからは軽く食事と飲み物を頂き、たわいもない会話を交わす。
「ゲイル・ディノスレイヤ様。エイブリック陛下がお呼びでございます」
「もう逃げられんようじゃな」
「みたいだね。ありがとうドン爺」
「うむ。ゲイルよ。最後に一つ質問じゃ」
深刻な顔をするドン爺。
「何?」
少し嫌な予感がして返事をする。
・・・
・・・・
・・・・・
「次に南へ行くのはいつじゃ?」
やっぱり遊びたくて王位譲ったんじゃねーかっ!
「まだ決まってないけど、決まったら知らせるよ」
そう返事するとニコニコして手を振っていた。
待ちきれなかったエイブリックは呼びに来た使用人とほぼ同時にやってくる。
「早く来いっ」
「いや、もういいって。他の人を紹介されても俺は関係無いし」
「つべこべ言うなっ」
ズルズルっと首根っこを掴まれて連行されてしまった。
王族や派閥貴族がいる場にポイッと投げ捨てられる俺。そこにはプクッとほっぺを膨らせるシルフィード。グリムナからは冷気が出ている。次に逃げたらツタで拘束されるなこりゃ。
こんなに一度に紹介されても覚え切れないって・・・
俺はヘラヘラと笑って適当に挨拶をしておいた。
アルの横にはジョンがすでに護衛として付いている。今回の式の中で任命されたのだろう。護衛団はうちに入り浸っているし、ジョンとアルの関係も知っているので当然の如く受け入れられたようだ。
あー、アルのやつニコニコとゴーリキーと話をしてやがる。俺が嵌められたくらいだ。アルなんて赤子の手を捻るようなもんか。しかし、ここにゴーリキーがいると言うことはエイブリックの派閥なのかな? スカーレット家はいないな。
「ゲイル様がお召しになられている服は見事なものでございますな。さりげなく袖から見える紋章ともよく合っておられる。このような服を作る店を教えて頂きたいものですな。あっはっはっは」
イヤミか褒めてくれてんのかわからんな。
「えーっと、この服変かな?」
もしかしたら貴族の中でだけ通じる隠語とかあるのかもしれんからな。ぶぶ漬けでもどうどす? みたいな。
「いえいえ、高級感というか気品溢れるこの生地はシルフィード姫と同じものとお見受け致しました。もしや、エルフの国の特産品かと思いましてな。しかし、ゲイル様と姫様がお並びになられていると良くお似合いでございます。お揃いの花を付けておられるということは・・・」
さて、なんて返事をしようか・・・
「あぁ、ゲイルはシルフィードと婚約をする予定だ」
ゲッ・・・こんな所で言うなよグリムナ。
しかし、婚約しているではなく、婚約する予定と言ったのは少し気を使ったのだろうか?
おおーと声が上がる。どんどん周りを固められていくな・・・
「グリムナ王、この生地はウエストランド王国にも輸出されるおつもりがあるなら是非・・・」
「これはうちの特産品ではない。ゲイル達が作っているものだ。うちから出したものは他にあるがゲイルに任せてある」
「なんとっ、これはゲイル様が開発されたものなのですかっ」
「いや、開発というかイナミンさんの所で作って貰ってるんだよ。まだ試作段階だから、量産出来るようになったらロドリゲス商会を通じて流通させるよ。ただ、デリケートな生地だから高額にもなるし、扱いも難しいんだよね。普通に洗えないし」
「イナミンさんとは・・・、もしや、南の領地の? そういえば今回いらっしゃってますな」
「今日の食事に出てる魚とかフルーツとか南の領地産の物も多いよ」
「リークウ家は気難しく・・・ 失礼、独自の領営をされていて、ほぼ砂糖の出荷しかされていなかったはずでは?」
「そうみたいだね。でもこれからはたくさん色々な物が出てくるよ。あそこの領地は面白いんだよね。あそこに住みたいぐらいだよ」
釣り天国だからな。
「ほう、それは朗報ですな」
「ゲイル、変な期待を持たすな。リークウが他のやつらと上手く付き合える訳がないだろ。スカーレット家も上手くあしらわれてたじゃねーか」
エイブリック、なんで知ってるんだよ?
それに王になったのに普通にしゃべるな。
「陛下、それはどういった・・・?」
「お前らも知っている通り、リークウ家は気難しいというか、お前らとは合わん。今も話してるのはアーノルドだけだろ? 南の領地の物が欲しければ素直にロドリゲス商会と交渉しろ。例えお前達のお抱え商会が南の領地に交渉に行っても同じものは手に入らん。ゲイルが南の領地でやったことをお前達がやれるなら別だろうがな」
「ゲイル様はいったい何を?」
「聞いても無駄だ」
話を強引に終わらせようとしたエイブリックだが、引き下がらなさそうなので説明する。
「単に俺が欲しいものをイナミンさんのところの人達に作って貰ってるだけだよ。流通量が少なかったのは道が細くて大型荷馬車が通れなかったからでね。その道も整備もしたから流通量が増やせたたんだよ」
ざっくりとした説明では納得いかないようなのでエイブリックは使用人にイナミンとアーノルドを呼ぶように指示する。
「この度は即位誠におめでとうございます」
ちゃんと挨拶をするイナミン夫妻。
「よっ、思ったより王になるの早かったな」
ちゃんと出来ないアーノルド夫妻。
そこからイナミンに特産品の交渉をする貴族達だが、スカーレット家にした説明と同じ内容で返答し、それ以上話すのは面倒臭くなって俺に話を振る。
「なんだ、ゲイルはうちの領に住みたいのか? いつでも屋敷を作ってやるぞ。どこがいい?」
「屋敷とかいらないよ。あそこだけで十分」
「そうか。なら、ナンゴウが引退したらあの領をお前にやろう。リンダ構わんよな?」
「ゲイルが見てくれるなら安心ね。賛成よ。アリナミンとも仲がいいから安心ね」
は?
「おい、リークウ。ゲイルは王都の西の街と領を持ってるんだ。そこまで手が回るかっ」
うん、エイブリックその通りだ。
「問題ありませんよ陛下。すでにあそこはゲイルの指示で動いていますので。細かい実務はどうとでもなります。重要なのは方向性を示す事とそれを実現する為の政策。ゲイルはそれに加えてすでに開拓と指導までやっておりますからな。はっはっはっは」
「ならいい。任せる」
おい、任すなっ!
「ゲイル、今まで通り年に何回か来てくれるだけで大丈夫だ。宜しくな」
「あ、うん・・・」
行くのは行くけどさ・・・
まだまだ巻き込まれは続いていく。
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