第530話 戴冠式当日

朝飯を食べ終えるとお迎えが来る。着替えは城でと言われていたのでまだ着替えてはいない。というかここに着替えは無いのだ。


「シルフィード様はこちらの馬車へ」


俺とシルフィードが行く先は違うらしい。一人にされるシルフィードは不安そうな顔をして別の馬車に乗った。俺も心配だけど、シルフィードはシークレットゲスト扱いだから別の部屋で待機させられるのだろう。隠密が付いてくれてるから問題は無いはずだけど。



控え室に案内されると、服の準備が始まる。出してハンガーに掛けておいてくれればいいのに、俺の許可なくケースを開けてはいけないとの配慮らしい。ほら、折シワ出来てんじゃん。


この世界でアイロンは鉄を熱して布に当てる原始的なやつだ。温度調整機能はない。


「この服の素材ってデリケートなんだよね。直接アイロンあてずに、こうやって他の布を乗せてかけてね」


と説明したあと、シルフィードの着替えを担当する人にも同じ事を伝えてもらう。俺達より出番が後だから間に合うだろう。


使用人が俺の着替えを手伝ってくれるが、着せ方がわからないようでまごまごしている。サスペンダーを見たことがないからだ。


「これはベルト代わりにするものでね、こことここをこうやって止めてと」


予め長さは合わせてあるのだが、靴を脱いでる時はズボンが長い。


「少々、ズボンのお丈がその・・・」


足が短いと言いたいのか?


「靴を履いたらぴったりになるから大丈夫」


シャツも長めに作ってあるのでアームバンドで調節。袖にはカフスボタン。ミサにタイピンと同じデザインで作って貰ったのだ。まさか紋章をデザインにすると思わなかったが・・・


アスコットタイを結んでタイピンを止めて完成。黒のフロックコートの袖からちらりと見える旭日旗のカフスはなかなか似合う。学ランの裏ボタンみたいな感覚だな。あとはポケットチーフと・・・ チーフもグレーで良いのに赤色とかにすんなよミサ。


「なんと素晴らしいお洋服でございましょうか。見たことがないデザインと生地。さすがはゲイル・ディノスレイヤ様でございます」


お世辞だろうけど、素直に褒めて貰ったと受け止めておこう。


着替え室から出るとダンが既に外で待っていた。


「ん? ぼっちゃん、なんかデカくなってねーか?」


「魔法の靴を履いてんだよ」


「魔法の靴?」


シークレットシューズだ。エスコート役をすることになったので、急遽靴底を作り直して貰ったのだ。5cm程度のもんだがこれでも変わるものだ。


他の使用人達も俺の服を見てほーっと驚いてくれる。さっきの褒め言葉はまんざらお世辞でもなかったのかもしれない。このフロックコートはシルク素材のサテン織で艶ッ艶だからな。一歩間違えば演歌歌手のステージ衣装だ。ミサ提案のラメを付けなくて良かった。でもこういうのが好きなこの世界の人達は中二病的なセンスが強い。紫のサテンとか好きなのではないだろうか?

紫のサテン生地が出来たらミサに巾着を売らせてみよう。


使用人に案内されて会場へ行くともう結構人が集まっていた。


「ゲイル・ディノスレイヤ様はこちらで待機をお願い致します。戴冠式が終わり次第、エルフ王とドワーフ王のお迎えをお願い致しますので」


これはエイブリックの配慮なのだろう。俺達に付けてくれている使用人やメイドは全てエイブリックの息が掛かった者たちだろうな。それと案内された場所は会場の中ではなく、会場が見える位置に席を用意してくれてあったのだ。


これは主催者と参加者のどちらとも取れる采配かもしれん。それにバックヤードで待機だと戴冠式が見れないからな。


ざわざわしている会場を見渡すとアーノルド達発見。隣で話しをしているのはイナミン夫妻だな。


まだ始まっていないからそれぞれの顔見知りと歓談してるというか、派閥で固まっているのだろう。アーノルド達の周りだけなんか独特の雰囲気が流れているからな。ちょっと間隔を開けられてヒソヒソ言われてるし・・・


イナミンの奥さんは人目を引いてるのがここから見ててもわかる。赤いスレンダードレスからがっつり見えてる背中とアップにしたうなじを見てるスケベそうな親父とかいるし。お前イナミンにぶん殴られるぞ?


アイナはアイナで他のご婦人達より童顔だし、聖女伝説もあるからポーッとした目でも見られている。男には童顔好きが結構多いからな。アーノルドは他のオッサンからキラキラした目で見られてるから英雄伝説好きもいるのだろう。


あそこの夫妻デップりと太ってんなぁ。社交会で下級貴族のパフェまで食ったオバハンだろうか?取り巻きが居るから上級貴族だろうし。


ドン爺やエイブリックはいつもこういう景色を見てんのかな? そうだとすると貴族間の相関図とか見えて来るのもわかる気がする。


会場内には鎧騎士達がたくさんいるから、外はもっと凄いのだろう。とくに嫌な気配はしていないから問題無いとは思うけどね。


ここに来ている貴族達はどれくらいの割合で戴冠式の事を知っているのだろうか? 極秘扱いされているからほとんどしらないのかもしれない。


招待状にはアルの成人祝いを兼ねているから例年より早くの開催とされているからな。


他人事のように貴族達を眺めているとゴーンとドラのような物が鳴らされた。


それを合図に貴族達が移動していく。


席に付けという予鈴的なものなのだろう。アーノルド達は前列から2番目辺りに移動。最前列は他の貴族がいるから、王族に近い最上級貴族ってやつかな。侯爵とかそんなんだっけ?


イナミン達はアーノルド達と隣にいる。正式にはアーノルドの方が身分が上だけど同等らしいし、厳格に場所が決まっている訳ではないから問題無いのだろう。


これで、他の貴族からは西の辺境伯領と南の領地が派閥を組んだと正式に認識されたな。規模はまだ東の方が大きいだろうが独自路線を貫いて来た西と南が組んだインパクトはデカいだろう。社交会になったら何か動きがあるかもしれん。


ゴーンゴーンと2回ドラが鳴らされたら皆が静かになり、主催者側の王族がぞろぞろっと出てきた。


お、エイブリックだ。女性を二人伴っているからあれが奥さんなのだろう。アルの母親はもういないんだっけな。


全員が揃ったあと、平伏すると貴族達も同じ態勢を取る。ドン爺のお出ましだな。


ナルディック他の護衛に囲まれてドン爺登場。こうやって見ると王様らしく感じる。ミーシャのスカートをめくりかけた爺さんと同じとは思えん。ドン爺と初めて会ったのがこういう出会いだったら、気軽に爺さん呼ばわり出来なかったかもしれんな。ファーストコンタクトがいかに重要かというのがわかる。


おもてを上げよ」


ドン爺の声が響いた後、王族が顔を上げ、それからしばらくしてから顔を上げる貴族達。


俺、参加者側に居てたら誰よりも早く顔を上げてしまってたな。恐ろしい・・・


そこからドン爺の新年の挨拶やら日頃の働きを労う言葉が述べられた後に一呼吸おいて本題に入る。


「皆の者、よく聞け。長年平和が続いて来た我がウエストランド王国は現在危機に晒されておる」


ドン爺の言葉にざわつく貴族達。


「調査により、セントラル王国が今までに無かった動きを始めた事がわかった。確定ではないが、10年以内に戦争が起こると心得よ」


一層ざわつく貴族


「我々は平和を守るために戦争に備え、王家も万全の態勢を整えばならん。よって余は王位を第一王子であるエイブリック・ウエストランドに譲るものとする」


大きくざわめく貴族達。王族にも驚きが走るので本当に極秘に進められていたのだ。ミーシャやミケ達に先にしゃべっちゃったよ・・・ 俺。


ざわめきが収まらない貴族達。王族達も戦争になるかもしれない事は知っていたようだが、ドン爺の引退は本当に知らなかったようだ。


そういや、王が存命中に王位を譲るのって珍しいんだっけ? 当主の座を息子に譲るくらいのイメージで居たけど、王位はそうじゃなかったかもしれん。


エイブリックが王になるぞと言った時にもっと驚かないといけなかったのか・・・。俺はおめでとうとしか言わなかったからな。


「皆の者静まれっ」


今のは宰相だろうか? 静まれと命令し、ざわめきがピタッと収まるとまたドン爺が話しをしだす。


「先程万全の態勢を取るといったのはこのことである。万が一、戦争が起こり、戦時中に余にもしもの事があれば勝てる戦争が負けるやもしれん。よってエイブリックに王位を譲るのじゃ。まさか異論のあるものはおるまいな?」


そういってギロッと王族達を見渡すドン爺。王の威厳発動だ。異論があったとしても誰も何も言えないだろう。これはこういうときに使うものであって、護衛に豆腐を食えとかで使うものではないのだよドン爺。


「うむ、異論はないようじゃな。これをもって王族全員の承認を得たものとする。ただ今より戴冠式を行う」


有無を言わせない強硬突破だ。この流れはエイブリックが考えたのだろう。



何やら長い宣誓が行われて儀式的な物が始まった。その後にドン爺から王の冠が外され、代わりの冠をかぶる。王の冠がエイブリックにかぶらされ、その後に杖とか色々と同じように手渡されていく。


エイブリックが王位を得た宣誓が終わったあと、使用人にエスコートの為に移動しろと案内される。


「申し訳ございません。お急ぎ下さい」


本当はもっと早くに移動しないと行けなかったのだろうが、戴冠式の途中で動くのは不敬に当たるのだろう。エイブリックの宣誓が終わったタイミングまで待ってくれたみたいだ。


グリムナやバンデスがスタンバっているところに行く。


バンデスはドワーフの正装なのだろうか?民族衣装的なものを身に纏っている。その風貌とあいまってハカを踊るんじゃなかろうかと思ってしまう。強そうだ。


グリムナはグリーンのモーニングみたいな服だ。襟と袖にツタみたいな物が刺繍されている。グリムナが着ていると格好よく見えるけど、他の人が着てたらデカいキリギリスかと思ってしまいそうだ。バイオリン持ってみてくれないかな・・・


シルフィードは前に着ていた白のプリンセスラインのドレスとグリーンの宝石があしらわれたネックレス、髪飾りはティアラだけどサイズが大人用だ。合ってない。


「シルフィード、その髪飾り誰の?」


「自分の箱に入ってなかったの。部屋に置いてきちゃってたみたい。これはここで貸して貰ったんだけど、すぐに落ちてきちゃう」


だろうな。


あー、このままだとピンで止めてあっても落ちるかもしれんな。このティアラ綺麗だけど、宝石が大きすぎて似合ってないし。


メイドに飾ってある花を使っていいか聞く。


「か、構いませんが、何をなさるのでしょう?」


返事している暇が無いので、花を王冠に編んでいく。クローバーの王冠と同じ要領だ。そこに小さな花をデコレーションしていって、ティアラと交換して、ピンで止めてやる。


「なんと可愛らしい・・・」


メイド達が褒めてくれる。うん、綺麗な緑の髪の毛に花飾り。俺のイメージするエルフや妖精と同じだ。


ほんのり化粧もしているからウエディング雑誌の表紙を飾れそうだな。


「ありがとうゲイル」


「うん、綺麗だよシルフィ」


なんの照れも無くそう言ってしまった俺。しかも他の使用人やメイドがいる前で、シルフィードは俺を呼び捨て、俺は愛称呼び。グリムナはそれをニコニコとして見ている。みんなあーっ、と納得した顔をした。


「こちらをどうぞ」


メイドがシルフィードに付けた花と同じ物を俺の胸ポケットに刺した。


「よくお似合いですよ。ゲイル様、シルフィード様」


もう何も訂正出来ない状態になってしまった。ここで違うからねと言うのもおかしい。誰も何も言っていないのだから。


ガチャとドアが開いて俺が先導するように会場へと向かう。新郎新婦の入場ですとか言われているみたいだ。



会場近くまで来てまた待機。今、アルに成人の祝いの言葉がのべられて、その後に北の庶民街の権限委譲をされているところだ。一部の貴族がざわついているから、外された貴族は知らなかったみたいだ。まぁ、懸命に北の街に取り組んでいたのなら可哀想だが、何もしてなかったからな。成果をあげらない奴にクビを言い渡されるのは仕方がない。利権にあぐらをかいて何もしないやつが悪いのだ。



「では、これより重要事項を皆に伝える」


静かになる貴族達。


「我々は戦争を望んではいない。これは国民の総意であると思っている。誰か異論はあるか?」


ちらりとエイブリックは王族側にいる大きな男に目をやる。服装が他の者と違ってるし、なんかじゃらじゃらと勲章みたいな物を付けているから軍のトップなのかもしれない。


誰も異は唱えない。


「セントラル王国は我々より強大であり、兵の数も多い。まともに戦争になれば多大なる被害を被るだろう。それは向こうも同じことではあるが、失う物はこちらの方が多い。それを防ぐ為には戦争にならないよう手を打つ必要がある」


エイブリックがそう言うと、


「それには戦力を増強するしかございません」


と、先程の軍人らしき男が意見を述べる


「それも一つの手段だとは思うが、それをするとあちらも戦力を益々増強するだろう。それを続けていくと国が疲弊する。予算も人数もあちらが上だからな」


「では、どのような手段をお考えですか?」


それとなく意見を却下され渋い顔で質問する軍人らしき人


「他国と同盟を結ぶ」


ざわっとする貴族達。


「イーストランド王国と同盟を結び、セントラル王国を挟み撃ちにするおつもりですか?」


「いや、イーストランド王国がもし裏切れば我が国は滅亡する。その後にセントラル王国がイーストランドを討てば覇を唱えることに繋がろう。そうなれば全ての国々が属国になりうる。イーストランドとの同盟は考えてはおらん」


「では、どちらの国と・・・?」


さ、出番ですと促されて俺が入場するとザワザワが大きくなっていく。こんな登場のさせかたすんのかよエイブリック。エスコート役じゃねーよこれっ


後ろに続くグリムナ達。


「紹介しよう。ドワーフ王国改め、ハーデス王国、国王、バンデス・ハーデス王、並びにエルフの里改め、グローリア王国国王、グリムナ・グローリア王だ。皆のもの控えよっ」


大きくざわついたあと、皆が平伏の姿勢を取る。


えっ? えっ? 俺はどうしたらいいのさ? 俺も平伏すんの?


わたわたする俺を見てグリムナとバンデスが笑う。


「お前はそのままでいい。俺達の一族でもあるのだからな」


グリムナがそう言ってくれた。


俺は葬式でお焼香のやり方がよくわからずにまごまごした事を思い出していたのであった。



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